SYNCHRONICITY TWINS STORY

NECRONOMICON

ACT.1 03日 土曜 午前 (メイ編・代々木)



どのくらいの時間が経っただろうか・・・。
おそらく草木も眠る丑三つ時くらいだろう・・・。
異様に寝苦しく感じる。
いや、そもそも僕は今起きてるんだろうか?
ひょっとしたら今はまだ夢の中かもしれない。
ふと気付くと、目の前に小野寺さんが立っている。
僕も両足で立っている。
ここはどこだろう?
小野寺さんの口元がゆがむ。笑いっているのかな?
小野寺  「あの時無くなった物は、これですか?」
見ると、小野寺さんは宝珠を持っている。
メイ   「それは!・・・どこでそれを?」
小野寺  「どこで?クックック、最初からここにあったじゃありませんか」
メイ   「でも・・・、小野寺さんそれは・・・」
言いながら一歩踏みだした。
小野寺  「小野寺?私がですか?
      クックック、君が、私の何を知っているというんです?
      私が小野寺である根拠など、あるのですか?」
メイ   「何を言って・・・!」
その時!
突如小野寺さんの顔が崩れた!
顔の肉が急激に腐敗して剥がれ落ちていく!!
一体何がどうなっているんだ!?
メイ   「うわああああ!!!!!」
小野寺  「これでも私が何であるか定義できますか?」
顔の肉がどんどん腐り落ちて、とうとうその下の白骨が露わになっていく!
メイ   「・・・・・」
そこにいるのはもはや小野寺さんではない。
不気味な生ける屍・・・。
メイ   「・・・誰だ、おまえは」
眼鏡が落ち、全ての肉が腐り果て、毛髪も抜け落ち、そこに残ったのはただの骸骨。
内臓も、声帯もないはずの骨格だけの骸骨が身体を震わせている・・・。
骸骨   「・・・ワカラヌカ?」
メイ   「!!」
そうだ!
こいつは今日遭遇した印間の骸骨だ!
そうか、昨日の夢でみたのも同じモノに違いない!
メイ   「お前は何者なんだ!?何が目的なんだ!」
骸骨   「我ニハ主ガ邪魔ダ。父ノ後ヲ追ウガヨイ」
骸骨が揺らいだと思った瞬間、周囲一帯に骸骨が分裂した!
それも周囲だけじゃなく、上下全ての方向にだ!
骸骨の大群が一斉に口を開く。
骸骨   「死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ
      死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ
      死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ
      死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ
      死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ・・・」

メイ   「!!!!」
パニック状態で僕は目を覚ました!
慌てて辺りを見回すと、見慣れた天井が視界に広がる。
ここは間違いなく僕の部屋だ。
・・・どうやらまた夢をみていたようだ・・・。
またハッキリと憶えている・・・。
一体この悪夢はなんなんだろうか・・・。
それにしても凄い寝汗をかいたようで気持ち悪い。
額の汗を拭おうと腕を動かそうとした時、僕は気付いた。
布団からは手が出てきた。
でもまだ僕の手は動いてはいない!
じゃあこの手は一体なんなんだ!?
僕の身体は硬直して動かない!金縛り状態だ!
メイ   「・・・・・」
声も出ない!
布団から這い出た手はみるみるうちに白骨化した!!
這い寄ってくる骨の指先から少しでも逃れようと顎をそらす。
その時、視線が斜め後ろに向いた時、僕は知った。
あいつがそこにいた・・・。
骸骨が僕の枕元にいたのだ!
メイ   「!!」
僕は息を呑んで骸骨の両目の空洞を見つめた。
吸い込まれそうな虚無の闇が僕を見つめ返している・・・。
骸骨の腕が動いた。
僕の首を掴み、締め上げていく・・・。
僕は抵抗することもできない・・・。
意識が遠のいていく・・・このまま殺されてしまうんだろうか?
いやだ・・・こんなわけのわからないヤツに殺されてたまるか・・・。
どうにか反撃する手だてはないものかと辺りに視線を巡らせていた。
しかしその間にも意識は深い海の底に沈みこむような感覚に襲われる・・・。
・・・・・。
すがる思いで視線を彷徨わせていると、視界の角になにやら赤い飛行物体が現れた。
あれはなんだろう?
小さな赤い物体がフラフラと浮遊して骸骨に接近する・・・。
あれは・・・・・。
もしかして・・・・・。
朱雀   「いたらきま〜ふ」
骸骨   「!!」
朱雀だ!
朱雀が大口で・・・身体よりもはるかに大きく開かれたペリカン状態の大口で、
骸骨を丸飲みしてしまった!!
突然首の圧迫から解放された!
金縛りも解けている。
メイ   「ゲホッ・・・ゲホ・・・」
息を整えて朱雀を見上げる。
朱雀   「・・・ごちそ〜さまでした〜・・・・・」
・・・どうやら寝ぼけて夢遊病者のようにさまよってたみたいだね・・・。
朱雀はまたフラフラと飛行して机の上に着陸して熟睡モードに切り替わる。
・・・あの骸骨は・・・どうなったんだろう△
もしかして、朱雀に吸収されて消滅したのかな・・・?
今回は寝ぼけた朱雀の行動に助けられたけど、次はどうなるかわからない。
とにかく用心しなきゃ・・・。
そういえば、今何時だろう?
・・・まだ少し早いけど、もうじき夜明けだ。
いまさら寝る気もしないし、そろそろ起きようか。
今日は昨日よりはだいぶよく眠れたから、まだマシだよね。
ちょっと食堂へおりてみようかな。
まだ食事の用意はできてないだろうけど、ちょっと喉乾いてるし。
みんなまだ寝てるだろうから静かに行動しよう。

食堂に入ると、そこにはすでに母の姿があった。
メイ   「あ、母さん。おはようございます」
満恵   「おはようございます。早いですね明さん」
メイ   「ええ、ちょっと、目が覚めてしまって・・・」
満恵   「そうですか。食事の用意はまだできてませんが・・・」
メイ   「あ、手伝います」
満恵   「そうですか」
母に続いてキッチンに行き、朝食の準備を手伝う。
満恵   「まずは顔を洗ってきなさい」
メイ   「はい」
食堂を挟んでキッチンの向かい側に洗面所がある。
その奥にはトイレがある。
まず冷たい水で顔を洗ってサッパリしたあと、歯磨きしてキッチンに戻る。
メイ   「おまたせしました」
満恵   「この野菜を洗っておいてください」
メイ   「はい」
うちの朝食は純和風。
セイだけ洋風。
セイだけいつもこんがり焼いたトーストを食べる。
朱雀はどっちが好みなんだろう?
・・・雑食だろうし、なんでもいいかな。
さっそく用意してある野菜を洗う。
母さんは見事な包丁さばきで野菜を切っている。
用意されている材料は野菜にお豆腐、ワカメ、油揚げ・・・。
今朝も野菜たっぷりのお味噌汁だ。
メイ   「母さんはいつも早起きですよね。
      何時に起きてるんですか?」
満恵   「秘密」
なぜー!?
満恵   「テーブルにお漬け物を並べてきてください」
メイ   「わ、わかりました」

朝食の準備を終えて食堂でみんなが起きてくるのを待つ。
食堂にはすでに食欲をそそられる美味しそうな匂いがたちこめている。
音がないと淋しいからとりあえず適当にテレビをつけてみる。
やってる番組は朝のニュース番組。
キャスター「・・・ンタワーで発見された白骨死体の身元の割り出しなど、
      関係者から事情を聞いている状況です。
      さて、次のニュースは・・・」
ボリュームは小さめだけど今はこれで十分だ。
最初母さんは食事中にテレビを観るのは行儀が悪いと反対していたけど、
セイが強引に押し通したんだ。
父さんも賛成したのが大きな要因だけどね。
テレビをつけておくことで様々な情報を自然と把握できるからなんだ。
さすがに父さんにこう言われたら、さすがの母さんも反対しなかった。
朝の貴重な時間にニュースを観て情報収集できるのは結構有益だからね。
しばらくなにげなくニュースを観ていたら、伊吹が起きてきた。
伊吹   「おはよぉございまふ・・・・・」
まだ寝ぼけまなこだ。
伊吹はそれほど朝に強くない。
完全に覚醒すればすぐにシャキっとするんだけどね。
メイ   「おはよう」
満恵   「おはようございます。傷のほうはどうです?」
伊吹   「あー・・・らいじょうぶですねー?」
メイ   「・・・伊吹、顔洗ってきなよ」
伊吹   「むー・・・」
伊吹はおぼつかない足取りで洗面所に向かった。
食堂からだと洗面所はキッチンの反対側に位置する。
しばらくしていつもの伊吹が出てきた。
伊吹   「ふー、スッキリした」
メイ   「目覚めた?」
伊吹   「うむ」
伊吹も席に着きテレビを観る。
あまりテレビに興味はなかった伊吹だけど、
父さんに情報収集の一環だと指導されてから報道番組をよく観てるんだ。
伊吹   「ふん、くだらんニュースばかりだな」
メイ   「平和でいいじゃない」
伊吹   「まあ、そういう見方もあるな」
しばらく芸能人のスキャンダルが報道され、次の天気予報が始まった頃、
やっとセイも起きてきたみたい。
階段から足音がきこえる。
セイ   「へろー・・・」
メイ   「おはよう」
満恵   「おはようございます」
伊吹   「相変わらずよく寝るやつだな」
セイ   「育ち盛りなんだ」
伊吹   「小学生か」
セイ   「顔洗ってこよー」
伊吹に続いてセイも洗面所に入る。
満恵   「今日はお天気のようですね」
伊吹   「降水確率0%か。絶好の休日だな」
メイ   「そうだね。外ももう明るくなってるしね」
満恵   「すこし暑くなるかもしれませんね」
メイ   「もうすぐ夏だもんね」
伊吹   「夏か。夏は蝉が五月蝿(ウルサ)くてかなわん」
セイ   「俺はその前の梅雨って試練がヤだね」
セイが洗面所から顔を拭きながら出てくる。
メイ   「あー、梅雨はね。湿気が多いし」
満恵   「すぐ腐りますからね。食べ物が」
セイが自分用に用意してあった食パンをトースターにセットして席に着く。
セイ   「夏は好きなんだケドさ、夜も暑いのがな・・・」
伊吹   「うむ。寝苦しくてかなわん」
満恵   「ここ数年、夏は熱帯夜ですからね」
そうだ、寝苦しいっていえば・・・。
メイ&セイ&伊吹「そういえば昨日夢をみた・・・」
三人で綺麗にハモってしまった・・・。
かなり気まずい瞬間だよね・・・。
セイ   「あ・・・俺のはくだらない夢だからどうでもいいケドな・・・」
メイ   「あの・・・僕も今はいいや・・・」
食事時にして楽しい話題じゃないしね・・・。
伊吹   「・・・コホン。それじゃ私が話そう」
満恵   「れいのヤツですか?」
伊吹   「はい」
伊吹の夢は特殊な場合がある。
伊吹は熟睡している時に幽体離脱できるんだ。
とは言ってもいつでもできるわけじゃなくて、
何かに呼ばれた時に自然とそうなっちゃうみたいで、
本人は少し迷惑してるみたいだけどね。
どこかの何かが思念体となって助けを求めていたりすると、
それを感じ取った伊吹が思念体となってそこに引き寄せられる。
この時の状態の伊吹は、その思念体と意志の疎通ができるんだ。
その思念体にとってどうしても伝えたい事を聞いてあげてるんだって。
伊吹   「じつは昨夜夢の中で明治神宮の代々木が呼びかけてきたのです」
セイ   「木が?」
伊吹   「正確には木の精のようなものだろうがな」
セイ   「まあメルヘンね」
伊吹   「茶化すな」
満恵   「それで、代々木は何を伝えようとしていたのです?」
伊吹   「・・・どうやら木そのものに妖が宿ったらしく、
      かなり苦しんでいたのです・・・」
メイ   「代々木に!?でもあんな場所に妖が宿るなんて・・・」
満恵   「今まででは考えられませんね」
伊吹   「はい。あれほどれいけんあらたかな土地の御神木に宿るなど、
      並の妖には不可能。いや、本来なら大物ですら不可能でしょう」
メイ   「・・・やはり、何かがこの東京全体の霊力を薄れさせている?」
満恵   「そうですね。明治神宮の霊的結界を弱める何かが・・・」
メイ   「どこかで何かがおこっている・・・」
伊吹   「昨日の妖が実体化していた原因も、
      九十九神が異常なほど肥大していた原因もおそらく同じでしょう」
満恵   「・・・さっそく調べた方がいいでしょうね」
メイ   「手がかりは今のところ直接被害を受けている代々木だね」
伊吹   「とにかく代々木に宿ってしまった妖はなんとしてでも退治しなくてはな」
メイ   「うん。後で行ってみよう」
伊吹   「妖を倒せば代々木から何か情報が得られるかもしれんしな」
メイ   「そうだね」
セイ   「なんか、エライことになりそーだな・・・」
伊吹   「他人事のような顔をするな。お前も来るんだ」
セイ   「なんでだよ!」
伊吹   「どうせ暇だろう?」
セイ   「う、そ、で・・・・・」
伊吹   「決まりだな。ついてきてもらうぞ」
セイ   「なーんでだよー」
伊吹   「か弱い乙女が危険に遭遇している時に傍観するのか?
      貴様それでも日本男児か?」
セイ   「日本男児って、ダサくねーか?△」
伊吹   「いいから一緒に来い。これは阿部家の人間の使命なんだ」
セイ   「へーへー、わかりましたよ!」
メイ   「どんな強力な妖がいるかわからないからね。
      戦力が多い方がいいし」
セイ   「しょーがねーなぁ」
満恵   「では三人とも、あとは頼みましたよ」
メイ   「はい」
伊吹   「お任せください」
セイ   「かったり〜なぁ」
セイはふてくされながらも了承し、トースターからこんがり焼けたパンをとる。
マーガリンをぬってかじりつく。
香ばしい匂いがして美味しそうだね。
セイ   「しかし最近物騒な事件が多いな。
      ホレ、いまニュースでやってるのなんか宮下公園の事件だぜ」
メイ   「え?」
伊吹   「ほほう」
メイ   「あ、セイ。ちょっとテレビ大きくしてくれる?」
セイ   「テレビは大きくなんねーぞ」
メイ   「・・・・・テレビのボリュームだよ△」
セイのイジワル・・・。
セイは手元のリモコンを操作してボリュームを上げる。
キャスター「・・・渋谷区宮下公園で起こったこの惨劇はいったい何者の仕業なのか。
      謎は深まるばかりです。身元不明の被害者の猟奇的な殺害状況から、
      警察では殺人と断定。被害者の身元と容疑者の特定を急いでおります。
      さらに怨恨というよりは異常者の示威行為との見方を強めており・・・」
セイ   「上げすぎたか?」
ニュースでは現場の様子が報道されている。
セイ   「あ、奈緒サンだ!映ってるぞ!」
メイ   「この人が刑事さん?」
セイ   「猟奇殺人担当」
メイ   「へぇー・・・」
人は見かけによらないね。
ちょっと奇抜な格好をしたお姉さんに見えるけど、これが刑事さんなのかぁ。
伊吹   「なんとも面妖な・・・」
セイ   「おまえら、現場じゃなく刑事ばっか見てどうすんだよ」
メイ   「あ、そうだよね」
伊吹   「セイは死体を見たのか?」
セイ   「いや、死体にはシートが被せてあったからな」
メイ   「でもよくこんなところに入ったよね・・・」
セイ   「血の独特な匂いがしたぜ」
満恵   「噎せ返るようなヘモグロビン臭ですね」
セイ   「・・・気色悪い言い方すんなよ」
伊吹   「猟奇殺人か・・・。
      この事件も何か関係しているかもしれんな」
セイ   「それって短絡的じゃねーか?」
満恵   「全ての可能性を考えることは重要です」
メイ   「被害者の身元もわからないんじゃ捜査も難航するね」
セイ   「俺達も映ってるかも・・・」
メイ   「テレビカメラあったの?」
セイ   「いちおう来てたみたいだぞ」
メイ   「インタビューとかされなかったの?」
セイ   「公園内には入れないからな。
      俺らが現場に入ったことってやっぱ秘密なんじゃねーのかな」
メイ   「刑事さんの独断だから?」
セイ   「ああ。普通は警察関係者以外立入禁止だろ?」
メイ   「そうだろうけど、じゃあ尚更よく入れたよね」
セイ   「奈緒サンはアバウトだからな・・・」
メイ   「特別捜査官みたいだね・・・」
セイ   「ま、あの人の奇行にいちいち対応してたら警察も時間の無駄だろうな」
メイ   「あきらめてるんだね」
セイ   「あーあ、今日も公園入れねーのかなー」
伊吹   「死体は既に処理されているだろうし、現場検証も終わっているだろう。
      午後くらいにはもう入れるかもしれんぞ」
セイ   「だったらいいんだけどさ」
メイ   「・・・でも、死体があった場所だよ。気持ち悪くない?」
セイ   「かんけーないね」
スゴイ神経してるよね・・・。
伊吹   「ま、この事件は我々の関与するところではあるまい。
      警察にまかせて結果を待とう」
メイ   「まあね。・・・でもちょっと気になるけど」
満恵   「どちらにしろ今のところ私達に直接関わりがある事件の、
      手がかりがあるとすれば代々木です。
      まずはそちらに急行しなさい」
メイ   「ええ。わかっています」
今後の方針が決まった頃、みんな食事を終えて席を立とうとしていた。
でもその直後、けたたましい声が迫ってきた。
朱雀   「メイ様ー!!」
朱雀が二階から急行してきた。
セイ   「朝からテンション高いな・・・」
朱雀   「ワタクシの朝ゴハン!ちゃんと残してあるでございますか!?」
メイ   「お、おはよう、朱雀。ホラ、ご飯なら用意できてるよ」
朱雀   「そうですか!安心しましたデス!」
伊吹   「やかましいのが来たな」
朱雀   「なんですと!人を邪険に扱わないでください!」
伊吹   「鳥だろうが!」
セイ   「もういい、ウルサイ。さっさとメシ食え」
朱雀   「いただきまー!」
朱雀はガツガツと朝食をたいらげていく。
伊吹   「・・・はしたない」
伊吹のつぶやきも耳に入らないほど集中しているみたいだね・・・。
あ、テレビの画面が急に切り替わった。
何か臨時ニュースがとびこんできたのかな。
キャスター「緊急速報です。昨夜未明、イギリスから送還中の長門(ナガト)死刑囚が、
      脱獄していたことが判明いたしました」
死刑囚とか、言っちゃっていいの?
わかんないけど。
セイ   「また嫌なニュースだな」
メイ   「うわぁ、出くわしたくないねぇ」
セイ   「まったくだ」
セイがなにやらお祈りし始めたよ。
やけに必死だなぁ。
伊吹   「こんなことにまで巻き込まれたらたまらんからな」
メイ   「伊吹なら、出会ったら捕まえられるね」
伊吹   「私だって嫌だ」
セイ   「はぁー、世の中物騒だな」
伊吹   「世を正すため、我等も少しでも貢献したいものだな」
そうだね。
僕も頑張らなくちゃ。
そうだ、朱雀にもこの後の予定を伝えておこう。
メイ   「朱雀、後で明治神宮へ行くからね」
朱雀   「いえっさー!!」
やたら良い返事だけど、本当に聞いてるのかな・・・。
セイ   「んじゃ、このバカが食い終わったら出発しよーぜ」
メイ   「そうだね」
僕らは朱雀が食事を終えるのを待って、さっそく代々木に向かった。


