SYNCHRONICITY TWINS STORY

NECRONOMICON

ACT.1 02日 金曜 午前 (メイ編・朱雀召喚)



昨日はあれからあまり眠れなかった・・・。
あの後はもう夢は見なかったが、やはり眠れる状況とはいえなかった。
今は朝の6時。
早起きは三文の得って言うし、もう起きようかな。
・・・・・起きてるけどね。
さすがに眠いけど、今寝たら学校までに起きれる自信はないし、
散歩がわりに下に行ってみようかな。

一階の食堂に降りてみると既に母さんは起床していた。
満恵   「おはよう、明さん。はやいですね」
メイ   「あ、母さん。おはようございます」
満恵   「・・・目が赤いですね。あまりよく眠れなかったようね」
メイ   「・・・・・はい」
満恵   「ですが、今日には丁度良い時間です。
      そろそろ起こしに行こうとしていたのですが・・・」
メイ   「えっ・・・?まだ6時のはずですけど・・・」
満恵   「当主就任式までにやっておかなくてはならない事があります」
メイ   「・・・それは、一体・・・」
満恵   「お食事の用意ができています。
      済んだら『禅堂』にいらっしゃい」
メイ   「わかりました」
それだけ告げると、母は食堂を出ていった。
母はすでに朝食も終えているようだ。
僕がずっと起きてたのに、物音ひとつたてずに行動してたんだと思うと凄い。
でも、こんな朝はやくから一体何をするんだろう?

朝食を終えた僕は急いで『禅堂』に向かった。
祭事は普段この場所を使って行われる。
葬儀だけが例外なのだ。
広々としたお堂内には様々な仏像が飾られている。
セイに言わせると、ここはいつも先進仏首脳サミットらしい。
初めてセイがそう表現したとき、珍しく伊吹が爆笑してたけど、
僕にはよくわからない。
あのときは厳粛な場で騒いだから母に凄くしかられたっけ。
僕は一言も発してなかったはずなんだけど・・・。
今日は中央に祭壇が用意されている。
この祭壇はいわゆる歌舞伎のセリと同じ仕組みで、普段は仕舞われている。
祭壇の上には大きな鉢のような物が置かれていた。
母は祭壇の下で僕を待っていた。
満恵   「早かったですね。
      まだ時間はありますからゆっくりしてきてもよかったんですが・・・」
メイ   「というと、あまり時間はかからないのですか?」
満恵   「すぐに済むでしょう」
メイ   「母さん、一体ここで何をするんです?」
満恵   「明さんは『玄武』(ゲンブ)をご存じですね?」
メイ   「はい、父さんの式神でした」
満恵   「玄武は普通の亀にあの人の霊気を宿して式神としていました。
      我が阿部家の当主は常に一体の式を使役するならわしです。
      先代当主清雲は玄武を・・・。
      同じように次期当主である明さんも
      なんらかの式を使役できなくてはなりません」
メイ   「・・・なら、僕が玄武を受け継ぎます」
満恵   「それは不可能です。
      玄武はあの人の死と同時に霊力を失い、
      今はただの亀です。
      ホラ、庭の池をごらんなさい。脳天気に沈んでいるでしょう。
      使い物になりません」
メイ   「そ、そうでしたか・・・△」
満恵   「そこで、いまここで新たなる式神を誕生させなくてはなりません」
メイ   「わかりました」
満恵 「明さん、あなたは炎の術が得意でしたね。
      ならばあなたには玄武は使役できないでしょう」
メイ   「では、いったい・・・」
満恵   「火の鳥『朱雀』(スザク)こそ、あなたにふさわしい式神です」
メイ   「朱雀・・・」
満恵   「これからあなたの霊力を集中し、祭壇上の鉢に火を灯しなさい。
      さすればあらたなる式神が生まれいづるはずです」
メイ   「わかりました。
      では母さんは下がっててください」
満恵   「朱雀の姿を思い浮かべながら、気を集中するのです」
朱雀・・・。
今この瞬間誕生する新たなる式神。
猛々しい炎の翼をはためかさせた燃えさかる聖獣。
僕に力を貸してくれる、新たなる仲間!
メイ   「いでよ朱雀!
      灼熱の業火を纏いし我が化身!!」
その時、祭壇上の鉢に猛り狂う業火が立ち昇った!
天を突き、あたりを紅に染めるかとも思われた爆炎は、
燃え広がることなく逆に収縮し神々しい紅の鳥を形成しはじめた!
燃えあがる真紅の翼を誇らしげに広げた赤き霊鳥、朱雀!
いまここに新たなる阿部家の守り神、朱雀が誕生した!!
朱雀   「・・・・・」
満恵   「よくやりました、明さん」
メイ   「こ、これが・・・式神、朱雀!!」
母さんが扇子を勢いよく開くと、『あっぱれ』と書かれている・・・。
用意してたのかな・・・。
朱雀   「けー」
メイ   「え?△」
満恵   「ま、基本は鳥ですから・・・。ときどき鳴くのは当然でしょう」
朱雀   「・・・・・」
メイ   「・・・ホ、ホントに僕の言うことを聞くんでしょうか・・・」
朱雀   「・・・!ご、ご主人様〜!!」
メイ   「えっ!?」
朱雀が抱きついてきた。
・・・・・正直「死んだ」と思った・・・。
でも不思議と熱は感じなかった。
メイ   「あ・・・ああ・・・」
満恵   「腰が抜けましたね。
      ですが大丈夫です。
      自分の霊力で形成されている炎です。自身に害を及ぼすことはないでしょう」
メイ   「は・・・ははは・・・」
朱雀   「ご主人様、あなた様のおかげで
      ワタクシめはこの世界に舞い戻ることができました!
      これからは全力でご主人様の力となる所存にございます!
      なんなりとこのワタクシにお申し付けください!!」
満恵   「言うことは聞きそうですね。
      これで万事安心です。では私は失礼します。
      あとは若い者どうしで仲良くやってください」
メイ   「か、母さん!!」
朱雀   「ご主人様〜」
そうか、すり込みか・・・。
鳥だもんね・・・。
とにかく、言うことは聞いてくれそうだし・・・。
朱雀   「ご主人様〜」
メイ   「あ、あのさ、そのご主人様っていうのはちょっと、
      やめてほしいんだけど・・・」
朱雀   「お気に召しませんか?
      では当主様!」
メイ   「僕には阿部 明っていう名前があるから・・・ね?」
朱雀   「それは失礼つかまつりましたでございます。
      阿部明様!」
メイ   「フ、フルネームはちょっと・・・・・」
朱雀   「阿部様!」
メイ   「ここの人はみんな阿部だし・・・」
朱雀   「メイ様!」
メイ   「う〜ん、様はいらないと思うけど、まあいいかな」
朱雀   「メイ様!メイ様!」
伊吹   「朝からなんなのだ!そうぞうしい!!!」
メイ   「わわっ、伊吹!!
      ・・・・・お、おはよう・・・・・」
伊吹   「まったく、満足に眠ることもできん!
      ・・・・・ところで・・・・・そこで私を威嚇している鳥はなんなんだ?」
朱雀   「敵ですか!?メイ様!」
メイ   「い、伊吹は敵じゃないよっ!!」
伊吹   「なんだ、私と戦いたいのか?」
メイ   「ち、ちがうちがう!!」
朱雀   「女、すさまじい闘気だが、それで我を倒せるつもりか?」
伊吹   「フッ、浅はかな。この程度が本気だとでも思うか?」
朱雀   「ならばその力見せてみよ!」
伊吹   「見極める前に刀の錆としてくれる!!」
メイ   「やーめーてー!!!!!」

朱雀   「な〜んだ、メイ様のお友達ならそう言ってくださればよかったのに〜」
伊吹   「貴様こそ、メイの式神ならばそう言えばよかろう」
メイ   「二人とも僕の言うこと聞く気なんかなかったじゃないか△」
朱雀   「すみませんメイ様、今後このようなことは二度とないように、
      慎重に状況を見極めますから、すねないでくださいよ〜」
メイ   「しょうがないな・・・・・」
朱雀と伊吹が一指即発のところ、どうにか説明して事なきを得た。
こうして新たな式神を使役することになったけど、
新たなトラブルを増やしただけのような気もする・・・。
前途は非常に多難そうだ・・・・・。


とりあえずそろそろ学校に行かなければならない。
しかし朱雀がついてくると言いだした・・・。
だがさすがにこのまま学校に連れていくわけにはいかないし・・・困ったな。
朱雀   「ワタシの役目はメイ様をお守りすること!
      メイ様のためならたとえ火の中水の中!!」
伊吹   「確かに火の中には入れそうだな・・・」
朱雀   「どこまでもお供いたしますです!」
メイ   「気持ちは嬉しいんだけどさ、やっぱり学校はマズいよ・・・」
伊吹   「いいじゃないか、メイ。連れてってやれば」
メイ   「いいわけないよ。こんな大きな赤い鳥・・・」
伊吹   「ふむ、たしかにちと目立ちすぎるな」
朱雀   「では目立たなければよろしいのですか?」
メイ   「まあ・・・ね」
朱雀   「わかりました!」
すると朱雀はみるみる縮小していった。
しかも縮小率があがるとそれに比例してどんどんデフォルメされていく。
最後には手のひらサイズのぬいぐるみみたいになってしまった。
朱雀   「これでよろしいでしょうか?」
伊吹   「おお、可愛らしくなったじゃないか。
      これなら皆縫いぐるみだと思うぞ。
      これで問題なく学校へ連れて行けるな」
メイ   「そ、そうだね・・・」
朱雀   「これでメイ様と四六時中一緒にいられるのですね!」
メイ   「四六時中はちょっと・・・困るけど・・・」
伊吹   「ではそろそろ学校に出発だな、朱雀は胸ポケットにでもしまっておけ」
メイ   「あ、まだセイが起きてないよ!」
伊吹   「ふぅ、まったくあのバカは、しょうがないな。
      しかたない、私が起こしてこよう」
メイ   「あ、いいよ、僕が起こしてくるから」
伊吹   「メイが行くと時間がかかりすぎる。
      ここで朱雀と親睦を深めながら待っていろ」
メイ   「あ、伊吹・・・」
伊吹は足早に行ってしまった・・・。

