SYNCHRONICITY TWINS STORY

NECRONOMICON

ACT.1 02日 金曜 午後 (メイ編・初の依頼)



授業が始まった。
理科は須々木 雄三(ススキ ユウゾウ)先生が担当している。
眼鏡をかけた髭モジャの先生。
まだそれほど年輩じゃないらしいけど、いつもヒゲで顔の半分は隠れてるし、年齢不詳だ。
でも今日はヒゲを剃ったみたいだね。
既に青くなってるけど・・・。
授業が終わる頃には少し伸びてるはずだよ。
ちょっと面白いよね。
他に特徴っていえば、いつも寝不足なところかな。
時々授業中に立ったまま寝ちゃう事があるけど、それ以外は普通の先生だ。
須々木  「よし、では授業を始める。教科書開いて」
授業が始まると突然金村が岩本と何かを書き始めた。
ニヤニヤ笑いながらなにやら書いている・・・。
どうせまたくだらない事を考えているんだろう。
金村   「ヒヒヒ・・・出来た・・・」
岩本   「ヘヘヘ・・・」
金村は先生に気付かれないように何かを書いた紙を前の席の生徒に渡した・・・。
受け取った生徒となにやらヒソヒソ話している。
金村   「ヘヘ、マジだって。スゲーだろ?
      ホラ、早く他の奴にも回せよ」
金村たちが噂を広めるためによく使うテだ。
こうやって無関心な他の生徒を巻き込んで自分の居場所を築くんだ。
大勢が味方じゃないと何もできない人って情けないよね。

授業が終わるとクラスの人達が遠巻きに僕の方を見ながら何か話している。
女子なんかは汚いものでも見るような視線を向けてくる。
きっと金村達があのことを噂にして広めたんだ。
つまんないことするよね。
伊藤   「・・・・・汚い・・・・・・・・・・・卑しいからじゃ・・・・・・・」
学級委員の伊藤さんまで噂に加わっている。
みんなもう信じきってるようだね。
ま、一応本当の事だし、しかたないけどね。
あーあ、これでまた避けられちゃうな。
山口   「阿部君・・・」
メイ   「なに?」
山口   「みんな、阿部君の・・・悪い噂してる・・・・・」
メイ   「あんなの、気にしないよ」
山口   「でも・・・」
メイ   「大丈夫だよ。人の噂も75日ってね。みんなすぐ忘れるよ」
山口   「・・・・・ちくしょう・・・・・」
メイ   「山口君?」
山口   「・・・ちくしょう・・・・・あいつら・・・・・」
メイ   「もういいから・・・ね?」
山口   「ううぅ・・・・・」
メイ   「そろそろ六時間目の授業が始まるよ。準備しなきゃ」
山口   「う、うん・・・・・」
山口君は渋々引き下がる。
思ってくれるのはうれしいけど、下手したら山口君が酷い目にあうからね。
おさえさせておかないと・・・。
それよりホントにもう6時間目が始まる。
最後は東郷先生の国語だ。
千歳   「ねえねえミンナ聞いて聞いて〜!!」
突然天野さんが目を輝かせながら教室に駆け込んできた。
伊藤   「天野さん!廊下は走らない!」
千歳   「六時間目先生ちょっと遅れるって」
伊藤   「え、ああ、そう。わかったわ」
千歳   「ねえねえミンナ最新情報よ!聞いて聞いて!」
クラスの女子達が我先に天野さんの周りに集まる。
ちゃっかり伊藤さんも混ざってるよ。
やっぱり女の子だよね。噂は興味あるんだな。
なにやらヒソヒソ話が始まったみたいだね。
今度はどんな事を話してるんだろう。
でも本当に女の子は噂好きだよね。
伊藤   「ええ〜っ!あれって隣のクラスの・・・・・」
千歳   「し〜」
伊藤   「あ、ごめんなさい・・・」
千歳   「それでね・・・」
しばらくして一斉に女子の視線が僕に集中する・・・。
な、なんだろう・・・・・?
伊藤   「なーんだ、やっぱりそうなのね。おかしいと思ったわ」
女子A  「やっぱり・・・」
女子B  「だから・・・」
千歳   「さらにね・・・・・」
なんだろう?
また噂話に戻っちゃった・・・。
でもなんだかいま一瞬女子達の視線が和らいでたような気がしたけど・・・・・。
伊藤   「ウソー!!!」
千歳   「ビビッた?ねえビビッた?」
女子C  「しんじらんなーい・・・」
女子D  「いくらなんでも・・・」
伊藤   「さすがにそれは・・・でもホントに?」
千歳   「だってホラ、本人いないし・・・」
伊藤   「そういえば、もう授業なのに何してるのかしら・・・」
女子E  「じゃあやっぱり・・・」
千歳   「だから今まさに・・・・・」
伊藤   「イヤー!!」
なんだかずいぶん盛り上がってるみたいだね・・・・・。
それにしてもホントに東郷先生遅いな。
時間には厳しい人なのに・・・。
・・・・・。
それにしてもさっきからどこかで『ウオー!』とか叫び声が聞こえるんだけど・・・。
空耳かな?
なんだか獣が泣きながら鳴いてるみたいな・・・よくわかんないけど・・・。
そういえばもうチャイムが鳴ったのに、金村と岩本が教室にいないな・・・。
サボりかな・・・。
まあ関係ないけどね。
・・・・・。
あれ?そういえば叫び声・・・もう聞こえないな・・・・・。
やっぱり空耳だったのかな?
あ、やっと東郷先生が来たみたいだよ。
東郷   「遅れてすまんな。熱き魂に触れたものでな・・・」
伊藤   「は?」
東郷   「さあ!授業を始めるぞ!
      古典の教科書をひらけ。
      今日は予定を変更してことわざの授業だ。
      偉大なる先人の尊い教えを語ってやろう。
      心して聞き、魂に刻むがいい」
東郷先生の授業内容は気分によって変わるんだ。
テスト前なんかは困っちゃうけどね・・・。

東郷   「よおし!本日の授業はこれまでだ!
      皆これからも精進を怠るな。・・・・・アバヨ」
先生今日はすごい気合い入ってたなぁ・・・・・。
なにかあったんだろうか?
まあとにかく、これで今日の授業も終わりだ。
なんだか疲れたな。
今日はすごく色々な事があったし・・・。
早く家に帰って落ち着きたい気分。


秋篠   「ホームルームをはじめます」
ホームルームが始まった。
なのにいまだに金村と岩本は姿をくらましたままだ。
サボりにしても変だよね。
秋篠   「金村君と岩本君が見当たりませんが、誰か知りませんか?」
伊藤   「突然いなくなってそれっきりです」
秋篠   「そうですか。ならいいです」
そんなアッサリと・・・。
秋篠   「これ以上話すことは何も無いですね。掃除をはじめましょう」
僕の掃除場所は教室。
天野さん、山口君と同じ班だ。
秋篠   「そういえば今日は街でなにやら事件が起きたようです。
      早めに帰宅しておとなしくしていなさい。
      以上です。解散」
さて、掃除をはじめようか。
千歳   「ねえねえ」
メイ   「な、なに!?」
千歳   「ゴミ集まったらおしえて。アタシが処分するから・・・」
メイ   「う、うん・・・わかった」
千歳   「・・・・・」
・・・・・。
じっと天野さんが見つめてるよ・・・・・。
はやく集めろっていう無言のプレッシャーだ・・・。
天野さんは手伝わないのかな・・・?
メイ   「や、山口君、はやく掃除しちゃおうか・・・」
山口   「う、うん・・・そうだね・・・」
天野さんがまばたきひとつせずに見つめるなか、
僕たちは机を下げ、ほうきで掃き、ゴミをまとめる。
これでいいのかな・・・。
メイ   「お、終わったよ・・・」
千歳   「・・・・・」
メイ   「あ、天野さん?」
千歳   「はっ!?・・・ゴメン、寝てたみたい」
おもいっきり目開けて立ったまま寝ないで・・・。
メイ   「じゃあ、あとはまかせていいんだね?」
千歳   「うん」
メイ   「・・・・・ど、どうするの?」
千歳   「見てて」
天野さんが突然呪文のような言葉をつぶやき始めた・・・。
するとゴミの周りに血で描いたような魔法陣が出現する!
そして中心部がボコボコ泡立ち始める・・・。
突如赤黒い何かが吹き出し、中心部のゴミの山を飲み込む!
そして何かを噛み砕くような嫌な音が教室に響く・・・。
やがて音は止み、辺りを静寂が支配する・・・。
そして突然!
赤黒い物体「契約は完了だ」
千歳   「フフフ・・・」
魔法陣は徐々に薄れていき、完全に消え去った・・・。
千歳   「じゃあね」
契約ってナニ!?
しかもゴミで契約したの!?
いったいナニと契約したのっ!?

メイ   「じゃ、じゃあ僕もそろそろ帰ろうかな、ははは・・・」
山口   「そ、そうだね・・・。ぼ、僕も帰ろう・・・」
忘れよう。
きっと夢にちがいない。
山口   「あ、あの、い、一緒に帰らない?」
花穂   「NO〜!!!!」
メイ   「み、水森さん・・・??」
伊吹   「メイ、掃除は終わったか?帰るぞ」
伊吹が迎えに来てくれた。
今日は水森さんと一緒みたいだね。
メイ   「あ、そうだ!僕ちょっと反省文書くために残らなきゃ・・・」
山口   「あ、そうだったよね・・・じゃあやっぱり僕は先に帰るよ・・・」
メイ   「うん、じゃあね」
山口   「ま、またね・・・」
山口君は軽く二人にも挨拶をして教室を出ていった。
たったそれだけでも緊張したみたいだ。
顔が真っ赤だし、汗もいつもの倍はかいてるもん。
伊吹   「反省文とは?」
メイ   「遅刻のだよ」
花穂   「え〜っ!Bクラスってそんな厳しいんだ!」
伊吹   「ウチも十分厳しいがな・・・」
メイ   「先に帰ってていいよ」
伊吹   「そうだな・・・どうする?」
花穂   「待ってよーよ。アタシ別に忙しくないからさ」
メイ   「え?そんな悪いよ・・・」
花穂   「イーってそんなの。気にしないでさ」
メイ   「でも・・・」
伊吹   「そうだ。気にするな。早く書いてしまえ」
メイ   「そう?じゃあ急いで書かなくちゃ」
伊吹   「フッ・・・」
メイ   「セイ達は公園?」
伊吹   「ああ。いつも通りな」
メイ   「セイは昨日滑ってないからウズウズしてたでしょ?」
伊吹   「フッ、そうだな」
花穂   「アタシも混ざって滑りたいな〜」
メイ   「楽しそうだよね」
花穂   「うん、うらやましい」
伊吹   「そんなにやりたければ指導してもらえばよかろう?」
花穂   「え〜!?ダメだよ!」
メイ   「どうして?チームに入れてもらったらいいのに」
花穂   「そんな、いまさらなんて言うのよォ」
伊吹   「?、普通に言えばよかろう?」
花穂   「ムリムリムリ!」
メイ   「どうして?」
花穂   「は、ハズかしいから・・・」
伊吹   「??、おかしな奴だ」
花穂   「いーもん・・・」
メイ   「うーん、喜ぶと思うけどなぁ」
花穂   「マジで!?・・・で、でも・・・ムリ・・・・・」
メイ   「そう△」
水森さん、なんかヘンだな・・・。
表情の変化がすごく激しい・・・。
かなり興奮状態だ・・・。
伊吹   「我々は廊下で待つとしよう。メイ、はやく書いてしまえ」
メイ   「うん。そうするよ」
伊吹   「行くぞ」
花穂   「あ、待ってよ」
伊吹は水森さんを連れて廊下に出て待ってくれてる。
さ、気を取り直して早く書いちゃわなきゃ・・・。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・できた。
これでよし。
あとはこれを秋篠先生に提出すればおしまいだ。
早く出してこよう。
伊吹   「終わったか?」
メイ   「うん、職員室行くよ」
伊吹   「うむ」
メイ   「僕、慣れてないから緊張するな」
花穂   「アハハ☆大丈夫〜。別にとって食われたりしないから」
三人で一階の職員室に向かう。