僕たちは電車で原宿へ向かうことにした。
一駅分の距離だからすぐに着く。
家から渋谷駅までもすぐだしね。
ウチが駅の近くだから僕はよく電車を利用するんだ。
お手軽だし安いし、なにより便利だからね。
そこに見える『109』前のスクランブル交差点を渡ればもう渋谷駅に到着。
伊吹   「なんだセイ。さっきから黙り込んで。
      お前が静かだと違和感を感じるだろうが」
セイ   「いや、八丈島がな・・・」
伊吹   「は!?」
メイ   「八丈島?」
セイ   「イ、イヤ、なんでもないんだ・・・」
あいかわらずセイは訳のわからない事を突然言い出すんだから・・・。
なんでいま八丈島の事を考える必要があるんだろう?
まあいいや。とにかく渋谷駅に到着。
セイ   「俺あんまり電車乗らないからな〜。
      切符の買い方教えて」
メイ   「それくらいわかるでしょ」
セイ   「ちぇ」
伊吹   「・・・・・」
メイ   「?、どうしたの、伊吹」
伊吹   「・・・すまんがメイ、ついでに私のも買ってきてくれないか。
      わ、私は機械というモノがどうも苦手で・・・」
そうだよね。
伊吹は純和風だし、電車とかの交通機関にもあんまり乗らないもんね。
セイ   「あれー?伊吹ちゃんってば一人で電車も乗れないのォ〜」
伊吹   「う、ウルサイ!機械の操作は得意じゃないが・・・。
      できないワケじゃない!」
セイ   「ホントウに〜??」
伊吹   「バカにするな!このくらい武士ならできて当然!」
セイ   「ふーん。じゃ買ってくれば?」
伊吹   「よ、よぉし!やってやろうじゃないか!見ているがいい!メイ、行くぞ!」
メイ   「う、うん・・・」
セイ   「頑張れよー」
伊吹   「ふん、何を頑張る必要があろうか」
伊吹が先導して券売機に向かう。
大丈夫かなぁ・・・。
伊吹   「えっと・・・」
・・・やっぱり迷ってるよ。
ここはアドバイスしてあげよう。
メイ   「まずお金を入れるんだよ」
伊吹   「い、いま入れようとしたところだ!・・・え〜・・・っと・・・」
メイ   「ここだよ」
伊吹   「わ、わかっている!バカにするな!」
セイ   「くふくふ」
伊吹   「それからー・・・えっと・・・」
お金はちょうど入れたから光ってるボタンはひとつ。
メイ   「光ってるボタンを押したら・・・」
伊吹   「い、いま押そうと思っていたのに、先に言うな!」
メイ   「ご、ごめん・・・」
伊吹の切符が出てきた。
伊吹   「!!」
メイ   「それじゃ次は僕が・・・」
伊吹   「ほれみたことか!私に不可能はない!ははははは」
セイ   「威張るなイバるな、バズかしい・・・」
伊吹   「電車などたやすいモノだ!どうした、セイ。さっさと買ってこい」
セイ   「あー、ハイハイ」
僕が切符を買い終えると、続いてセイも切符を買う。
セイ   「さ、行こうか」
伊吹   「クッ・・・いともアッサリと・・・」
メイ   「ははは・・・」
伊吹   「遅いぞ二人とも!さっさとついてこい!」
セイ   「へーへー」
伊吹を先頭に改札へと向かう。
伊吹   「!!」
メイ   「どうしたの?伊吹。急に立ち止まって・・・」
セイ   「なんだ伊吹?まさか改札が通れないなんてことはねーよな〜?」
伊吹   「な、なにをバカな。そんなこと、あるものか・・・」
伊吹がやみくもに前進していく。
メイ   「あ、ちょっと伊吹!?」
伊吹   「!!!」
ガタン!と勢いよく改札が閉まった。
メイ   「伊吹ー、ここに切符入れなきゃ」
セイ   「くふくふくふ」
伊吹   「・・・・・」
どっかに良い例は・・・あ、いた。あの人をマネさせれば・・・。
メイ   「ホラ、隣の改札見てみなよ。あのおじいちゃんみたいにさ・・・」
伊吹   「・・・ぅ゙ぅ゙・・・・・」
セイ   「くふくふくふ」
メイ   「ね?」
伊吹   「う、ウルサーイ!ちょっとウッカリしただけだーっ!!」
な、なんで怒られるの??
セイ   「くふくふくふ」
伊吹   「切符を入れればいいんだろう!容易い事だ!」
改札が開き通過。
あ、半券取るの忘れてる・・・。
メイ   「伊吹ー、出てきた切符持ってかなきゃ」
伊吹   「!!!!」
セイ   「だーはっはっはっはっは!!!」
伊吹   「もうイヤだーっ!!!」
セイ   「あははははは!苦しい!死ぬ!もう・・・やめて・・・くれ・・・。
      ははは・・・、は、ハラいてーっ・・・ははは」
伊吹が突然駆けだしていった・・・。
メイ   「伊吹ー?どうしたのー?」
セイ   「ははは・・・、メイ、伊吹の切符、回収しといてやれ」
メイ   「う、うん・・・」
セイ   「さあ、伊吹をおっかけよーぜ〜」
メイ   「うん。でもドコいっちゃったんだろ?」
セイ   「さーなー、その辺にいるだろ〜」

伊吹は前の柱の影にいた。
うつむいたままの伊吹と合流し電車に乗り込む。
JR原宿駅はもうすぐだ。
ちょっと込んでるから座ることはできないね。
まあ一駅分だし、問題ないけどね。
伊吹   「・・・・・う〜・・・・・」
メイ   「どうしたのさ?伊吹」
セイ   「そんなに気にすんなよ、ハハハ」
伊吹   「う゛〜・・・・・」
うつむいて唸り続ける伊吹を横目に電車に揺られると、すぐに原宿駅に到着。
明治神宮へ行こう。
いったい何が待っているんだろう・・・。

原宿駅はヨーロッパの田舎駅を思わせる駅舎がお洒落で印象的なんだ。
竹下口改札側は古き良き日本の田舎駅みたいな風情があるし、
この表参道口も街の雰囲気にマッチしてる。
このお洒落な駅を出ると、いきなりパトカーが目の前で急停車した!
いったいなんだろう!?
伊吹   「・・・セイ」
メイ   「また何かしたの?」
セイ   「してねー!それに『また』ってのはなんだ!」
メイ   「また近くで事件でもあったのかな?」
呆然と見つめているとパトカーのドアが開いて、とても奇抜な服装の女性がおりてきた。
奈緒   「やっほ〜!セ〜イちゃ〜ん☆」
セイに向かって手を振ってる。
すごく親しそうだね。
セイ   「な、奈緒サン!?」
伊吹   「おぬし、今度は何をやらかした!?」
メイ   「まさか、セイを逮捕しに!?」
伊吹   「いやむしろ警官というより逃亡した犯人がセイに接触を謀って・・・」
セイ   「・・・テメーら黙ってろ△」
奈緒   「なにしてんの〜?こーんなトコでぇ」
セイ   「あんたこそパトカーで移動なんて珍しいじゃん。緊急の事件とか?」
奈緒   「そぉ〜なのよ!聞いて聞いて!アタシ昨日徹夜なんだからー!」
セイ   「ほう、忙しそうじゃん」
奈緒   「メチャクチャね・・・」
セイ   「今も?」
奈緒   「そ、現場に急行中」
セイ   「じゃなんでここで止まんだよ。急行しろって・・・」
奈緒   「だってセイっち見付けたからサ」
伊吹   「・・・セイっち△」
セイ   「・・・んで?なんだよ」
奈緒   「実はね〜・・・アレ?」
メイ   「エ?」
突然視線が僕に向けられた・・・。
奈緒   「セイちんが二人いる!?」
伊吹   「セイちん・・・△」
奈緒   「アイヤ〜、アタシ酔っ払ってるアル!」
セイ   「確かに酔っ払ってるかもしれんが、コイツはメイ。双子の弟だ」
奈緒   「ウッソ、分裂したのかと思った」
セイ   「アメーバか俺らは・・・」
奈緒   「へぇ〜、カッワイイねー☆セイより全然カワイイじゃん」
セイ   「うるせー」
メイ   「あ、あの・・・」
うわぁ!なんか、絡み付いてきちゃった!どうしよう!!
奈緒   「アタシも一人欲しい。ちょーだい?」
セイ   「ダメダメ」
奈緒   「なんでー、アタシ双子って憧れだったんだよぉ〜」
セイ   「だったら分裂でもしろ」
うう〜、セイ、たすけて・・・。
奈緒   「ねえ、オネーサンとアソボー」
メイ   「こ、困ります・・・」
奈緒   「ああ〜、このウブなリアクションがたまらないわ〜☆」
メイ   「セイ〜、どうにかしてよぉ」
セイ   「アンタ仕事中じゃなかったのかよ」
奈緒   「あ、そーだった!」
セイ   「しっかりしろよなー・・・」
ホッ・・・。やっと離れてくれた・・・・・。
奈緒   「それでね・・・あ、そーいえばこの麗しき大和撫子は誰?」
伊吹   「麗しき・・・」
セイ   「また話がズレた・・・」
奈緒   「ね〜え、ちゃんと紹介してぇ〜」
セイ   「・・・そうだな。この際まとめてしておくか。
      さっきいったけど、コイツがメイ。俺の弟」
メイ   「ど、どうも・・・」
奈緒   「よろしくねぇ〜ん☆」
セイ   「んでこっちが伊吹。居候だ」
伊吹   「グッ・・・なんだその紹介は」
奈緒   「ウソ!一つ屋根の下で暮らしてンのォ〜!?」
伊吹   「ま、まあ・・・一応・・・」
奈緒   「で、どっちが本命?」
伊吹   「は!?」
セイ   「コラコラ」
奈緒   「えー、だってぇ〜」
セイ   「それで、さっきから暴走気味なこのお方が、
      一宮 奈緒(イチミヤ ナオ)サン。
      これでも一応警視庁殺人課特別捜査官らしい」
奈緒   「スゴイでしょお☆」
たしかにスゴイ人だなぁ・・・。
いろんな意味で・・・。
伊吹   「は、はあ・・・」
セイ   「ま、こんなだが悪気はないようなので、大目に見てやってくれ」
奈緒   「ちょっとちょっと!どうゆー意味よ!」
セイ   「それで、用件は?」
奈緒   「そう。ひとつ訊きたい事があんのよ」
セイ   「なんだよ」
奈緒   「昨日から事件が立て続けに起こってるんだけどさ、
      アンタ達の間で『SLAVE』って流行ってんの?」
セイ   「・・・スレイブ?」
・・・・・?
なんのことだろう?セイも知らないみたいだし・・・。
奈緒   「ふ〜ん、どうやら知らないらしいね」
セイ   「なんだよ、スレイブって」
奈緒   「ん〜ん、知らないなら知らない方が良いと思うナ」
セイ   「なんだよソレ」
奈緒   「新宿で特に流行ってる新手のクスリのコトよ」
セイ   「クスリ?」
薬に流行り廃(すた)りなんてあるんだろうか?
・・・やっぱりよく効くのが出回ると市場が変わるのかな?
奈緒   「そう。出回ってるのは判ってるんだけど、
      なかなか現物が手にはいんなくてさぁ。
      どっかで手に入ったらまわしてよ」
セイ   「それが刑事の言うことか・・・」
奈緒   「フフフ、頼んだわよ〜」
・・・セイに頼まなくても薬屋さんに注文すればいいんじゃないかなぁ?
セイ   「ま、手に入ったらな」
奈緒   「用はそれだけ。物騒だからアナタ達も気を付けるのよぉ〜」
セイ   「またどっかで事件あったんだろ?今回はドコ?」
奈緒   「原宿のラブホ〜」
セイ   「そりゃまた朝っぱらから大変だな」
奈緒   「そォなのよ!昨日もね、夜にガキどもの小競り合いか何かにかり出されて」
セイ   「へえ・・・」
奈緒   「新宿まで行ってみたらすでに自警団が終息させてたってオチ。
      だったらワザワザ別部署のアタシまで呼び出すなっての!」
セイ   「へ、へえ〜、そりゃー大変でしたな〜・・・△」
そんな仕事もあるんだ。警察も大変なんだね。
奈緒   「しかも帰ってみたら一気に殺人が三件も起こってるんだもん!
      ジョーダンじゃないわよ!ってカンジ〜★」
セイ   「マジかよ、おだやかじゃねーなー・・・」
殺人事件が三件も!?
となりの伊吹を見ると伊吹も僕に視線を向けてひとつ頷いた。
もしかしたら僕らが調べてる事と何か関わりがあるかもしれない。
注意して聞いておかなくちゃ。
奈緒   「これからその三件目に行くトコなの・・・」
セイ   「お疲れ様です」
奈緒   「はあ、まったく犯人め、こっちの身にもなれって言いたいわ〜」
セイ   「犯人の目星とかはついてんの?」
奈緒   「まぁね。これから行く三件目はまだだけど、
      いまのところの二件は連続殺人で間違いナシ」
セイ   「ほお、そりゃまた随分精力的な殺人鬼だな」
連続殺人か・・・。
一体なんのために一日に何人も人を殺すんだろう・・・。
奈緒   「最近世間を騒がせてる『eater』って知ってる?」
セイ   「イーター?」
メイ   「あ、ニュースで見たことあるよ。
      このごろニュースに出ない日はないって言われる事件の犯人」
伊吹   「うむ。東京一帯を震え上がらせている猟奇殺人鬼だな」
セイ   「・・・あーあー。そーいえばそんなのがいたカモ」
メイ   「被害者を殺して、腹を割いて、内臓を持ち去っていく変人。
      持ち去った内臓を食べてるって噂の・・・」
セイ   「うげ〜・・・」
奈緒   「そう。あの連続殺人犯。まだ実体はつかめてないケドね。
      いままでの事件と手口が同じだし、模倣犯にしては鮮やかだし、
      犯人は『eater』で間違いなしなんだケド・・・」
セイ   「手がかりナシってとこか」
奈緒   「そおなの・・・」
セイ   「そりゃお気の毒に・・・。ま、気を落とさず頑張ってくれよ」
奈緒   「は〜い・・・」
セイ   「じゃ、いつまでも立ち話してる場合じゃねーしさ、いってらっしゃーい」
奈緒   「・・・いってきま〜す」
一宮さんはトボトボとパトカーに乗り込んで出発した。
セイは心なしかホッとしてるみたいだけど?
それにしても、世の中物騒だね・・・。
こんな事件を人間が起こしてるなんて・・・。
セイ   「メイ、ここからはちょっと別行動したいんだが」
メイ   「どこ行くの?」
伊吹   「なんだと?貴様ここまで来て逃げるのか」
セイ   「ちげーよ。いまの奈緒サンの話聞いただろ?
      ちょっと俺も俺のやり方で探り入れてみようかと思ってな」
伊吹   「ふん、逃げ出すいい口実だな」
メイ   「伊吹」
セイ   「ま、半分はそうだがな。
      でも探ってみるのもマジなんだ」
伊吹   「・・・・・まぁいいだろう。好きにしろ」
セイ   「ワリィな。なんか土産買って帰るぜ」
伊吹   「いらんわ」
メイ   「何を調べるの?」
セイ   「クスリをな・・・」
メイ   「セイってそういうコトに詳しいの?」
セイ   「少しは・・・な」
メイ   「へえー、スゴイね!知らなかったよ」
セイ   「ちょっと心当たりを探るだけだ。じゃあな」
メイ   「うん」
伊吹   「一応帰ったら私にも報告しろよ」
セイ   「へいへい」
セイは南西の方角に歩いていった。
向こうには何があるんだろうね。
伊吹   「テイよく逃げられた気がするな」
メイ   「まあまあ。それにしてもセイって凄いんだね」
伊吹   「なにが?」
メイ   「だって、薬に詳しいなんて。将来は医者か薬剤師でも目指してるのかな?」
伊吹   「・・・めい△」
メイ   「なに?」
伊吹   「イヤ、イイ。さあ、我々もゆくぞ」
メイ   「そうだね」
僕達はセイと別れて南参道を北上し明治神宮を目指した。