僕はほんの少しのあいだ、ぼー・・・っと待っていた。
朱雀はすでにポケットで寝ている。
鳥は目の前が暗いと落ち着いて寝ちゃうみたいだ。
縄田   「先輩、おはよーッス」
メイ   「あ、縄田君」
縄田   「あ、こりゃメイ先輩の方でしたか。
      セイ先輩はまだッスか?」
メイ   「うん、いま伊吹が起こしに行ってるよ」
縄田   「伊吹先輩に起こしてもらえるんスか?
      くぅぅ〜いいッスね〜、羨ましいかぎりッスよ」
メイ   「ははは・・・、そうかな」
彼は僕らと同じ高校に通う縄田 真悟(ナワタ シンゴ)君。
僕らの一年後輩にあたる入学したての高校一年生。
セイがリーダーのローラーブレードアクロバット・パフォーマンスチーム
『Make−be.lieve』の追っかけをしていてセイと親しくなり、
家が近所なことも手伝って今ではすっかり僕や伊吹ともうちとけている。
明るくて活発な彼は、誰とでもすぐにうちとけられる。
僕にはないすごい特技だと思う。
セイが言うにはまだまだらしいけど、
本人はすっかりチームのナンバー2のつもりみたい。
登校時や下校時はいつも練習がてらローラーブレードで移動している。
ホラ、いまもそうだ。
セイも外の移動にはだいたいローラーブレードを使っている。
ときどき校内でも使用して生活指導の先生に大目玉をくらっている。
彼はだいたいいつも僕らと一緒に登校する。
縄田   「ところで、なんか今日は街中が騒がしいッスよ。
      へんな緊張感がただよってますね。
      なにかあったんでしょうかね?」
メイ   「そうなの?」
彼はけっこう情報が早い。
そして意外に鋭い所がある。
今も家から少し移動しただけで何かを敏感に感じたみたいだ。
メイ   「よくわかるね」
縄田   「空気ってヤツですか、なんとなくッスけどね」
そんななにげないやりとりをしていると、
伊吹がひとりで玄関を出てきた。
メイ   「あれ?セイは?」
縄田   「伊吹先輩、おはよーございまス」
伊吹   「着替えている。もうじき出てくるだろう」
メイ   「そう」
縄田   「早くしないと遅刻しちゃいますよ」
伊吹   「そうだな。セイの巻き添えで遅刻なんてごめんだ」
メイ   「あ、来たみたいだよ」
セイが走って玄関を出てくる。
セイ   「メイ!なんで起こしにこねーんだよっ!!」
メイ   「ごめん、今朝はちょっと用事があって・・・」
でもそろそろ自分で起きるようになったほうがいいんじゃないかとも思う。
伊吹   「わざわざ私が起こしてやったんだ。ありがたく思え」
縄田   「そうっスよ、うらやましいっス」
セイ   「おお、ナワワもきてはは」(おお、縄田もきてたか)
縄田   「何言ってるかわかんないっス△」
セイ   「さあ、さっさと行くぜ!遅刻しひはふ」(遅刻しちまう)
伊吹   「食うか喋るかどっちかにしろ」
メイ   「そうだよ、ハズかしい・・・」
このままトーストをくわえながら行くつもりなんだろうか?
なんだか昔の漫画みたいだ・・・。
セイ   「オイ、なんかいるんじゃ・・・」
メイ   「あ・・・」
朱雀が目を覚ましたんだ。
朱雀   「いい匂い・・・」
どうやらセイの持ってるトーストの匂いで目覚めたみたいだ。
メイ   「あ、出てきちゃダメだって・・・」
朱雀   「・・・?なんだねキミは?」
メイ   「え?」
朱雀   「なれなれしいな、キミは。キミはワタシのなんなんだい?」
え?
もしかして記憶が初期化されてる・・・。
それじゃあ毎日寝るたびに教え込まなきゃいけないの?
伊吹   「バカ鳥、メイはお前のご主人様だろ」
朱雀   「・・・・・あ!
      メ、メイ様!!これは大変失礼いたしましたです!!」
メイ   「は、はは・・・」
どうやら寝ぼけてただけみたいだ。
ほっとした・・・。
伊吹   「大丈夫なのか?コイツ」
朱雀   「この朱雀、一生の不覚!!」
伊吹   「不覚だな、たしかに・・・」
メイ   「はやくおぼえてね△」
忘れるにしても早すぎるよ・・・。
セイ   「オイ、コイツは一体何なんだ?わかるように説明しろ」
縄田   「そうっスよ!なんで縫いぐるみがしゃべってるんスか!?」
二人が奇異の目で詰め寄ってくる。
そういえばまだ説明してなかった。
朱雀とは初対面だ。
セイ   「腹話術でも始めたのか?」
メイ   「あ、セイはまだ知らなかったよね。コレは朱雀っていって・・・」
朱雀   「メイ様と同じ顔!あやしいヤツ!!」
セイ   「あン?なんだとコラ」
朱雀   「そうか、キサマ、ドッペルゲンガーだな!!!」
セイ   「ドッペルゲンガー??」
朱雀   「おのれ妖怪!!退治してくれようぞ!
      メイ様!ここはこの朱雀におまかせあれでございます!!!」
セイ   「やんのかコラ」
メイ   「あの、やめて・・・」
・・・・・またはじまったよ・・・。
朱雀   「ほかの者は誤魔化せても、この朱雀の目はごまかせんぞ。
      覚悟するがいい!!」
セイ   「上等じゃねーか!やってやるぜ!!」
メイ   「やめてってば・・・」
いいかげんにして・・・・・。
朱雀   「我が炎により塵と化すがよい!!」
セイ   「ほざくな妖怪が!!」
メイ   「やめてってばーーーっっっっっ!!!!!」
朱雀   「メイ様!?」
縄田   「セイさんも落ち着いてくださいよ!!」
セイ   「はなせ縄田ーーーっっ!!」
伊吹   「バカ鳥はしかたないにしても、お前も少し落ち着け。
      同じバカといっても人間なんだぞ」
セイ   「伊吹・・・△」
さすが伊吹。
伊吹   「鳥も落ち着け、このバカは敵じゃない」
朱雀   「敵じゃない?・・・・・そうか!!
      それじゃあこっちがドッペルゲンガー!!!」
こんどは僕の方を指さして威嚇し始めた・・・。
メイ   「いいかげん怒るよ・・・」
朱雀   「凄んでも無駄だ!ワタシには通じんぞ!」
ポカッ。
伊吹の刀が鳥の頭に振り下ろされた。
ちなみに鞘におさまったままだ。
朱雀   「いたいですよ!なにするんですか!?」
伊吹   「コイツらは双子だ。
      よってドッペルなにがしではない」
朱雀   「双子?な〜んだ、それならそうと早く言ってくださいよぉ!」
メイ   「ホントこれ以上先走ったら今度は捨てるよ?」
朱雀   「そんなぁ〜、メイ様も人がワルいですよ〜、冗談キツイなぁ」
僕は本気だ。
セイ   「オイ、さっさと説明しろ」
伊吹   「コイツはメイの式神である朱雀だ。
      お前が寝てる間に儀式をおこなったんだ」
・・・・・。
伊吹に全部言われちゃった・・・。
セイ   「なんだ、式神かよ。
      親父の玄武(ゲンブ)みたいなモンか。
      だったら早くそう言えっての」
朱雀   「フン、アンタが寝坊するから悪いんだ!」
セイ   「別に寝坊なんかしてねぇ!」
朱雀   「遅刻せずにちゃんと儀式に立ち会っていれば
      こんなことにはならなかったんです!
      どう考えてもアナタが悪い!」
セイ   「ちょっと待てバカ鳥!」
朱雀   「ワタシはバカ鳥じゃありません!朱雀です!!
      そんなことも覚えられないんですか?アタマ悪いですね」
セイ   「んだとコラァ!!」
またはじまっちゃった・・・・・。
縄田   「ああーーーっ!!!!!」
伊吹   「突然わめくな!耳鳴りがする!!」
ビックリした。
心臓に悪いよ。もしお年寄りがいたら死んでるカモ。
縄田   「忘れてた・・・・・」
セイ   「あ」
なんだろう?
セイは何か思いだしたようだけど、
また朱雀とじゃれ合い始めた。
まったく、仲がいいんだか悪いんだか・・・。
同レベルなんだろうな、きっと。
セイ   「・・・・・なんなんだよ、テメーは・・・」
朱雀   「ワタシはこの香ばしい香りで目覚めたのです。
      一口くらいもらってもバチはあたりません」
セイ   「俺の朝飯だ△」
朱雀   「ワタシも朝食はまだです」
セイ   「あのなぁ・・・」
縄田   「・・・・・」
メイ   「それより、何を忘れてたの?」
セイ   「ほうふぁ、あんあよナワワ」(そうだ、なんだよ縄田)
朱雀   「ナワワ、ナワワ」
縄田   「みなさん、まだ気付きませんか?」
セイ   「?」
メイ   「え?」
伊吹   「何にだ?」
朱雀   「なわわ、なわわ」
縄田   「ボクら、完全に遅刻です」
セイ   「!」
メイ   「!!」
伊吹   「!!!」
朱雀   「ナワワ、なわわ」
セイ&メイ&伊吹「遅刻だぁーーーー!!!!!」