職員室では既に先生方が各自色々明日の準備をしている。
放課後も大変なんだね。
秋篠先生は・・・いた。端っこの机だ。
メイ   「先生あの・・・」
秋篠   「ああ、反省文ですね」
メイ   「ハイ・・・」
先生は反省文を受け取り、さっと目を通す。
秋篠   「・・・・・よろしい」
メイ   「それじゃ・・・」
秋篠   「待ちたまえ」
メイ   「はい?」
秋篠   「ちょっとついて来なさい」
メイ   「は、はい・・・」
秋篠先生は席を立ち職員室を出る。
僕はあわててそのあとを追う。
伊吹   「?」
メイ   「ちょっとゴメン」
僕は待ってる伊吹達に小声でささやき先生のあとを追う。
どうやら先生は数学準備室に行くようだ。
なんだろう?
なにか用事でもあるんだろうか。
秋篠   「入りたまえ」
メイ   「は、はい・・・」
先生に促されて準備室に入る。
先生も入室し後ろ手にドアを閉める。
メイ   「あの、なんでしょうか・・・」
秋篠   「・・・・・」
秋篠先生がそっと手をさしのべる・・・。
秋篠   「阿部君・・・」
メイ   「は、はい・・・・・」
先生の手がそっと頬に触れる・・・。
メイ   「!?」
秋篠   「君は、キレイだね・・・・・」
メイ   「な、なにを・・・」
秋篠   「僕は、美しいものが好きなんだ・・・」
メイ   「せ、先生・・・ちょっと、ヤメてください・・・・・」
先生の指先は頬から静かに首筋に移行してくる・・・。
秋篠   「阿部君・・・僕の目を見つめてごらん・・・・・」
メイ   「うっ・・・・・」
先生の目は瞳孔が開いている・・・。
その瞳に見つめられると・・・・・なんだか思考能力が・・・・・奪われて・・・・・。
秋篠   「君は・・・僕のモノだ・・・・・」
メイ   「ダ、ダメ・・・です・・・・・先生・・・・・」
秋篠   「そうやって抵抗できるのも今のうちだけです・・・」
メイ   「ヤ、ヤメテ・・・・・」
秋篠   「さあ、もっと僕の目を見つめなさい・・・・・」
メイ   「あ・・・・・」
目が離せない・・・・・。
なんだ・・・・・なにも考えられない・・・・・。
目の前が真っ白で・・・・・。
・・・・・。
・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・僕は・・・なにをしているんだっけ?
・・・・・。
なんだろう・・・・・意識が薄れて・・・・・。
秋篠   「フフッ・・・。さあ、眠りなさい・・・・・」
メイ   「・・・・・」
朱雀   「けーっ!!」
秋篠   「なっ!?」
メイ   「!?」
朱雀   「・・・おなかすいた・・・・・」
秋篠   「なななななっ!?」
メイ   「・・・あれ?僕は・・・・・」
秋篠   「・・・・・」
メイ   「・・・なにをしてたんだろう?」
朱雀   「・・・アナタはたしか・・・・・メイ様!」
メイ   「あ、朱雀・・・」
朱雀   「メイ様!お腹空きました!そろそろオヤツの時間です!帰りましょう!」
メイ   「うん、そうだね・・・あれ?先生」
秋篠   「あ、イヤ、その・・・・・」
メイ   「ここ、どこですか?」
秋篠   「す、数学準備室・・・だが・・・」
メイ   「あれぇ〜、僕どうしてこんなところにいるんだろう・・・」
秋篠   「・・・・・」
朱雀   「メイ様。早く帰りましょう。こんな狭い部屋キライです」
メイ   「朱雀、そんなこと言ったら失礼じゃないか」
朱雀   「そうなんですか?」
メイ   「ま、とにかく帰ろうか」
朱雀   「そうです!」
メイ   「それじゃ先生、失礼します」
秋篠   「あ、ああ・・・気をつけて帰りたまえ・・・・・」
僕は先生に会釈して数学準備室を出た。
本当に僕はなにをしてたんだろう?
先生もビックリしてたし・・・・・。
そうか、朱雀が出てきたからな・・・・・。
これからは突然出てこないようにしつけなくちゃ。
一階に降りると伊吹達が待っていた。
花穂   「おそーい!」
伊吹   「まったくだ、いったい何をしていた?」
メイ   「そ、それが・・・よくわかんないんだ」
花穂   「はあ?メイくんアタマでも打ったの?」
メイ   「うーん・・・・・」
朱雀   「そんなコトはいいですから、早く帰りましょう」
花穂   「あっ、朱雀起きたんだ☆抱かせて抱かせてっ」
朱雀   「わっ!ちょっと、ヤメテ下さい!苦しいですよ!」
伊吹   「水森がバカ鳥の相手をしてくれるので助かるな」
メイ   「そうだね・・・」
伊吹   「では、帰るとしようか」
メイ   「うん」
なにかスゴいコトがあったような気もするけど・・・。
まあいいや。
それじゃ家に帰ろうか。

僕たちは雑談をしながら3人で校門に向かう。
クラブ活動の生徒達はまだたくさん残ってるけど、
僕にとっては少し遅めの下校だ。
僕は帰宅部だからいつもすぐ家に帰るんだ。
伊吹はよく剣道部の助っ人として放課後引っ張られていくことがあるけど、
最近はまだ大会が近くないのでだいたい一緒に帰ってるんだ。
水森さんは・・・帰宅部だろうな。
そういえば水森さんと帰るのは初めてだな。
メイ   「あれ?」
校門を出ようとした時、ふと何かが視界のすみに見えたので振り返ると、
荒い息づかいで互いを支え合って校舎を出てくる金村と岩本がいた。
そういえば彼らは六時間目くらいからいなかったな・・・。
花穂   「ゲ、ナニアレ」
伊吹   「?、追い剥ぎにでもあったような奴らだな」
メイ   「どうしたんだろう?あの二人・・・」
花穂   「あれってメイくんのクラスのヤツじゃない?」
メイ   「うん、そうだけど・・・」
花穂   「うわ、なんかこっち来るみたいだよ」
水森さんの指摘通り、二人はふらふらした足取りで接近してくる。
ひょっとしてお酒でも飲んでるのかな?
伊吹   「ムッ、こやつら何か臭うぞ!」
朱雀   「不潔ですね。不潔の極みです」
花穂   「な、なんかキタナ〜イ!あっち行ってよ!」
メイ   「・・・・・」
金村は校門まで来るとキッと僕を睨み付けた。
金村   「・・・おぼえとけよ・・・・・」
それだけ言うと僕たちを横目に校門を出ていった。
いったいなにがあったんだろうか。
花穂   「なんかゾンビみたいってカンジ」
伊吹   「どういうことなんだ?」
メイ   「さあ・・・わかんない」
奇妙な光景を目の当たりにした僕たち3人は、
一様に困惑した表情を浮かべて学校をあとにした・・・。
不可解なものを目撃したため、しばらく3人とも押し黙っていたが、
根っから明るい水森さんがいつもの調子で会話を進行させてくれるおかげで
気まずい雰囲気になることもなく順調に帰宅コースを進行していけそうだ。
でも朱雀は押し黙っている間に退屈のあまり寝ちゃったようだ。
水森さんの手の中で静かにしてるようだね。


校門を出ると、おそらく他校の生徒であろう2人組の男子生徒に声をかけられた。
柔和な生徒「あのぉ」
メイ   「え?」
花穂   「あ、ナンパお断り〜☆」
柔和な生徒「あ、いや、そうじゃなくて・・・」
眼鏡の生徒「ちょっと聞きたいことがあるんですが、いいですか?」
伊吹   「なんだ?」
花穂   「いいよー。アタシ達でわかることなら」
眼鏡の生徒「じつは、僕らこの学校の2年の
      『柊 柚菜』(ヒイラギ ユナ)さんの知り合いなんですが・・・」
花穂   「あー、ユナか」
眼鏡の生徒「知ってるんですか!?」
花穂   「1年の頃クラスメートだったンだョ」
メイ   「僕たちはわかんないね」
伊吹   「うむ」
眼鏡の生徒「それなら話が早いです!」
柔和な生徒「彼女が最近、その、行きそうな所とか・・・、
      何か心あたりはありませんか?」
眼鏡の生徒「急にいなくなってしまって、
      何か事件にでも巻き込まれたんじゃあないかと探しているんです」
花穂   「え?・・・事件って・・・・・」
柔和な生徒「・・・ど、どうかしたんですか?」
花穂   「だって、ユナは・・・半年前から学校に来てないよ?」
眼鏡の生徒「え!?」
花穂   「行方不明になって・・・親御さんが捜索願いまで出してるって・・・」
柔和な生徒「・・・そんな、だって・・・・こないだまで・・・・・」
眼鏡の生徒「・・・なんだって?・・・半年前・・・・・」
花穂   「ほ、ホントだよ?え?知らなかったの?」
柔和な生徒「・・・・・どうなって・・・」
眼鏡の生徒「・・・!!わかった!」
柔和な生徒「ど、どうしたんだ?」
眼鏡の生徒「ツインタワーだ!行こう!ナオヤ!!」
柔和な生徒「え!?あ、ケイスケ!!えっと・・・どうも、ありがとうございました!」
花穂   「あ・・・うん」
二人の他校の生徒は何かに気付いたように慌てて走り去っていった・・・・・。
伊吹   「・・・・・なんだったのだ?」
メイ   「・・・さあ」
花穂   「・・・・・ユナ」
メイ   「水森さん・・・」
花穂   「あー・・・クラスメートって言っても、
      結構かわいい娘だったから、ライバルだったンだよね」
メイ   「へぇ」
花穂   「行方不明かぁ・・・どうなっちゃたんだろうな、あの娘・・・」
伊吹   「ふむ・・・・・」
花穂   「あ、ゴメン。暗くなっちゃうよね。明るくいこー☆」
メイ   「水森さんってすごいねぇ」
花穂   「え?何が〜?」
水森さんが空気を明るく変えてくれたので、
そのまま雰囲気をキープして帰路につく。

そしてセイ達が練習に来てるはずの宮下公園にさしかかった。
花穂   「ナニコレ?」
メイ   「そういえば朝から騒がしかったけど・・・」
伊吹   「どうやら警察がきているようだな」
花穂   「セイたちはもう帰ったのかな?」
伊吹   「ふむ、まさか警察がいるのに公園内にいるということはなかろう」
メイ   「こんなものものしい状況じゃとても練習どころじゃないもんね」
花穂   「ちぇ、ザンネン」
伊吹   「しかし何があったのだろうな?」
花穂   「これだけ警察がきてるんだもん、きっと殺人事件よ!」
メイ   「物騒だね・・・」
花穂   「いつまでも野次馬やってたら疑われちゃうよ。早く帰ろう」
伊吹   「そうだな、ヘタに容疑をかけられてはかなわん」
水森さんに急かされて僕たちは足早にその場を離れた。

メイ   「そういえば水森さんって帰るのこっち方向でいいの?」
花穂   「あー、だいじょぶダイジョブ☆
      アタシ駅行ければ帰れるからさ」
メイ   「じゃあ少し遠回りになるんじゃ・・・」
花穂   「気にしない気にしない。
      ダイトーまで一緒行こうよ」
メイ   「うん」
伊吹   「わざわざ遠回りするとは、物好きな奴だ」
花穂   「そうかなあ、せっかくだからもっとたくさんおしゃべりして帰りたいじゃん」
伊吹   「水森はいつも十分しゃべっているだろう」
花穂   「足りないの〜」
伊吹   「まるで寂しがりやだな」
花穂   「・・・ウン、そうかもね」
メイ   「水森さんって友達たくさんいるよね」
花穂   「まーね。でもさー、けっこうウワベだけってのが多いのよ」
メイ   「そうなの?」
花穂   「そうなの。ホラ、アタシって八方美人だからサ〜」
メイ   「そんなことないんじゃないかな・・・」
花穂   「あー、いーのいーの。自分でわかってンだから。
      アタシってあんまり真剣に人と付き合わないタチだから〜、
      周りの友達もやっぱそういうモンなのサ〜」
メイ   「・・・そんなことないよ」
花穂   「エ」
メイ   「僕は水森さんの一面しか知らないけど、
      そんなふうに思ったことないよ」
花穂   「・・・・・」
メイ   「きっとセイや伊吹だっておんなじだ・・・と思う」
伊吹   「セイのことは知らんが、私はそうだな」
花穂   「・・・ありがとう。うれしーよ」
メイ   「だからそんなふうに自分を決めつけちゃダメなんじゃないかな」
花穂   「そーだね。・・・やさしいんだ〜メイくんって」
メイ   「そ、そんなことないけど・・・」
花穂   「そんなことなくない。勝手に自分を決めつけちゃダメだぞ」
メイ   「あ、あはは」
伊吹   「これは一本とられたな、メイ」
花穂   「その言い方オヤジくさ〜い」
伊吹   「そ、そうか?」
花穂   「でもそうだよね、自分の評価なんて自分で決めるモンじゃない。
      他人が見て、それぞれで決めるコトなんだね〜。
      答えはひとつじゃないンだね」
伊吹   「そうかもしれんな」
花穂   「じゃあさ、じゃあさ、メイくんはアタシのコトどう思う?」
小悪魔のような笑顔を浮かべた水森さんが質問する。
メイ   「え、えーっと・・・・・」
花穂   「ハッキリ言っちゃっていいよ」
メイ   「水森さんは・・・その・・・・・」
花穂   「早く」
メイ   「明るいし・・・活発だし・・・」
花穂   「それってガサツってコト?」
メイ   「ち、違うよ!いつも綺麗だし・・・その・・・・・」
花穂   「フフッ、アリガト☆
      ハイ、朱雀返すね。
      じゃアタシこのまま駅行くから、二人は左だよね。
      というコトで、まったね〜」
水森さんは満足そうに笑って僕に朱雀を押しつけ駅方向に駆けていった・・・。
途中、一度振り向いて手を振る。
そしてまた駆けていく。
伊吹   「フッ、忙しい奴だ」
メイ   「それが伊吹の評価かな」
伊吹   「はは、そうだな」
メイ   「じゃ帰ろうか」
伊吹   「うむ」
水森さんを見送って、伊吹と二人で交差点を渡る。
もうすぐ家に到着だ。

伊吹と二人でやっと家に着いた。
なんだかいろいろあって疲れたな・・・。
門をくぐって玄関へ向かうと、駐車場の端に黒い車が停まっているのをみつけた。
伊吹   「む?誰か来ているのか」
メイ   「お客さん、かな?」
伊吹   「ふむ、おそらく師匠の事で政府の者でも来ているのだろう」
メイ   「そうか・・・」
そうだ・・・。
まだ父が亡くなったばかりなんだよね・・・。
そう、もうこの家に父さんはいないんだ・・・・・。
伊吹   「メイ、なにを立ちつくしている。早く入るぞ」
メイ   「あ、うん」
伊吹を追って玄関に入ると、二階から降りてくる母さんとはち合わせした。
満恵   「あら、お帰りなさい」
メイ   「あ、ただいま」
伊吹   「ただいま戻りました」
メイ   「お客様ですか?」
満恵   「ええ。政府の方です。
      二人とも着替えたら応接間へいらっしゃい。
      あなた方も同席したほうがよいでしょう」
メイ   「はい」
伊吹   「承知いたしました」
満恵   「ときに、清さんを知りませんか?」
メイ   「いえ、・・・まだ帰ってないんですか?」
満恵   「まったく、どこで油を売っているのやら・・・。
      本来なら清さんも同席させたいのですが、しかたないですね」
セイはまだ家に帰ってきてないみたいだね。
公園も封鎖されてたし、本当にどこへいったんだろう・・・。
満恵   「二人ともできるだけ早めにおいでなさい。
      あまりお客を待たせるわけにはいきませんから・・・」
メイ   「はい」
伊吹   「では失礼させていただきます」
僕たちは階段を上り、二階にあるそれぞれの自室に戻った。
さ、はやく荷物を置いて着替えよう。
お客さんが待ってるからね。
でも、政府の人から何の話があるんだろう?
僕らにも関係のある事なのかな。
・・・・・。
とりあえず真面目な席のようだし、
お客様にそそうの無いように朱雀は置いていこう・・・。
朱雀   「くー・・・」
そっと朱雀をポケットからとりだして、静かに机の引き出しにしまう。
これでしばらく大丈夫だろう。