セイと別れてどれくらい歩いただろうか・・・。
僕達はひたすら歩き続けた・・・。
メイ   「・・・・・ふぅ、まだかな?」
伊吹   「なんだメイ。もうへばったのか?」
メイ   「ちょっと疲れた・・・」
伊吹   「フッ、だらしない奴だな」
メイ   「けっこう遠いんだね・・・」
伊吹   「まあな。だがもう一息だ。あそこに見えているのがそうだ」
メイ   「あ、そうなんだ・・・。よかった・・・」
伊吹   「がんばれ」
メイ   「うん」

ようやく明治神宮の社殿に到着した。
伊吹   「メイ、感じるか?」
メイ   「うん。・・・代々木の霊力が何か別の霊力に押さえつけられている。
      何かが代々木の加護を打ち消す為にとり憑いてるんだ」
伊吹   「奥の森に入ろう」
メイ   「そうだね。明治神宮自体には何も被害はなさそうだしね」
伊吹   「うむ。神社としての力は十分保たれている。
      被害を受けているのは代々木そのものだけのようだな」
メイ   「御神木はどの辺にあるの?」
伊吹   「森の中心部だ。行くぞ、朱雀を起こしておけ」
メイ   「うん」
朱雀を胸ポケットから取り出す。
朱雀   「う〜・・・」
メイ   「出番だよ、朱雀」
朱雀   「・・・・・メイさんや、飯はまだかいのぉ?」
メイ   「もう食べたでしょ」
朱雀   「え?いつ?」
メイ   「さっき」
朱雀   「マジっすか??」
伊吹   「早く来い。おいて行くぞ」
メイ   「あ、まってよ伊吹」
伊吹を追いかけて森の中へ入る。
メイ   「・・・けっこう暗いね」
伊吹   「これだけ木が生い茂っているからな」
朱雀   「食べたかな〜??」
メイ   「方向は大丈夫なの?」
伊吹   「うむ。まかせろ。私は方向感覚には自信がある。
      一度行った場所なら迷わず行ける」
メイ   「そうだったね。伊吹は方向感覚抜群だったよね。
      セイが、伊吹はオートマッピング機能が付いてるって言ってたよ」
伊吹   「・・・・・」

しばらく森の中を進むと、少しだけ開けた場所に出た。
メイ   「ところで、代々木ってきっと大きな木なんだろうなぁ」
伊吹   「着いたぞ」
メイ   「え?」
朱雀   「・・・大きな木なんてどこにもありませんよ?」
メイ   「え?ここが目的地?」
伊吹   「そうだ」
少し開けた場所ではあるが取り立てて目立つような木は見当たらない・・・。
それでも特別な場所なのか、もう少し森の奥に大きな石像が立ててあるのが見える。
・・・あれは・・・・・鬼神像かな?
そういえば確かに強力な霊気が渦を巻いてるけど・・・。
・・・開けた場所の中心に木の切り株があるだけで、御神木なんて無いのに・・・。
メイ   「伊吹、本当にここでいいの?」
伊吹   「お前も感じるだろう?代々木の霊気を」
メイ   「確かに感じるけど・・・何もないよ?」
伊吹   「あるじゃないか、そこに」
そう言って指さす先には・・・でっかい木の切り株があるだけだった。
メイ   「・・・切り株しかないよ?」
伊吹   「うむ。切り株があるだろう?」
メイ   「え?もしかして・・・」
伊吹   「そうだ。これがこの明治神宮の御神木『代々木』だ」
メイ   「ええーっ!?」
伊吹   「なんだメイ、お前知らなかったのか」
メイ   「うん・・・。それに御神木って言ったら、もっとこう・・・おっきくて」
伊吹   「ああ、昔は大きくて立派な木だったらしいぞ」
メイ   「なんで今は切り株なの?」
伊吹   「ふむ・・・。それなら少し代々木の昔話でもしておこうか。
      代々木ははるかな昔からここに有り、、
      その絶大な霊力でこの地を守護していたそうだ。
      幾度となく襲う邪悪な意志を退けてきた。
      第二次世界大戦当時も東京大空襲で無数の焼夷弾をばらまかれた。
      多くの土地は焼け野原となり、多くの死者をだした。
      けれどこの明治神宮に落とされた焼夷弾は、その全てが不発。
      これだけ広大な森と社に全く被害が出なかったという。
      代々木の庇護がいかに強力なものかがうかがえる話だが、
      この時、明治神宮を守るため、莫大な霊力を使用していた代々木は、
      自らを守る防御結界を弱めてしまっていたのだ。
      しかしその時、不運にも一機のB−29が空中で事故を起こした。
      燃えさかる炎の塊と化したB−29は、そのまま代々木に激突した。
      森に落とされた焼夷弾を防ぐことに集中していた代々木に、
      自らを燃やす炎を沈下する力は残されていなかったのだ。
      代々木のほとんどは焼き尽くされた。
      しかし当時の神主が早急に手を打った、燃え尽きる前に切り倒すことにより、
      代々木を失うことを防いだのだ。
      それ以来、代々木はこの切り株と、地中に広大な根を残すのみとなった。
      幹が無くなり以前ほどの霊力は失われたが、現在でも相当の霊力を保有し、
      この東京の守り神として今もここにあるというわけだ」
メイ   「・・・へえ〜。そんな過去があったなんて・・・知らなかった」
朱雀   「・・・・・スー・・・」
伊吹   「そこ寝るな!」
朱雀   「クケッ!?」
伊吹が投げたドングリが朱雀の額に命中した。
朱雀は何か落ちてきたのかと怪訝そうに頭上を見回している。
伊吹   「これがその切り株というわけだ」
メイ   「う、うん」
伊吹   「そして、どうやらこの切り株の霊力を抑えようと、
      何か邪悪なものが宿っている・・・」
メイ   「うん。確かに感じるよ・・・。代々木とは別の、邪悪な気・・・」
伊吹   「しかし、よく代々木にとり憑けたものだな」
メイ   「原因も調べなきゃね・・・。とりあえずどうしようか?」
伊吹   「代々木から話を聞けば全てわかる。
      まずはとり憑いた不届き者を引きずり出す!」
メイ   「どうやって?」
伊吹   「私が思念体となって代々木に侵入する。
      あとは強引に追い出すだけだ」
メイ   「じゃあ伊吹は寝るの?」
伊吹   「まあ、そうなるな。だから後のことはお前に任せるぞ、メイ」
メイ   「わ、わかった・・・」
伊吹   「追い出したあと、私が戻るまでやられるなよ」
メイ   「が、頑張る」
伊吹   「よし。それじゃあ侵入してくる。
      ・・・私が寝ている間にヘンな事するなよ」
メイ   「し、しないよ」
伊吹   「うむ。セイじゃないから心配無用だな」
メイ   「あはは・・・」
伊吹   「では、行って来る」
メイ   「頑張ってね」
伊吹   「任せろ」
伊吹は切り株に寄り添って、そっと瞼を閉じた・・・。
かすかに、落ち着いた規則的な呼吸が耳に届く。
幽体となった伊吹が代々木に溶け込んでいるんだ。
伊吹はおそらく妖を追い出した後、代々木に事情を聞いてから戻ってくるだろう。
しばらくの間は僕がひとりで敵を相手にしなきゃいけない。
そして、無防備な伊吹の身体もしっかり守らなきゃね。
さあ、気を引き締めて用意しておこう。
メイ   「・・・・・」
朱雀   「・・・・・」
なんだか、いつくるかわからない敵を警戒して気を張ってるのって予想以上に疲れる。
メイ   「・・・・・」
朱雀   「・・・なにも出てきませんねぇ」
メイ   「・・・・・」
朱雀   「ふわぁ〜・・・。なんだか眠くなってきちゃいましたです・・・」
メイ   「・・・しっかりしてよ△」
朱雀   「そうは申されましても・・・退屈で・・・」
退屈って・・・。
僕は気を張りつめてずっと緊張状態なのに・・・。
一瞬気が抜けた瞬間!
切り株から邪悪な気が溢れ出した!!
メイ   「でた!」
朱雀   「ケー!」
邪悪な霊体は代々木の上で渦を巻いている!
そしてそのまま後方にたたずむ鬼神像に吸い込まれていく!
メイ   「・・・どういうことなんだ?あの像は・・・」
鬼神像  「うおおおおーッ!!!」
突然鬼神像が動き出した!
その身体はみるみるうちに生気を取り戻し、活力あふれる鬼と化した!
メイ   「あの像は、明治神宮の物じゃなかった!?」
朱雀   「鬼です!本物の鬼ですよ!」
鬼    「おのれぇ・・・あの小娘、いったい何者だぁ・・・」
メイ   「これ以上代々木を苦しめることは許さないぞ!鬼め!」
鬼    「ん〜?なんだ貴様は?」
メイ   「僕は陰陽師・阿部明!貴様を成敗しにきた!鬼め、覚悟しろ!」
鬼    「鬼か・・・。俺様は鬼であり妖。
      あの御方より妖地上実行部隊を任されている鬼将(キショウ)ってんだよ!」
メイ   「あの御方?」
鬼将   「おっと、口を滑らせちまったか・・・」
メイ   「お前は誰かの命令で動いているというのか?」
鬼将   「だったらどうだというんだ?」
妖が、組織だって行動しているということなのか・・・。
メイ   「貴様が代々木を封じ込めていたのも命令されたことなのか?」
鬼将   「そりゃそうだろう」
メイ   「なんのために代々木にとり憑いて霊力を封じたんだ?」
鬼将   「そこまで知るかよ。まあ、邪魔だったんだろ」
メイ   「貴様に命令を出しているのは何者だ?」
鬼将   「へっ、なんでそんな事をお前に喋らなきゃならねぇんだ?」
メイ   「貴様を操っているのは何だ?」
鬼将   「それを知る必要はねえ!!」
鬼将が肉体の隅々まで霊力を迸らせた!
天に向かって猛々しく咆哮する!!
鬼将   「があーーーーーー!!」
鬼将の全身から凄まじい霊気が立ち上っている!
こいつ、凄まじい怪物だ!
メイ   「くっ・・・!」
鬼将   「テメーはここで死ぬんだよォー!!」
鬼将が巨体を踊らせて襲いかかってきた!!
メイ   「百折不撓!破邪顕正!!」

 VS鬼将

一瞬で間合いを詰めてきた鬼将が長く伸びた爪を振り下ろす!
僕は間一髪かわして横に転がる!
鬼将の爪は激しく地面を抉る!
メイ   「朱雀!」
鬼将が向きを変え再び爪を振り上げる!
朱雀   「ケー!!」
そこへ朱雀が弾丸のように突進する!
鬼将   「グッ!!」
朱雀が鬼将の体を直撃する!
少し吹っ飛ばされた鬼将は体勢を立て直しニヤリと笑った。
鬼将   「へっへっへ、やるじゃねーか、小僧」
メイ   「・・・・・」
鬼将   「そうこなくっちゃなあ!!」
再び突進する鬼将の両腕から巨大な刃が生えた!
鬼将   「はははははっ!!」
メイ   「くっ・・・」
反り返った刃を横一線に振り抜く!
僕は大きく跳躍してこれをかわし、両手に3枚ずつ護符を構えた!
跳び上がったままで姿勢を変えて護符を投げつける!
メイ   「陰陽符術奥義・灰燼炎符(カイジンエンフ)!!!!」
護符は滑るように宙を滑空し、鬼将の体に張り付く!
次の瞬間、凄まじい高熱の炎が鬼将を包む!!
鬼将   「ぐおおおおっ!!!!」
メイ   「どうだ!」
鬼将   「ぬがあああああ!!!!!」
鬼将が体内の霊気を爆発させて炎を吹き飛ばした!
メイ   「なに!?」
鬼将   「いい術だが、それじゃ俺は倒せねぇぜ!!」
鬼将が腕を振り上げた!
メイ   「朱雀!」
朱雀   「ケー!!」
鬼将が突進する前に朱雀をけしかけた!
鬼将   「あまいわ!」
鬼将は朱雀の直線的な動きを先読みして右手で朱雀を受け止める!
朱雀   「ゲッ!?」
鬼将   「フン」
鬼将は朱雀を思いきり投げ捨てる!
メイ   「朱雀!!」
朱雀が右の茂みにつっこむ。
鬼将   「ペットの心配してる場合じゃねーぜ!!」
メイ   「!!」
鬼将が巨体を跳躍させ飛び掛かってきた!
咄嗟に反応して後ろに跳ぶ!
しかし鬼将はかわされたとみるやすぐに体勢を変え追撃する!
メイ   「くっ!」
鬼将   「くらえー!旋風刃渦(センプウジンカ)!!!!」
鬼将が両腕を広げて刃を突き出し大回転する!
回転する刃が迫ってくる!
だめだ!もうこの距離じゃかわせない!!
そう思った次の瞬間、何かが右側の茂みから弾丸のように飛び出し僕を突き飛ばした!
鬼将   「チッ・・・」
そのおかげでどうにか難をのがれたようだ。
朱雀   「大丈夫ですか?メイ様」
メイ   「朱雀・・・」
咄嗟に飛び込んで僕を救ってくれたのは投げ捨てられた朱雀だった。
鬼将   「しつこい奴らだぜ」
僕は立ち上がって体勢を整える。
鬼将   「さすがにお前とその鳥を同時に相手するのは厄介だな」
僕は懐から護符を取り出し構える。
鬼将   「しかたねぇな。奥の手を出すか・・・」
メイ   「奥の手?」
突然鬼将が口を異様なほど思い切り開けた・・・。
鬼将   「鬼門砲(キモンホウ)!!!!!」
メイ   「なっ!?」
開け放たれた鬼将の口から突如極太の破壊光線が発射された!!
僕は咄嗟に前方に護符を張り巡らした!
圧縮された霊力の波動砲と霊力を打ち消す破魔の符陣が激しくぶつかり合う!
拮抗した力が弾けて互いの効力を相殺する!
鬼将   「な、なんだと!?俺の鬼門砲を防いだ!?」
メイ   「陰陽符術奥義・破魔防壁符陣(ハマボウヘキフジン)・・・」
鬼将   「その符がまさか防御にも使えるとはな・・・驚いたぜ」
メイ   「・・・・・」
鬼将   「しかたねぇな。こうなったら・・・」
鬼将がチラッと視線を動かした・・・。
まさか!?
鬼将   「あそこでオネンネしてんのは、俺様を代々木から引き剥がした小娘だな」
伊吹を襲うつもりだ!
メイ   「待て!!」
鬼将   「もう遅いわ!こいつは人質になってもらうぜ!」
鬼将が伊吹に向かって駆けだした!
しまった、迂闊だった!戦いに集中しすぎて伊吹の身体と距離が離れすぎていた!
鬼将   「このまま引き裂かれたくなかったらそれ以上動くんじゃねえ!!」
鬼将が伊吹の腕を掴み引き起こす!
メイ   「クッ・・・」
しかしその瞬間伊吹の目が開かれた!
ちょうど今この瞬間伊吹が覚醒したんだ!
伊吹   「!」
鬼将   「なっ!?」
伊吹の覚醒にうろたえた鬼将に一瞬のスキができる!
伊吹は鬼将の腕を振り解き腰に携えた刀に手をかける!
伊吹   「退魔剣術・抜刀龍閃(バットウリュウセン)!!!」
豪快に振り向きざま抜刀しながら真一文字に刀を振り抜く!!!
鬼将   「ぎあああああ!!!!」
咄嗟に後ずさった鬼将の胴体から肩にかけて熱い閃光が走る!
鬼将は胴から肩にかけて斜めに肉体を切り裂かれた!
鬼将   「き、貴様・・・!?」
伊吹   「油断したな、鬼よ」
鬼将   「お、おのれぇ・・・」
メイ   「伊吹!」
伊吹   「ここまでよくやったな、メイ」
メイ   「よかった、ギリギリ間に合ったんだね」
伊吹   「さあ、もはやここまでだな」
鬼将   「フン、それはどうかな?」
伊吹   「その傷で我ら2人を相手にするつもりか?」
朱雀   「ワタシもいますよっ!!」
鬼将   「へへへっ、いくら俺様でもこれじゃあ不利だ。
      いったん退かせてもらうぜ」
伊吹   「逃がしはしない」
鬼将   「どうかな?」
鬼将が再び鬼門砲を放った!!
伊吹   「!?」
メイ   「破魔防壁符陣!!」
咄嗟に護符の結界を張り、鬼門砲の威力を相殺する!
伊吹   「奴は!?」
朱雀   「上です!!」
土煙が舞い視界から消えていた鬼将は天空に跳び上がっていた!
そのまま凄まじい勢いで僕らの遙か前方に落下する!
凄まじい振動とふたたび巨大な土煙が舞い上がる!
伊吹   「クッ・・・奴は!?」
メイ   「ごほっ、ごほっ・・・」
朱雀   「あー!メイ様!これは!?」
煙幕と化した土煙がはれると、地面には巨大なクレーターができあがっていた。
メイ   「これは・・・?」
伊吹   「な、なんてことだ・・・」
朱雀   「地下です!ヤツは地下に逃げ込んだ模様です!」
伊吹   「・・・信じられん。あの鬼め、地面を突き破ったというのか」
メイ   「とんでもない怪力だね・・・」
朱雀   「地面に潜って逃げてるようです!」
たしかに、これだけの怪力とあの巨大な爪があれば
地中を掘り進むことも可能なのかもしれない・・・。
朱雀   「ヤツが逃げてる穴はすでに崩れて塞がってますよ!」
伊吹   「逃げられた・・・か。とんでもない逃亡方法を考える奴だ」
メイ   「・・・・・でも、とりあえず代々木からは追い払ったね」
伊吹   「うむ」
メイ   「代々木の話は聞けた?」
伊吹   「うむ。なかなか興味深い内容だった」
伊吹は代々木の切り株のもとへ行き静かに腰掛ける。
僕もそれにならって隣にすわる。
切り株にはまだまだ何人も座れる余裕がある。
元はかなりの巨木だったんだね。
メイ   「それで、代々木はなんて?」
伊吹   「まず最初に礼を言ったな。助かったとさ」
メイ   「うん」
伊吹   「さっきの鬼はやはり代々木の霊力を封じ込め、
      東京全土の霊的結界を弱体化させることが目的だったらしい。
      代々木の霊力が弱まった瞬間をついてとり憑かれたんだ」
メイ   「どうして代々木の霊力が弱まったの?」
伊吹   「どうやらこの東京の地下に眠る古墳の封印が何者かにより解かれたようだ。
      地下に封じられていた邪悪な存在が突如溢れ出してきた。
      さらにその後、『妖王』と称される存在の封印が解けた。
      この妖王が地下遺跡のどこかで
      妖魔が棲む世界とこの世を繋げる歪みを発生させたらしいのだ」
メイ   「だから最近妖が増えているんだね」
伊吹   「そうだ。そして代々木はこの『歪み』を閉じようと膨大な霊力を使用した。
      それにより『歪み』は一旦閉じられたが、
      代々木は『妖王』に狙われることとなった。
      代々木も反撃した。
      代々木は根を使い『妖王』と直接戦ったようだ。
      しかしそのスキをつかれ、さきの鬼にとり憑かれてしまったという訳だ」
メイ   「なるほど・・・」
伊吹   「そして現在『妖王』は再び『歪み』を開きかけているという」
メイ   「なんだって!?」
伊吹   「だが安心しろ、よみがえった代々木の霊力が
      『歪み』を完全に開かせたりはしない」
メイ   「そうか・・・」
伊吹   「並の妖では明治神宮に入り込むことすら不可能だし、
      代々木にとり憑くなど『妖王』との戦闘中じゃないかぎり絶対不可能。
      もう代々木が『妖王』に直接手を出すことはない。
      よって『歪み』は現在の不安定な状態のまま維持されるだろう。
      しばらくは安定した状況が続く。
      しかし、それはこれまでにこの世界に侵入している妖がどのくらいいるのか
      判っていない以上、絶対とは言い切れんがな」
メイ   「そうか・・・」
伊吹   「代々木の話はだいたいこんなものだな。
      あと、もうヘマはしないそうだ」
メイ   「あはは、そうだね。代々木には頑張ってもらわないとね」
伊吹   「フフッ」
メイ   「それじゃ、一旦家に戻ろう。母さんに報告しなきゃ」
伊吹   「うむ。しかし状況的に、もう我々だけでどうにかする問題ではないな。
      おそらく天皇へ報告し、国に動いてもらうことになるだろうな」
メイ   「そうだね・・・」
どうやらこの東京の地下で、密かにとんでもない事が進行していたんだ・・・。
早急に対策を立てないと、手がつけられなくなる。
まずは急いで家に戻ろう。