伊吹   「なんたることだ!
      何故この私が貴様らの巻き添えで遅刻しなければならんのだ!!」
セイ   「悪いのはこのバカ鳥だ!」
朱雀   「バカ鳥とはなんですか!だいたいアナタは・・・」
伊吹   「ああ〜、バカどものせいで、私の無遅刻無欠勤が〜!
      私の輝かしい経歴がバカどもの為に汚される〜」
セイ   「・・・・・うるさいな△」
縄田   「完全に遅刻だから、走っても意味無いっスよ」
メイ   「だからって歩いて行ったら生活指導の先生にしかられるよ」
せめて誠意をみせないと・・・。
セイ   「ヤベー・・・」
伊吹   「・・・・・。
      セイはしょっちゅうだろうからいいが、私は・・・」
メイ   「怖そうだよね、あの先生・・・」
セイと伊吹は同じクラスなんだ。
噂の生活指導の先生が担任を受け持ってるクラス。2−A。
僕はとなりのクラス、2−B。
・・・担任は数学の秋篠鷹久(アキシノ タカヒサ)先生。
僕はこの先生は・・・あまり好きじゃない・・・・・。
セイ   「メイはいいよな、アイツのクラスじゃなくてよ」
メイ   「・・・そうかな」
けっこう良い先生だと思うけどな・・・。
そんな話をしながら走って登校していると、
いつもとは微妙に違う街の様子に気がついた。
なんていうか、変な違和感がある。
メイ   「・・・ところで、縄田君が言ってたけど、
      なんか街の様子が変だね」
縄田   「でしょ?ホラ、あそこでもおばちゃんたちが井戸端会議してますよ。
      こんな朝早くから」
伊吹   「うむ、さすがに井戸端会議の時間には早かろう」
セイ   「ほうか?へふひへふはひふほへーはろ?」
     (そうか?別に珍しくもねーだろ?)
メイ   「・・・まだ食べてたの?」
朱雀   「はしたないですね。似合ってますけど」
セイ   「なんだと」
メイ   「たのむからもう喧嘩はやめて・・・」
遅刻どころか欠席になっちゃうよ・・・。
伊吹   「そろそろ朱雀はしまっておけ」
メイ   「そうだね」
朱雀には悪いけど、ポケットにしまっておこう。
・・・また起きた時、記憶がトんでるかもしれないケド・・・・・。
朱雀   「あ、メイ様、なにをなさるんですか!?」
メイ   「ゴメンネ」
朱雀   「・・・くー・・・くー・・・」
メイ   「・・・・・寝ちゃってる・・・」
セイ   「・・・バカっぽいヤツ」
伊吹   「役に立ちそうもないな」
縄田   「ん?なんスかね、アレ」
宮下公園にさしかかった頃、縄田君が何かの人だかりを見付けた。
街の違和感の最たる場所のようだ。
ここで何かが起きているようだが、
かなりの人混みで、何がおこなわれているのかわからない。
縄田   「今日の放課後、公園使えますかね?」
セイ   「さーな。ま、後で行ってみよーぜ。
      放課後には野次馬達も消えてるだろ」
宮下公園はセイ達がいつも練習に使っている場所だ。
後で行くなら、帰ったら何か分かるかもしれないな・・・。
公園を横目に通り過ぎ、通りを右に曲がって僕達は渋谷高校に到着した。
僕たちは静かな廊下を通って、それぞれの教室へ向かった。


僕のクラス、2−Bはセイや伊吹のクラスのとなり。
先に教室に入っていったセイと生活指導の先生とのやりとりがきこえてくる。
僕もそろそろ教室に入らなきゃ・・・。
でも、僕は遅刻経験がないから、こんなときどうしたらいいのかわからない。
勇気を出して扉を開けよう。
メイ   「すいません、遅刻しました・・・」
クラスの冷たい視線が注がれる。
正直僕はこのクラスになじんでいない。
はっきり言って浮いた存在だ・・・。
たぶん無視されてるんだと思う・・・。
一年生の頃はいつもセイが隣にいたからよかったけど、
僕は人に溶け込むのが得意じゃない・・・。
金村   「あーあ、休みだと思ったのに来ちまったよ、オカマぁ」
メイ   「・・・・・」
教室の至る所から潜んだ笑いがおこる。
部屋に入るなりいきなり茶化したのは金村 修(カネムラ オサム)。
誰にでも巧く取り入る彼はクラスでも上位のポジションにいる。
だから彼はいつもクラスで好き勝手言えるんだ・・・。
一年生の頃、僕にちょっかいをだそうとした彼を、セイが諫めたことがある。
それ以来僕を目の敵にして、いろいろ嫌がらせをしてくるんだ・・・。
秋篠   「皆静かにしなさい。
      阿部君、早く入りなさい」
メイ   「はい」
この人が僕のクラスの担任、秋篠 鷹久(アキシノ タカヒサ先生。
数学教師。
いつも落ち着いている真面目な先生だ。
でも僕は、この先生が・・・少し恐い時がある・・・。
時々僕を見るときの目が、すごく恐いのだ・・・。
秋篠   「さて、めずらしいですね。
      あなたが遅刻してくるとは」
メイ   「すみません・・・」
秋篠   「放課後までに反省文を書いて提出しなさい」
メイ   「はい・・・」
それだけのやりとりで授業は再開される。
僕は自分の席に向かった。
すると、突然通り道に足が投げ出された。
岩本   「・・・・・」
無言でニヤニヤ笑いながら足を投げ出す彼は岩本 鉄也(イワモト テツヤ)。
いわゆる不良と呼ばれる生徒・・・。
彼も最近僕に絡んでくるようになった。
金村とも親しくしている。
というよりは金村が彼に取り入っている。
金村と岩本、この二人がクラスの中心だ。
メイ   「・・・・・」
僕は無言で彼の足をまたいで越えた。
すると教室のそこかしこから小さな笑いが漏れる。
彼らはいったい何がおかしいというのだろうか?
秋篠   「何をしている?
      さっさと席につきなさい。
      たったこれだけのことも素早くできないのですか?」
メイ   「・・・すみません」
僕はすぐに着席した。
着席し机の中に手を入れると何かネバネバする塊がまとわりついてきた。
ガムだ・・・・・。
誰かが嫌がらせとして入れておいたのだろう・・・。
すごく不快だけど、なんだか最近慣れてきたみたいだ。
こういう事に慣れてしまう自分が嫌だ・・・。
伊藤   「先生、早く授業を再開してください。
      時間の無駄です」
秋篠   「同感です。では再開しましょう」
先生に意見した彼女はクラス委員長の伊藤 美樹(イトウ ミキ)さん。
しっかり者でとにかく真面目な女生徒。
だけど僕は苦手だ。
いつも彼女の勢いに呑まれるから。
彼女はとにかく授業の妨害になるものは許せない性格なんだ。
妨害するならたとえ不良の岩本にさえ注意する。
自分の意見を持った強い人なんだろう。
そして授業は再開された。

一時間目が終了し、休憩時間になった。
山口   「あ、阿部君・・・」
メイ   「おはよう、山口君」
山口   「あ、おはよう・・・」
休憩時間になってすぐ話し掛けてくれた彼は山口 耕太(ヤマグチ コウタ)君。
クラス中が僕を無視してる中で、彼だけが普通に接してくれる。
山口君も・・・皆と仲良くはないんだ。
彼は外見が皆より少し・・・いや正直だいぶ大きい。
体重は僕なんかの数倍だと思う。
そういう外見だから、すぐに金村達の目に止まってしまう。
気弱でおとなしい彼は、以前金村達にいじめられていたんだ。
どうして人は自分と少しでも違うだけで、その人に酷い事ができるんだろう。
何もしてないのに皆に罵られて、いわれのない暴力を受けていた。
最初は僕も見て見ぬふりをしてたんだ。
だけど、いじめはエスカレートする一方・・・。
さすがに見過ごすことができない事態になっていった。
結局僕が止めに入った事で山口君へのいじめは止んでいるみたいだ。
そのかわり、今度は僕が標的にされ始めたんだけどね・・・。
きっと金村はこうなることを待っていたんだろう。
山口   「あの、めずらしいね、阿部君が遅刻するなんて・・・」
メイ   「うん、今日はちょっと訳があってね」
山口   「そうなの?じゃあちゃんと先生に報告したほうがいいよ」
メイ   「うん、でもすごく個人的な理由だから、聞いてもらえないと思うんだ」
山口   「あ、そうなの・・・」
金村   「オゥオゥ、仲いいじゃねーか。
      デブとオカマでよくお似合いだな」
岩本   「嫌われ者どうし、仲良くやってくれや」
山口   「・・・・・」
メイ   「次は体育だよね。行こう山口君」
山口   「う、うん・・・」
僕たちは廊下に出て更衣室へと歩き出した。
山口   「阿部君・・・、僕のために・・・ごめんね」
メイ   「何言ってんのさ、関係ないよ」
山口   「・・・阿部君が僕をかばったから、あいつら阿部君を・・・」
メイ   「山口君が気にすることじゃないよ。キミは悪くないから」
山口   「で、でも・・・」
千歳   「ねえねえ」
メイ   「わっ!!」
千歳   「なによ、その化け物に会ったみたいなリアクション。
      失礼しちゃうわ」
メイ   「あ、天野さん・・・。いきなりアップで出てこないでよ」
彼女は僕たちと同じクラスの天野 千歳(アマノ チトセ)さん。
神出鬼没で、突然出てきたと思えばいつの間にか忽然と姿を消したりする。
ホラーマニアで噂好き。
かなりの情報通で、すごく情報がはやいんだ。
学校中のすべての人に顔が利く有名人。
歩く七不思議とも呼ばれている。
かなり変わった性格の女の子。
あまりに変わっているので皆は一目置いている。
彼女は僕たちにも普通に話しかけてくる。
クラスの皆もわざわざ彼女に文句を言ったりはしないからね。
誰にとっても特別な存在なんだ。
触らぬ神に祟り無し。
千歳   「ねえねえ、コレ見て」
メイ   「どれ?」
天野さんは自分の手提げバッグの中を見ろと促している。
メイ   「・・・・・」
中にはなにやら不気味に光る二つの点がついた正体不明の何かがある。
醜悪な色合いの不可思議な物体。
嫌悪感を抱かせる得体の知れない何かがそこにある・・・・・。
メイ   「・・・・・な、なに?これ・・・」
千歳   「わかんない。
      ところでさぁ、メイちゃん知ってる?
      今朝この辺りで事件があったんだって」
話題が変わった・・・。
事件よりその中身のほうが気になるんだケド・・・。
千歳   「何かの死体が見つかったらしいよ」
メイ   「死体?」
千歳   「そう、だから近所の奥さん連中は朝から大騒ぎよ」
メイ   「・・・なるほど、それで・・・」
千歳   「一体何の死体かしら。まさか・・・人間?」
メイ   「・・・何の死体か判ってないの?」
千歳   「今のところはね。かなりグログロ状態の死体らしいから」
山口   「うわぁ!」
後ろで突然山口君が悲鳴をあげた。
見ると山口君は天野さんのバッグに手を突っ込んでいる。
山口   「かんだ!噛んだー!!」
メイ   「山口君!!」
あわてて彼の腕をバッグから引き抜かせた!
メイ   「大丈夫!?」
山口   「う、うん・・・」
山口君の手にはべっとりと粘着質な液体がへばりついている。
異様な悪臭を放つ液体だ。
メイ   「は、早く洗って、洗って!」
山口   「う、うん」
急ぎ水道に駆け寄る。
千歳   「フフフ・・・」
メイ   「天野さん、大丈夫なの?ソレ・・・」
千歳   「わかんない」
わかんないなら持ってこないで・・・。