着替えも終わったし、応接間へ行ってみよう。
部屋を出て階段を下りようとすると伊吹も部屋から出てきた。
伊吹   「行こうか」
メイ   「うん」
伊吹の私服姿はけっこうめずらしい。
学校では制服だし、家にいるときは大抵道着で過ごしている。
さすがにお客さんの前に出るということで伊吹なりにお洒落したんだろうな。
そういえば前に着てたのを見たことがある・・・。
たしか、いっちょうらだと言ってたっけ・・・。
白いワイシャツにブルージーンズといういたってシンプルな格好だけどね。
背が高いから男に間違われるので私服は嫌いだって言ってた。
そこでセイが『それならフリフリの可愛い服着りゃいいじゃん』って突っ込んだら、
『オカマに間違われるから絶対に嫌だ』だって。
女の子はいろんなことで悩んでるんだね・・・。
伊吹   「ん?どうかしたか?」
メイ   「イヤ、ナンデモナイ」
慌てて答えたから少し声がうわずったな・・・。
考えながら歩いてたらいつの間にか応接間だ。
メイ   「じゃ、いいね」
伊吹   「うむ」
かるくドアをノックする。
満恵   「どうぞ」
内からの母さんの返事を確認してドアを開ける。
すると何度か見たことがある黒いスーツの男性がソファから立ち上がりかるく会釈した。
僕らもかるく会釈して母さんの隣に腰を下ろす。
小野寺  「はじめましてでは、ないはずでしたね」
メイ   「はい、何度か父の仕事の関係でお見かけしています」
伊吹   「おひさしぶりです」
小野寺  「相楽さんとは清雲様との打ち合わせで少し面識があるのですが、
      メイ君には・・・名紙をお渡ししておきましょうか」
黒服の男性が名紙を差し出した。
受け取って名前を確認する。
・・・皇室特別管理部長、小野寺(オノデラ)・・・・・。
メイ   「あの・・・お名前が明記されていませんが・・・」
小野寺  「私どもは職業上必要以上のパーソナルデータの公開を規制されてまして、
      ・・・規則ですので、ご理解ください」
メイ   「名前すら、非公開なんですか。名字はなぜ?」
小野寺  「便宜上、最低限必要であろうと認められているのが名字までなのです」
メイ   「はあ・・・そうですか。わかりました」
小野寺  「恐縮です」
名前まで隠すなんて、かなりの機密性を感じさせるなぁ。
小野寺という名字も偽名かもしれない・・・。
でも偽名にしてはめずらしい名字だし、名前は伏せられてるから本名かもしれない。
あるいはそう思わせることを目的とした偽名かもしれない。
なんだか混乱してきそうだな・・・。
名紙もそうだけど、この小野寺という黒スーツの男性はすごく謎めいている。
眼鏡をかけているので表情がみえない。
一見穏やかで知的な雰囲気を漂わせているが、
この眼鏡のレンズがマジックミラーになってるようで故意に表情を隠しているようだ。
わずかに長めの前髪がさらに表情を隠すが、
髪は爽やかに整えられているという印象を受ける。
これら全て計算されたように思える容姿が、職業上必要なんだろう。
この男性から必要以上の情報を引き出そうとすることは無駄だと、
無言のうちに通告されているような気になってくる。
メイ   「それで、今日はどのようなご用件で?」
小野寺  「さきほど奥様にはご報告したのですが、まずはじめに、
      明後日の日曜、新宿パークタワーにて清雲様の告別式が行われます。
      この式典の打ち合わせにうかがいました」
満恵   「これについては既に私が聞きましたので問題ありません」
母さんが勢いよく扇子を開くと、『済』と書かれている。
いったいいつ用意してるんだろう・・・。
小野寺  「そうです。
      次は同じくこの席でメイ君、キミの当主就任式も行われることとなりました」
メイ   「あ・・・」
小野寺  「一応、昨夜の段階で予定として検討されていましたが、
      今日正式に決定となりましたのでご報告しておきます」
メイ   「はい」
小野寺  「天皇陛下から直接任命されます。心の準備をしておいてください」
メイ   「は、はい。わかりました・・・」
なんだか改めて言われると緊張してくるな・・・。
小野寺  「最後に・・・これを・・・・・」
そう言ってソファに置かれていた一振りの日本刀を差し出す。
伊吹   「これは!」
小野寺  「清雲様の遺品です。
      ご家族にお渡しせよと陛下のおおせで・・・」
メイ   「父さんの・・・刀」
満恵   「『神宿りの剱』。確かに主人のものです」
伊吹   「ど、どうしてこれを!?」
小野寺  「清雲様はある強大な魔物の討伐に向かわれました・・・」
伊吹   「それなら聞いております。
      なにやら悪い予感がすると、私の同伴を禁じて行かれました」
小野寺  「そうです」
伊吹   「師匠は敗れた・・・。ならば何故この刀がここにあるのか」
小野寺  「それは違います。清雲様は敗れてはおりません」
メイ   「それは・・・」
小野寺  「相打ち・・・です」
伊吹   「相打ち・・・」
小野寺  「清雲様は最後まで勇敢に戦い、ついに魔物を討ち滅ぼした。
      しかし、魔物が断末魔に放った術により、帰らぬ人と・・・」
伊吹   「師匠・・・」
小野寺  「ゆえに同行した者は生還し、この刀を・・・」
メイ   「・・・そうだったんですか・・・」
小野寺  「ですからこの刀はお返しいたします」
満恵   「わかりました」
父さんの刀・・・。
父さんの遺品・・・・・。
満恵   「明さん、あなたが使いますか?」
メイ   「え、でも・・・僕はあまり剣術が得意じゃないし・・・」
満恵   「そうですね。・・・では伊吹さん」
伊吹   「はい、奥様」
満恵   「この刀は、あなたが使いなさい」
伊吹   「わ、私がですか!?」
メイ   「そうだよ、伊吹が使った方が父さんも喜ぶと思う」
伊吹   「・・・しかし・・・」
満恵   「あなたは阿部清雲の唯一の弟子。
      神宿りの剱を継承する資格は十分に備えています」
伊吹   「・・・・・承知しました。
      この相楽伊吹、阿部清雲の弟子として神宿りの剱を継承し、
      妖を滅するため尽力いたします」
メイ   「うん、やっぱり刀は伊吹が使うのが一番いいよ」
小野寺  「ではおふた方とも、清雲様の御遺志を継ぎ、
      より一層日のもとのために御尽力されることを切に願います。
      では、私はこれで失礼いたします」
満恵   「陛下によろしくお伝えください」
母がかるく会釈する。
僕と伊吹も母にならってかるく礼をする。
小野寺  「承知いたしました」


小野寺さんを見送って僕らはそれぞれの自室へと向かう。
僕と伊吹が階段を上ろうとしていると、玄関で物音がした。
ようやくセイが帰ってきたみたいだね。
メイ   「おかえり、セイ」
セイ   「おお、たっだいま〜☆
      いま車が出てったけどよ、客でも来てたのか?」
メイ   「うん、小野寺さん。
      父さんの告別式の事とか打ち合わせにきてたんだよ」
セイ   「あー、たまに見かける黒服かぁ。
      あのマネージャーさんね」
メイ   「マネージャーじゃあないと思うけど・・・△」
セイ   「いい車乗ってやがるなー、いつもいい時計してやがるしよー。
      金持ちはヤだな〜」
そんなひがまなくても・・・。
伊吹   「同感だ」
伊吹も同意しちゃダメだよ・・・。
伊吹   「公園が封鎖されていたにしてはやけに遅かったじゃないか」
セイ   「ああ、野次馬やってたら奈緒サンに捕まってよ、
      捜査に協力させられてたんだ」
奈緒さんっていうのはセイと親しい女刑事さんのことだよ。
一宮 奈緒(イチミヤ ナオ)さんっていうんだ。
僕も何度かセイに間違われて話し掛けられたことがあるけど、
変わった格好をしてるおもしろい人なんだ。
伊吹   「おまえ公園内にいたのか!?」
セイ   「ああ、現場見てきたぜ、スゲーだろ」
メイ   「すごいね、どんな感じだった?」
セイ   「なんつーか、あんまり気分いいトコじゃねーよな」
満恵   「帰ったんですか?」
奥から突然母さんが姿を現す。
セイ   「・・・ああ」
満恵   「また買い食いですか」
母さんはセイが手に持っている缶ジュースを見ながら言う。
セイ   「もらったんだよ」
ああ・・・なんだか雰囲気よくないよ・・・。
何か言わなくちゃ・・・。
メイ   「だれに?」
セイ   「奈緒サン、お礼だってさ」
伊吹   「くっ、私もそっちに行けばよかった・・・」
セイ   「セコイことゆーなよな・・・△」
メイ   「伊吹は刀もらったじゃない」
伊吹   「それもそうだな」
セイ   「お?どーしたんだよ、その刀」
伊吹   「師匠の形見だ。私が継承した」
セイ   「へぇ、俺にはなんかないのかよ?形見分けの品ってヤツ」
満恵   「あるわけないでしょう。
      退魔士としての自覚もない者に与える物はありません」
そう言って母さんは奥の自室に戻った・・・。
さすがにそれじゃみもふたもないね・・・。
ああ・・・この場の空気を悪くして消えないでよ母さん!
セイ   「チッ・・・。さ、なに止まってんだよ。
      後ろつかえてんだ、早く階段上れ」
メイ   「う、うん・・・」
伊吹   「ときに、そのジュースは空なのか?」
セイ   「ザンネンだったな、既に飲み干しちまったよ」
メイ   「空き缶なのにもって帰ったの?」
セイ   「途中にクズカゴなかったからな」
メイ   「セイってそういうところは偉いよね」
セイ   「だろ?街の美観を損ねちゃイカン」
伊吹   「うむ、良い心がけだ」
セイ   「そういやめずらしく伊吹が私服だな」
伊吹   「あ、あまりジロジロ見るな・・・」
セイ   「しかし、もうちょっと色気のある服着たらいいのによ」
伊吹   「うるさい」
セイ   「そうか、服買う金がねーんだな」
伊吹   「黙れ」
メイ   「セイ、それを言っちゃあ・・・」
セイ   「きょうび100円ショップ行きゃあ100円でもキャミソールくらい
      売ってんのによ・・・今度買ってきてやろーか?」
伊吹   「よ、余計なお世話だ!」
へぇ、そうなんだ・・・。
あんまりそういうお店行かないから知らなかったな・・・。
伊吹   「不愉快だ!失礼する」
・・・・・。
伊吹は怒って部屋に入っちゃった。
セイ   「あ〜あ、スネちゃった」
メイ   「もお、セイがからかうから・・・」
セイ   「ハハ、じゃ俺も部屋で着替えるかな。
      荷物重くてよォ」
メイ   「うん」
セイ   「覗くなよ」
メイ   「覗かないよ・・・」
セイが自室に入るのを見届けて、僕も部屋に戻る。
部屋に入るとそこでは奇妙な光景が繰り広げられていた。
僕の机がガタガタ揺れている!
ポルターガイスト現象!?
なんとかしなきゃ・・・・・。
その時、突然大きなガタッという音と共に机の引き出しが開け放たれた!
メイ   「何か来るッ!」
朱雀   「けー!!」
メイ   「朱雀!?」
朱雀   「ハァ、ハァ・・・非道いですよメイ様、こんなところに閉じこめるなんて」
そういえば、朱雀が邪魔しないように引き出しにしまっておいたんだっけ・・・。
メイ   「あ・・・ごめん・・・△」
朱雀   「ワタシとメイ様は一心同体、
      もう二度と離れないよと誓ったじゃありませんか」
メイ   「誓ってない誓ってない」
朱雀   「ところで、メイ様。おやつがほしいです」
メイ   「え?」
朱雀   「おやつですよ。ワタシの言葉、何かヘンですか?」
メイ   「オ、オヤツ・・・ね。なにかあったかな・・・」
唐突すぎるよ・・・。
朱雀   「お腹すきましてございます」
メイ   「じゃあ・・・とりあえず食堂行ってみようか」
朱雀   「ハイ!いやぁ、やっぱりメイ様は話がわかりますねぇ。
      さすがです。ご立派です。お偉方です」
メイ   「はあ・・・」

僕は朱雀を連れて食堂に行き、すぐに食べられそうな物を探す。
朱雀はどうやら雑食のようなので、適当に見繕って与えてみる。
朱雀   「いやあ、デリシャスです!」
メイ   「ああそう、よかったね・・・△」
朱雀   「おや?メイ様は食べないんですか?」
メイ   「僕はお昼食べたからね」
朱雀   「ワタシも食べました」
メイ   「そうだね」
朱雀   「ハイ」
朱雀は再び無心に食べはじめる。
・・・・・。
これから毎日コレの世話しなくちゃなんないのかな・・・・・。