来るときに通った道とは違う東側の道を通り、大通りに戻ってきた。
伊吹   「メイ、目の前の建物を知っているか?」
メイ   「どれ?」
伊吹   「アレだ」
伊吹が指さす先には駅のような建物がある。
あれ?
でも原宿駅にはもう少し南に歩かないと着かないはずだけど・・・。
メイ   「・・・駅・・・みたいだけど。何?」
伊吹   「あれは皇室専用駅だ」
メイ   「そうなんだ」
伊吹   「私も師匠と共に利用した事があるんだ」
メイ   「へぇー、すごいねー」
伊吹   「フフフ、そうだろう」
メイ   「うん」
朱雀   「なんだと思えば自慢したかっただけですか」
伊吹   「ふふふ」
朱雀   「ヤですね〜、何が嬉しいんだか・・・」
メイ   「あれ、駅から誰か出てきたよ?」
伊吹   「む?皇室関係者か?」
駅から出てきた人物をよく見てみると、それは小野寺さんだった。
メイ   「小野寺さん?」
伊吹   「そのようだな。どうする、一応声をかけてみようか?」
メイ   「なんか急いでるみたいだし、やめ・・・」
朱雀   「オノデラ!オノデラ!」
伊吹   「バ、バカ!」
突然の朱雀の声に驚いたのか、小野寺さんは一瞬身体をすくめて
キョロキョロ周りを見回したけど、僕達の姿を確認すると、
ホッとしたような様子で手招きして、建物の陰に隠れた。
メイ   「・・・?、来いってことかな?」
伊吹   「・・・そうらしいが、用でもあるのか」
メイ   「とりあえず行ってみようか」
伊吹   「うむ」
とにかく直接聞いてみよう。
車が来てなかったので道路を横断して駆け寄る。
メイ   「突然声をかけてしまってすいません、ビックリしたでしょう?」
小野寺  「いえ、それよりちょっとこちらへ・・・」
それだけ言って小野寺さんは路地裏へと先導する。
いったい何だろう?
しばらく行って薄暗い路地に着くと、やっと落ち着いたのか足を止める。
でもまだキョロキョロと辺りを窺っている。
メイ   「いったいどうしたんですか?」
小野寺  「すみません・・・。実は相談があるのです」
伊吹   「相談?」
小野寺さんが相談?
どうしたっていうんだろう、突然・・・。
メイ   「僕達でよければかまいませんが、そもそもどうしたというんですか?」
伊吹   「うむ。さっきから周りを気にしている様子だが、
      誰かに知られるとまずいのか?」
小野寺  「ああ・・・それは・・・、実はイレギュラーが発生しまして・・・」
メイ   「イレギュラー?」
小野寺  「あ、これは私が周りを気にしている理由です。
      相談というのは別の事で・・・」
伊吹   「なるほど、理由はこれ以上聞かないでほしいということかな?」
小野寺  「恐縮です」
メイ   「では、ご相談の方を・・・」
小野寺  「あまり時間がありませんので手短にお話します」
メイ   「はい」
小野寺  「私は生前の清雲様には、大変お世話になりました。
      あの方に窮地を救っていただいたのは一度や二度ではありません」
伊吹   「・・・・・」
小野寺  「ですから、あなた方にはお伝えしておきたい事があります」
メイ   「・・・・・」
小野寺  「清雲様を殺害したのは、『ケツァールカトル』という妖です」
メイ   「・・・そうですか」
伊吹   「なるほど。しかし、いまさら名を聞いても・・・」
小野寺  「奴は生きています」
伊吹   「な、なんだと!?」
小野寺  「清雲様が相打ちとなって討ち取ったというのは、
      我々の偽証なのです」
メイ   「な、なんですって!?それじゃあ、どうしてそんな嘘を?」
小野寺  「現守護役が敗れたという情報を公開すれば、
      その座にとって代わろうとする他流派退魔士達が、
      我先にその妖を討伐しようと動き出します。
      そのような混乱を招けば、妖に付け入るスキを与えてしまう。
      それだけは避けなければならなかった・・・」
伊吹   「・・・・・なるほどな。それでは、敵(カタキ)はまだ・・・」
メイ   「どこかで生きている・・・!」
小野寺  「さらに、『ケツァールカトル』は、先皇様の失踪にも関与しています」
伊吹   「なんだと!?」
メイ   「そ、それは、一体どういう・・・」
そう、現在の天皇陛下が皇位に即位したのはつい一ヶ月前。
前天皇がある日突然謎の失踪をとげたせいで、
天皇の弟君が急遽代理として即位しているんだ。
そういえば、ちょうどあの頃から父が頻繁に妖討伐に出ている。
どうやらその『ケツァールカトル』という妖が関係しているようだ。
小野寺  「先皇様は奴に拉致されていたのです」
伊吹   「な、なんと・・・」
小野寺  「清雲様は先皇様を救出するために・・・」
伊吹   「・・・だが、何故妖は先皇を殺害せずに拉致など・・・」
メイ   「たしかに、拉致なんて回りくどい事・・・」
小野寺  「それは・・・別に目的があったからです・・・」
伊吹   「なに?・・・権力の掌握以外に目的?」
小野寺  「奴の真の目的は・・・!?」
その時、後ろで何かの気配を感じた!
咄嗟に振り返ると、地面で何か闇色の水たまりが揺らめいている!
伊吹   「これは!」
メイ   「妖!!」
水たまりの様なモノが突如立体となった!
小野寺  「くっ・・・!こんな所にまで!」
妖    「見付ケタゾ!」
闇色の水たまりの様だった妖は、いまや荒々しい馬の姿をとっている!
身体の所々に青白い炎を纏っている妖馬。
メイ   「小野寺さん、下がってください!」
妖馬   「逃ガサンゾ!」
小野寺  「メイ君、これを!」
小野寺さんが手渡したのは、いつも小野寺さんが愛用している高級腕時計。
どうしてこんな物を今僕に渡したんだ?
メイ   「え?これは・・・」
小野寺  「預かっていてください!
      そして、この時計が『12:30』を指したとき、ここに・・・」
妖馬   「ぶるるるる!!」
伊吹   「メイ!避けろ!!」
メイ   「危ない!!」
妖馬が荒々しく突進してきた!
僕は咄嗟に小野寺さんを突き飛ばし、自身も一緒に跳びずさる!
メイ   「大丈夫ですか!?」
小野寺  「ええ、メイ君。よく聞いてください、私の部屋に・・・」
妖馬   「部屋?ソコニ何ガアル?」
小野寺  「くっ、奴にまで聞かれるのはマズイですね・・・」
妖馬   「ジャア黙ッテ死ネ!!」
再び妖馬が突進する!
メイ   「小野寺さん!早く立って!!」
小野寺  「クッ!」
妖馬が凄い勢いで迫り来る!
伊吹   「はあああーっ!!!」
伊吹が倒れている小野寺さんを飛び越え、前衛となり刀をふるう!
刃は妖馬を切り裂く事はできなかった。
強靱な歯で刀を噛み止めてしまったのだ!
しかし伊吹も見事に妖馬の突進をくい止めた!
伊吹   「は、早く立て!」
伊吹が妖馬をくい止めている間に小野寺さんは立ち上がって体勢を整える。
妖馬   「ククク」
突如妖馬の身体にまとわりつく青白い炎が揺らめき、僕達を包もうとする!
朱雀   「けー!!」
朱雀が同じく炎を展開させ青白い炎をくい止める!
伊吹   「はやく逃げろ!足手まといだ!」
小野寺  「わかりました。ですが最後にひとつだけ、メイ君」
メイ   「なんですか?」
小野寺  「メイ君はパソコン得意ですか?」
メイ   「え?」
伊吹   「なにを暢気なことを言っている!?世間話ならまたにしろ!」
小野寺さんが微かに苦笑いを浮かべたような気がした。
すぐに表情は元の無表情に戻っている。
・・・僕の気のせいだろうか?
小野寺  「それじゃあ、私は行きます!」
小野寺さんはどこへともなく駆けだしていった。
路地を曲がる手前で一度だけ振り返り、こう付け加える。
小野寺  「その番号に電話して、時計を返しに来て下さい!約束ですよ!」
メイ   「え?番号なんて、どこにも・・・」
小野寺  「ふっ・・・、仇を・・・・・とってください・・・」
小野寺はもう振り返ることなく走り、街路に消えていった・・・。
・・・・・。
・・・どういう意味だろう。
何かの暗号だろうか?
妖馬   「エエイ!邪魔ナ奴等ダ!」
妖馬が朱雀との炎比べを諦め後ずさって距離をとる。
まさに馬力の圧力から解放された伊吹がひとつ息をつく。
伊吹   「ふぅ・・・」
妖馬   「貴様等、其処ヲ退ケ!」
メイ   「そうはいかない!まだ小野寺さんには聞かなければならない事があるんだ」
伊吹   「そうだ。貴様などにこれ以上邪魔はさせぬ!」
メイ   「百折不撓!破邪顕正!!」
伊吹   「刀の錆にしてくれよう!」

 VS妖馬

朱雀   「気を付けてください!コイツの炎、決して侮れません!」
伊吹   「それに炎使い相手じゃメイには決定打は期待できんな」
メイ   「うん・・・。ここは伊吹の剣に頼るしか・・・」
伊吹   「よし、まかせろ!メイ、援護だ!」
伊吹が間合いを詰める!
メイ   「炎繰術・飛炎(ヒエン)!!」
妖馬は火炎球をものともせず炎を吹き出しながら突進する!
炎が伊吹に触れないように朱雀が盾がわりになって炎を防ぐ!
伊吹   「はー!!」
伊吹の刀が空を切る!
伊吹   「なに!?」
妖馬は驚異的な跳躍力で伊吹を飛び越えていた!
最初から僕を狙って突進してたんだ!
妖馬   「ブルルルルルル!!!!!」
伊吹   「まずい!」
朱雀   「メイ様ー!!」
妖馬が大口を開けて襲いかかる!
頭を噛み砕くつもりか!
咄嗟に飛び掛かる妖馬めがけて身構える!
こうなったら十分引きつけて、よく狙いを付けて・・・。
メイ   「炎繰術奥義・爆火弾(バッカダン)!!!」
着弾と同時に大爆発を起こす圧縮火球弾を放った!
伊吹   「奴に炎は効かん!」
朱雀   「逃げてー!!」
メイ   「食らえー!!!」
圧縮された火球が正確に妖馬の顔面をめがけて直進する!
妖馬   「ガアアァァァ・・・ムグッ!フンガフンフ」
メイ   「やった!」
火球は正確に妖馬の口内に飛び込んだ!
妖馬   「・・・ア!!」
次の瞬間、妖馬の体内で火球が大爆発を起こす!
伊吹   「な、なんと・・・!」
妖馬は体内からの爆発に耐えられずにバラバラに弾け跳んだ!
朱雀   「ふへぇ〜・・・」
メイ   「成功・・・した」
伊吹   「・・・・・なるほどな。
      外側からの炎が効かないなら内側から・・・か。大したものだ」
メイ   「危なかったぁ・・・」
どうにか倒せたみたいだね・・・。
伊吹   「よくやったな、しかし・・・」
メイ   「いまの妖、小野寺さんを狙ってたのかな」
伊吹   「おそらくな。ところで、さっき何を渡されたのだ?」
メイ   「あ、うん。これなんだけど・・・」
伊吹に小野寺さんの腕時計を見せる・・・。
伊吹   「た、高そうな時計だな・・・。くれたのか?」
メイ   「預かっただけ。だから・・・」
朱雀   「質に入れちゃいけませんよ!」
伊吹   「いれんわ!」
メイ   「・・・ちゃんと返しに行かないと」
伊吹   「・・・少々もったいないがな」
メイ   「でも、どうして突然こんな物を・・・」
伊吹   「うむ」
メイ   「それに『その番号に電話して』って言ってたけど・・・。
      どこにも電話番号なんて記されてないんだ」
伊吹   「ふむ、妙だな・・・」
朱雀   「ボケた!ボケた!オノデラ、ボケた!」
メイ   「そんな歳じゃないって」
伊吹   「せめて勘違いと言ってやれ」
メイ   「それから、たしか時計が『12:30』を指したら・・・って」
伊吹   「・・・わからんことだらけだな」
朱雀   「あのヒトは我々を混乱させに出てきたんでしょうか」
伊吹   「結果的にはそうなったな。師匠の仇の事も・・・」
メイ   「・・・うん」
・・・・・。
父さんの仇がどこかで生きている。
なんとしても探し出さなきゃ・・・。
伊吹   「まあ、全ては奥様に報告してから考えよう。一旦帰るべきだ」
メイ   「そうだね。セイの方も何か情報があるかもしれないし・・・」
朱雀   「それじゃー帰りませう〜!」
僕達は裏路地を出て通りを南下し、原宿駅に戻った。
電車に乗り込み渋谷へ戻る。
・・・小野寺さんは無事に逃走できただろうか。
とにかく今は無事を祈るしかない。
沢山の情報が手に入った。
はやく家に帰って整理しなきゃ・・・。