僕たちは天野さんと別れ、ほかの人より一足早く更衣室に来た。
かなり早く来たつもりだったけどすでに一人だけ来ているようだ。
見るとAクラスの佐竹 雅之(サタケ マサユキ)君だ。
佐竹君は空手部のエース。
全国大会二連覇をねらっているほどの猛者だ。
少し気性が荒いけど、悪い人じゃない。
佐竹   「ん?早く来る奴がいるもんだな」
メイ   「うん、ちょっとね」
キミの方が早いじゃないか・・・。
佐竹   「しかもお前が早めに行動するとはな、雪でも降るんじゃないか?」
メイ   「え?」
佐竹   「ま、それだけオメーも気合いが入ってるって事か・・・」
メイ   「気合い?」
佐竹   「勝負だ!今日こそは絶対勝ってやる!」
メイ   「な、なんで!?」
佐竹   「とぼけんじゃねー。
      前回はお前の汚い手にしてやられたが、今日はそうはいかねーぞ」
メイ   「な、なんの事?」
佐竹   「今日の100メートル走だ!決まっているだろう」
メイ   「え?なんで僕と勝負なの?」
佐竹   「とぼけるな!いまさら怖じ気づいたか、阿部 清!!」
メイ   「あの、僕、メイだけど・・・」
佐竹   「・・・・・」
メイ   「・・・・・」
佐竹   「・・・・・そういえばオメー、古屋じゃねーよな?」
山口   「山口です・・・」
佐竹   「だはははは!いやースマンすまん、どうやら俺の勘違いだ。
      そうかお前、弟の阿部 明か。
      あんまり似てるんでバカ兄貴のほうと間違えちまったぜ。
      悪いな、忘れてくれ。
      だがオメーらよく似てるなぁ。だはははは」
メイ   「は、はぁ・・・・・」
この人は本当によく僕たちを間違えるんだ。
これで何度目だろう・・・。
そろそろ憶えてくれてもよさそうなものだけど・・・。
いつもセイじゃなく僕につっかかってくるんだよね・・・。
山口   「こっちで着替えよう・・・」
メイ   「そうだね」
佐竹   「だはははは」
佐竹君は向こうでまだ笑ってるよ・・・。

体操着に着替えた僕たちは運動場に出て時間がくるのを待っていた。
もちろん佐竹君も来ている。
入念にストレッチなどのウォーミングアップをしている。
そうとう気合いが入ってるよね。
次第に他の生徒達も集ってきた。
もうそろそろ時間が来る。
金村達も出てきた。僕たちの方に来るみたいだ・・・。
岩本   「おいサンドバック、ちょっくらパンチさせろ」
山口   「え、や、やだよ・・・」
金村   「いいじゃねーかよ」
山口   「や、やめてよ・・・」
岩本   「オラ!!」
山口   「ぶぅ・・・」
岩本が山口君のお腹に軽くパンチを入れた!
山口君は脂汗を滲ませて痛みをこらえている。
メイ   「な、ちょっとやめなよ!!」
金村   「いいじゃねーかよ、別に減るもんじゃなし」
岩本   「サンドバックってな、殴られるためにあるんだろーが」
金村   「今度は俺だな!」
金村も山口君のお腹を殴る。
山口   「ぶっ・・・」
金村   「ぎゃははは、『ぶっ』だってよ!豚じゃんコイツ!!」
岩本   「へへへ、ま、しばらくそれで遊んでろよ。
      俺ちょっと便所行ってくる」
金村   「ああ。じゃあかわいがってやろーか」
メイ   「やめろよ!」
金村   「なんだぁ?阿部、テメーが変わりにサンドバックやんのかよ」
メイ   「いいかげんにしなよ!じゃないと怒るよ」
金村   「ははは!こりゃいーや、怒ってみろよ。
      ヒョロいお前のパンチなんざたかが知れてるけどな」
メイ   「この・・・」
金村   「どーしたんだよ、やんねーのか?臆病者が。
      ま、根性無しのタマ無しオカマだもんなあ。
      俺らに反抗できるわけガッ!!!!」
いきなり金村の横からスニーカーがフレームインしてきたと思った瞬間、
金村が側転した。
誰かが金村の側頭部に跳び蹴りを決めたようだ。
セイ   「よお、メイ」
メイ   「セ、セイ・・・イキナリなにしてんの・・・」
セイ   「まあまあ気にすんなって、誰だっけコイツ?」
メイ   「・・・あのねえ」
セイ   「ああ、金村とかいうヤローじゃねーか。
      ならいいじゃん、別に」
メイ   「・・・しょうがないなぁ」
なんの前触れもなく、いきなり金村に蹴りを入れたのは僕の兄だった。
金村   「な、何すんだ!いきなり!!」
当然だけど金村が反論する。
セイ   「いやぁ、ワリィわりぃ。
      実は向こうから見てたらなんとなくオマエの側頭部が異様にムカついてよ。
      よくあるでしょ?こーゆーことって」
金村   「なんだそりゃ、クソッ、ムカつくぜ」
セイ   「ワリィな、ホラさっさと行けよ」
とんでもない理屈だ・・・。
でも金村はあきらめてしぶしぶ人混みに紛れていった。
メイ   「・・・まったく、メチャクチャなんだから」
セイ   「あっはっは〜」
山口   「す、すごいな、阿部君って・・・。カッコイイな・・・」
セイ   「あん?」
山口   「僕も・・・阿部君みたいになりたいな・・・」
セイの表情が固まる。
セイ   「・・・・・。
      まぁ、がんばれよ・・・」
なっちゃイケナイ。こうなっちゃイケナイ。
セイ   「じゃ、また後でな、メイ」
メイ   「うん、それじゃ」
セイは顔を引きつらせながらクラスメートの集団に紛れていく。
それからほんの少しすると大急ぎで伊吹が出てきた。
今日は女子も合同なのかな?
そういえば今日は女子も一緒にグラウンドに出ている。
突然チャイムが鳴ると同時に体育担当、東郷 大和(トウゴウ ヤマト)先生が来る。
僕たちの学年の体育と国語を担当している文武両道の先生だ。
いつもサングラスをはずさないのはプライドだって言ってるのを聞いたことがある。
同じくプライドなのだろう、いつも革ジャンを愛用してるんだ。
男っぽくて厳しい生活指導の先生。
東郷   「整列!!」
先生の一括にも女子達は少しざわついている。
女の子っておしゃべりが好きだよね。
新城   「先生、質問です。
      今日はどうして女子が一緒なんですか?
      緑川(ミドリカワ)先生はどうかされたんですか?」
Aクラスの新城 一正(シンジョウ カズマサ)君が質問する。
先生に対する質問はよく彼が代表して訊いている。
気になることは訊かないでほっておけないタイプみたいだ。
彼は成績優秀だからとなりのクラスの僕も知ってる。
セイともよく話をしてるみたいだし、仲が良いんだろう。
東郷   「それはこれから説明する。心して聞けい!!」
新城   「は、はい!」
東郷   「これからしばらく体育は男子と女子合同でこの東郷 大和が受け持つ。
      理由は緑川先生が、その・・・さ、サンキュウだそうだ!」
伊藤   「産休です。先生」
東郷   「うむ。サンキュウだ。何がなんだか俺もよくわからんが、
      とにかく緑川先生がしばらくお休みになることだけはまぎれもない事実。
      よってこの東郷 大和が、責任を持っておまえらを指導する!」
女子達がざわめき始める。
花穂   「緑川センセー産休って、知ってた?
      ぜんぜんそんなふうに見えなかったじゃん」
伊吹   「うむ、初耳だな」
千歳   「・・・私は知っていた・・・」
みんなに聞こえるくらい堂々と普通の声で伊吹に話しかけてるのは、
Aクラスの水森 花穂(ミズモリ カホ)さん。
全校生が知っているほど綺麗な女性だ。
男子に圧倒的な人気がある明るくて活発な女の子。
度胸のある人だよね。
東郷   「静まれぃ!!」
先生の一括が再び響きわたる。
さすがに女子のざわめきも収まった。
東郷   「それではこれより体育の授業を始める!」
さぁ授業だ。
真面目にやんなくちゃね。
東郷   「本日は100メートル走をおこなう!
      各自それぞれ己が魂をぶつけあう熱きライバルと一組になり整列せよ!
      1分以内だ!始めぃ!!」
ライバルなんて・・・。
佐竹   「阿部〜!勝負だぁー!!」
早速佐竹君はセイに挑戦するみたいだね。
僕は誰と走ろうか・・・。
山口   「あ、阿部君・・・。ぼ、僕と走ろうよ・・・」
メイ   「うん、そうだね」
そう言う山口君の影から金村と岩本が寄って来る。
岩本   「山口〜、俺とにかく勝ちてーんだよ。一緒に走ってくれよ」
山口   「で、でも・・・」
岩本   「なんだよ、こんだけ頼んでも駄目だってのか?」
金村   「オイオイ、あんま怒らせんなよ」
山口   「でも、阿部君と走るから・・・」
金村   「じゃあ俺がオカマと走ってやるよ。それならいいよな?」
岩本   「なぁ頼むよ」
山口   「わ、わかったよ・・・」
岩本   「よぉし、よろしくたのむわ、デブブタ」
金村   「そういうこった、よろしくなオカマ野郎」
メイ   「・・・山口君」
山口   「ごめんね、阿部君・・・」
メイ   「気にしないでよ。山口君のせいじゃない」
金村   「なんだぁ?オメーらデキてんのォ?」
岩本   「ああ、怪しいぜ」
金村   「ひょっとして、おホモだちかぁ〜?」
岩本   「はははは」
メイ   「・・・・・勝手に言ってろよ」
金村   「邪魔しちゃ悪いから向こうで待ってようぜ」
岩本   「そうだな」
下品でくだらない発想しかできない人達はほっておこう。
それよりも今のでまた山口君が傷ついたかな・・・。
さっきからずっとうつむいたままだ・・・・・。
他の人達もだいたい組み合わせが決まったようだ。
伊吹   「さて、誰と一戦交えるか・・・」
伊吹はまだ相手を捜してるんだ・・・。
そうか、普通の人が走りで伊吹に勝てるわけないもんね。
避けられて当然だね。
千歳   「やろう」
伊吹   「ヒィィィ!!!」
千歳   「やろう」
伊吹   「妖怪め!成敗してくれる!!」
・・・・・。
さすが天野さん。
伊吹と勝負するなんてひと味違うな。
東郷   「・・・・・時間だ」
時間いっぱいで僕たちも整列した。
僕の相手は金村で、山口君の相手は岩本だ。
こういうのは初めての女子達は少し手間取ってたみたい。
東郷   「先頭の者、スタートラインに立て!」
セイはいつも通り最後尾にいる。
佐竹君がこだわってるらしいんだ。
東郷   「行けぃ!!」
先生の掛け声がスタートの合図なんだ。
前からどんどん走っていくよ。
そろそろ僕の番だ。
金村と共にスタートラインに立つ。
金村   「ヘヘヘ、恥かかせてやるぜ、オカマちゃんよぉ」
メイ   「・・・・・」
最後尾からなにやら熱狂的な叫び声が響いてくる。
セイ   「・・・メイ!!そんなヤツに負けんじゃねーぞ!!ブッ殺せー!!」
メイ   「やめてよセイ、恥ずかしいな・・・」
金村   「チッ、あのヤロー・・・」
一応応援してくれてるんだろうケドね・・・。
東郷   「行けぃ!!」
先生の号令と共にスタートする。
でも何故か金村がすでに僕をリードしていた。
フライング!?
・・・・・でもいいや、抜いちゃえばいいんだ。
僕はどんどんスピードに乗って金村の背中を追い越した。
セイ   「いいぞメイ!!」
次の瞬間、急に後ろから腕を引っ張られた!
僕は後ろに転倒した。横に引き倒された格好だ。
セイ   「テメーなにしやがる!反則じゃねーか!」
セイの怒号が響くなか、金村がゴールする。
セイ   「おい!東郷!見ただろ!反則だ!!」
東郷   「?なにがだ阿部?」
先生は岩本になにやら話しかけられていて見てなかったみたいだ。
セイ   「レフェリーのブラインドを突きやがった・・・」
佐竹   「きたねーヤローだな」
伊吹   「外道が・・・」
とにかく一応ゴールしなきゃ・・・。
痛ッ!
・・・どうやらヒザを擦り剥いてしまったみたいだ。
けっこう血がでてきてる・・・。
フラフラ歩いてゆっくりとゴールした。
そして列の最後尾に座る。
金村   「へっへっへ、ワリィなオカマ」
メイ   「・・・・・」
東郷   「次!!」
次の山口君と岩本が走り出したみたいだ。
結果は岩本の勝ちだ。
当然だ。
岩本は勝つために山口君と走ったんだから・・・。
金村   「おつかれ」
岩本   「ハハハ、疲れてねーって。楽勝よ」
金村   「だよな」
山口   「ハァハァ」
山口君はすごい汗をかいている・・・。
疲労困憊の表情だ。
山口   「ハァハァ、あ、阿部君、足、血が出てるよ、ハァハァ、
      は、早く、保健室、行った方が、いいよ・・・」
メイ   「あ、うん。そうだよね」
山口   「ぼ、僕が、連れていってあげるよ・・・」
メイ   「え?いいよ、自分で行けるから・・・」
山口   「ハァハァ、む、無理しちゃダメだよ・・・」
メイ   「そ、そう?」
どう見ても無理してるのは山口君だ。
だけど、そんな状態でも僕に気を使ってくれてるんだから、
これ以上拒否しちゃ失礼だよね。
ここは山口君に連れていってもらおう。
メイ   「じゃあ連れてって」
山口   「う、うん」
僕は山口君につかまって保健室に向かった。
金村   「オイ、委員長。デブがオカマをどっか連れて行こうとしてるぜ」
伊藤   「そこ、二人で何処行くの!授業中でしょ!」
山口   「あ、あの・・・」
伊藤   「勝手な行動が許されると思ってるの?集団生活なのよ!」
山口   「で、でも・・・」
伊藤   「なによ、私の意見に文句でもあるっていうの?」
山口   「い、いや・・・」
伊藤   「だったら何なのよ!うっとおしいわね!」
山口   「・・・・・」
メイ   「山口君は怪我した僕を保健室へ連れていこうとしてくれただけだよ」
伊藤   「保健室?」
メイ   「ほら、さっき転んだからさ・・・」
伊藤   「だったら一人で行きなさいよ!転んだのは自業自得でしょ?」
山口   「そ、それは金村君が!」
メイ   「そうだね、一人で行くよ。
      山口君、ここまででいいよ。ありがとう」
伊藤   「アンタはさっさと列にもどんなさいよね!」
山口   「う、うう・・・・・」
僕は足を引きずりながら保健室へ向かった。