朱雀はお腹いっぱいに食べて寝ちゃった・・・。
ほっとくわけにもいかないから自室に連れていく。
まったく手のかかる式神だよ・・・。
ため息が出てくる・・・・・。
満恵   「明さん」
自室に入る寸前で、ロビーから母さんが呼び止めた。
何か用かな。
メイ   「はい」
満恵   「ひとつ頼まれごとを引き受けてもらえませんか?」
メイ   「・・・なんでしょうか?」
満恵   「実はあの人が存命中に引き受けた依頼が残っているのです。
      本来今日あの人が伺うはずだったんですが・・・、
      あんなことになってしまったので・・・」
メイ   「父さんの仕事を・・・僕が」
満恵   「どうします?断ろうかとも思ったのですが・・・」
父さんのやり残した事。
父さんがやるはずだった依頼・・・。
メイ   「・・・わかりました。かわりに僕が行って来ます」
そうだ。
これからは全部僕がやらなくちゃいけないんだ。
・・・父さんの後を継いで・・・。
満恵   「そうですか。ではよろしく頼みます」
伊吹   「メイ、私も同行しよう」
メイ   「伊吹」
部屋で話を聴いていたのだろう。
伊吹が突然部屋のドアを開け、名のりを挙げた。
伊吹   「もう残されるのは御免だからな」
メイ   「・・・伊吹」
そうか、伊吹も辛いんだよね・・・。
無理にでもついていっていれば・・・そんな後悔の念を抱えているのかもしれない。
伊吹   「そんな顔をするな。お前はもうすぐ当主になるんだ。
      シャキっとしろ」
メイ   「そうだね・・・。それで、依頼というのは?」
満恵   「東京都児童図書会館から少し北西に都営住宅があるのを知っていますか?」
メイ   「・・・まあ、一応」
満恵   「そこに住むある女性に、どうやら霊がとり憑いたらしいのです。
      詳しいことはご家族から直接説明していただけるでしょう」
メイ   「わかりました」
満恵   「これが住所です。気をつけて行くのですよ」
住所を記した紙を受け取った。
メイ   「はい。ではさっそく行ってまいります」
伊吹   「それでは・・・」
満恵   「頼みましたよ」
伊吹   「はい」
僕と伊吹は一旦部屋に戻り、儀礼用の衣装に着替える。
朱雀は・・・・・一応持っていこう。
阿部家伝統の袴姿に着替えて出発する。
祈祷やお払いなどの儀式の際には必ず正装しなければならない。
父さんや伊吹はこの格好で町中を歩くことに慣れているだろうけど、
僕はまだ慣れていない。
数回だけ父さんの悪霊払いについて行ったことがあるけど、
この格好で出歩くのはその時だけだから少し恥ずかしい・・・。
でも、もうすぐこれが当たり前になるんだ・・・。


僕たちは渡された住所を頼りに、目的の都営住宅へとやってきた。
僕の初仕事だ。
若干緊張してきた・・・。
伊吹は平気みたいだ。
ほとんどいつも父さんに同行していたからさすがに慣れているんだろう。
住宅地に足を踏み入れ、しばらく探していると、目的の家はあっさり見つかった。
メイ   「・・・ここだね」
伊吹   「うむ。まず事情を聞いてみよう」
メイ   「そうだね」
僕は呼び鈴に指を伸ばす。
メイ   「ごめんください」
・・・・・。
老女   「・・・はい。どちらさま?」
しばらくしてインターホンから壮年の女性の声が帰ってきた。
メイ   「あ、あの、ご依頼を承ってまいりました、阿部と申します」
伊吹   「緊張しすぎだ」
老女   「ああ、阿部様ですね。お待ちしておりました。
      すぐに開けますので少々お待ちください」
しばらくしてドアが開いた。
老女   「よくおいでくださいました。
      さ、どうぞお入り下さい」
メイ   「おじゃまします・・・」
伊吹   「・・・・・」
僕たちは玄関を入ってダイニングに通された。
メイ   「それで、ご依頼の内容なんですが・・・」
老女   「はい」
伊吹   「ご説明願えますかな」
老女   「はあ・・・それが・・・」
言いにくそうに口を紡ぐが、やがてぽつりぽつりと語りはじめる。
家族のことでこんな話をするのは気が引けるんだろうな・・・。
老女   「・・・私には息子がおりまして・・・あ、今は留守にしておりますが」
メイ   「はい」
老女   「その息子の嫁が・・・その、数日前から・・・
      何かに、とり憑かれたように暴れだしたんです」
メイ   「・・・一応確認ですが、普段はそんなことは」
老女   「ええ、もちろんです。普通の嫁でした。
      いま3つになる子供もいるのですが・・・、
      ・・・・・。
      数日前・・・いきなり子供に・・・噛みついて・・・・・」
涙目になりながら語っている・・・。
そうとうショックだったんだろう・・・。
老女   「あわてて子供を引き剥がすと、部屋中の物を投げて・・・
      暴れて・・・・・本当にどうしてしまったものやら・・・・・」
伊吹   「現在お孫さんは?」
老女   「嫁と引き離すため、親戚の家にあずけて・・・
      あ、嫁は奥の部屋に閉じこめているんですが・・・・・」
メイ   「・・・わかりました」
老女   「知人が以前に阿部家にご助力頂いた方を存じ上げていたもので・・・
      もう他に頼るものもなく・・・どうかお助けください」
メイ   「とりあえず様子を見てみます。どちらでしょうか?」
老女   「はあ・・・」
とりあえずお嫁さんのところに案内してもらおう。
老女   「あのぉ・・・失礼ですが・・・お二人だけ、ですか?」
メイ   「え・・・」
伊吹   「はい。二人ですがなにか?」
老女   「あ、いえ・・・もっと、お年をめされた方ときいていたもので・・・」
メイ   「・・・はあ」
老女   「失礼ですが、あなたおいくつ?」
メイ   「あ、その・・・」
伊吹   「二人とも17です」
老女   「ずいぶんお若いのねぇ・・・でも、あなたの方が年上だと思ったわ・・・」
メイ   「・・・・・」
僕ってそんなに頼りなくみえるのかなぁ・・・・・。
そりゃあ父さんに比べたら全然貫禄もないのはわかってるけど・・・・・。
伊吹   「どういう意味でしょうか?」
老女   「あ、いえ、・・・その、別に深い意味は・・・」
メイ   「い、伊吹・・・」
伊吹   「そういった発言は、
      我ら双方どちらにも失礼だということをご理解いただきたい」
老女   「こ、これは・・・とんだ非礼を・・・・・」
伊吹   「この部屋ですね。・・・メイ、行こうか」
メイ   「う、うん」
老女   「ど、どうかよろしくお願いいたします・・・」
部屋は真っ暗だった。
そして大量の霊気が渦巻いている・・・。
これは・・・とり憑いた霊は一体どころじゃないな。
そしてこれはあきらかに死霊の気だ。
目標を探して部屋を見渡してみる。
・・・・・いた。
部屋の隅にあるベッドに、お嫁さんはいた。
驚くほど大量の霊がまとわりついている。
女性   「・・・グゥゥゥゥ・・・・・」
九十九神(ツクモガミ)だ。
おそらく彼女に最初にとり憑いた霊が大量の地縛霊を引き寄せたんだろう。
しかしそれにしても数が多すぎる・・・。
一体何故こんなにも大量の死霊があふれ出しているんだろう・・・。
どこかで神社でも取り壊された時のような、
押さえられていたモノが一気に放出したかのような死霊の群だ。
伊吹   「メイ!」
メイ   「うん、九十九神だよ。それも信じられないくらい大量にふくれあがった」
伊吹   「どうする?」
メイ   「とりあえず『ヒトガタ』を作るよ」
伊吹   「うむ」
伊吹は懐から半紙を取り出す。
家の玄武の池の水で清められた紙だ。
これを人の形に切り抜いて『ヒトガタ』というものを作る。
これに霊を移して燃やし除霊をするんだ。
僕たちは一旦部屋を出てヒトガタの作成に取りかかる。
老女   「あの・・・どうでしょうか?」
メイ   「お任せください。なんとかしてみます」
老女   「お願いします」
伊吹   「メイ、何枚作ればいい?」
メイ   「できるだけたくさん・・・半紙全部使っちゃおう」
伊吹   「心得た。他に何か用意するものはあるか?」
メイ   「そうだな・・・あの、塩をいただけますか?」
老女   「え、ええ・・・。とってきます」
メイ   「それと大きめの灰皿も、あればでいいですけど・・・」
老女   「わかりました」
伊吹   「凄まじい数だぞ。どういう作戦でいく?」
メイ   「・・・僕の術で牽制してる間に伊吹は周りの死霊を祓って。
      それから僕が女性に入っている霊をヒトガタに移すよ」
伊吹   「朱雀も起こそう。なにかの役に立つだろう。
      ・・・・・というか、そろそろ立ってもらわんとクビだ」
メイ   「そうだね」
取り敢えず朱雀を懐から取り出す。
よく寝ている・・・。
メイ   「起きろ〜・・・」
伊吹   「どけ」
伊吹がどこからか懐中電灯を見付けてきて朱雀の顔に当てる。
朱雀   「ぬあっ!?」
突然瞼ごしに光を浴びせれられ、朱雀が飛び起きる。
かなりビックリしてるみたいだね。
鳥は目がいいから、光には敏感なんだ。
伊吹   「目が覚めたか?」
朱雀   「人の安眠を妨害するなんて、イケナイことですよ!」
伊吹   「仕事だ」
朱雀   「仕事・・・・・?」
・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
朱雀   「ああ!退魔の時間ですか!?
      やっとワタシの出番というワケですな!」
伊吹   「そうだ、しっかり頼むぞ」
朱雀   「任せてでございました!」
老女   「・・・あのう、用意できましたが・・・」
メイ   「お借りします」
灰皿と塩壺を受け取る。
ヒトガタも完成した。
塩壺から一握り塩をとり、自分の身体と伊吹にふりかける。
これで少しくらいの霊障からは身を守ることができるだろう。
準備は整ったな・・・。
メイ   「じゃ、僕が援護するから」
伊吹   「うむ。行くぞ朱雀」
朱雀   「イエッサー!!」
伊吹がドアを開けてまず朱雀が部屋に飛び込む!
さ、僕は術で援護だ!
メイ   「炎繰術・飛炎(ヒエン)!」
文字どおり炎の塊を飛ばす術だ。
僕は炎の術が得意だから好んで使っている。
僕の炎と朱雀が牽制している隙に伊吹が部屋に踏み込む!
伊吹   「はあああー!!斬魔剣!!」
伊吹が素早い踏み込みから刀の一振りで死霊達をなぎ祓う!
伊吹の後ろから僕も部屋に入りドアを閉める。
朱雀は縦横無尽に部屋を飛翔している。
メイ   「一気に行くぞ!」
伊吹   「うむ!」
朱雀   「ケー!!」