渋谷に戻るとすぐに帰宅できた。
さすがにもうこれといって特別な事は起こらなかったね。
玄関をくぐるとなんだかホッとするね。
メイ   「ただいま」
伊吹   「帰りました」
幼い女の子「おかえりなさいませ」
メイ&伊吹「!?」
僕らを出迎えたのは母さんでもセイでもなかった。
見たこともない小さな女の子だ。
・・・・・。
うん、間違いなく初対面に間違いない!
ああっ!日本語がめちゃくちゃだ!
伊吹   「・・・・・」
伊吹が正面を向いたまま肘で僕の脇腹をつついてくる。
メイ   「・・・・・」
僕は無言で首をふる。
幼い女の子「あ、あの・・・どうしたんですか?」
伊吹   「・・・・・こ、ここはどこだ?」
メイ   「家だよ、間違いなく・・・」
伊吹   「ならば何故このような幼子(おさなご)がいる?」
メイ   「さ、さあ・・・」
伊吹   「さあ、で済む問題か!」
満恵   「メイさん、伊吹さん、帰ったのですか?おかえりなさい」
メイ   「あ・・・」
伊吹   「は、はい」
奥から母さんが顔を出す。
満恵   「?、清さんとは一緒じゃないのですか?」
メイ   「あ、途中で別れたから・・・、でも、すぐに帰ってくると思います・・・」
満恵   「ふむ、では清さんも戻ってから報告を聞きましょうか」
伊吹   「お、奥様!」
満恵   「なんですか?」
伊吹   「こ、この幼子は!?」
満恵   「・・・・・」
女の子は伊吹に指さされて戸惑っている。
幼い女の子「あ、あう・・・」
満恵   「・・・桧浦(ヒウラ)さん、お出迎えしたのですか?」
幼い女の子「あ、はい・・・」
満恵   「まだかまいませんから、おとなしくしていてください」
幼い女の子「は、はい」
伊吹   「お、奥様・・・」
満恵   「・・・せっかくですから、
      彼女のことも清さんが戻ってからあらためて紹介しましょう」
伊吹   「は、はあ・・・。心得ました・・・」
満恵   「それでは、二人は応接間で清さんの帰りを待っていてください」
メイ   「は、はい」
満恵   「私はお茶の用意をしておきましょう」
幼い女の子「あ、お手伝いいたします!」
満恵   「そう。それではこっちへいらっしゃい」
幼い女の子「はい」
満恵   「後でお皿を持っていっておいてもらいましょう」
幼い女の子「わかりました」
メイ   「・・・・・」
女の子は母さんに伴われてキッチンへ消えていった。
僕と伊吹はその後ろ姿をただ見送って応接間に入ってソファに腰掛ける。
どちらも口を開かずしばらく沈黙が部屋を支配していると、
さっきの女の子がティーカップを運んでやってきた。
幼い女の子「失礼します」
メイ   「ど、どうも・・・」
女の子はきちんとカップを並べると部屋を出ていく。
再び重苦しい沈黙が部屋を支配する。
おそらくはほんの数分だっただろうけど、
僕と伊吹には何時間も待っているような気分だった。
しばらくして母さんが一人で応接間に入ってきた。
メイ   「あ、あれ、あの女の子は?」
満恵   「洗いものを済ませてから来たいそうなので、任せました。じき来るでしょう」
メイ   「は、はあ・・・」
三度重苦しい沈黙が訪れる・・・。
おそらく時間にしてわずか数分だったろうけど、
僕と伊吹には数日にも感じられるほど長い時間だった・・・。
それにしても、いつまで経ってもさっきの女の子が戻ってこないけど・・・。
セイ   「誰だテメー!?」
突然玄関からセイの絶叫がこだました!
満恵   「どうやら清さんも帰ってきたようですね」
メイ   「はは・・・」
満恵   「迎えに行ってみましょう」
母さんが席を立ってセイを呼びに行った・・・。
メイ   「・・・・・」
僕と伊吹は無言でお互いの顔を見つめ合った。
伊吹の表情からはあきらかに動揺が見て取れる。
きっと僕も同じような表情をしているにちがいない。
とりあえず、そろそろ朱雀も起こしておこうかな。
一緒に紹介を受けとかないとね。
・・・朱雀は忘れるかもしれないけど。
メイ   「朱雀、起きて」
朱雀   「・・・んにゃ?」
メイ   「起きた?」
朱雀   「ふぁ〜い、起きましたぁ〜」
少しして母さんがさっきの女の子を伴って部屋に戻ってきた。
少し遅れてセイもついてくる。
メイ   「あ、おかえり、セイ」
セイ   「あ、ああ・・・」
伊吹   「遅かったな」
セイ   「あ、ああ。それよりさ・・・」
伊吹   「みなまで言うな。私達もなにがなんだかわからない。
      これから説明してもらえるだろう」
セイ   「そ、そうか・・・」
セイは狼狽えながら空いているソファに腰掛けた。
この様子だと相当動揺してるみたいだね・・・。
まあそれも当然だけどさ。
母さんはソファの側に立っている。
女の子もオドオドした様子で母さんの側に控えている。
これからようやく母さんの説明が聞ける。
セイ   「・・・とにかく、早いトコ納得のいく説明をしてもらおうか」
セイがイライラしたような口調で問いただす。
満恵   「いいでしょう。ではよく聞くのですよ」
メイ   「はい」
満恵   「彼女は、今日から一緒に生活する事になりました」
メイ   「ええ!?」
伊吹   「なっ!?
セイ   「マジ!?」
満恵   「・・・・・ご静聴ありがとうございました」
セイ   「ちょっとまておーいッ!」
メイ   「説明を省かないでください!」
満恵   「まだ何か?」
セイ   「まだぜんっぜん説明不足だろうが!」
伊吹   「もう少し詳しくご説明願いたい」
満恵   「そうですか。しかたありませんね」
メイ   「まず名前から教えてください」
満恵   「こちらは桧浦 麗夢(ヒウラ レム)さん。
      こっちは向かって右から清さん、相楽伊吹さん、明さんです」
レム   「はじめまして、桧浦麗夢です。よろしくおねがいします」
メイ   「はじめまして、桧浦さん」
可愛らしい女の子だなあ。
でもどうして急にこの子がうちで暮らす事になったんだろう?
伊吹   「どうも、相楽伊吹です」
セイ   「よろしくー。へぇーレムちゃんって言うんだー。イイ名前だね」
レム   「そ、そうでしょうか?どうも・・・」
セイはぁ、またそんな挨拶して・・・。
だからすぐ軽薄に見られるんだよ・・・。
朱雀   「ちょっとちょっと!ワタクシを忘れないでいただきたいでございます!」
満恵   「おや、いらしたんですか。この鳥は朱雀といいます」
レム   「と、鳥が喋ってる・・・」
朱雀   「鳥とはなんですか!失礼ですね!ワタクシは霊鳥の中でも最も・・・」
セイ   「バカで、霊長類最低の名をほしいままにするバカ鳥ですよ」
朱雀   「違いますー!!!」
レム   「はぁ、バカなんですか」
セイ   「そう。バカなんです」
朱雀   「バカじゃありませんっ!!」
はぁ、また始まっちゃった・・・。
セイ   「バカだよなあ?」
伊吹   「うむ、バカだな」
セイ   「ほら」
朱雀   「バカはアナタです!」
セイ   「お前だ、バカ!」
朱雀   「バカって言うヤツがバカです!」
レム   「あのぉ・・・、いったいどっちがバカなんですか?」
伊吹   「どっちもだ」
レム   「そうなんですか」
セイ&朱雀「ちがーう!!」
満恵   「彼女は今日からうちのメイドさんとして、住み込みで働くことになりました。
      仲良くしてあげてください」
レム   「よろしくお願いします!」
セイ   「メ、メイドさんだとォ!マジッスか!?」
セイの表情が弛んでる・・・。
みっともないからシャンとしてよ・・・ハズかしいなぁ。
伊吹   「何を興奮している変質者。不埒な真似は私が見逃さんからな」
セイ   「そ、そんなことしねーよ」
朱雀   「どうだか。変質者ですからねぇ」
セイ   「黙れバカ鳥」
朱雀   「変質者」
レム   「あ、あの、この方は変質者なんですか?」
伊吹   「そのとうりだ。だからお主も気を付けるのだぞ」
レム   「はい。わかりました。がんばります!」
セイ   「信じるなー!」
メイ   「桧浦さん、冗談だから本気にしちゃ駄目だよ」
レム   「あ、冗談だったんですかぁ。よかった、安心しました・・・」
なんだか、人を疑うことを知らないみたい・・・。
あまり冗談は通じない人みたいだね。
メイ   「でも、どうして急に・・・」
満恵   「以前主人が担当した事件でご両親を亡くされて、
      しばらく父方の祖父母の家で暮らしていたそうですが、
      今期から渋谷高校に通うことになり、
      この近所で部屋を探しているという話を人伝に聞いたものですから・・・。
      どうもこれから忙しくなりそうですし、ちょうどよい機会だと思いまして、
      桧浦さんに来てもらうことにしたのです。
      桧浦さんがご両親を亡くされたのも、主人がいたらなかったからですし、
      我々が彼女にできることを考えると、このくらいのことしかありませんから。
      それに、私も家を空ける事が多くなりそうですしね・・・」
伊吹   「なるほど、そういういきさつが・・・」
そうか、父さんの仕事の・・・。
複雑な事情がある子なんだ・・・。
でも、そんな過去を感じさせない明るさを持った前向きな子だよね。
セイ   「ん?って事は、俺らの後輩か?」
メイ   「あ、そうだね。渋谷高校」
レム   「はい。よろしくお願いします、センパイ」
満恵   「ただ居候させるのは彼女に気兼ねさせる事になるので、
      名目上メイドとして来てもらったのです」
メイ   「そうなんですか、それじゃあ家事とかをするわけじゃあ・・・」
満恵   「手伝ってもらうつもりです」
あれ、名目上じゃあなかったのですか・・・△
レム   「がんばります」
メイ   「あ、そうなんですか」
満恵   「これで、だいたいわかりましたか?」
セイ   「まあ、そうだな。事情も状況もわかった、かな」
そうだね。
とにかく僕は歓迎するな。
満恵   「それではわからないことがあったらいつでも誰にでも訊いてくださいね」
レム   「はい、奥様」
満恵   「それでは、次の議題に移りましょう。
      明さん、代々木での経過を報告して下さい」
メイ   「はい。・・・あ、でも彼女が・・・」
部外者にこういう話を聞かせちゃいけないかも・・・。
満恵   「桧浦さんなら聞いていても大丈夫です。うちの事は大体説明済みですから」
レム   「はい!」
メイ   「そうですか。では報告します。
      まず最初に、代々木にとり憑いていた妖は鬼将という妖鬼でした」
セイ   「鬼かよ。そりゃまた古風な・・・」
メイ   「この鬼将の発言によると、どうやら妖は組織だって行動しているようです。
      鬼将は自らのことを、あの御方より妖地上実行部隊を任される者と
      名乗っておりました。あの御方というのは推測ですが・・・」
伊吹   「代々木が語ってくれた『妖王』ではないかと」
満恵   「ふむ、『妖王』とは?」
伊吹   「東京の地下古墳に封印されていた古の妖魔です。
      その妖力で空間に『歪み』を作りだし、
      そこを妖の棲まう異次元と同調させこの世に呼び出そうとしていたのです」
満恵   「『歪み』ですか・・・」
伊吹   「現在代々木がその霊力により『妖王』の妨げをしています。
      よって今は『歪み』が安定することはありません。
      つまり、『歪み』はその機能を果たせない状況となっています」
満恵   「なるほど・・・。つまり鬼が代々木にとり憑き霊力を封じ込め、
      東京全土の霊的結界を弱体化させつつ、
      『妖王』の『歪み』を維持することが妖達の目的だったと・・・」
メイ   「はい」
満恵   「そして妖達はその『歪み』を通ってこの世に出現してきているのですね」
メイ   「そうです。・・・それと、鬼将は逃亡しました」
セイ   「なんだよ、倒せなかったのか?ダッセ〜」
伊吹   「想像以上の強敵だったんだぞ」
セイ   「つっても『妖王』ってのの部下なんだろ?
      それじゃボスはもっと強いんだぜ。部下に苦戦してちゃマズいだろ」
満恵   「そういえば、どうしてセイさんは二人と共に行動していないのです?」
伊吹   「そうだ。お前もいたら倒せたかもしれんだろうが」
セイ   「俺は俺で調べものしてたんだよ」
メイ   「そういえばセイの方は何か情報集まった?」
セイ   「まーね。『SLAVE』はカナリ特殊なクスリだって事がわかったぜ」
満恵   「『スレイブ』?」
メイ   「原宿駅で出会った刑事さんから聞かされたクスリの事です」
満恵   「そんな事があったんですか。
      それは代々木の事件と関連があるのですか?」
セイ   「別にねーけどよ。そういえばさっき『BAD ASS』のヤツから徴収した
      ・・・・・あった。
      『SSD』ってクスリだけど、参考までにもらっといたんだ」
そう言ってセイは一錠の赤と黒のカプセルを取り出した。
メイ   「・・・これは『スレイブ』じゃないの?」
セイ   「ああ。だが『スレイブ』も『SSD』も、流してるトコは一緒なんだよ。
      だから見分ける参考くらいにはなるんじゃねーかな。
      ま、肝心の『スレイブ』のサンプルが無いがな」
伊吹   「だが、それを流している者共を追えば『スレイブ』に行き着く・・・か」
セイ   「そーゆーコト」
満恵   「話が見えませんが・・・」
セイ   「ま、これは俺が個人的に刑事から頼まれた事だし、
      オフクロが気にするたぐいの話じゃねーよ」
満恵   「そうですか。わかりました」
セイ   「そーいや帰りに小野寺って人見かけたぞ」
メイ   「え、本当?」
セイ   「ああ。なんかたいそうな人数の黒服に警護されて病院に入っていったぞ」
伊吹   「そうか、どうやら妖からは無事逃げることができたらしいな」
満恵   「小野寺氏がどうかしたのですか?」
メイ   「はい。僕達も帰り際に小野寺さんと会いました」
セイ   「そうなのか?奇遇だな」
メイ   「小野寺さんはどうやら妖に追われていたようでした」
満恵   「ほう?」
メイ   「小野寺さんを追っていた妖は僕と伊吹で倒しました」
朱雀   「ワタシも仲間外れにしないでください!!」
メイ   「・・・朱雀と三人で」
満恵   「そうですか。それはお手柄でした」
レム   「すごいですねー」
メイ   「それから、小野寺さんから重要な新情報をもらいました」
満恵   「それは?」
メイ   「父さんを殺した妖の名です」
セイ   「!?」
満恵   「なんですって!?」
メイ   「『ケツァールカトル』という名の妖です。
      そして小野寺さんの情報では、この妖は今現在生存している、と」
満恵   「・・・なんてこと」
セイ   「マジかよ・・・」
伊吹   「しかも、小野寺氏の話によれば、この『ケツァールカトル』は、
      どうやら前天皇の失踪にも関与しているとのことです」
メイ   「『ケツァールカトル』は先皇を拉致監禁していたそうです。
      父さんは先皇を救出するために奴と戦った・・・」
満恵   「・・・いったい何のために先皇の誘拐など・・・」
メイ   「そこまではわかりません。
      ですが殺害せずに誘拐したとなれば、それなりの理由があるはずです」
満恵   「・・・そうですね」
セイ   「・・・なあ、天皇っていつ代わったんだ?」
伊吹   「バ、馬鹿か!?先月失踪事件で話題になっていただろう!」
セイ   「あ、そーいえば・・・。そうか、あの後天皇代わってたんだぁ」
満恵   「現在の天皇陛下が皇位に即位したのは一ヶ月前。
      前天皇が突如謎の失踪をとげ、天皇の弟君が急遽代理として即位しました」
メイ   「それと、今にして思えば、
      この直後から妖による事件が頻発し始めているんです。
      偶然でしょうか・・・」
満恵   「・・・・・それはつまり、この失踪事件が全ての引き金であると?」
メイ   「その可能性が高いのではないかと・・・」
満恵   「・・・・・他には何かありましたか?」
メイ   「そうだ、別れ際に小野寺さんがこれを僕に預けて行かれました」
小野寺さんの腕時計をテーブルの上に置く。
満恵   「腕時計・・・ですね」
メイ   「はい」
満恵   「何の目的で?」
メイ   「わかりません」
伊吹   「そういえば、断片的に不可解な事を言っていたような・・・」
満恵   「不可解な事とは?」
メイ   「はい、この時計が『12:30』を指したら・・・。
      私の部屋がどうとか・・・」
伊吹   「パソコンがどうとか・・・」
メイ   「その番号に電話して時計を返しに来てほしいとか・・・」
セイ   「なんだなんだ、ほんとに断片的でワケわかんねーじゃねーか」
メイ   「しかたないよ。妖が目の前で聞き耳立ててたんだから」
レム   「つまり、こんなふうに暗号のような言い回しをしてでも、
      そのとき伝えておかないといけないお話だったということですね!」
突然口を挟んだ桧浦さんに全員の驚いた視線が集中する。
満恵   「・・・なるほど、確かにそう考えられますね」
セイ   「・・・スルドイな、レムちゃん」
レム   「えへへ」
セイ   「それにしても・・・番号なんてないじゃん。どうすんの?」
メイ   「うん、僕もどうしたらいいのか・・・」
伊吹   「それに、我々は小野寺氏の住所など知らぬ」
メイ   「そうだよね・・・」
満恵   「わかりました。小野寺氏の住所などは私が調べておきましょう」
メイ   「え?できるんですか、そんな事が」
満恵   「私とて阿部家の人間です。
      独自の情報網を使って調査しておきます」
伊吹   「そ、そんなモノがあるのですか」
満恵   「まあ、見ていてください」
メイ   「そ、それではお任せします」
満恵   「そういえば清さん。
      小野寺氏を見かけたとき、たしか病院に入ったと言っていましたね?」
セイ   「あ、ああ・・・」
満恵   「それはどこの病院でしたか?」
セイ   「新宿の・・・JR東京総合病院だったな、たしか」
満恵   「わかりました。貴重な情報ですね。調べてみましょう・・・」
メイ   「報告は以上です」
満恵   「そうですか。ご苦労様でした」
伊吹   「これからどう対処すべきでしょうか?」
満恵   「早速ですが明さんには天皇陛下の所へご報告に上がってもらいましょう。
      国家レベルの協力を仰ぎ、調査をお願いすべきです」
メイ   「かしこまりました。ですが、どの辺りまで報告すれば・・・」
満恵   「代々木の一件と『妖王』の存在、東京の現状についてだけでかまいません。
      小野寺氏の事は省いた方がいいでしょう。
      余計な混乱を招く要素は除外すべきです」
メイ   「わかりました」
満恵   「取り次ぎに支障がないよう手配しておきます」
メイ   「はい」
伊吹   「私も同行させていただきたい」
満恵   「そうですね。そうしてください」
伊吹   「はい」
セイ   「俺は遠慮するぜ。皇居なんてトコ行くのは御免だね」
満恵   「でしょうね。まあ好きになさい」
セイ   「・・・ああ。勝手にさせてもらうぜ」
セイはちょっとムッとして席を立った。
セイ   「もう話もいいだろ?俺は部屋に行くからな」
満恵   「そうですね。それではおひらきにしましょう」
母さんが扇子を開くとそこには『解散』と書かれていた。
いつから仕込んでたんだろ?
レム   「わぁ、なんですか?この扇子、おもしろーい」
満恵   「・・・あまりツッこまないでください」
レム   「はあ」
メイ   「そ、それでは準備して出発します」
満恵   「迎えの車を用意させますから少し待っていなさい」