僕は一人静かな廊下を歩いて保健室にたどり着いた。
メイ   「失礼します」
桃井   「あら〜、いらっしゃ〜い」
彼女がこの学校の保険医、桃井 幸子(モモイ サチコ)先生だ。
とてもゆったりした雰囲気を醸し出す美人の先生。
いつもニコニコ微笑んでいる朗らかで上品な大人の女性。
生徒にとても人気があるみたいだ。
でも僕はちょっとニガテなんだよね・・・。
桃井   「きょうはどうしたのぉ〜?」
メイ   「ちょっと、体育で怪我して・・・」
桃井   「あらあらまあまあ、それはたいへんねぇ〜。
      さあ、こっちにきてキズグチをよくみせて〜」
メイ   「ハ、ハイ・・・」
桃井   「ん〜、これはイタイわよねぇ〜。
      でも〜、まずはおみずでよ〜くあらわなくちゃね〜」
メイ   「ハ、ハイ・・・」
・・・・・やっぱりこの先生はどうも苦手だ・・・。
桃井   「じゃあ、せんせいがあらってあげましょうね〜」
メイ   「えっ!?い、いや、自分でできます!」
桃井   「うふふ、だ〜め」
・・・・・。
抵抗もむなしく、結局無理矢理洗われてしまった・・・・・。
桃井   「つぎは〜、ショウドクしないとねぇ〜。
      ほっとくとカノウしちゃうぞぉ〜」
メイ   「は、はぁ・・・」
消毒しないと化膿するのは事実だし、僕は先生に身を任せた。
何故か視界はピンク色だった。いや、セピア色かも・・・。
桃井   「さいごにホータイまいて〜、て〜、て〜・・・っと、
      は〜い、できたぁ♪」
メイ   「・・・・・ど、どうも、ありがとうございました」
桃井   「どういたしましてぇ〜。またきてねぇ〜」
処置が終わり保健室を出ると同時にチャイムが鳴った。
二時間目の授業が終了したみたいだ。
僕は急いで更衣室で着替えを済ませ、教室に戻った。
次の授業は英語だったはずだ。

教室に戻ると、山口君が話しかけてきた。
山口   「あ、阿部君、足、大丈夫?」
メイ   「ああ、大丈夫だよ、このくらい」
千歳   「ねぇねぇ」
メイ   「うわっ!・・・・・な、なに?天野さん」
千歳   「怪我したんでしょう?この薬使ってみて」
メイ   「あ、ありがとう・・・・・」
千歳   「フフフ・・・」
天野さんはどこかに行っちゃった・・・。
そして僕の手に残された薬・・・。
いままで見たことない薬だ。大丈夫かな?
効能・・・ガン、糖尿病、アトピー性皮膚炎、乗り物酔い、・・・・・擦り傷。
用法・・・エサなどに混ぜて与えてください。
名前は・・・『モカシクソラダンノ』・・・。
なんか恐い・・・・・。
使うのはヤメとこう・・・。