 VS九十九神

伊吹   「退魔剣術・霊波斬!!」
伊吹が刀身に宿らせた気を真空の刃に換え前方に放つ!
これで女性までの道が切り開かれた!
伊吹   「いまだ!行け!!」
伊吹の声と同時に突進する!
僕のすぐ目の前では朱雀が飛翔し、道をふさごうとする死霊達を焼き払う!
メイ   「陰陽術奥義・憑霊結界(ヒョウレイケッカイ)!!!」
女性の周辺に無数のヒトガタを投げつけ印を結ぶ!
ヒトガタは空中で制止し、周囲の死霊達を吸い込んでいく!
女性の周辺にヒトガタによる結界を張ったようなものだ。
メイ   「これでこれ以上の霊がこの女性に近づくことはできない・・・」
伊吹   「よくやったぞ、メイ」
伊吹も続いてヒトガタ結界の中に入ってくる。
伊吹   「さて、仕上げはこの女性に直接入り込んでいる霊をどうするか、だな」
メイ   「・・・すでに入り込んでいる霊も複数だね・・・」
女性   「グルルル・・・・・」
メイ   「飛び掛かってきそうだけど・・・」
伊吹   「そうなったら私が取り押さえる」
朱雀   「おお、勇ましいですね、雄々しいですね」
伊吹   「やかましい」
女性   「ガアアアア!!」
案の定女性は襲いかかってきたけど、伊吹があっさり取り押さえちゃった。
伊吹   「さあ、早く除霊しろ!」
メイ   「わかった」
まず最初に塩を女性の身体にふりかける。
塩には魔を祓う力が備わってるんだ。
弱い霊なら消滅させたりできるし、少し強い霊でも動きを止めたりできる。
メイ   「これでよし・・・」
僕は心の中で霊に語りかける・・・。
こうすることによって少しずつ霊の声が聞こえてくる・・・・・。
まず表面にとり憑いている霊を確認し、一体ずつヒトガタに移していく。
霊が入り込んだヒトガタはその場で燃やしていくんだ。
僕の炎の術ですぐに灰になるから、ちゃんと灰皿の中で燃やす。
本体以外の霊は引き寄せられた霊だからこれで十分祓える。
でも問題は最初に女性にとりついた死霊だ。
これはもうかなり女性の内部まで入り込んでいるから簡単には引き剥がせない。
事情を聞いて説得しなければならないだろう。
・・・・・もしも説得できなければ、手荒なことをしなきゃいけなくなる。
とりあえずこれで本体以外の霊は除去できた。
じゃあ仕上げにとりかかろう。
メイ   「自分をしっかりもってください!
      あなたを待っているお子さんの為にも、頑張ってください!」
強く女性に呼びかける。
こうやって内面から霊に対抗してもらわなければ除霊は成功しない。
そしてさらにとり憑いた死霊にも心の中で呼びかけてみる。
何度も呼びかけるうち、次第に霊の声が聞こえてくる。
どうやらこの霊はお腹に赤ちゃんを身籠もったまま通り魔に殺された母親の霊のようだ。
幸せそうに我が子を抱く女性を羨んでとり憑いてしまったんだろう・・・。
子供愛しさと、我が子を抱けなかった悲しみ、子供連れの女性に対する嫉妬・・・。
子供に対する未練と後悔の念から死霊となってしまったようだ・・・・・。
そして、日増しにその想いは強くなり、たまたま見かけたこの女性にとり憑いてしまった。
・・・なんとしても説得しなきゃ・・・。
・・・・・。
どうか聞いてください。
女性   「なんだお前は!!」
あなたの悲しみは・・・到底僕には理解することはできないでしょう。
我が子を生きさせてあげられなかった母親の悲しみなんて、
僕なんかじゃとても癒してあげられないです・・・。
女性   「うるさい!だったら出ていけ!私にかまうな!!」
でも、あなたはこの人から出なきゃいけない。
なぜなら、この人もあなたと同じ母親だからです。
女性   「それがどうした!何故私だけあんな目に遭わなきゃいけない!?」
・・・・・。
女性   「この女も、私のように苦しめばいい!!」
どうして、そんなことを言うんですか・・・。
あなたはこの女性の子供が可愛くて・・・だから入り込んだんじゃないんですか!?
伊吹   「・・・メイ」
朱雀   「メイ様、涙を拭いてください・・・」
それなのに、その子を苦しめるのは間違っています!
この人を苦しめるということは、同時にその子も苦しめることになるんです!
その子は待ってるんです!
一日でも早く、母親に会いたいって・・・。
あなたならわかるでしょう?
母親であるあなたならきっとわかるはずだ!
女性   「黙れ!お前のような子供に何がわかる!」
確かに僕は子供かもしれません・・・。
だけど、親の子に対する愛がどれほどのものかくらいはわかります。
女性   「お前なんかにわかってたまるか!本当にわかるなら言ってみろ!」
・・・・・無限です。
女性   「・・・無限、だと?」
そうです。
女性   「そんなこと・・・」
あなたのお腹の赤ちゃんに対する愛は・・・無限ではありませんでしたか?
女性   「無限・・・なんて・・・・・軽々しく・・・言う・・・な・・・」
あなたと同じように、この女性も、子供のことを想っているんです。
女性   「・・・だ、だまれ・・・・・」
その子もきっと・・・母親のことを想っているんです。
女性   「・・・・・うぅ・・・」
あなたのお腹の子供と同じように・・・。
母親に抱かれたいって、思っているんです。
女性   「・・・・・」
・・・・・。
女性   「・・・・・この・・・子と・・・・・・・同じ・・・・・」
どうかこれ以上、二人を引き裂かないでください。
お願いします・・・。
女性   「・・・・・」
・・・・・。
女性   「・・・あなた・・・やさしいのね・・・」
そんなことないです・・・。
女性   「私もあの時、・・・あなたみたいなやさしい人に、助けてほしかった・・・」
・・・・・。
女性   「でも、あなたのおかげで・・・あの通り魔と同じにならずにすんだわね」
・・・そうですね。
女性   「・・・あぶなかった・・・。
      私もう少しで、私自身が憎くて憎くてしかたがない、
      私を殺した通り魔と同じ事をするところだったのね・・・・・」
・・・・・。
女性   「そうならずに済んだのは、あなたのおかげよ・・・」
僕じゃないです。
あなたが、それに気付いたから・・・。
僕はほんのちょっとそのお手伝いをしただけです。
女性   「私も・・・いまやっと・・・あなたに、助けられたのね・・・・・」
・・・・・。
女性   「ありがとう。これで私も、子供に逢いに行けるわ・・・。
      天国のあの子に・・・・・」
そうですね。
きっと、待っていると思います。
女性   「さようなら・・・最後に貴方に会えてよかった・・・・・。
      ありがとう・・・・・」
さようなら・・・・・。
・・・・・。
伊吹   「・・・・・」
メイ   「・・・行っちゃった・・・・・」
伊吹   「そうか。・・・よくやったな、メイ」
メイ   「・・・・・」
伊吹   「おだやかな表情だ。師匠とはだいぶやり方が違うが、たいしたものだ」
メイ   「そうだね。とにかく、二人ともお疲れ様」
伊吹   「うむ」
朱雀   「ゴクローサマでしたですメイ様!さすがです!」
メイ   「朱雀もよく頑張ってくれたね」
朱雀   「いえいえ、当然の事をしたまでです!」
伊吹   「普段もこれくらいしっかりしてればいいのだがな」
朱雀   「なにをおっしゃる!ワタシは普段からシッカリしています!」
メイ   「はいはい。とにかく帰る準備しよう」
伊吹   「心得た」


メイ   「除霊、完了しました。
      もうじき目が覚めるでしょう。
      早くお子さんに会わせてあげてください」
老女   「本当ですか!?ありがたやありがたや・・・。
      何とお礼をしたらいいか・・・」
メイ   「お礼なんてとんでもないです」
伊吹   「馬鹿者、ボランティアでは食べていけまい。
      謝礼はありがたく受け取れ。それも義務だ」
老女   「あ、お金でしたらここに用意させていただきました」
メイ   「あ・・・」
伊吹   「早く受け取れ。記念すべきお前の初仕事への報酬だ」
メイ   「・・・・・。
      はい。たしかにいただきました」
老女   「ありがとうございました」
伊吹   「ではそろそろおいとましよう。メイ」
メイ   「うん。それじゃあ、失礼させていただきます」
老女   「お気をつけてお帰りくださいませ。
      どうもありがとうございました」
ふぅ、どうにか終わったね。
疲れたし、早く家に帰って一息つきたいよ。
僕らは無事依頼を達成し、都営住宅をあとにした。
帰り道は裏通りを通って帰ろう。
行きと違って家を目指すんだから迷う心配がないからね。
無理に大通りを通る必要はない。
それにこの方が少しだけど近道だし。
人混みも避けられるしね。

伊吹   「どうだった?」
メイ   「うん・・・緊張した」
伊吹   「そうだな、私も緊張した。なんといっても二人での初仕事だからな」
メイ   「父さんはずっとこんな事をしてたんだよね・・・」
伊吹   「うむ。そのとおりだ」
メイ   「凄いね・・・」
伊吹   「うむ。偉大だ」
メイ   「そうだね」
・・・・・。
不意に訪れた沈黙・・・・・。
・・・あれ?なんだか今になって感情が高ぶって・・・・・。
なんだか、熱いものがこみあげてくる・・・。
夕焼けに染まった雲がぼんやり滲んできた・・・。
涙が・・・出てきた・・・・・。
どうして・・・いまごろ・・・・・。
伊吹   「・・・メイ?」
メイ   「あれ・・・どうしたんだろう・・・・・おかしいな・・・」
伊吹   「・・・・・」
メイ   「いまごろ・・・泣くなんて・・・・・遅いよ・・・ね・・・・・」
伊吹   「・・・・・うん、遅いな」
メイ   「・・・なんだか・・・いきなり・・・・・」
伊吹   「うん・・・」
メイ   「ヘン・・・だよね・・・」
伊吹   「うん・・・」
メイ   「・・・でも・・・とまんない・・・よ・・・・・」
伊吹   「うん・・・」
・・・・・。
まさかこんな街中でくるなんて・・・・・。
メイ   「ヤだな・・・伊吹に、情けないとこ、見られちゃった・・・。
      また『女々しいぞ』って・・・言われるね・・・」
伊吹   「馬鹿。そんなこと言うものか」
メイ   「あはは・・・・・」
伊吹   「泣きたいときは思い切り泣けばいい。
      我慢していると何も感じない人間になってしまうぞ」
メイ   「・・・うん」
伊吹がそっと頭を抱いてくれた・・・。
僕は伊吹の肩に顔を押しつけるような体勢だ。
これじゃますます格好悪いよ・・・。
朱雀   「ああ!伊吹サン、メイ様を泣かせましたねッ!!」
伊吹   「そんなわけなかろう」
メイ   「あはは・・・朱雀、違うんだ・・・これは・・・・・」
朱雀   「しかし、メイ様?」
メイ   「・・・でも、ありがとう。心配してくれて」
朱雀   「は!もしかして泣かせたのはワタシ!?うれし泣き??」
伊吹   「そんなわけなかろう」
メイ   「あは・・・あはは」
涙がとまらなかった。
なのに、なんだか二人のやりとりがとても楽しかった。
とても爽やかな気分になれた気がした・・・。


しばらく伊吹にすがりついて、だいぶ気持ちが落ち着いてきた。
そろそろ家に帰らなきゃね。
・・・それにしてもやっぱりちょっと恥ずかしいな・・・。
いくら都会の人は他人に無関心だからって、こんな道ばたで・・・。
ちょうど夕暮れ時で人通りは少ないことが救いだね。
でも、なんだかまともに伊吹の顔見れないよ・・・。
伊吹   「ん?どうかしたか?」
メイ   「え、イヤ、なんでもないよ」
伊吹   「そうか」
朱雀   「メイ様〜、ワタシもう疲れましたよォ」
メイ   「そうだね、ちょっと寝てていいよ」
朱雀   「は!まことに恐縮でござりまする・・・・・・・くー・・・」
伊吹   「驚異的に寝付きが良いな△」
メイ   「特技だよね△」
伊吹   「ふぅ、だが今日は私も疲れた。
      早く帰ってくつろぎたい」
メイ   「うん、僕も疲れた。とっても・・・」
心地よい疲労感を感じながら家路を歩く。
しばらく歩くと玄関が見えてきた。
やっと家に帰ってきた。
伊吹   「やっとだな。歩きだと時間がかかる。
      セイの移動力が羨ましく思える」
メイ   「あはは、伊吹もセイ達のチーム入れば?」
伊吹   「冗談」
玄関を開けると、セイが階段の中間地点に座っていた。
セイ   「おかえり。オメーらドコ行ってたんだ?」
メイ   「あ、セイ。帰ってたんだ、ただいま」
セイ   「俺を除け者にしてなにしてたんだ?」
メイ   「除け者なんてしないよ!」
伊吹   「私達はセイと違って忙しいのだ。セイこそ一人で何をしていた?」
セイ   「お、俺は別に・・・」
伊吹   「どうせ暇で暇で、哀しい程くだらん事をしてたんだろう」
あはは、たしかにセイってば、凄く退屈そうに階段座ってるんだもん。
セイ   「う、うるせー!質問したのは俺だぞ!」
伊吹   「仕事だ。メイの初仕事」
セイ   「おおーっ!そうかそうか!で、どうだった?記念すべき初仕事は」
メイ   「うん、なんとか」
伊吹   「謙遜するな、見事だったぞ」
セイ   「そっか!そりゃスゲー、オメデトー!今夜はお赤飯ね」
メイ   「そうなの?」
僕けっこうお赤飯好きなんだよね。
あの胡麻塩がなんとも・・・。
セイ   「・・・い、いや・・・違うと思う・・・ケド」
伊吹   「・・・・・」
メイ   「そういや、僕ずいぶんお赤飯食べてないなぁ。
      前に食べたのいつだっけ?」
セイ   「へ?・・・そ、そーだな〜・・・」
かなり前に・・・一回だけ、突然母さんが作った事があったような・・・。
メイ   「たしか・・・5年くらい前だったよね?」
伊吹   「!」
セイ   「バ、バカ!」
メイ   「でもあの日ってどうしていきなりお赤飯だったのかなぁ・・・」
伊吹   「・・・〜〜〜」
メイ   「そういえば、あの日の伊吹って何故かずっと・・・アレ?」
伊吹   「〜〜〜」
どうしたんだろう?
伊吹が俯いたまま肩をふるわせてるケド・・・。
よく見ると顔が真っ赤だ・・・。
思い出して懐かしんでる・・・って感じじゃないような・・・。
セイ   「ヤバイってオイ・・・」
メイ   「エ?あの・・・伊吹?ど、どうしたの?」
伊吹   「・・・〜〜〜馬鹿ー!!!!!」
伊吹の剛剣がうなる!
僕たちは壁まで吹っ飛ばされた!
いったい何がおきたんだ!?
伊吹   「私は奥様に報告してくる!」
朱雀   「な、ナニゴトですか?!」
メイ   「エ?エ?なんで??」
セイ   「・・・バカ」
メイ   「あ、伊吹。ちょっと待ってよー、僕も一緒に行くから」
伊吹   「ついてくるな!」
メイ   「どうしたのさ、伊吹?」
伊吹   「しらない!」
早足で廊下の奥に歩いていく伊吹を、僕は急いで追いかけた。
朱雀   「あ、待って下さいよ〜!メイ様〜!」
伊吹の一撃で目覚めた朱雀も慌てて僕たちを追いかけてくる。
朱雀   「メイ様〜」
メイ   「なに怒ってるの?」
伊吹   「しらない!」
メイ   「僕なにか余計なこと言った?」
伊吹   「しらない!」
メイ   「なんで?どうして??」
伊吹   「しらない!」
メイ   「答えてよぉ」
伊吹   「問答無用!!奥様っ!ただいま戻りましたっっ!!」
メイ   「伊吹ってば〜・・・」
伊吹は母さんの部屋の襖(フスマ)を勢いよく開け放つ。
満恵   「・・・おかえりなさい」
伊吹   「依頼は無事達成しましたっ!失礼しますっ!!」
満恵   「そうですか」
伊吹は簡潔に結果を報告してきびすをかえす。
自室にもどるつもりだろう。
メイ   「・・・・・」
満恵   「・・・・・」
メイ   「・・・あ、あの」
満恵   「なにがあったのです?」
メイ   「わ、わかりません・・・」
満恵   「・・・成る程、乙女心は難しいですね」
メイ   「はあ・・・」
満恵   「それで、詳細を聞きましょうか」
メイ   「は、はい。
      依頼内容は女性にとり憑いた霊の除霊でした。
      除霊は無事成功。
      女性に怪我はありません」
満恵   「して、とり憑いていた霊は?」
メイ   「地縛霊が無数の死霊を引き寄せて九十九神となっていました」
満恵   「無数の死霊?」
メイ   「はい。信じられない程大量の死霊が・・・」
満恵   「・・・・・」
メイ   「どこかで何かがあったとしか思えません。
      例えば・・・開発でどこかの神社が取り壊されたとか・・・」
満恵   「そうですね。しかしそういった報告は政府から聞かされていません」
メイ   「あるいは、どこかの古墳が荒らされ、眠っていた霊達が目覚めた・・・」
満恵   「・・・・・。近々調べてみる必要がありそうですね・・・」
メイ   「はい。僕もそう思います」
満恵   「わかりました。さがってよろしいですよ。ご苦労様でした」
メイ   「いえ。それじゃあ、失礼します」
開けられた時とは反対に、僕は襖をゆっくりと閉めた。
部屋に戻ろう。
・・・っとその前に、さっき伊吹がなんで怒ったのかセイに相談してみよう。
階段をあがり、セイの部屋をノックする。
メイ   「セイ」
朱雀   「セイごときにに御用ですか?」
・・・・・。
返事がない。
朱雀   「・・・返事がありませんねぇ。
      どうせだらしなく寝てるんでしょう」
メイ   「セイ?入るよ」
ドアを開けて部屋を覗く。
・・・あれ?セイがいないな・・・。
朱雀   「いませんね。家出でしょう。はやりのプチ家出です」
メイ   「コギャルじゃないんだから・・・」
どこいっちゃったんだろ?
しかたないな。
いないみたいだし、部屋に戻ろう。
・・・伊吹もしばらくそっとしておけばもとに戻るよね。