少しだけ待っていると皇居からの迎えの車が門に到着した。
僕は素早く仕度をすませ、玄関で伊吹を待つ。
ちょっとだけ待っていると伊吹も二階から降りてきた。
僕より少し送れて階段をおりてきた伊吹はなんだか顔が赤いような気がする・・・。
メイ   「伊吹、なんだか顔が赤いよ?どうかしたの?」
伊吹   「あ、イヤ、別に、なんでもない!」
メイ   「そう?大丈夫?」
伊吹   「大丈夫だ!決まっているだろう!」
メイ   「ホントに?」
伊吹   「とにかく行くぞ、メイ」
メイ   「うん」
満恵   「それでは気を付けて」
メイ   「はい。行ってまいります」
なんだか伊吹の様子が変だけど、たぶん大丈夫だよね。
僕と伊吹は迎えの車に乗り込んで皇居へ向け出発した。


送迎の車で千代田区の有楽町日比谷方面へと走る。
日比谷公園を横目に日比谷濠の橋みたいな道を渡り、皇居外苑にやってきた。
伊吹は父さんに連れられて来たことがあるらしいけど、僕は初めてだ。
少し進むと皇居が見えてきた。
少し緊張するなあ・・・。
・・・・・・ここが、父さんが最後の仕事を受けた場所。
ここに天皇陛下がいるんだ・・・・・。
妖によって誘拐され拉致された前皇に代わって就任した現天皇。
どんな人なんだろう・・・。
メイ   「ねえ、伊吹は今の天皇陛下に会ったことってある?」
伊吹   「・・・・・・・・え?何か言ったか?」
メイ   「伊吹・・・だいじょうぶ?」
伊吹   「す、すまない、考え事をしていたんだ。それで?なんと言ったんだ?」
メイ   「今の天皇陛下に会ったことあるの?」
伊吹   「いや、ないな」
メイ   「そう。なんだか緊張しない?」
伊吹   「まあ、多少はな。だがあまりかしこまる必要もないぞ。
      相手も同じ人間なんだ」
メイ   「そりゃそうだけどさ・・・」
もう車が駐車スペースに到着したので僕達は話をやめ、車を降りる。
ここが皇居か・・・。
僕達は案内係の人に促されて皇居の中へ入った。
小野寺  「お待ちしていました、メイ君」
メイ   「あ、小野寺さん」
皇居で僕達を出迎えてくれたのは小野寺さんだった。
小野寺  「陛下は現在先客の方との面会中ですので、こちらでしばらくお待ち下さい」
そう言ってロビーのような開けた場所のソファをすすめる。
遠慮するのもおかしいのでお言葉に甘えてソファに腰掛け順番を待つ。
小野寺さんも僕達の向かいに腰を下ろした。
小野寺  「予定どうりならば、もうじき面会は終わるはずですので」
メイ   「はい」
伊吹   「ときに、どうやら貴方も無事逃げ延びたようだな」
小野寺  「逃げ延びた?」
伊吹   「?、なにかおかしいかな?」
小野寺  「・・・あ、たしか先程もお会いしていたんでしたね」
メイ   「え、もう忘れていたんですか?」
小野寺  「お恥ずかしい事ですが、なにしろ激務なもので・・・。
      余計なことはすぐに過去にしてしまう癖があるのです」
伊吹   「そういうものか?まあ、とにかく怪我もなくなによりだ」
小野寺  「お心遣い感謝します」
メイ   「そういえばどこか怪我でもなさったんですか?」
小野寺  「・・・なぜです?」
メイ   「先程病院に行かれたと聞いたもので・・・」
小野寺  「・・・誰にその事を?」
メイ   「僕の兄がたまたま見かけたらしくて」
小野寺  「貴方の兄上といえば、たしかセイ君、でしたか?」
メイ   「はい」
小野寺  「そうでしたか。見られていたとは思いませんでした。
      別に怪我をしたわけではないのですが・・・」
伊吹   「ふむ、ならばやはり左腕の怪我の治療・・・ん?
      そういえば、もう包帯は外されたようですね」
小野寺  「左腕?ああ、そういえばそうでしたね」
伊吹   「?、腕の治療に行ったのではないのですか?」
小野寺  「先程病院に行ったのは仕事です。治療ではありません」
伊吹   「では一体いつ包帯を外したのですか?」
小野寺  「つい先程です」
伊吹   「・・・医師の許可も無しで?」
小野寺  「・・・・・失礼、よく思い出してみると、仕事で病院へ行った際、
      ついでに診察をお願いしたんでした。
      すみません、あまり重要な事ではないのでつい忘れていました」
伊吹   「ふむ・・・」
メイ   「あ、そういえば時計・・・」
あれ?
よく見ると小野寺さんの左腕にはちゃんと腕時計が巻かれている。
あれ?さっき預かったはずだけど・・・。
小野寺  「・・・時計が、どうかしましたか?」
メイ   「あ、いえ・・・あの・・・」
どうしよう、なんて言ったらいいかな?
メイ   「時計を返して・・・」
小野寺  「は?」
メイ   「だから、いまここで時計を返してもいいんですか?」
小野寺  「時計を?」
伊吹   「メイ!」
突然伊吹が声をあげて立ち上がった。
メイ   「え?」
伊吹   「・・・なんでもない」
すぐにまた座る。
・・・なんでもないって行動じゃないと思うけど・・・。
伊吹   「メイ、今はこの話はよそう」
メイ   「そ、そう?その方がいいかな・・・」
小野寺  「なんの事です?」
伊吹   「ところで、貴方はこの辺りに住んでおられるのかな?」
小野寺  「・・・それはお答えしかねます。職業柄それを明かすことはできません」
伊吹   「ふむ。そうでしょうな」
メイ   「伊吹?」
伊吹   「ところで、そろそろ12:30ですな」
小野寺  「そうですね。お待たせして申し訳ありません。
      そろそろ会談は終了する予定なのですが・・・」
伊吹   「・・・・・」
メイ   「伊吹、僕達べつに急いでないんだから、もう少し落ち着きなよ」
伊吹   「いや、そういうわけじゃない・・・」
メイ   「え?それじゃあ・・・」
伊吹   「・・・私はいま『12:30』になると言ったんだ」
・・・・・?
メイ   「・・・あ!」
小野寺  「どうしました?」
メイ   「いえ、なんでもありません・・・」
小野寺  「そうですか。もうしばらくお待ち下さい」
そうだ、『12:30』っていうのは、さっき会ったとき小野寺さんが言った言葉だ。
・・・なのに、それを言っても小野寺さんの反応があまりに普通すぎる。
そうか、さっきから伊吹はそれを確かめていたんだ・・・。
小野寺さんはさっきどうしてあんな言葉をのこしたんだろう?
そして、どうして今はそのことにまったく触れようとしないんだろうか・・・。
・・・・・もしかして、細かい事と同じで忘れてしまっている?
いや、いくらなんでもそれはないだろう。
・・・だとしたら、とぼけている?
・・・・・何のために・・・。
・・・つまり、いまは話せないっていうことなのかな?
何故?
どうして今話すことができないんだろう?
話せない理由がある?
いったいどんな理由だ?
・・・・・さっきは話せて今話せない理由・・・。
場所?
もしかしてこの場所じゃあ話せないってことなのかな?
・・・それとも・・・・・。
小野寺  「どうやら会談が終わったようですね」
メイ   「え?」
伊吹   「我々の番だということだ」
メイ   「ああ・・・」
黙り込んで考え事をしているうちにどうやら順番がきたみたいだ。
部屋の方を見ると、中からすごく貫禄のある、恰幅のいい初老の男性が出てきた。
きっとかなりの権力者なんだろうな・・・。
威圧感のある眼差しと、立派な髭を蓄えたいかにも大物っぽい雰囲気の人だ。
小野寺  「お疲れ様です、段野浦様」
初老の男性「いや、これも仕事のうちだ。それより、用意してあるんだろうな?」
小野寺  「はい。すでに奥の部屋に用意してあります」
初老の男性「用意の良い事だ。だが、まったく厄介なモンをまわしてくれるな」
小野寺  「恐縮です」
初老の男性「まあいい、こちらにもそれなりの利があるんだからな」
小野寺  「そう言っていただけると・・・」
初老の男性「ところで、何だ?この小僧共は・・・」
そう言って鋭い眼差しを僕に向ける・・・。
小野寺  「彼は阿部様のご子息である阿部メイ君です。
      そして彼女は阿部様の弟子である相楽伊吹さん」
初老の男性「ほう、この小僧が清雲のな・・・。
      父と違いずいぶんと華奢なことだ」
メイ   「父と、お知り合いなんですか?」
小野寺  「こちらは段野浦 栄大(ダンノウラ エイダイ)様。
      総合企業『段野浦グループ』の会長をなさっております」
段野浦会長「お前の父とは昔からの友人だ。
      ヤツとは共にこの国の発展のために尽力した仲でな。
      儂が財政界において、清雲が修羅道においてその人ありといわれていた。
      やりかたは違えど、お互い競い合い、または協力し合いながらやってきた。
      最大にして最高のライバルであり、同じ高見を目指す仲間だった・・・」
メイ   「そうなのですか・・・」
小野寺  「段野浦様、そろそろお時間の方が・・・」
段野浦会長「わかっておる。そうせかすな。
      ・・・小僧、メイとか言ったな?」
メイ   「はい」
段野浦会長「・・・・・」
巨漢の大物がまっすぐに僕の目を見下ろす。
おもわず目を逸らしたい衝動に駆られるが、必死に気持ちを奮い立たせて見返す。
メイ   「・・・・・」
段野浦会長「・・・なるほど。
      確かに清雲の息子のようだな。
      清雲と同じ、強い目をしている」
メイ   「・・・・・」
段野浦会長「・・・ふん。おもしろい小僧だ。
      ひとつだけ忠告しておいてやろう。
      『死ぬな』。立ち向かうだけが道ではない。
      父の二の鉄を踏むような真似はひかえることだな」
メイ   「あ、貴方は・・・父の・・・死について、何かご存知なのですか!?」
段野浦会長「言ったろう?良きライバルであり、仲間だったとな・・・」
メイ   「それは・・・」
段野浦会長「言えることはこれだけだ。あとは自分で考えるんだな。
      じゃあな小僧。次に会うまで生き延びていろよ」
小野寺  「お疲れ様でした」
段野浦氏は豪快に歩いて、建物の奥へ消えていった・・・。
メイ   「・・・・・」
小野寺  「・・・あの方は日本財政界を支える超大物です。
      阿部様と同じく、数々の修羅場を経験なさっている。
      おまけに裏組織を牛耳るマフィアのドン、
      人呼んで『ゴッドファーザー』。
      あの方に睨まれて、目を逸らさなかったのは凄い事なのです」
メイ   「マフィア!?」
伊吹   「『ゴッドファーザー』・・・・・。
      無念だが、私は射竦(いすく)められて身動きもできなかった・・・」
小野寺  「やはり貴方はたいした方ですね」
メイ   「そんな・・・」
小野寺  「ですが、あの方には逆らわない方が身のためです。
      あの方の機嫌を損ねて闇に葬られた人数は、
      ・・・おそらく二桁では足りないでしょう」
メイ   「・・・・・」
小野寺  「間違いなく清雲様の最大のライバルであり、仲間であり、敵だった方です」
伊吹   「・・・・・」
小野寺  「さ、それでは参りましょう。これより陛下との謁見を許可します。
      武器は全てここで預かります。
      それではこの通路を進んで奥の部屋へどうぞ」
メイ   「はい」
武装解除と入室チェックが始まった。
この間に気持ちを切り替えないと・・・。
これから天皇陛下に会うんだし、いつまでもゴッドファーザーの余韻に怯えてちゃ駄目だ。
どうにか気持ちも落ち着いた頃、入室チェックもパスしたようで、
奥の部屋への扉が開いた。
・・・この奥で天皇陛下が待っているんだ。
小野寺  「どうぞ」
小野寺さんに先導されて重厚な扉をくぐる・・・。
シックな内装と格調高い調度品が程良いバランスを成立させている部屋だ。
天井には豪華なシャンデリアが吊されている。
部屋の奥、窓の前に大きな机があり、そこにこの部屋の主はいた。
天皇   「ようこそ。次期当主殿。
      お待たせしてしまって申し訳ない。
      心よりお詫びしよう」
伊吹   「お初にお目にかかる」
メイ   「はじめまして・・・」
年齢のほどは20代の後半か30代前半という若々しい顔立ちだ。
ウェーブがかった金色の美しい髪を豊かに伸ばしているうえ、
その瞳は青い輝きを放っている・・・。
この人は本当に日本人なんだろうか?
髪は染めているのだろう。
そして目にはカラーコンタクトをしているんだと思うけど真偽のほどは定かではない。
それともこれは生まれつきかもしれない。
なぜならその髪も瞳も、あまりにもこの人物に自然になじんでいるから。
天皇   「ん?どうかしたのかい?」
メイ   「あ・・・いえ・・・」
天皇   「ああ、そうかキミとは初対面だったね。この髪と瞳が気になるんだろう?」
メイ   「あ、そんなことは・・・」
ないとは言えない・・・。
天皇   「隠さなくて結構だよ。もう慣れてしまったからね。
      これは生まれつきなんだ。突然変異、というのかな。
      幼い頃はこれで結構苦労したがね・・・」
青い目、金色の髪・・・。
日本人としては特殊な容姿で生まれてきたということだ。
そうだ・・・。彼は幼い頃周囲から疎まれ、忌み嫌われたはずである。
だってここでは日本の象徴として育てられるんだから、
一般的な日本人とあまりにもかけ離れた容姿は、ただそれだけで迫害の対象になる。
きっとずっと前天皇である兄と比較され、蔑まされた過去を持つんだろう。
歳不相応な厳しい表情は、その頃の現れかもしれない。
天皇   「だが、今ではこれでも気に入っているんだよ。
      なかなか綺麗だろう?ははは」
そう言って屈託無く笑う・・・。
ずいぶん話しやすい人みたいだ。
さっきまで厳しかった表情が今はとても和らいでいる・・・。
メイ   「ええ。僕も綺麗だと思います。とっても・・・」
天皇   「ハハハ、そう言ってもられると嬉しいよ。
      それじゃあそろそろ本題に入ろうか。
      聞くところによると、直接報告すべき事があるそうじゃないか」
メイ   「はい。それでは早速始めます」
天皇   「いや、その前にお互いちゃんと自己紹介しておこう。
      礼儀というものは大切だ。
      最初の印象ひとつでその後の接し方も変わるものだからな」
メイ   「はあ」
天皇   「私は鷺ノ宮(サギノミヤ)。
      いちおう現在は天皇という肩書きを持っている。
      まあ、失踪した兄に変わる暫定という形だがね。
      代理のようなものだな。ハハハ」
メイ   「阿部メイです。これからよろしくお願いします」
天皇   「ああ。明日の当主就任式も、しっかり頼むよ」
メイ   「は、はい」
そうだった・・・。
明日は僕の阿部家当主就任式がおこなわれるんだった・・・。
なんだか余計に緊張しちゃうなぁ・・・。
伊吹   「相楽伊吹です。よろしく」
天皇   「キミが清雲殿のお弟子さんか。
      噂には聞いていたが、綺麗な女性だ。
      こちらこそ、よろしくたのむよ」
伊吹   「御意」
天皇   「さて、では報告というのを聞こうじゃないか」
メイ   「はい。先程明治神宮で妖の幹部らしき者と遭遇しました」
天皇   「明治神宮?ずいぶん霊威の高い土地に現れたもんだな」
メイ   「妖は鬼将と名乗り、代々木にとり憑いていたもようです」
天皇   「代々木に?とんでもないことじゃないか。そんな事が可能なのか?」
メイ   「『妖王』の助力により、不可能が可能となったようです」
天皇   「『妖王』?」
メイ   「どうやらこの東京の地下に眠っていた『妖王』の封印が、
      何者かによって解かれたらしく・・・」
天皇   「地下・・・か」
メイ   「代々木の精霊から得た情報なのですが、
      『妖王』はどうやら東京・・・おそらく渋谷の地下に巣くい、
      急激にその勢力を拡大した模様です。
      至急、なんらかの処置を施すべきです」
天皇   「成る程・・・。で、『妖王』の目的は判っているのか?」
メイ   「『妖王』は自らの妖力で空間に『歪み』を発生させるそうです。
      この『歪み』は本来妖が棲む異次元に繋がっているらしく、
      そこを通り道として多くの妖共をこの世に喚びだしたと・・・」
天皇   「そうか。それはまずいな・・・。早急に手を打たねば・・・」
伊吹   「一刻も早く討伐隊を編成すべきです」
天皇   「そうだな・・・。丁度良いことに明日の当主就任式で
      多くの高名な退魔士が集結する。そこで勇士を募ろう。
      それで、現在その『歪み』はどうなっているかわかるか?」
メイ   「現在代々木が『妖王』を牽制し、『歪み』の安定を抑えています。
      『歪み』が不安定な状態なら
      妖共がこちらの世界に侵入してくることはないでしょう」
天皇   「そうか、それならとりあえずは一安心といえるな・・・。
      そうか、危険を冒してまでわざわざ代々木に妖がとり憑いていたのは、
      『歪み』を不安定にさせる代々木を封じることが目的か」
伊吹   「同時に明治神宮の霊力も弱め、
      妖が活動しやすい状況を整えることも目的の一部でしょう」
天皇   「ふむ・・・。しかし、我々の隙をつき、
      妖が地下でそこまで勢力を拡大していたとはな・・・」
メイ   「すべては『妖王』の封印が解けた事が原因と推測されます」
天皇   「すぐに調査団を強化しよう。
      だが我々も調査を怠っていたわけではない。
      最近の妖出没について独自に調査は進めていたつもりだ。
      実は最近渋谷の地下に新たな古墳が発見されたという報告が入っている。
      無論すでに調査団を派遣し調べているが、
      どうやらそこにも妖が出現するらしく、経過が思わしくない。
      もしかしたらこの古墳こそが、『妖王』の眠るポイントなのかもしれないな」
伊吹   「なんですと!?」
天皇   「どうだろう、これから君達が直接行って調べてみないか?
      もちろん空振りの可能性もあるが・・・」
メイ   「・・・どうかな?伊吹」
伊吹   「・・・・・それが命令というのなら、無論お引き受けする」
天皇   「命令というわけじゃないが、代々木や鬼将と接触した君達なら、
      ここで何か新しい発見があるかもしれないと思ってね」
伊吹   「ふむ・・・。確かに『妖王』の居所は一刻も早くつきとめるべきだ。
      ここは行ってみるのも悪くないかもしれんな」
メイ   「わかりました。お引き受けいたします」
天皇   「そうか、では早速たのむよ。現地まで小野寺に案内させよう。
      それに彼ならある程度内部も案内できるはずだ」
メイ   「はい」
天皇   「くれぐれも気を付けてな」
メイ   「はい。ありがとうございます」
伊吹   「では行くぞ、メイ。失礼する」
メイ   「失礼します」
天皇   「ああ。明日もあるから、無理はひかえるように。
      危険を感じたらすぐに引き上げるんだ」
メイ   「わかりました」
僕はかるく会釈して部屋を出た。