休憩時間も終わり、三時間目の授業が始まった。
三時間目の英語を担当するのは井上 孝子(イノウエ タカコ)先生。
今年教師になったばかりの新米教師だから、
生徒達からなめられてよくからかわれている。
一生懸命な先生だけど、ちょっとのコトでスグ泣いちゃうんだよね・・・。
チャイムが鳴って少し間があって、バタバタと廊下を走る音が聞こえてきた。
井上   「はい、ごめんなさい!
      ちょっと遅れちゃったけど、今日の授業を始めたいと思います!」
そしてけっこうオッチョコチョイな先生だ。
井上   「では、今日は昨日の続きね。
      35ページの1行目を読んでもらいます。
      じゃあ最初は・・・伊藤さん」
伊藤   「はい」
伊藤さんが起立する。
伊藤さんは優秀だからきっと簡単に答えるだろうな。
伊藤   「Everybody together I’m Ch●no!」
ヒアリングもボディランゲージも迫力も完璧だ。
さすがだよね。
井上   「はい、よくできました。
      じゃあここを・・・山口君、訳してみてください」
山口   「あ・・・は、はい・・・」
しばらく沈黙が続く・・・。
わからないんだろう。
山口   「・・・・・」
井上   「あ、あれ?どうしちゃったのかな、山口君?」
山口   「・・・・・うぅ・・・」
井上   「え?」
金村   「あ〜あ、センセー、あんまり虐めちゃ駄目ですよ〜」
井上   「えっ?あたしは別に・・・ただ・・・」
金村   「山口、泣きそうじゃないっスかぁ」
井上   「そんな・・・つもりじゃ・・・」
・・・・・。
また始まった・・・・・。
金村   「山口がバカだからって責めちゃ可哀想ですよ〜」
井上   「だって・・・だって・・・」
金村達はこうやって先生をからかって、いつも泣かせているんだ。
井上先生は目を潤ませて、いまにも泣き出しそうな表情だ。
金村   「山口は食うのに忙しいから勉強できないんですよ〜」
井上   「じゃ、じゃあ金村君、代わりに答えて・・・」
金村   「わかりませ〜ん」
井上   「じゃあどうすればいいのよぉ〜!」
・・・やっぱり、ついに泣き出しちゃったよ・・・・・。
クラスに笑いが広がる。
伊藤   「先生、泣いてないでちゃんと授業を進めてください」
井上   「だって・・・・・だってぇ・・・」
岩本   「ぎゃはははは!大人のクセに泣いてんじゃねーよ」
岩本が丸めた紙屑を先生に投げつける。
その紙屑が正確に先生の頭に当たるのでクラスの笑いはますます大きくなる。
井上   「うっ・・・うっ・・・・・」
金村   「センセー、なんで泣いてんの〜?俺に相談してごらん」
井上   「うっ・・・うっ・・・・・もぅいやぁ〜・・・・・」
こんな状態で一時間だ。
先生はかなり辛いだろう。
終了のチャイムと同時に教室を飛び出していった・・・・・。
だがこれがいつもの事なんだ・・・・・。
そして四時間目が始まる。

四時間目は社会だ。
社会科担当は山下 茂蔵(ヤマシタ シゲゾウ)先生。
白髪混じりの年輩先生。
たぶんウチの学校で一番年上なんじゃないかな?
おだやかで落ち着きがある人だ。
だから滅多に怒ったりしない。
僕はこの先生が怒ってるのは一度も見たことないよ。
あ、先生が来たよ。
山下   「それじゃ、四時間目の授業を始めます。
      伊藤さん、号令を」
伊藤   「起立。礼・・・着席」
この先生の授業の時だけ礼で始まる。
礼儀にはこだわる人なんだ。
古風だけど、僕はこういうのが好きだな・・・。
山下   「では最初に、教科書38ページ・・・」
この授業は数学に次いで静かで滞りなく授業が進行する。
金村や岩本もこういう状況じゃあ何もしてこないしね。

そして平穏無事に午前中の授業は終了した。
これでやっと昼休憩。
昼食の時間だよ。
いつも昼食になるとセイや伊吹と屋上に上がって食べるんだ。
みんなでおひさまの下で集まって食べるのってすごくおいしいんだ。
Aクラスは少し早めに授業が終わったみたいだから、
たぶんもうセイは屋上だろうね。
僕もそろそろ行ってみよう。
山口   「あ、あの・・・阿部君・・・」
メイ   「え?なんだい?山口君」
山口   「ぼ、僕も阿部君達と一緒にお昼食べたい・・・。
      い、一緒に行っても、いいかな・・・?」
メイ   「もちろん。おいでよ」
山口   「あ、ありがとう」
金村   「おい待てよデブ!」
岩本   「俺らにパン買ってこいよ」
メイ   「自分で買いに行きなよ」
岩本   「テメーにゃあ言ってねーんだよ!」
金村   「さっさと行けよブタ!おまえただでさえトロいんだからよォ」
メイ   「行こうよ、山口君」
山口   「う、うん・・・」
岩本   「オイ!シカトしてんじゃねーよ!!」
僕たちは金村達を無視して教室を出た。
階段で秋篠先生とぶつかりかけたが、先生が冷静に回避したのでぶつからなかった。
秋篠   「何を急いでいるんです」
メイ   「あ、いえ。なんでもないです。失礼します」
先生は軽く一別して教室に向かう。
金村達はしつこく追ってきたようだ。
金村   「オイ!逃げてんじゃねーよ!」
教室の扉を開けた瞬間、秋篠先生とぶつかる。
金村   「テッ・・・気をつけろ!」
秋篠   「・・・・・」
秋篠先生はぶつかってきた金村をつまらないモノを見るような『氷の視線』で射抜く。
金村   「あ、秋篠・・・先生・・・・・」
秋篠   「貴様が気をつけろ。クズどもが。
      ・・・・・殺すぞ」
金村   「・・・す・・・すいません・・・・・・・・」
先生はスッと視線を前方に向けて再び歩き出した。
秋篠   「次は無いと思いたまえ」
金村   「は、はい・・・・・」
・・・・・。
こわいね・・・。
山口君は呆然と立ちすくんでいる・・・。
先生はそのまま教室に入っていった。
金村はその場にへたりこんでいる。
千歳   「ねぇねぇ、先生。私お弁当創ったんだよ。食べて」
秋篠   「おやおや、これはおいしそうですね。喜んでいただきます」
天野さんのはしゃいだ声が聞こえる。
天野さんは秋篠先生になついているんだ。
さ、早く屋上へ行こう。皆待ってるしね。