メイ   「んー・・・・・・・」
部屋に戻り大きく一回伸びをする。
昨日といい今日といい、すごく沢山の事があったなぁ。
つい先日まで普通だったのに・・・。
父さんがいて・・・。
朱雀がいなくて・・・。
朱雀   「?、なんですか?メイ様?」
メイ   「・・・いや、もしかして・・・・・」
母さん、僕が落ち込まないように、今朝のうちに朱雀召還をさせたのかな・・・。
・・・さすがにこんなのだとは思わなかっただろうけどね。
朱雀   「メイ様??」
メイ   「ううん、なんでもない」
朱雀   「??」
でも、朱雀のおかげで心が沈み込まずにすんでる。
ずいぶん助かってるな・・・。
メイ   「ありがとね。朱雀」
朱雀   「なんのなんの!でもなんの?」
メイ   「・・・・・それ・・・シャレ?」
朱雀   「ハイ!一世一代の!面白いでしょう!」
メイ   「・・・僕がバカだった」
朱雀を一瞬でもありがたく思った僕がバカでした。
朱雀   「ところでメイ様」
メイ   「なに」
朱雀   「この階ってなんだか凄い霊気が満ちてますね」
メイ   「え?」
朱雀   「この階の中心あたりでしょうか・・・。
      凄まじい霊気を放出している場所がありますよ。
      いったい何があるんですか?」
メイ   「この階の中心?
      ・・・だったら『印間』かなぁ?」
朱雀   「メイ様は感じませんか?」
メイ   「う〜ん・・・普通の霊気は感じられるんだけど、
      ひょっとして特殊な霊気なのかなぁ?
      朱雀とか式神は霊力を吸収して活動してるから僕らより敏感なのかも」
朱雀   「なるほど」
でも印間かぁ・・・。
・・・・・。
そういえば、昨日気になることがあったな・・・。
舞ってる最中に葬具がなくなってた・・・。
もしかしてなにか関係があるのかもしれない。
行ってみようか・・・。

窓から見える外はすっかり暗くなっている。
印間の重い扉を開く。
一歩足を踏み入れると朱雀がさわぎだした。
朱雀   「ここです!ここからですよ!凄い霊気ですよ!!」
メイ   「・・・・・」
やっぱり何かあるのかもしれない・・・。
祭壇中央の窪み・・・。
ここにたしかに宝珠があったんだ・・・。
朱雀   「霊気が渦巻いてます!」
メイ   「中心はどの辺かわかるかい?」
朱雀   「あの祭壇の中央あたりから、凄い霊気があふれ出してます!」
メイ   「祭壇中央・・・」
中央といえばあの現在何もない窪みだ・・・。
メイ   「朱雀、もしかしたらそこに何かないかい?」
朱雀   「ナニか?ナニかってナニかな?」
メイ   「・・・ふざけてる?」
朱雀   「真剣です!!」
メイ   「例えば、水晶玉のような物とか・・・」
朱雀   「ムム・・・、それが、中心部にノイズのような歪(ヒズ)みがあって・・・」
メイ   「・・・見えない?」
朱雀   「申し訳ありませんです」
メイ   「・・・・・」
僕には見えない、朱雀には見える歪みから霊力が溢れ出している・・・。
これは何を意味するんだろうか・・・。
・・・・・!
背後に人の気配を感じる!
次の瞬間、僕はその場から飛び退いた!
今まで僕のいた場所に人はいない。
だがいつの間にか扉が閉まっている!
あれだけ重い扉だ、閉めたら音がするはずなのに!
再び背後に気配を感じる!
僕はおもわず振り向いた。
メイ   「うわっ!!」
何かと目があった!
いや、この表現はあまり適切じゃない。
そこにいたのは、公家のような格好をした骸骨。
つまり、髑髏の二つの大きな空洞と焦点が重なったにすぎない。
朽ちた衣を纏った骸骨は小刻みにカタカタ震えている。
朱雀   「メイ様?」
メイ   「朱雀!?これが見えないの!?」
朱雀   「?」
骸骨が朱雀には見えていない!?
僕だけが見えてるってこと?
骸骨   「・・・ハヤクトケ・・・」
なんだこの骸骨は!?
骸骨   「・・・モウヤメロ・・・」
な、何を言ってるんだ!?
骸骨   「・・・コロス・・・」
メイ   「くっ・・・炎繰術・飛炎!」
振り向きざま炎を放つ!
骸骨   「・・・・・」
炎は骸骨に触れる直前でかき消された!
メイ   「なっ!?」
骸骨   「・・・ムダダ・・・」
朱雀   「どうしたんです!?メイ様!!」
骸骨   「・・・シネ・・・」
骸骨が躍り掛かって来る!!
メイ   「うわぁぁぁ!!!」
次の瞬間、印間の重い扉が勢いよく開け放たれた!
誰か来たんだ!
満恵   「何をしているのです?」
メイ   「母さん!ここは危険です!下がってください!」
満恵   「・・・なにが危険なのです?」
メイ   「なにってこのガイ・・・コ・・・・・ツ・・・・・あれ?」
いない・・・。
骸骨がいなくなってる。
どこに消えたんだ?
満恵   「朱雀、なにかあったのですか?」
朱雀   「いえ、何もなかったでした!」
満恵   「・・・では、もうじき食事です。早く降りてらっしゃい」
朱雀   「ゴハン〜ゴハ〜ン!!」
メイ   「・・・・・は、はい・・・」
・・・・・。
・・・逃げた?
いったい・・・なんだったんだろう・・・・・。
母さんにも朱雀にも見えてなかったみたいだし・・・。
幻?
・・・疲れてるのかな・・・・・。
いや、そんなはずはない・・・。
きっと何かがあるんだ・・・・・。
放っておいていいんだろうか?
・・・そうだ、セイが戻ってきたら伊吹も一緒に三人で調べてみよう。
なにかわかるかもしれない・・・。
朱雀   「メイ様?早くゴハン食べに行きましょうよ」
メイ   「うん。そうだね」
僕は一旦印間を出て、夕食に向かった。


食堂にはすでに夕食が並べられていた。
いつも通り5人分の料理が並べられている。
・・・母さん、間違えて父さんの分も作っちゃったのかな・・・・・。
朱雀   「わ〜、美味しそうですね、メイ様!」
あ、そうか、朱雀の分だ。
・・・鳥なのに僕らと同じ食事なんだね・・・。
納得していつもの席につく。
伊吹も既に来ている。
メイ   「や、やあ・・・伊吹」
伊吹   「ふん」
メイ   「ま、まだ怒ってるの・・・?」
伊吹   「別に!」
メイ   「怒ってるね・・・」
伊吹   「ふん」
朱雀   「なんですか?伊吹サン。逆ギレですか?」
伊吹   「私に非があるという前提で喋るな!」
朱雀   「ワタシにまで八つ当たりしないでください!」
伊吹   「黙れ無神経!」
朱雀   「なっ!この神経質なワタシに向かって、なんたる暴言!」
伊吹   「なにが神経質だ!寝てるか食ってるかしかないバカ鳥が!」
朱雀   「なんですって!?ワタシがいつ寝てたっていうんですか!」
伊吹   「いつも寝てるだろうが!」
朱雀   「記憶にございませんね」
伊吹   「それすら忘れてるんだ!バカだから!」
朱雀   「バカってゆー方がバカです!」
伊吹   「言われる奴がバカだ!」
朱雀   「バカ!」
伊吹   「なんだとお!!」
朱雀   「なんですか?」
伊吹   「バカって言う奴がバカだっ!」
メイ   「ふ、二人とも落ち着いて・・・」
朱雀   「バカ!」
伊吹   「バカ!」
朱雀   「バカ!」
伊吹   「バカ!」
朱雀   「バカ!」
伊吹   「バカ!」
朱雀   「それしか言えないんですか?バカの一つ覚えですね」
伊吹   「黙れ阿呆鳥!」
朱雀   「!!
      れ、霊鳥であるワタシに向かって・・・阿呆鳥!?
      よ・・・よくも・・・・・」
伊吹   「どうした?阿呆鳥の分際でいっちょまえに文句でもあるのか?」
朱雀   「訂正しなさい!訂正しなさい!訂正しなさいっ!!」
メイ   「落ち着こうよ、二人とも・・・ね?」
伊吹   「な〜にが『ね?』だ!もとはといえばメイがくだらん事を言うからだ!」
朱雀   「そうです!ここまで侮辱されて落ち着いていられるハズないでしょう!」
メイ   「で、でも・・・」
伊吹   「でももへったくれもない!」
朱雀   「だいたいなんでワタシがこんな言葉の暴力を受けなければならないんです!」
伊吹   「私だってなにゆえあんな辱めを受けねばならん!?」
朱雀   「このままじゃ気が済みません!」
伊吹   「私とておさまらんわ!」
メイ   「もうヤメテよぉ・・・」
朱雀   「メイ様は黙っていてください!」
伊吹   「そうはいかん!お前が原因なんだ!メイ!」
メイ   「そんな・・・」
朱雀   「黙っててください!」
伊吹   「黙るなメイ!私はお前に言いたい事があるんだ!」
朱雀   「黙って!」
伊吹   「黙るな!」
朱雀   「黙れ!」
伊吹   「黙るな!」
メイ   「あうあう・・・」
満恵   「だまらっしゃい!」
母の一括で時間が止まった。
メイ   「か、母さん・・・」
伊吹   「お、奥様・・・・・」
朱雀   「けー・・・」
満恵   「夕食にします。静かにいただきましょう」
メイ&伊吹「は、はい」
朱雀   「けー・・・」
母さんのおかげでどうにかケンカも収まって、どうにか夕食だ。
疲れた・・・。
伊吹   「頂きます」
メイ   「いただきます」
朱雀   「ケー!」
今日はセイがどこかに行ってていないから、
食事が始まれば静かだ。
ときどきセイは夕食時にいないことがある。
そんなときでもいつもちゃんと夕食は用意されてる。
朱雀   「?、あれって余りですか?もらっていいですか?」
メイ   「あ、ダメだよ。あれはセイの分だから、ちゃんと残しておかなきゃ」
朱雀   「冷めちゃいますよ?」
メイ   「セイは冷めたご飯好きなんだ」
これは言い訳じゃなく本当だ。
セイは冷めたご飯も美味しそうに食べる。
『冷めたら冷めたなりの別のおいしさがある』って言ってるんだよ。
朱雀   「そうなんですか?変な人ですね」
メイ   「そうだね」
気まずい雰囲気の中、淡々と食事が進んでいく。
その中にあっても朱雀だけははしゃいでいる・・・。
今までケンカしてたのに、ホントお気楽だよね。
さっきから伊吹は一言も発しないのに。
伊吹   「・・・・・」
また怒られるかもしれないけど、とりあえず僕から話し掛けてみようかな・・・。
メイ   「あ・・・そういえばさ・・・」
伊吹   「・・・・・」
メイ   「やっぱり今日お赤飯じゃなかったね」
伊吹   「ぶー!!」
みそ汁を吹き出す伊吹!
また何か変な事言っちゃった?!
メイ   「あ、あれ?・・・伊吹??」
伊吹   「ゴホゴホっ」
メイ   「伊吹?」
伊吹   「・・・・・」
やっと落ち着いたかな、深呼吸してるけど・・・。
メイ   「あの、伊吹・・・?」
伊吹   「・・・ふっ、まったくしょうがないなメイは」
メイ   「エ?」
あ、伊吹が笑ってる。
やっと機嫌なおしてくれたみたいだ。
伊吹   「今日の所は、お前の阿呆さ加減に免じて許してやる」
メイ   「?、なんだかわかんないけど、よかった・・・んだよね?」
伊吹   「仕方のない奴だ」
メイ   「あはは」
満恵   「・・・・・コホン」
伊吹の向かいに座ってる母さんは何故かみそ汁まみれだ。
・・・あ!さっきの!
伊吹   「お、奥様!!とんだ粗相を!!」
満恵   「・・・以後お気をつけなさい」
伊吹   「め、面目ありません・・・」
メイ   「はは・・・・・」
こうして、再び新たな気まずい雰囲気の中で食事が再開された。
あの朱雀を含め誰も喋らない・・・。
誰かどうにかしてよぉ・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
とてつもなく長く感じる食事がやっと終わった・・・。
メイ   「ごちそうさまでした」
朱雀   「ゴチソウサマでした」
伊吹   「ご、御馳走様でした・・・」
満恵   「お粗末さまでした」
母さんが食器を持って席を立つ。
伊吹   「て、手伝います!奥様っ!」
満恵   「あらそう」
伊吹は作り笑顔を浮かべて母さんを追っていく。
さあ、僕らは部屋に戻ろう。
メイ   「朱雀、行こう」
朱雀   「ハイッ!メイ様ッ!」
席を立ったと同時にけたたましく電話のベルが鳴り響いた。
うちは昔ながらのダイヤル式黒電話なんだ。
朱雀   「メイ様!火事です!」
メイ   「電話だよ」
母さんと伊吹はキッチンで洗い物をしてるから、僕が出るべきだね。
でも僕って電話苦手なんだ。
なんか緊張するんだよね・・・。
かといって朱雀を出すわけにもいかないし・・・。
しかたないから出よう。
電話はロビーに設置されているんだ。
ロビーへ行くよ。