部屋を出るとすでに用意を済ませた小野寺さんが待っていた。
早速仕事だ。
新たに発見された古墳の調査。
しかもそこには妖が出没する・・・。
用心してかからなきゃ・・・。
小野寺  「それでは参りましょう」
伊吹   「うむ。行こうか」
メイ   「うん」
小野寺さんと用意された車に乗り込み、目的地へ向け出発した。
地底に眠る謎の古墳・・・。
いったいこれから何が待ち受けているんだろうか。
暗い地の底で、いま何かが確かに蠢いている・・・。



到着した先は渋谷駅だった。
セイの大好きなモヤイ像を通り過ぎ、建物に入り地下の最下層におりる。
地下を進み『関係者以外立入禁止』と表示されたドアをくぐり更に奥へ進む。
最後に特殊な金属で加工された重厚な扉を開き渋谷駅最深部に到達する。
がらんとした何も置かれてない殺風景な部屋だ。
もうこれ以上奥へ続く扉もない。
伊吹   「・・・・・行き止まりだな」
メイ   「・・・あの、いったいどこから入るんですか?」
小野寺  「ここです」
メイ   「え?でもこれ以上は通路も部屋もありませんけど・・・」
小野寺  「ここから更に奥へ行けます」
そう言いながら床を指さす。
そこにはマンホールがあった。
メイ   「マンホール、ですか」
小野寺  「ここから下水道へ侵入します」
伊吹   「下水・・・か」
小野寺  「少々衛生面に問題はありますが、事前にできるだけ掃除してありますので」
メイ   「他に道はないんですか?」
小野寺  「ありません」
伊吹   「しかし渋谷駅の真下に地下遺跡があったのなら、
      何故いままで発見されなかったんだ?」
小野寺  「渋谷駅周辺の下水道は戦時中の東京大空襲により一度崩壊しています。
      幸い水路は無事だったようですが、
      通路は瓦礫で完全に塞がってしまいました。
      戦後ある程度の修復はなされましたが、
      狭い地下通路ですので思い通りに工事がはかどらず、
      水路も機能しているのでそのままほったらかしにされていたのです。
      ですからこの場所には誰も足を踏み入れていませんでした。
      ですが最近、このマンホールが発見さたのです。
      ここから地下に下りれば、
      瓦礫で塞がれた下水道の内側へ出られる事が判明しました。
      そこで地下の全貌を把握するための調査が始まりました。
      そして、これから向かう地下遺跡を発見したのです」
伊吹   「なるほど。だが何故古墳だと言えるのだ?」
小野寺  「最下層に到達した調査員が一名だけ存在しています。
      彼はそこで通信員にこう報告しました。
      『湖の底に、棺のような物が沈んでいる』と・・・。
      彼はこの報告を最後に消息を絶ちました。
      おそらくそこで妖に殺害されたのでしょう」
メイ   「棺・・・いったい誰が埋葬されているんでしょうか?」
小野寺  「渋谷氏などの豪族、あるいはそれ以前の権力者の記録を調べても、
      この場所に埋葬された人物はいません。該当者は零(ゼロ)でした」
メイ   「ではいったい・・・」
小野寺  「おそらく、極秘裏に歴史の裏で葬られたものでしょう。
      昔の人々は災いの根元を『忌まわしきもの』として闇に葬ってきました。
      彼らにすればその事象そのものも同じく『忌まわしきもの』となるのです。
      ですからまれにこういった地下古墳を歴史から抹消するケースも・・・」
伊吹   「地下に葬る類のものだ。その記憶すらも忌まわしいとされていたのだろうな」
小野寺  「はい。・・・そして『忌まわしきもの』が葬られているとすれば・・・」
メイ   「・・・『妖王』である可能性は十分にある」
伊吹   「ふん・・・地底湖に沈む妖王の棺・・・か。
      なにやらいよいよ予感的中の様相を呈してきたな。
      ふふ・・・武者震いがおこりそうだ」
小野寺  「ですからかなりの危険地帯です。十分に御用心ください」
メイ   「わかりました」
小野寺  「では下水道に下りましょう。
      しばらく行けば中継地点をもうけてあります。
      調査団の作戦本部として作られた拠点です。急ごしらえですが・・・」
メイ   「はい」
小野寺  「それ以降は我々もあまり把握できていません。
      奥に進めばすぐに古墳の入り口に到達できますが、
      古墳内部の状況はほとんど判明していないというのが正直な状況です。
      それでも入ってみられますか?」
メイ   「かまいません」
小野寺  「わかりました」
マンホールを開けさらに地下へ続く梯子を下りる。
真っ暗だ・・・。
なんだか闇に吸い込まれていくみたいだ・・・・・。
下水道へ下りると突然ライトが灯された。
小野寺さんが懐中電灯を用意していたのだ。
頼りない明かりだけどないよりはマシだ。
小野寺  「奥の拠点に行けば人数分の懐中電灯がおいてありますから」
メイ   「あ、はい」
伊吹   「・・・やはりあまり気分の良い場所ではないな」
メイ   「でも匂いは思ったより強烈じゃないね」
伊吹   「そういえばそうだな。
      むしろ土の臭いのような地下独特の臭いの方が充満している」
小野寺  「現在この水路はそれほど活発に使用されていない区域ですから」
メイ   「そうなんですか?」
小野寺  「戦後新たに水路を開設してあります。ここは整備できませんでしたから。
      瓦礫の手前で枝分かれさせているんです。
      ですが多少はこちらにも流れてきているようですね」
いまどの辺なんだろう?
どのくらい歩いただろう?
こんな所にいたら場所の感覚がなくなる。
方向感覚なんて最初からあんまりないのに・・・。
小野寺  「着きました。ここが我々の行動拠点です」
メイ   「へえ・・・」
伊吹   「ここは」
下水道の途中に突然ドアがある。
開けて入ってみるとそこにはちゃんとした部屋と呼べるスペースがある。
色々な物資が並べられていたり木箱に入れて積み上げられている。
冷蔵庫なんかもあるから食料もあるんだろうか。
冷蔵庫の奥に設置された機械は・・・発電器のようだ。
通信機のようなものもある。僕には用途がわからない各種機械も沢山ある。
小野寺  「ここは下水道工事の際に使用された資材置場だったらしいです。
      丁度良いので現在我々が使わせていただいています」
そう言って小野寺さんは僕らに懐中電灯を手渡した。
メイ   「どうも」
小野寺  「そして、問題の遺跡への通路はあの壁に開いた穴です」
そこには壁が崩れてできただけといった穴があった。
小野寺  「調査隊が偶然発見した隠し通路です。
      なにかの拍子に壁に重量のある物をぶつけたのでしょう。
      崩れた先には未知なる通路が存在した・・・」
メイ   「それじゃあこの奥に・・・」
小野寺  「そうです」
伊吹   「では早速向かおうか」
小野寺  「入り口では妖が門番のように見張っています。御用心を」
メイ   「入り口にいるんですか?」
伊吹   「では・・・最深部へ到達したという唯一の調査員は、
      いったいどうやって侵入したんだ?」
小野寺  「最初はなにもいないと思われていました。
      ですが、奴は我々の侵入に気付き、
      以降獲物を狙って待ちかまえるようになったのです」
伊吹   「ではいまとなってはその妖を倒さねば侵入できないということか」
小野寺  「はい。ですから現在調査が滞って・・・いえ、
      はっきり申し上げて中断されているのはそのためです」
伊吹   「わかった。ではとりあえず我々がその妖を退治しておこう」
小野寺  「助かります」
メイ   「じゃあ行ってみよう」

しばらく進むとまた特殊金属の扉が現れた。
小野寺  「この扉は、妖がこちらに侵入しないように我々が設置したものです。
      こちらからは簡単に開きますが、向こうからは絶対に開きません。
      一方通行の扉です。
      向こう側に人が残っている状態では決して閉めないよう、
      くれぐれも注意して下さい。
      さもなくば、閉じこめてしまう事になりますので」
メイ   「わ、わかりました」
小野寺  「現在は我々だけで行動しているのでここは開けたままにしておきましょう。
      ちなみに、扉を閉めると携帯電話などの電波はほぼ届かなくなります」
メイ   「はい」
小野寺  「万が一閉じこめられた場合、まさにこの扉ギリギリの場所まで接近すれば
      どうにか電波が届くはずです。携帯電話などで外部と交信可能です」
メイ   「はい」
携帯電話は一応持ってる。
母さんがいざという時のために無理矢理持たせてくれてる。
セイは喜んでいたけど、僕はあんまり好きじゃない。
電話が鳴るとビックリするから・・・。
もっとも、めったに着信はないんだけどね。
小野寺  「では、行きましょう」
小野寺さんが特殊金属の扉を開いた。
奥からはなにやら異様な妖気が漂ってくる・・・。
伊吹   「・・・たしかにいるようだな」
メイ   「そうだね・・・」
小野寺  「こちらです」
小野寺さんが先頭に立って進んでいく。

それから少し進むと、かなり大きく開けた場所に出た。
とてもここが地下だとは思えなくなるような広大さだ。
メイ   「すごい・・・」
伊吹   「これが・・・古代の古墳なのか?」
小野寺  「どうやって造られたのかは我々にもわかりません。
      歴史にも残らないような古代に、こんな物が造られていたことは、
      どうやっても考えられない。とてもおよびがつかない。
      ですがこれはここに存在している・・・。
      世界七不思議に新たに追加すべき価値があります」
メイ   「世界八番目の不思議・・・渋谷の地下古墳・・・」
伊吹   「たいしたものだが、どうやら感慨に耽っている場合ではなさそうだぞ」
小野寺  「やはり来ましたか」
伊吹が天井を見上げている。
それにならって僕も見上げると、そこには巨大なコウモリのようなモノがいた!
妖蝙蝠  「ふしゅるるる・・・・・」
よく見るとその蝙蝠の頭は馬のようで、尻尾は大蛇のようだ。
赤く輝く目で侵入者である僕らを見つめている。
馬の口からは多量の唾液が流れ出している。
伊吹   「ふん、奴にしてみれば待ちこがれた獲物という事らしい」
妖蝙蝠  「しゅああああああ!!!!!」
妖蝙蝠が羽を広げ急降下してきた!!
メイ   「朱雀!起きろ!!」
朱雀   「ケー!!!」

 VS妖蝙蝠

急接近してきた妖に伊吹が刀を煌めかせる!
伊吹   「ちっ・・・」
しかし刀が触れるすんでのところで妖は再び上空に舞い上がった。
伊吹の剣技を警戒しての行動だ。
妖蝙蝠  「ひゃうー!!」
妖蝙蝠が羽を開くと風が刃となって襲いかかってきた!
メイ   「うわっ!」
伊吹   「くっ!」
すんでのところで風の刃を避ける!
メイ   「朱雀!」
朱雀   「おー!!」
朱雀が飛翔し、空中を自在に飛び回る妖を迎撃する!
妖蝙蝠  「びゅうううう!!!」
接近する朱雀に気付いた妖は口から冷気を含んだブレス攻撃で反撃に転じた!
朱雀   「ひえーっ!!ワタクシ、寒いのニガテです〜!!」
おもわず怯んで逃げ出す朱雀・・・。
伊吹   「逃げるな!貴様それでも武士か!?」
朱雀   「武士なわけないでしょう!」
まあ火の鳥だからしかたないか。
メイ   「くらえ!炎繰術・飛炎(ヒエン)!!」
妖蝙蝠  「!!」
妖蝙蝠が激しく羽を羽ばたかせる!
そのあまりの風によって火の玉が吹き消された!
伊吹   「くそう!奴め、あくまで近付かないで遠距離からいたぶるつもりらしいぞ!」
メイ   「炎もかき消されるし、朱雀が行ったら冷気で牽制するし・・・。
      けっこう頭脳的な戦い方をする妖だね・・・」
伊吹   「朱雀!冷気ごときに怯むな!つっこめ!」
朱雀   「ムチャ言わないでくださいよ!!こちとら火の鳥なんですからね!!」
伊吹   「ムチャでも行け!」
朱雀   「貴方こそ飛んでって自慢の刀で一刀両断してください!」
伊吹   「あんな高いところまで届くはずなかろう!」
朱雀   「役立たずですね!」
伊吹   「お互い様だ!」
メイ   「お願いだからもっと建設的な話し合いしてよ」
朱雀   「そうですよ!この緊急時に文句ばかりならべてもしょうがないでしょう!」
伊吹   「だったら貴様こそなにか名案を提示しろ!」
朱雀   「そんなもの、あるわけないでしょう!」
伊吹   「役立たず!」
朱雀   「お互い様です!」
メイ   「あのね・・・」
妖蝙蝠  「ふゅううう!!!」
メイ   「来るよ!」
伊吹   「くっ!」
妖蝙蝠は口から冷気を吹きながら二枚の羽を大きく羽ばたかせた!
風に乗った氷柱(つらら)が1ダースほど高速で接近する!
朱雀   「任せて下さい!」
朱雀が大きく羽を広げ炎を巻き上げて羽ばたく!
氷柱は炎にのまれ溶けていく!
朱雀   「どおーっすか!」
溶けた水が蒸発しきる前に高速で降り掛かり朱雀の羽を濡らす!
朱雀   「うわー!消える消える!!」
伊吹   「おのれ!!」
伊吹が思い切り床を蹴って跳躍する!!
メイ   「だめだ、やっぱりとどかない!」
伊吹   「いけー!退魔剣術最終奥義・飛空突剣(ヒクウトッケン)!!!」
妖蝙蝠  「びぐっ・・・!!」
伊吹の手から放たれた刀は一直線に飛翔し、上空の妖蝙蝠を貫いた!!
刀はそのまま天井に妖もろとも天井に突き刺さる!
妖の身体から妖気が流出しだした・・・。
どうやら今の一撃で倒せたようだ。
伊吹   「成敗!」
メイ   「ふう・・・」
最終奥義なんて言うからどんな凄い奥義かと思ったら、ただ刀を投げただけだった。
刀を捨てるから最終奥義なんだね・・・。
伊吹   「朱雀」
朱雀   「なんですか?」
伊吹   「悪いが頼みがある」
朱雀   「なんでしょうか?」
伊吹   「刀・・・取ってきてくれ」
朱雀   「・・・・・」
メイ   「・・・・・」
朱雀   「・・・しかたないですねぇ。まったく手のかかる奥義ですね」
朱雀が舞い上がり天井に突き刺さった刀を抜く。
すでに妖蝙蝠の身体は霧散し、消滅している。
朱雀   「どーぞ」
伊吹   「かたじけない」
メイ   「・・・小野寺さん、どうにか倒しましたよ」
小野寺さんが岩影から姿を現す。
小野寺  「さすがですね。お見事です」
伊吹   「これで遺跡に入れるわけだな」
小野寺  「はい」
メイ   「それにしても広い場所ですね」
小野寺  「そうですね。そのぶん調査にも手間がかかります」
メイ   「どこから入るんですか?」
小野寺  「この古墳の入り口は正面の岩盤に開いたあの大穴です。
      周囲にもいくつか穴が開いていますが、どれもすぐに行き止まりです。
      もっとも、全てを調査した訳ではないので正確な情報ではありませんが」
伊吹   「早速入ってみよう」
小野寺  「では私が少しだけご案内します。
      入り口付近の調査くらいならだいたい済んでいますから、
      ある程度の道筋は記憶してあります。
      少し進んだ所に青白く光る鉱石が鏤(ちりば)められた部屋があります。
      まずはそこを目的地にしましょう。
      その部屋から続く通路が最深部へ通じていることはわかっていますので」
メイ   「わかりました」
小野寺  「では行きましょう。離れないようについてきてください」
小野寺さんを先頭にして、いよいよ古代の遺跡に足を踏み入れた。
この先どんな事が待っているんだろうか・・・。