僕たちは屋上へ向かう階段を昇っていく。
山口君はすでに汗ダクだ。階段はキツイのかな。
僕は山口君のペースにあわせてゆっくり歩く。
けっこう時間かかっちゃったけど、やっと屋上の扉が見えた。
メイ   「あ、そうだ。
      まず僕がみんなに説明するからちょっと外で待っててね」
山口   「う、うん・・・」
僕は山口君を待たせて扉をくぐる。
やっぱりもう皆来てるね。
セイは手前で背を向けて座ってる。
その向かいに水森さん、その左隣に伊吹が座ってる。
縄田君も手すりに寄りかかって誰かと話してるみたいだね。
メイ   「お待たせ」
セイ   「命拾いしたな」
メイ   「エ?何の話??」
伊吹   「バカの戯れ言だ。いちいちかまうな」
セイ   「ヒドイ・・・」
ま、セイが突拍子もない事を言うのはいつものことだけどね。
縄田   「さぁさぁ、メイ先輩、こちらへどーぞ」
メイ   「うん・・・」
はやく山口君のこと言わなくちゃ・・・。
でもなんて言おう・・・。
みんな嫌がらないかな・・・。
皆けっこう縄張り意識が強そうだし・・・・・。
花穂   「どしたの?」
うーん、そのまま言えばいいよね・・・。
メイ   「じ、じつは、友達がついてきたんだケド・・・入れてもいいかな?」
ヒサシ  「なんだよ、そんな事か。いいに決まってんじゃん。なあ?」
花穂   「そーだよ。はやく呼んであげなよ」
セイ   「オウヨ、大歓迎に決まってんじゃん」
ホッ、なんだ。みんな歓迎ムードだね。
断られたらなんて言おうかと思ったよ。
みんな案外友好的なんだな。
メイ   「よかった、それじゃあ・・・・・来てもいいってさ」
山口   「ふぅふぅ、よ、よかった・・・」
メイ   「じゃあ好きな所に座りなよ」
屋上ではお昼はいつもビニールシートを広げてるんだ。
これはセイのクラスの古屋 寿(フルヤ ヒサシ)君が持ってきてるんだよ。
僕の正面に座ってる眼鏡の彼がそうだよ。
みんな便利屋って呼んでるみたいなんだ。
いろいろ気が利くかららしいんだ。
山口   「う、うん・・・」
・・・・・。
・・・アレ?
みんな急に黙り込んじゃったね・・・。
どうしちゃったんだろ・・・。
みんな緊張してるのかな?
セイ   「オイ、メイ・・・。なんとかしろ」
メイ   「え?・・・あ、山口君、こっち、僕の横座りなよ」
そうか、初めてだもんね。
ちゃんと僕が先導しなきゃ遠慮して行動できないよね。
さすがセイはそういうことによく気がつく。
山口   「う、うん・・・」
山口君は僕の右隣、僕とセイの間に座った。
セイは気を使ってビニールシートから出て直に地面に座ってくれてる。
意外に優しいところもあるんだよね。
それにしてもなんか右側が暖かくなったような・・・。
おかしいな日差しは真上だと思うんだけど・・・。
花穂   「そ、それじゃあそろそろ食べようよ☆
      アタシお腹空いちゃったよぉ」
ヒサシ  「そ、そうだな、食おうぜ」
伊吹   「う、うむ」
縄田   「そんじゃ、いただきま〜ッス」
セイとヒサシ君、水森さん、縄田君はパンみたいだね。
きっと僕たちを持ってる間に購買部で買ってきたんだろう。
僕はお弁当。伊吹はにぎりめしだ。
いつも伊吹は自分でお弁当作ってくるんだよ。偉いよね。
意外に家庭的な面もあるんだ。
あ、意外なんて言っちゃ失礼だよね。
そして山口君は・・・ご、五段重ねの重箱だ。
まさかこれで一食ぶんなのかな・・・。
ま、まさかね・・・。
でも、さすがだよね・・・。
やっぱりこのくらい食べないとこの身体は維持できないんだろうね。
縄田   「な、なんか凄いッスね・・・」
山口   「そ、そうかな・・・・・?」
花穂   「な、なんか胸焼けしてきた・・・★」
山口君がすごい勢いで次々に食べ始めた。
みんな食べるのを忘れて凝視してるよ。
そういう僕も目が離せないけど・・・。
花穂   「スゴ・・・」
ヒサシ  「そ、そんなに食べたら喉つまるぞ・・・」
山口   「あ、わすれてた・・・」
花穂   「ウッ・・・」
山口君は鞄から3リットルのペットボトルをとりだした。
・・・・・。
ソレ、どこに売ってるの?
山口   「これでいいや・・・」
メイ   「さすがにすごいね・・・」
どうやらコレも一食で飲み干すつもりみたいだ。
だからいつも汗かいてるんだな・・・。
山口   「ごちそうさまでした」
・・・・・。
ひとりで食べ尽くしちゃったよ・・・。
よく食べられるよね・・・。
もしかして家族の人みんなこうなのかな?
・・・・・。
食べ終わった山口君が一心に正面を見つめてるけど・・・なんだろう?
ヒサシ  「・・・オイ」
ヒサシ君が小声で水森さんに知らせる。
水森さんはすぐさま目を真横にそらした。
花穂   「・・・あ、アタシ・・・食べられちゃうのカナ・・・・・」
まさか!
でも、もしそんなことになったら連れてきた僕のせいだ!
どうしよう!
山口   「・・・あのう・・・」
花穂   「ハイッ!」
山口   「・・・・・」
花穂   「・・・食べられる・・・アタシ絶対食べられる・・・・・」
や、やっぱりこういう時は連れてきた僕が責任をとって食べられるべきかなぁ?
山口   「そ、それ・・・食べないなら、も、もらってもいいかなぁ?」
山口君は水森さんの手つかずのアンパンを指さした。
なんだ、アンパンを見てたのか・・・。
そうだよね、いくらなんでも人は食べないよね。
花穂   「あ・・・こ、コレ?」
山口   「う、うん・・・」
花穂   「こ、こんなものでいいなら、いくらでもあげるよ!」
水森さんも心底ホッとしているみたいだ。
山口   「あ、ありがとう・・・水森さんって、やさしいな・・・」
花穂   「あ、アリガト・・・・・△」
メイ   「うわっ!?」
何か変な触手が突然地面から生えてきて僕のおかずを奪った!
縄田   「な、なんスか!?ソレ〜」
何か得体の知れない触手の先に口らしき器官がついている。
闇の者だ!
こんな白昼堂々現れるなんて!
みんなに危険が及ばないようにしないと!
セイ   「メイ!術で焼きつくしちまえ!!」
メイ   「わかった!・・・我が炎を受けてみよ!」
千歳   「ゴメンゴメン」
突然天野さんが僕と化け物が対峙する間に現れた。
千歳   「こんなトコロに逃げちゃって・・・」
天野さんは闇の存在をヒョイっと掴み、無造作にお弁当箱に放り込む。
千歳   「じゃあね」
そのまま蓋をして何事もなかったように立ち去っていく・・・。
メイ   「・・・・・」
セイ   「・・・・・」
伊吹   「・・・・・」
花穂   「ねえ!ナンなの!?いまのナンなの!?」
セイ   「忘れよう・・・それが一番だ・・・」
・・・・・。
天野さんはよくわからない・・・。
あれでいいんだろうか?
メイ   「うわっ!??」
朱雀   「くわぁ〜」
胸の辺りがもぞもぞすると思ったら、朱雀が起き出してきたようだ。
花穂   「な、なにソレ〜!?」
伊吹   「そういえば、学校についてきたんだったな」
ヒサシ  「なんだよこの赤いの!?」
メイ   「ああ〜、お昼ご飯の匂いで起きちゃったんだ〜・・・」
せっかく忘れてたのに・・・・・。
セイ   「・・・キョロキョロしてるぜ?大丈夫か?コイツ」
朱雀   「ゴハン〜?」
花穂   「なにコレ!なにコレ!なにコレ!?かわいい〜☆」
メイ   「こ、これは今日から僕の式神として・・・」
セイ   「ペットだ、ペット」
花穂   「マジィ〜?すごいカワイイじゃん☆」
ヒサシ  「逃げねーのか?ソレ・・・」
伊吹   「大丈夫だろう。おそらく大自然では生きていけんだろうしな」
朱雀   「なんですか?あなたがたは?」
花穂   「しゃべったよ!?」
セイ   「九官鳥もしゃべるだろ。あれとおんなじだ」
花穂   「なるほど。そっか。でもスゴイ可愛い〜☆アタシもほしい」
伊吹   「悪いことは言わん、やめておけ」
朱雀   「さっきからいったい何なんだね、キミたちは」
セイ   「・・・オイ」
メイ   「・・・また記憶が消去されてるみたいだね・・・」
セイ   「コイツは脳が無いのか?」
朱雀   「失敬ですね、キミは」
セイが指さすとすぐさま朱雀は噛みつく。
セイ   「イデデデ!!なにしやがる!!」
朱雀   「失礼な事を言うからです」
セイ   「黙れ脳無し!」
朱雀   「このインテリジェンスなワタシのドコが脳無しなんですか!」
花穂   「そうよセイ。いじめちゃかわいそうでしょ。鳥なんだから」
朱雀   「さすが、話のわかる人だ。今日からアナタをご主人様と・・・」
伊吹   「コラコラ、貴様の主人はメイだろうが」
朱雀   「メイ・・・?」
・・・・・。
・・・・・。
・・・・・。
朱雀   「・・・・・!、メイ様!!」
メイ   「キミさ・・・、いいかげん憶えるべきなんじゃないの」
朱雀   「まことにもうしわけアリマセン!朱雀一生の不覚!」
セイ   「どうしようもねーバカだな・・・」
朱雀   「なんですって?さっきからなんなんですかアナタは。
      いちいちケチつけて・・・!メイ様と同じ顔!?
      貴様ドッペル・・・」
伊吹   「これ以上繰り返すならば斬る」
朱雀   「けー!!」
メイ   「ホラ、セイだよ。ホントにそろそろ憶えなきゃ・・・」
朱雀   「ははっ。次までには何としても・・・」
セイ   「無理だろ」
朱雀   「フムフム、このマヌケはセイとゆーのか・・・」
セイ   「なんだと」
またケンカが始まった・・・。
ケンカするほど仲が良いって言うけどホントかな?
伊吹   「ところで私のことは憶えているのか?」
朱雀   「・・・・・わ、わずかに・・・そうだ!メイ様の侍女!」
伊吹   「誰が侍女か!だれが!!」
縄田   「ははは。それじゃ、俺は憶えてるかな?」
朱雀   「ナワワ」
縄田   「どーしてソコだけ憶えてるんだよ!」
メイ   「なんで僕よりハッキリ憶えてるんだ・・・」
朱雀   「ところで皆さんはお昼ですか?
      いいですねぇ。ワタシもお腹ペコペコです」
花穂   「あはは☆それじゃアタシのを・・・。
      あ、そーか、もうあげちゃんだった・・・」
朱雀   「無理にとは申しません」
花穂   「ヒサシ、アンタひとつあげたら?」
ヒサシ  「なに言って・・・」
花穂   「ホラ、コレあげる〜」
ヒサシ  「テメッ、なに勝手に・・・」
花穂   「まぁまぁ、いいじゃん」
ヒサシ  「よくねー!」
朱雀   「どうもありがとうゴザイマス。
      おや?あそこにお重がありますね。アレも少しいただけませんか?」
山口   「あ、あれはもう空だよ・・・」
朱雀   「なんですか、キミは。暑苦しいですね」
そういう自分は火の鳥じゃないか。
朱雀   「少しはダイエットでもしたらどうです?」
山口   「う・・・」
そ、そんなハッキリ言っちゃあ・・・。
もし本人が気にしてたらどうする気なんだよ。
そもそも気付いてなかったとしたら、そうとうショック受けるだろうし・・・。
まったく朱雀はもう少し遠慮を憶えさせないと・・・。
イヤ、そのまえに僕を憶えさせなきゃね・・・・・。
ところで水森さんが朱雀を気に入ってくれたみたいだね。
さっきから朱雀に食べ物を与えてくれてるみたい。
おかずそのものは僕のなんだけどね・・・。
お腹いっぱいになったんだろう、またおとなしく胸ポケットに入って寝ちゃった・・・。
これでやっと落ち着けるかな。
山口   「・・・・・寝ちゃったの?」
メイ   「朱雀は少しでも暗いところに入るとすぐ寝ちゃうんだよ」
山口   「へぇ〜・・・」
メイ   「それより、お昼どうだった?」
山口   「うん、すごく楽しかったよ・・・。
      僕、いままでクラスメートと一緒にご飯食べたこととかなかったから・・・」
メイ   「そうなんだ」
そうだよね・・・。
クラスの皆はいつものけ者にするもんね・・・。
でも、楽しんでくれてよかった。
連れてきてよかったかな。
セイ   「おい縄田、ちょっと滑ってこよーぜ」
縄田   「いいっスね〜、お付き合いしますよ」
セイと縄田君の二人は上靴からローラーブレードに履き替える。
セイは慣れてるからすごく早い。
縄田君も最近はだいぶ慣れてきたみたいだけど、まだセイの方が手際がいいね。
これから二人で校内を疾走するんだ。
また先生に捕まらなきゃいいけどね。
セイ   「これでヨシっと」
縄田   「こっちもオーケーっス」
メイ   「気をつけなよ」
セイ   「大丈夫だって」
伊吹   「毎度毎度、飽きもせずよくやるものだ」
セイ   「ヒサシ、後でジュース買ってきといてくれ」
ヒサシ  「あいよ」
セイ   「んじゃ行こうぜ、縄田」
縄田   「ハイっス」
二人はまず屋上を一回りして加速してから一気に階段を滑り降りる。
セイ   「おりゃあ〜、階段滑り!!」
もう見えなくなっちゃった・・・。
よく怖くないよね・・・。
花穂   「楽しそうでいいよね〜」
伊吹   「・・・・・」
山口   「す、凄い・・・、カッコイイ・・・」
伊吹   「危険なだけだ」
メイ   「でも、確かに気持ちよさそうだよね」
花穂   「ね〜、アタシもやってみようかな」
メイ   「それはちょっとヤメといた方が・・・」
花穂   「違うよ、あんなムチャクチャにじゃなくて、
      放課後公園でかるーくだよ。そしたら一緒にさ・・・」
メイ   「そうだね。普通になら・・・」
花穂   「そーいえばヒサシはいつも一緒に行かないね?」
ヒサシ君もセイのチームに所属してるんだ。
放課後は公園でセイ達と滑ってるんだよ。
ヒサシ  「ああ。俺はさすがに校内を滑るのは遠慮するね」
花穂   「まーね」
ヒサシ  「それに、昼はゆっくりダベっときたいし・・・」
花穂   「ふ〜ん」
山口   「・・・あ・・・」
メイ   「どうしたの?」
山口   「ちょ、ちょっと・・・トイレ・・・」
メイ   「ああ、そう」
たしかにあれだけ飲んだらね・・・。
山口君はトイレに行くため階段を下りていく。
四階のトイレは三年生が使うから、きっと二階に行くんだろう。
花穂   「でもさ〜、セイっていつも脳天気でいいよね〜」
ヒサシ  「だよな。きっとなんにも考えてねーんだろ」
伊吹   「・・・そうかな」
花穂   「えっ?なんか言った?」
伊吹   「・・・なんでもない」
花穂   「え〜、なんか言ったじゃん」
伊吹   「独り言だ」
花穂   「ふーん」
メイ   「・・・・・」
伊吹も、ちゃんとわかってるんだね。
普段はケンカばっかりしてるけど。
花穂   「それにしてもさ〜」
伊吹   「ん?」
花穂   「いい天気だよね〜☆」
伊吹   「そうだな」
麗らかな陽気に包まれて、僕たちはおだやかなひとときを過ごす。
僕はこの時間がたまらなく好きなんだ。
花穂   「なんか、眠くなってきたね〜・・・」
ヒサシ  「そうだな、俺達もこの鳥みたいに昼寝でもするか」
花穂   「フフッ、気持ちよさそうに寝てるね〜・・・」
伊吹   「寝顔だけは憎めんな・・・」
メイ   「次起きた時は僕のこと憶えてるかな・・・」
伊吹   「さて、どうだかな・・・」
ヒサシ  「ヤベ・・・マジ眠くなってきた・・・」
伊吹   「皆ひとねむりするといい。私が起こしてやる」
メイ   「それは悪いよ・・・」
伊吹   「気にするな」
花穂   「・・・・・スー・・・・・」
水森さんはすでに寝ちゃってるみたいだね・・・。
僕も眠い・・・・・。
最近ちょっと疲れ溜まってるのかもしれないな・・・。
水森さんの規則的な寝息が耳に心地良い・・・・・。
メイ   「・・・じゃあ、少しだけ・・・・・」
伊吹   「うん・・・」
僕たちは暖かな日差しの下で、おだやかな微睡み(まどろみ)に身をゆだねる・・・・・。
とても気持ちいい・・・・・。
これって、とても贅沢な時間だよね・・・・・。