僕は意味もなくドキドキしながら受話器をとった。
メイ   「はい、阿部です・・・」
声    「夜分遅くに失礼します」
あれ、聞いたことある声だな、誰だろう?
声    「小野寺です。先程はどうも」
メイ   「あ、小野寺さんですか?どうも」
小野寺  「メイ君ですか?」
メイ   「はい」
小野寺  「突然で申し訳ないのですが、緊急事態ですのでご了承下さい」
メイ   「何かあったんですか?」
小野寺  「はい。まだ当主就任式も済んでいない状態で
      こういった事をお願いするのはまことに恐縮なのですが、
      我々の方に街に妖魔が出現したとの報告が入りました」
メイ   「なんですって!?」
小野寺  「本来清雲様がいらっしゃればそのお力を拝借願えば済むのですが、
      なにぶん現在の状況ですので、メイ君に頼らざるをえない状態でして。
      こうして連絡させて頂いたしだいです。ご理解下さい」
メイ   「かまいません」
小野寺  「どうか清雲様の代わりに妖魔討伐の任、引き受けては頂けないでしょうか」
メイ   「もちろんです。それで場所は?」
小野寺  「感謝致します。妖魔出現ポイントは港区六本木『国際文化会館』です」
メイ   「わかりました。すぐに討伐に向かいます」
小野寺  「車をこちらで用意致します。出発の準備をしてお待ち下さい」
メイ   「あ、そうなんですか・・・」
小野寺  「私も同伴いたしますので。それでは」
メイ   「え、あ、はい。わかりました」
小野寺  「失礼致します」
切れた・・・。
そうか、車で現地まで送迎してくれるんだ。
やっぱり国の依頼だから待遇が違うみたいだね。
そうだ、とりあえず母さんに報告しとかなきゃ・・・。
キッチンへ行こう。

キッチンでは母さんの素早い的確な指示で洗い物が進んでいた。
伊吹は指示に追いつくために悪戦苦闘してるみたいだね。
メイ   「母さん・・・」
伊吹   「どいてくれ、メイ!」
伊吹がお皿を積み上げて運んでくる。
満恵   「伊吹さん、そんなことでは立派な花嫁にはなれませんよ」
母さんは花嫁修業のつもりみたいだね。
伊吹   「は、はい!奥様!」
伊吹はてんてこまいでわかってないみたい。
満恵   「メイさん、どなたからですか?」
メイ   「あ、小野寺さんです」
満恵   「小野寺さん?それで、お話は?」
メイ   「はい。じつは街に妖が・・・」
満恵   「伊吹さん、作業は一時中断です。お話を聞きましょう」
伊吹   「は、はい!奥様!」
から返事の伊吹は片付けを続行している。
聞こえてないけどとりあえず条件反射で返事しているだけのようだね。
満恵   「伊吹さん、休憩です」
伊吹   「は、はい!奥様!」
満恵   「朱雀、火を吹いて」
朱雀   「あぎゃー!」
伊吹   「ぴ・・・」
朱雀の炎で伊吹がこんがり焼けた。
メイ   「・・・・・△」
伊吹   「なにをするか!バカ鳥っ!!」
満恵   「片付けは一旦中止です」
伊吹   「え、奥様?」
満恵   「今しがた街に妖出現の連絡が入りました」
伊吹   「なんですと!それは本当か?」
メイ   「そうなんだ。いま小野寺さんから電話があって・・・」
満恵   「それで」
メイ   「六本木の国際文化会館に出現したようです」
伊吹   「ふむ、どうしたものか・・・」
満恵   「そうですね・・・」
メイ   「あの、それでもう討伐引き受けたから、
      もうじき送迎の車が来るはずだけど・・・」
伊吹   「なに?すでに引き受けたというのか?」
メイ   「うん」
伊吹   「巫山戯(フザケ)るな!何故勝手に決める!?」
メイ   「え?だって・・・緊急事態らしいし・・・」
伊吹   「何故私か奥様に相談しなかった?」
メイ   「そ、それは・・・」
伊吹   「命懸けの仕事なんだ!勝手な行動が許されると思うか?」
メイ   「でも・・・父さんはいないし、引き受けるしかないじゃないか・・・」
伊吹   「退魔士は我々だけじゃない!新米が勝手な判断をするなと言っている!」
満恵   「そうです。それに今日はすでに大きな依頼を一件こなしているのですよ。
      ただでさえ駆け出しの退魔士が、
      詳細もわからない事件を掛け持ちで引き受けるのは賢明とは言えません」
メイ   「ですが・・・」
満恵   「まずは私に報告。あるいは先輩である伊吹に相談するのが先です」
メイ   「・・・・・」
伊吹   「場合によっては断らざるをえん事もあるんだ。
      軽々しく引き受けて手に負えなかったらどうする!」
メイ   「・・・・・」
伊吹   「必要な道具が揃ってない場合などもありえるんだ。
      簡単に考えるな」
メイ   「・・・ごめん」
満恵   「しかし、すでに引き受けてしまった以上、責任を果たさねばなりません。
      今回は仕方ありません。次からは気を付けなさい」
メイ   「はい。・・・すみませんでした」
満恵   「では急いで準備にとりかかりなさい」
メイ   「はい」
伊吹   「不本意だが私も同行する。
      退魔士としての心得を理解させていなかった私にも責任がある」
メイ   「伊吹・・・」
伊吹   「いいな。命を賭ける以上、勝手は許されんのだ」
メイ   「・・・うん。わかった」
伊吹   「よし」
そうだ、勝手な行動は許されない。
これからは気を付けなきゃ・・・。
だけど、引き受けてしまったからにはやり遂げないといけない。
僕たちは自室へ向かい準備を整えた。

10分後・・・政府の車が到着した。
小野寺さんは乗っていない。
一足先に現場へ向かったらしい。
僕らも早く行かなければ・・・。
僕と伊吹は急いで車に乗り込んだ。
首都高速3号線に入って六本木に急行する!
高速道路を降りたら国際文化会館はもうすぐだ!

周囲を学園で囲まれた場所に国際文化会館は位置する。
車は目的地に到達して停止した。
僕と伊吹は車をおりて辺りを見回す。
たしかに不吉な妖気が漂っている・・・。
この建物のどこかに妖が潜んでいるのは間違いなさそうだ。
入り口に黒のハイヤーが止まっている。
そうか、小野寺さんは先に到着してるんだった。
・・・でも人影がないな。
もしかして先に建物に入ってしまったのかな?
メイ   「伊吹・・・」
伊吹   「行こう」
メイ   「小野寺さんがいないけど・・・」
伊吹   「・・・鍵を開けて待っているのかもしれん。
      とにかく入ってみよう」
メイ   「うん。・・・無事・・・だよね?」
伊吹   「・・・・・」
自動ドアは作動しないので横にある入り口の扉を押してみると、
予想通りすんなりと開いた。
やっぱり小野寺さんが先行して入ってるみたいだ・・・。
僕は伊吹と顔を見合わせ、お互いに頷いてから侵入する。
メイ   「・・・真っ暗だね」
伊吹   「小野寺氏が入っているのなら電気くらい付けていてもよさそうなものだが」
メイ   「・・・電気が止まってるとか・・・」
伊吹   「ブレーカーが落とされているという可能性が高いな・・・」
メイ   「とりあえず呼んでみようか?」
伊吹   「いや、妖に察知されるとやっかいだ」
メイ   「でも、発見が遅れてもしもの事があったら・・・」
伊吹   「・・・それほど軽率な行動をとるようには見えなかったが・・・」
メイ   「そうれはそうだけど・・・」
伊吹   「だが、一人で先行したのならあまり賢明ではないな・・・」
メイ   「・・・じゃあ小野寺さんは外?」
伊吹   「いや、小野寺氏以外鍵を開けたりする権限はなかろう」
メイ   「やっぱりもう入ってるのかな・・・」
伊吹   「我々を呼んだにも関わらず、何故自分が入ったのか・・・」
メイ   「入らなきゃならない理由があったとか・・・」
伊吹   「どんな理由だ?」
メイ   「それは、わかんないけど・・・」
伊吹   「理由・・・か」
暗闇にだいぶ目が慣れてきたな・・・。
メイ   「あ、壁に案内図があるよ」
伊吹   「ふむ。・・・単純な構造だな。暗闇でも迷うことはなかろう」
メイ   「どうしよう、このまま進む?」
伊吹   「他に当てもない、まっすぐ行こう」
僕たちは誰もいない暗闇の中を直進していく・・・。
どこになにが潜んでいるかわからない。
慎重にゆっくり行かないと・・・。
伊吹   「扉だな・・・」
メイ   「開けるよ?」
伊吹   「用心してな・・・」
重厚な扉を開いた。
とりあえずの安全を確認して部屋に入る。
伊吹   「・・・ここは・・・」
メイ   「中央ホール・・・だね」
伊吹   「!前方に誰かいるぞ!」
メイ   「!!」
間違いない前方に人影がある!
誰かいる!
完全に僕たちの事に気付いているようだ。
小野寺  「お待ちしておりました」
メイ   「小野寺さん!?」
小野寺  「夜分遅くに申し訳ありません」
メイ   「小野寺さん!無事ですか」
駆け寄ろうとした僕を伊吹が制する。
伊吹   「待て。・・・妖の罠かもしれん。たやすく警戒心を解くな」
メイ   「そうか・・・」
小野寺  「どうしました?」
伊吹   「何故こんなところにいる?」
小野寺  「先に到着したもので、電気をつけてお待ちしようと思ったのですが、
      どうやらブレーカーが落ちているようでして、
      ブレーカーを探していたんですが・・・」
伊吹   「・・・鍵を開けたのも貴方だな?」
小野寺  「はい。先程許可がおりましたので」
伊吹   「それで、暴れている妖はどこに?」
小野寺  「さあ。この建物内のどこかに潜んでいるのではないかと・・・」
伊吹   「誰かが確認したのか?」
小野寺  「いえ」
伊吹   「被害者は?」
小野寺  「すでに死亡状態でしたので、我々で処理しました」
伊吹   「ならば、そもそも誰が通報したのだ?」
小野寺  「・・・機密事項ですので」
伊吹   「何故単身侵入した?」
小野寺  「それは・・・」
メイ   「あ!!伊吹、上!!」
伊吹   「なにっ!?」
僕が伊吹に飛び付いたので二人してフロアに転がった!
さっきまで僕らがいた場所は硫酸のような粘液が撒き散らされている!
グロテスクな化け物がホールの天井に張り付いて僕らの様子をうかがっていたのだ!
化け物はもういない。
すでに二階の廊下に消えている。
小野寺  「大丈夫ですか?」
メイ   「伊吹、二階だ!」
伊吹   「わかった!」
小野寺  「奴の逃げた方向にはロビーしかありません。
      ホールを出てすぐの階段から行けば逃げ道はないはずです」
伊吹   「メイ、朱雀を起こしておけ。暗闇では鳥目は役に立たないだろうがな」
メイ   「わかった。朱雀、起きて」
朱雀   「うるせーぞ!こちとらいい気持ちで寝てんだー!!」
メイ   「・・・・・」
伊吹   「・・・・・」
朱雀   「むにゃむにゃ・・・」
小野寺  「・・・寝言、でしょうか?」
メイ   「す、朱雀?」
朱雀   「・・・うにゅ?
      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
      ハッ!メイ様!!御用ですか?」
メイ   「・・・やっぱり寝言だったんだね△」
朱雀   「ハイ?」
伊吹   「もういい、早く行こう。見失うぞ」
メイ   「そうだね」
朱雀   「?」
僕達はとにかく二階に急行した。