・・・・・。
あれ・・・。
・・・・・。
あ、そうか・・・。
ちょっとだけ眠ったんだっけ・・・・・。
伊吹   「・・・・・スー・・・・・スー・・・・・・」
フフッ、伊吹も寝ちゃったんだな。
・・・・・。
まだそんなに時間は経ってないみたいだ。
伊吹   「・・・ん?」
メイ   「あ、起こしちゃった?」
伊吹   「わ、私は寝てなどいないぞ!勘違いするな」
メイ   「フフッ、そう?」
伊吹   「そうだ!それより、メイこそ起きたようだな」
メイ   「うん」
・・・・・あれ?
山口君はまだ戻ってきてないんだ・・・。
もしかしてそのまま教室に戻ったのかな?
・・・なんだか僕もトイレ行きたくなってきたな。
みんなを起こさないように静かに行ってこよう・・・。
メイ   「じゃあ僕は先に下に行くから、みんなを頼むね」
伊吹   「うむ。任せろ」

僕は寝てるみんなを起こさないようにそっと抜けだして二階のトイレに来た。
なんだか中が騒々しいな。
誰かがトイレで騒いでるみたいだ・・・。
なんの騒ぎかわかんないけど、とにかく入ってみよう。
メイ   「あ、山口君・・・」
まだ山口君はトイレにいたのか・・・。
・・・でもなんだか様子がおかしい。
山口   「あ・・・阿部君・・・・・」
メイ   「・・・ど、どうしたの・・・」
山口君は何かに怯えてるみたいに萎縮している。
しかもズブ濡れじゃないか!
いったい何があったんだ!?
金村   「なんだ脅かすなよ、誰かと思えばオカマじゃねーか」
岩本   「急に入ってくんじゃねーよ」
個室から金村と岩本が出てきた!
まさかこいつらが山口君になにかしたんじゃ・・・・・。
メイ   「なにしてんの」
山口   「う、うう・・・・・」
岩本   「聞いてくれよ、このブタがいきなりぶつかってきやがってよォ」
金村   「そんで俺達の金が落っこちちまってよぉ。
      拾ってくれって頼んだんだけどよぉ、
      このブタなかなか拾ってくれねーからちょっと体で教えてやってたんだよ」
そう言いながら掃除用の棒付きタワシで山口君の腕をつつく。
山口   「う、ウソだ!ぼ、僕のお金じゃないか・・・」
岩本   「なに言ってんだよ。貸してくれるって言ったじゃねーか。
      借りた瞬間からもうそれは俺らの金なんだよ」
山口   「・・・・・うぅ・・・」
・・・屁理屈ばかりだ。
こういう時は理屈で返しても無駄だよね。
メイ   「お金貸したの?」
山口   「む、無理矢理・・・」
岩本   「昼飯代もなかったからよぉ、やさしい山口君が貸してくれたんだよ。な?」
山口   「・・・う、うぅ・・・」
金村   「だから俺らの金落としたんだから拾ってくれればいいんだよ」
こいつらに何を言っても無駄だ。
さっさと要求を呑んじゃえば済むだろう。
メイ   「山口君、それなら早く拾っちゃおうよ。
      僕も手伝うからさ」
山口   「で、でも・・・・・」
金村   「おお、良かったじゃねーかデブ。やさしいオトモダチがいてよォ」
岩本   「うらやましいな、オイ」
でもどこにもお金なんて落ちてないじゃないか・・・。
いったいどういうことなんだろう?
金村   「こっちだ、早く拾えよ」
メイ   「!!」
500円玉が便器の中に落ちていた・・・。
きっとわざとここに落としたんだ。
そういうことか、酷いことをする奴らだ。
どうりで山口君が拾えないはずだ・・・。
迂闊だった・・・・・。
岩本   「どうした、拾ってくれるんだろ?
      オラ、デブもさっさと拾え!」
メイ   「・・・・・」
金村   「なんだよ、早くしろよ!それともさっき言ったことは嘘かよ」
山口   「ううぅ・・・・・」
メイ   「山口君、軽はずみなこと言ってごめん。
      あとは僕がやるから、山口君は先に教室帰っておいてよ」
金村   「うひょお〜、やさしいねぇ。ユウジョウだ」
岩本   「おお、ユウジョウだ」
山口   「で、でも・・・」
メイ   「いいから・・・・・」
山口   「そ、そんなこと・・・・・」
メイ   「はやく!」
山口   「うっ・・・・・」
メイ   「頼むから!」
山口   「うっ、ご、ごめん・・・・・」
少し強く言いすぎたかな・・・。
山口君は驚いて飛び出していっちゃった・・・・・。
金村   「さ〜て、じゃあはやく拾ってくれよ」
メイ   「・・・わ、わかってるよ・・・」
僕がやらなければ、きっと後で山口君にやらせるだろう。
・・・・・そんなことはさせない・・・。
500円玉は便器に溜まっている水の底にある。
僕はふるえる手をコインに伸ばす・・・。
金村   「はやくしろよ、俺達ヒマじゃねーんだぜ」
岩本   「さっさとしねーとお前にも体で理解させるぞ」
メイ   「・・・・・」
水に指をいれてコインをつまみ上げる・・・。
水は少し生暖かかった・・・。
金村   「あはははは!ホントに拾いやがった!!きったねー!」
メイ   「・・・拾ったよ・・・」
岩本   「そんな汚い金いらねーよ!」
金村   「きたねーからお前がもらっとけ!」
メイ   「・・・・・」
金村   「それよりお前小便しにきたんだろ?
      ここ男便所だぜ?オカマのクセにどうやってやるんだ?」
岩本   「そうだな、コイツ本当にツイてんのか?」
メイ   「・・・・・」
金村   「やるとこ見てみたくねー?」
岩本   「おお、面白そうじゃねーか」
金村   「オラ、見ててやるからここでしろよ」
岩本   「オラ早くしろよ。時間ねーって言っただろ?なんべんも言わせんなよ」
メイ   「・・・・・」
金村   「なんだよ、はやく脱げよ」
岩本   「俺らが手伝ってやらなきゃパンツも脱げねーのかよ」
金村   「しょーがねーな。俺らが脱がしてやろーぜ」
メイ   「やめろ・・・」
岩本   「あ?なんだと?」
メイ   「離せ!」
岩本   「うわっ!」
僕のズボンを下ろそうとする金村の手を振り払い、
岩本を突き飛ばしてトイレを駆け出した。
岩本   「待て!テメー!!」
ちくしょう・・・・・。
僕はそのまま階段を駆け下り一年生のトイレに駆け込んだ。
すぐに手を洗う。
・・・・・。
ちくしょう・・・・・。
鏡に向かってつぶやく・・・・・。
あいつら・・・・・。

僕はしばらく水を見つめていた。
流れる水道の水を手で受け、顔を洗う。
・・・・・。
だいぶ落ち着いてきた・・・。
メイ   「フー・・・・・」
・・・・・。
もう大丈夫だ・・・・・。
平常心を取り戻した僕は教室に向かった。
そろそろ次の授業が始まる・・・。

教室に戻ると山口君が心配そうに駆け寄ってきた。
金村と岩本も何食わぬ顔で席に座っている。
山口   「あ、阿部君・・・・・」
メイ   「大丈夫。なんともないよ」
山口   「で、でも・・・・・」
メイ   「大丈夫だから、気にしないで・・・」
山口   「ぼ、僕のせいで・・・・・」
メイ   「もういいから。ホントに大丈夫なんだから」
山口   「・・・う、うん・・・」
メイ   「さ、もう授業が始まるよ。席につこう」
山口   「・・・・・い、いつか必ず、今度は・・・僕が・・・・・」
メイ   「気にしないの。いいね?」
山口   「う、うぅ・・・・・」
さすがに山口君は釈然としないようだけど、渋々自分の席に戻っていった。
これでいいんだ・・・。
さ、気を取り直して授業を受けよう。
五時間目は理科だ。

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