二階ロビーに駆けつけると、そこには別段何もなく、ただ静寂が辺りを支配していた。
とりあえず僕たちは階段を封鎖してあたりに気を配る・・・。
メイ   「・・・いないね」
伊吹   「ああ、どこかの物陰にでも隠れているのだろう・・・」
メイ   「隠れられそうなところといったら・・・」
伊吹   「左角の観葉植物のあたり・・・」
メイ   「右奥の扉の裏側・・・」
小野寺  「同じく右奥にある扉横のカウンター・・・」
伊吹   「そしてその向かいにあるボードの裏側・・・といったところか」
メイ   「・・・緊張するね」
伊吹   「気を抜くなよ」
小野寺  「もしも明るかったら、扉の裏かカウンターにしぼれるのですがね・・・」
伊吹   「・・・どこだ・・・どこにいる・・・」
メイ   「朱雀、何か気配感じない?」
朱雀   「ぜんっぜん感じませんですな」
伊吹   「・・・こちらが動くまで出てこないつもりか・・・」
小野寺  「・・・・・」
伊吹   「?、なにか?」
小野寺  「いや、失礼。
      その剣を構えておられると、亡くなられた清雲様の勇姿がよぎったもので。
      凛々しく成長されましたな、相楽さん」
伊吹   「な、なにを・・・こんなところで・・・世辞は結構だ」
小野寺  「はは、お世辞じゃありません。私は見たままを言葉にしただけです」
小野寺さんは笑って両手をヒラヒラさせる。
・・・あれ?なにか左腕の袖口から白い物が見え隠れしてる・・・。
なんだろう?包帯・・・?
メイ   「あの、左腕・・・どうかされたんですか?
      包帯をなさってるようですが・・・」
小野寺  「・・・ああ、これですか。
      お恥ずかしいかぎりですが、昨日業務中に引っかけてしまったようで・・・」
メイ   「大丈夫ですか?」
小野寺  「はは、何も心配いりません。軽い切り傷ですので」
メイ   「そうですか・・・。お大事に」
小野寺  「どうも。ところで、相楽さんは清雲様の刀を継承されましたが、
      メイ君にも何か残されたのでしょうか?」
メイ   「あ、いえ・・・。僕は別に・・・」
小野寺  「・・・なにも・・・ですか?例えば退魔具など・・・」
メイ   「はい。これといっては特に・・・」
小野寺  「そうですか・・・」
メイ   「基本的に退魔具は家族の誰の物でもないんですよ。
      必要に応じて自由に持ち出せますから」
小野寺  「そうでしたか・・・。
      しかし、何も形見分けされていないというのは・・・。
      そうだ、遺書はなかったのですか?」
メイ   「遺書・・・」
そういえば、遺書については不可解な点があった・・・。
母が管理していたはずの遺書。
それは確かにあったんだ。
でも今、母はその存在を否定している。
そしてそれに書かれていた特別な葬具。
『弔いの舞』の最中に消えてしまったあの宝珠・・・。
それに、宝珠のあった場所に渦巻く霊気・・・。
しかもそれは朱雀にしか感じることができないもの・・・。
そして・・・印間に現れた公家の骸骨・・・・・。
小野寺  「・・・なにか、あったんですね?」
メイ   「あ、その・・・」
いま、小野寺さんのサングラス下の視線が
鋭く研ぎ澄まされたように感じたのは気のせいだろうか
小野寺  「遺書にはなんと?」
メイ   「そ、それが・・・式に使う葬具のことが書かれていたんですが・・・」
小野寺  「葬具?」
メイ   「僕の記憶違いかも知れないんですが、なくなったようなんです」
小野寺  「無くなった?それは、いつです?」
伊吹   「随分熱心に聞きますな。かなり興味がおありのようだ」
小野寺  「これは失礼。立ち入った事を聞いてしまいました」
伊吹   「・・・・・」
小野寺  「失礼ついでにお伺いしてもよろしでしょうか?」
メイ   「はい。かまいません」
伊吹   「メイ!?」
メイ   「いいから。
      ・・・僕も気になってる事があるんだ・・・」
小野寺  「その葬具とは・・・どのような物ですか?」
メイ   「宝珠です。水晶玉のような・・・」
小野寺  「やはりそれは、膨大な霊気を宿した品なのですか?」
メイ   「そのようです」
小野寺  「なるほど・・・。それが忽然と消えた・・・。
      『弔いの舞』の最中に・・・」
メイ   「・・・・・」
小野寺  「先程お伺いした時に、私もそれらしい霊気は感じませんでした。
      ということは、おそらく・・・宝珠は外部に流出していると・・・」
メイ   「その可能性も高いでしょうね」
小野寺  「それだけ膨大な霊力を秘めた物質が存在していれば、
      私や貴方がたなら何かしらの驚異を感じるものですからね」
伊吹   「たしかに、私も式の最中に違和感を感じた。
      おそらくその時に何者かが宝珠を盗み出した・・・」
メイ   「かもしれないね・・・」
小野寺  「・・・我々の知らない部外者・・・か」
メイ   「なぜ、部外者だと決めつけるんです?」
小野寺  「・・・内部の者の犯行と?」
メイ   「わかりません。ですが、その可能性を否定することはできないでしょう」
小野寺  「・・・・・」
伊吹   「内部の者といっても、阿部家は私達とセイ、それに奥様だけだ。
      仕事関係を含めても小野寺氏などごく僅かな人間だけだぞ」
メイ   「まあね」
でも、それでも可能性は捨てきれない・・・。
母さんだって、何か隠してるかもしれないし・・・・・。
小野寺  「なるほど・・・。いや、実に興味深い話が聞けました」
伊吹   「・・・私も正直驚いた・・・」
メイ   「ごめん、誰にも言ってなかったから・・・」
伊吹   「いや・・・」
メイ   「!!」
僕らは話に没頭して、気が弛んでいた。
まさに好機とばかりに奴は突然襲いかかっていた!!
右奥から突如姿を現したそいつは、僕達に硫酸粘液を撒き散らした!!
どうやらボードの裏にへばりついていたようだ!
伊吹   「くっ!!」
咄嗟に避けたが壁を直撃した粘液が飛び散って僅かだが伊吹の肌にかかった!
伊吹   「ああっ!!」
メイ   「伊吹!」
小野寺  「早く拭かないと!」
僕は慌てて服で伊吹の腕をぬぐった!
メイ   「大丈夫!このくらいだったらすぐに直るよ!」
伊吹   「ああ、すまない・・・メイ」
ヤモリのような奇怪なシルエットが闇にたたずんでいる!
は虫類のような、両生類のような、しかもそれをグロテスクに仕上げた外見の妖が、
怪しく光る目玉をこちらに向けている。
メイ   「百折不撓!破邪顕正!!」
小野寺  「きます!」

 VS妖(両生類タイプ)

伊吹   「先程は油断したが、今度はそうはいかんぞ!」
伊吹が一気に間合いを詰める!
妖    「ガァ!」
しかし妖も硫酸粘液を飛ばして攻撃する!
伊吹   「あまい!」
すばやく見切って回避した伊吹がそのまま刀を一閃させる!
伊吹   「なに!?」
しかし妖は驚異的なジャンプ力で刀を飛び越え、天井にへばりつく!
メイ   「朱雀!」
朱雀   「シャー!」
天井へ向けて朱雀が突撃する!
妖はそれもかわして僕めがけて急降下してきた!
伊吹   「メイ!」
メイ   「炎繰術・火柱(ヒバシラ)!」
正面に灼熱の炎でできた火柱を立ち昇らせる術だ!
妖    「ゲッ!?」
地面から自分めがけて迫ってくる炎に驚いた妖は、
炎に包まれながらも着地し、自慢の脚力を生かして素早く後方に飛びずさる!
しかしそこには伊吹が・・・!
伊吹   「もらった!」
妖    「!」
伊吹   「退魔剣術・天昇斬(テンショウザン)!!!」
鞘から刀を垂直に抜き放ちながら、
下段から身体全体を使ってダイナミックに切り上げる豪快な剣術。
妖は一刀両断され闇に滅した!
伊吹   「ふぅ・・・」
小野寺  「お見事」
朱雀   「勝ちなのだ〜!」
小野寺  「さすがですな。清雲様もきっと喜んでおられることでしょう」
メイ   「はい。・・・ですが・・・」
伊吹   「いまの妖・・・、実体化していたな」
メイ   「うん、めずらしいケースだよね」
伊吹   「奴らがこの世で実体化しているとなれば、
      どこかでそうとうの歪みが生じているということだ・・・」
メイ   「やっぱり、最近少しおかしいよ。
      どこかに大きな次元の歪みが発生してるんだ。間違いなく・・・」
小野寺  「成る程。では歪みについては我々も調査してみましょう」
メイ   「お願いします」
伊吹   「さしあたっては・・・」
朱雀   「疲れました!早く帰って寝たいです〜!」
メイ   「はは、そうだね。疲れたね」
小野寺  「そうでしょう。どうもお手数をおかけしました。
      あとのことは我々が処理しておきますので」
メイ   「お願いします」
小野寺  「お二人は帰ってゆっくりお休みください。
      外の車で送っていきますので」
メイ   「ありがとうございます」
小野寺  「いえ。これが仕事ですので」
伊吹   「では、帰るぞメイ」
メイ   「それじゃ、失礼します」
小野寺  「お疲れ様でした」
僕達は小野寺さんを残して国際文化会館を出た。
小野寺さんはこれから建物の戸締まりをして、それから報告とかの雑務があるんだろう。
僕達は行きと同じ車に乗りこんで、国際文化会館をあとにした・・・。
今日は本当に疲れた・・・。
早く帰って眠りたいな・・・。


運転手  「お疲れ様でした」
メイ   「どうも」
家の門の前で車をおりた。
疲れきった足を気力で動かして玄関をくぐる。
見るとセイの靴が脱ぎ散らかしてある。
どうやら先に帰ってきてるみたいだね。
メイ   「あ、鍵かけておいてね」
伊吹   「うむ」
メイ   「ただいま戻りました」
奥から母さんが出迎える。
満恵   「お帰りなさい。どうでした?」
メイ   「はい。理由は不明ですが妖が実体化していました。
      どうにか処理できましたが・・・、伊吹が負傷してしまって・・・」
伊吹   「このくらい、怪我のうちにはいらん」
メイ   「でも・・・」
伊吹   「洗って消毒しておけば直る。
      そうだ、早く洗いたい。先に風呂をいただくぞ」
メイ   「う、うん・・・」
伊吹はさっさと二階に上がっていった。
満恵   「自己の無責任な行動で、他人が怪我をする。
      こういう事もあるのです。しっかり憶えておきなさい」
メイ   「はい」
満恵   「さ、今日はもうお休みなさい。疲れたでしょう」
メイ   「あ、セイは帰ってますか?」
満恵   「静かですから寝てるのでしょう」
メイ   「あ、そうですか」
満恵   「では、私も寝るとしましょう。おやすみなさい」
メイ   「はい。おやすみなさい」
母さんは再び自室に戻っていった。
とりあえず僕も部屋に行こう・・・。
階段をのぼりはじめてすぐ、お風呂の準備をした伊吹が下りてきた。
メイ   「伊吹、ホントに腕大丈夫?」
伊吹   「本当に大したことはない。あまり気にするな」
メイ   「だけど、僕の身勝手で・・・」
伊吹   「わかっているならそれでいい。それを忘れるな」
メイ   「・・・うん」
伊吹   「こんなもの、唾でもつけとけば直る。
      さ、今から綺麗に洗いに行くんだ、道を開けろ」
メイ   「あ、ごめん」
伊吹は軽く微笑んで階段を下り、脱衣場に入っていった。
僕はなんとなくその後ろ姿を見送って階段をあがりはじめる。
あ、そうだ、セイもう寝ちゃったかな・・・。
もしまだ起きてたら一緒に印間を調べたいな・・・。
自室を通り過ぎセイの部屋の戸をノックする。
メイ   「セイ、起きてる?」
・・・・・。
返事がない。
メイ   「セイ、開けるよ?」
静かに戸を開けて中を覗く。
薄暗い部屋は静かだ。
どうやらセイは完全に眠ってるみたいだね。
セイ   「・・・バカオヤジー・・・・・」
寝言だ。
きっと夢をみてるんだね。
どんな夢見てるんだろう。
印間は気になるけど、せっかく寝てるのを起こしちゃ悪いな・・・。
今日は調べるのはやめておこう。
そっと戸を閉めてとなりの自室に入る。
とりあえずお風呂の準備して待っていよう・・・。
そうだ、朱雀を机の上に置いてっと。
フフッ、スヤスヤ眠ってる・・・。
寝てればかわいいんだケドね。
メイ   「おつかれさま、朱雀」
朱雀   「・・・あでもねーよぉ・・・・・ぅにゅうにゅ・・・」
クスッ、寝ぼけてる寝ぼけてる。
そっとしておこう。

少しの間ぼー・・・っとして、
ふと思い立って布団を敷いて、
また少しぼー・・・っとしてたら物音が聞こえてきた。
伊吹があがったみたいだね。
それじゃ僕も入ろうか。
部屋から出て階段を下りていると伊吹が下から声をかける。
伊吹   「おさき」
メイ   「うん。傷はどう?」
伊吹   「この通り、綺麗なモノだろう」
そう言って腕を見せる。
たしかに軽い火傷の時みたいなもんだ。よかった。
メイ   「そうだね。よかった」
伊吹   「ホッとしたか?フフッ、さて、風呂上がりは麦茶だ、麦茶。
      早く寝ろよ、メイ。おやすみ」
メイ   「おやすみ」
伊吹はキッチンに向かっていく。
それじゃ僕もお風呂入ろう。

メイ   「イタッ!」
足をお湯につけたら膝に痛みが走った。
そうだ、今日怪我したんだったな・・・。
そぉ〜っと湯船につかる。
メイ   「ふぅ・・・。気持ちいい・・・・・」
一度入ってしまえば痛くない。
それにしてもいい湯加減だな。
・・・母さんが頃合いを見計らって沸かしてくれてたんだろうね。
気を使ってくれてるんだな・・・・・。

僕は風呂上がりは牛乳派なんだ。
伊吹はお茶。セイは日によって牛乳だったりポカリスエットだったりする。
だから前日に一杯分牛乳が残ってるからって油断できない。
セイが飲んで無くなってることがあるからね。
そんな時はしかたないからお茶を飲む。
そしたら今度は伊吹の分が無くなった事が一回だけあったっけ。
その時は因果応報とはならずに、伊吹が怒りながら水飲んでた・・・。
さて、牛乳、牛乳・・・・・。
・・・・・。
・・・ない。
・・・・・セイが飲み干したみたい・・・。
しょうがない、お茶・・・。
・・・・・。
・・・ない。
伊吹が飲み干したみたい・・・。
・・・・・。
今日は僕が泣きながら水道水飲む番みたいだね・・・。

いまいちスッキリしない気分で自室に向かう。
そうだ、僕が最後だから家中の電気を消しながら行こう。
最後に自室の電気を消して布団に潜り込む。
今日は本当に疲れたな、ぐっすり眠ろう。
明日は休みだから少しは朝ゆっくりできるしね。
実は僕低血圧だから朝は苦手なんだ・・・。
・・・・・。
そういえば昨夜はあまり眠れなかったしな・・・・・。
・・・・・。
今日はしっかり寝なくちゃ・・・・・。
・・・・・。
・・・・・。
寝なくちゃ・・・・・・・。
・・・・・・・・。


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