洞窟と呼んで過言のない通路をしばらく直進する。
ときどき分かれ道があるけど、小野寺さんは迷うことなく進んでいく。
一人で取り残されたら帰れそうにないな・・・。
さらにしばらく進むとうっすらと青白い光が見え始めた・・・。
青白い光を放つ謎の鉱石が埋まった部屋。
ここは部屋全体が発光しているように明るい。
なんだかこの部屋全体から大量の霊気が噴出しているような感じがする・・・。
ここからさらに奥へ通じる洞窟の壁にはなにやら模様のようなものが描かれている。
壁画は延々と奥まで描かれているようだ。
さらにこの部屋には彫刻のような優美な柱まである。
小野寺  「着きました。この部屋までしか私は把握していません。
      これ以降は私にとっても未知なる空間です」
メイ   「ですが、この道を奥に行けば、古墳の最深部に到達できるんですね?」
小野寺  「ええ。それは確かです」
メイ   「では行ってみましょう」
小野寺  「くれぐれも気を付けてください。
      もちろん私も同行しますが・・・、
      これ以降は私はあまり役に立てないと思いますし・・・」
メイ   「そんなことありません。もし僕が一人だったら絶対に迷います。
      帰り道を記憶しておいてください」
小野寺  「わかりました。多少なりともマッピングしながら進みます」
メイ   「お願いします」
伊吹   「では行こう」
僕達は青白い鉱石の部屋をあとにして先に進んだ。

できるだけ分かり易いようにまっすぐ進んでいこう。
それならあまり迷う心配もないだろうし・・・。
伊吹   「しかしこの遺跡は相当広いのだな。
      まったくといっていいほど風がないにもかかわらず、
      一向に息苦しくならない」
小野寺  「規模はかなりのものですよ。
      古墳としては最大級といっていいでしょう」
メイ   「これほどの古墳を造る必要があるものって何でしょうね?」
伊吹   「やはり、『妖王』以外に考えられんな・・・」
メイ   「もし『妖王』がいたらどうしよう」
小野寺  「存在さえ確認できれば十分です。
      すぐに討伐隊を編成できるでしょう。
      ですから今はヘタに刺激しないことですね。
      もし発見したらすぐに逃げましょう」
伊吹   「うむ。それがいいだろうな。
      『妖王』を相手にするとなれば其れ相応の準備が必要だろう」
話しながら歩いていると薄暗い部屋に出た。
朱雀   「けー!!」
メイ   「わっ!」
伊吹   「どうした!?」
朱雀   「なにか気配があります!なにかいます!!」
伊吹   「・・・どこだ?」
朱雀   「・・・・・え〜と・・・・・」
メイ   「本当にいるの?」
朱雀   「・・・・・・・・・・たぶん・・・・・」
伊吹   「どこだ?」
朱雀   「!下です!!」
伊吹   「なにっ!?」
メイ   「うわっ!?」
小野寺  「うっ!!」
慌てて跳び退くと地面から何かが剥がれて起きあがった!
それはまるで寝ていた人が上半身をおこしたような・・・・・、
あ!ようなじゃなくて人間だ!
でも・・・・・。
伊吹   「此奴(こいつ)・・・・・死体だ!」
ぐずぐずに腐り果てた死体が突如上半身を起こしたんだ!
朱雀   「ゾンビです!」
メイ   「う・・・」
なんて気持ち悪い姿なんだ・・・。
なまじ人間の形を残しているのが一層醜悪さを引き立てている。
伊吹   「ひっ」
そいつはゆったりした緩慢な動きで膝を立て直立した。
メイ   「ど、どうしよう・・・」
ゾンビが両腕をまっすぐ前に突き出してひたひたと歩み寄ってくる。
小野寺  「うう・・・、動き始めた途端、もの凄い腐臭ですね・・・」
伊吹   「朱雀!自慢の炎で焼き払え!」
朱雀   「ヤです!あんな気色悪いのに近付きたくありません!」
伊吹   「なんだと!・・・いや、今回はお前の気持ちもわかるか・・・。
      メイ!術で焼き払え!」
メイ   「う、うん・・・」

 VSゾンビ

ゾンビはもうかなり距離を縮めている。
ここで攻撃しないと触られてしまう。
もし触られたらどんな菌に感染するかわからない。
早く燃やしてしまわないと!
メイ   「炎繰術・飛炎(ヒエン)!」
ゾンビめがけて火球を放つ!
ゾンビは避けもせず火球が直撃する!
瞬く間にゾンビは火に包まれ崩れ落ちた・・・。
一気に燃え上がり死体はあっさり火葬された。
メイ   「あ、やった・・・」
伊吹   「・・・案外あっけないものだな」
朱雀   「メイ様が炎使いだからですよ。風や大地や冷気や電気は効かないです」
伊吹   「そうだな。幸運だったな朱雀、もしメイがこの場にいなくて、
      お前だけがいたのなら、迷わず突攻だった」
朱雀   「ゾッとします」
小野寺  「死体も燃え尽きましたね。ではさらに奥へ行ってみましょう。
      メイ君、先に行ってください」
メイ   「はい」
朱雀が懐に戻ってきし、
伊吹は隣で用心深く身構えている。
よし、再出発しよう。
小野寺  「・・・・・」
部屋の中央に足を踏み出す。
と、なにかを踏んだような感触があった・・・。
伊吹   「!?・・・メイ!!」
メイ   「え!?」
気付いたときには僕の足下から地面が消えていた!
落とし穴が仕掛けてあって、その起動スイッチを踏んでしまったんだ!!
すぐ横にいた伊吹が咄嗟に剛刀一閃!!
鞘に入ったままの刀は僕の腹を捕らえて後ろに大きく吹っ飛ばした!
メイ   「ぐっ・・・!」
小野寺  「えっ!?」
落とし穴に落ちる寸前ではじき飛ばされた僕は真後ろにいた小野寺さんと衝突した!
そのまま二人で抱き合うように吹っ飛ばされ部屋の隅に投げ出される!
どうやら落とし穴に落ちるのだけは免れたようだけど・・・。
伊吹   「大丈夫か!」
小野寺  「きゅう〜・・・」
メイ   「ちょっと痛かったけどね・・・」
ちょっと乱暴だけど、落とし穴よりは・・・、
あれ、今カチッて音が・・・・・。
僕と小野寺さんが倒れている一角の床が唐突に消失した!
メイ   「え?」
小野寺  「そ、そんな」
伊吹   「あ・・・」
僕と小野寺さんはぽっかりと口を開けた新たな落とし穴に落ちた!
メイ   「うわあああぁぁぁぁ!!!」
小野寺  「あああああぁぁぁぁぁぁ!!!」
伊吹   「メイー!!!!!」
伊吹の叫びがこだます中、僕達は落下した・・・。


・・・・・。
・・・・・・・・うーん・・・。
・・・なんか、身体が痛いけど、どうしたんだっけ・・・・・。
・・・あ!
メイ   「伊吹は!?」
思わず見回すと周囲には同じく倒れたままの小野寺さんと
心配そうな表情の朱雀が飛んでいるのが確認できた。
朱雀   「メイ様!気が付いたですか!」
メイ   「・・・ここは」
朱雀   「落とし穴に落ちたんですよ」
メイ   「あ、そうか・・・。そうだ小野寺さん!」
倒れたままの小野寺さんを揺すってみる。
小野寺  「う・・・ん・・・」
よかった、気が付いたみたいだ・・・。
メイ   「大丈夫ですか?」
小野寺  「・・・メイ君・・・。私は・・・」
メイ   「落とし穴に落ちたようです・・・」
小野寺  「・・・そうか、私としたことが、とんでもないミスを・・・」
メイ   「とにかく無事でなによりです。怪我はありませんか?」
小野寺  「・・・どうやら大丈夫そうです」
メイ   「そうですか。・・・そうだ、伊吹は!?」
朱雀   「お二人が気絶してる間にワタシが上まで行って連絡してきました。
      二人が生きている事を知ると、救助を呼ぶため外に向かって行きました。
      どうやらセイを呼んでくるらしいです。
      慌ててたようですが大丈夫でしょう」
メイ   「そうか、とりあえず一安心だ。
      伊吹なら方向感覚が鋭いから迷わずに出られるだろうしね」
小野寺  「・・・では、我々はどうしましょうか」
メイ   「・・・・・とにかく探索を再開しましょう。
      もしかしたら出口へ通じる道が見つかるかもしれない」
小野寺  「そうですね。そうしましょう」
朱雀   「ワタクシ、さきほど周囲をひとっ飛びして調べておきました。
      向かって右の通路を進めば地底湖です!」
メイ   「本当!?」
朱雀   「ええ!ワタクシの調査は完璧です!」
小野寺  「地底湖があるなら、この近くに棺があるのかも・・・」
メイ   「行ってみましょう!」
僕達は朱雀の示した通路を進んだ・・・。

少し進むと急に気温が下がったような感覚があった。
そして、とてもここが地下とは思えないほど広大な空間に出た。
その空間の大半を占めるのは、青く輝く神秘的な湖・・・。
とても巨大な湖が広がっていた。
メイ   「これは・・・・・」
小野寺  「美しい・・・・・」
思わず見とれてしまうほど綺麗な湖だ。
湖全体が青白く発光しているように見える。
見つめていると思わず吸い込まれそうになる・・・。
あまりにも澄んだ清らかな水をたたえた神秘的な場所。
小野寺  「この光は・・・」
メイ   「水が光っているんでしょうか?」
小野寺  「いや、おそらく湖の底に先程の青白い光を放つ鉱石が
      沢山沈んでいるのでしょう・・・」
メイ   「そうか・・・。これはあの鉱石の光・・・。
      そういえば、あの鉱石は一体何なんでしょうか?」
小野寺  「わかりません・・・」
メイ   「さっきあの部屋にいた時、石から霊気があふれているように感じました」
小野寺  「そうですか・・・。霊気を放つ青白い鉱石・・・一体これは・・・」
メイ   「・・・・・」
小野寺  「とても興味深い物ですが、調査は後に再開されます。
      その時明らかになるでしょう。
      とにかく今は先に進んでみましょう」
朱雀   「メイ様!この湖の対岸に扉があります!」
メイ   「扉?」
朱雀   「左右の岸沿いの道の中程にも、中央の扉より質素ですが扉があります!」
たしかに左右に対照的な扉があり、中央に一際豪華に装飾された扉があった。
メイ   「三つも扉があるってことは・・・」
小野寺  「ここが古墳の中央。さらにこの先が中枢である可能性が高いですね」
メイ   「どの扉に入りましょうか・・・」
小野寺  「中央の扉が目的地である可能性が最も高い・・・」
朱雀   「やっぱり一番豪華な扉に入るのが最善です!」
メイ   「そうだね。よし、それじゃあ岸を渡って向こう側へ行ってみよう」
その時!
湖の中央から何かが、青白い輝きを放つ塔のような物体がせり上がってきた!
メイ   「これは!?」
明らかにこの遺跡には不釣り合いな機械的なフォルムを剥き出しにした塔が出現した!
朱雀   「ナニゴトです!!?」
メイ   「こ、これって・・・・・」
小野寺  「・・・まるで監視塔・・・のようですが」
突如塔の頂点から電撃が迸った!
メイ   「うわっ!!」
思わず跳びずさってこれをかわすが、
電撃が直撃した地面は真っ黒に焦げ付き、余った電気がなおも帯電している。
小野寺  「どうやら本当に監視塔らしいですね!
      侵入者を撃退するように設定されているようですよ!」
メイ   「こんなのがあったのに、過去に最深部に到達した人は
      どうやってこれを切り抜けたんでしょうか・・・」
小野寺  「それは・・・この装置が作動しなかった、とか・・・」
メイ   「じゃあどうして僕達には反応したんですか!」
小野寺  「・・・偶然センサーに感知された・・・とか」
メイ   「とにかく、この状況をどうすれば・・・」
小野寺  「破壊してしまうしかありませんよ!」
メイ   「しょうがない!行くよ朱雀!」
朱雀   「了解デス!」

 VS監視塔

監視塔は断続的に電撃を放出し続けている!
湖は既に大量の電気が帯電している。
もし湖に落ちたら一瞬で黒こげだろう。
青白いみたこともない金属で構成された塔がそびえ立っている湖は
絶えず電撃が暴れているのに、中央の塔自体は完全に電撃を遮断しているようだ。
メイ   「とにかく攻撃してみよう。
      炎繰術・飛炎(ヒエン)!」
火球が塔の中腹を直撃した!
一瞬煙に包まれ塔の電撃が止まったが、すぐにまた電撃を放ちはじめた。
どうやらほとんど効いていないようだ。
メイ   「効果無しか・・・」
朱雀   「こんどはワタクシが!!」
朱雀が電撃をかいくぐって塔に体当たりをくらわした!
朱雀   「イ、イタイ・・・」
頭から金属の塔に突っ込んだ朱雀はフラフラしながら戻ってきた・・・。
朱雀   「ダメです!アイツとてもカタイです!」
メイ   「硬いなら連続で攻撃するしかない!
      炎繰術・爆裂連撃(バクレツレンゲキ)!!!」
前方にかざした手のひらから大量の火球を放った!
火球ひとつひとつに小型爆弾くらいの破壊力がある連射炎術だ!
朱雀   「けー!!」
朱雀も口から火球を発射して援護する!
無数の火球が塔に直撃して爆発していく!
それでも塔は一瞬電撃を止めるだけですぐに再び活動を再開する。
メイ   「なんて硬さだ・・・」
朱雀   「どうしましょう!」
突如塔の下方が奇妙な動きを見せた・・・。
吸水口のようなものが開いたかと思うと電撃を帯電させた水を吸い上げはじめた!
朱雀   「・・・ナニをしてるんでしょう?」
メイ   「・・・・・まさか・・・」
突如塔の頂点から噴水のように水が放水されはじめた!
マズい!これはまさに電撃の雨を降らせる攻撃だ!!
こんなの回避しようがない!!
電撃を纏った水滴が頭上から大量に降り注ぐ!!
メイ   「蒸発させるしかない!!
      炎繰術・火炎盾(カエンジュン)!!」
頭上に突き出した両手の平に雨が降りかかる寸前、炎の盾が出現した!
高熱の炎でできた盾は降り掛かる雨を蒸発させ水蒸気に変えていく!
水に帯電していた電気は空中でしばらく放電したあと消失していく。
朱雀   「ほ・・・。助かりました。カサみたいですね」
メイ   「だけど、いつまでもこうしているわけにはいかないな・・・。
      なんとか打開策を考えないと・・・。
      あ!小野寺さんは!?」
朱雀   「そーいえば!」
小野寺さんの姿を探して周囲を見回してみてが、人影はどこにもない。
どこかに隠れているんだろうか・・・。
だが悠長に探している暇はない!
塔は電撃の雨を降らせながらも放電活動を再開してきた!
塔から放たれた電撃を避けるだけでも大変な反射神経が必要なのに、
頭上から電撃の雨まで降ってきてはどうしようもない・・・。
さらに少々の攻撃ではダメージを与えることもできないんだ!
どうすればいいんだ・・・。
これ以上思案を巡らせてる余裕もなくなってきた。
こうなったら僕の最高奥義を放ってみるしかない!
それに賭けてみるしかない!
そうだ、それと同時に朱雀にも同じ場所を攻撃してもらえば・・・。
もう後先の事を考えてる場合じゃない!
メイ   「朱雀!二人で同時に突っ込むよ!!
      炎繰術最高奥義・鳳凰迅翔(ホウオウジンショウ)!!!!!」
朱雀   「無尽飛翔!!!!!」
朱雀が本来の姿をとり巨大な火の鳥となって飛び立つと同時に、
僕も身体に鳳凰を宿らせ爆炎を纏った巨大な火の鳥へと変貌し、飛翔した!!
ふたつの火の鳥が融合するかのごとく互いの羽を合わせ、
きりもみ式で塔の一転を目指して突攻する!
メイ   「うおおおおおおおおおおお!!!!!」
渾身の一撃が塔を直撃した!
鳳凰の嘴が見事塔を貫き塔は大爆発を起こした!!
あとの事なんて全然考えてなかった。
ましてや成功する保証すらどこにもなかったが、
どうやら僕の賭は成功したようだ。
でももうどうすることもできない。
塔を貫き鳳凰の姿を失ったあとは電撃が迸る死の湖に墜落するだけ・・・。
瓦壊した塔の上部が崩れ落ちるのと一緒に僕も落ちていく・・・。
朱雀   「ケー!!!!」
だが湖に着水する寸前、朱雀が襟首をくわえて再び上昇してくれた。
メイ   「あ・・・」
そのまま岸まで運んでくれる。
クチバシひとつで人ひとり支えるのはかなりの負担のはずだ。
朱雀は意地だけで僕を運びきってくれた。
朱雀   「はあ、大丈夫でしたか?メイ様」
メイ   「朱雀・・・」
朱雀   「やりましたね!ワタクシ達の勝利です!」
メイ   「そうだね、ありがとう朱雀。キミのおかげだよ」
朱雀   「はっはっは!まあ半分は間違いなくそうですけど、
      なんですか急に改まって。照れちゃいますデス」
メイ   「でも、今回は本当に危なかったね・・・」
朱雀   「ハイ!こんな仕掛けまであるならもう間違いありません!
      『妖王』です!『妖王』がいるんです!ハイ!」
メイ   「そういえば、小野寺さんは・・・」
朱雀   「さっきからいませんねぇ・・・。どこかに隠れてるんでしょうか?」
メイ   「小野寺さーん」
朱雀   「オノデラオノデラ!」
メイ   「もう大丈夫ですよー?」
朱雀   「オノデラ、オノデラ!」
メイ   「小野寺さーん?」
朱雀   「オノデラ、おのでら!」
メイ   「・・・いない・・・ね」
朱雀   「そうですね、見当たりません。どうしたんでしょうか」
メイ   「もしかして、どこかで気を失って倒れて・・・ないね」
朱雀   「ないですね」
メイ   「監視塔の攻撃から逃げるために洞窟を戻っていったのかな?」
朱雀   「そうかもしれないデス!」
メイ   「・・・そのうち再開できるかな。
      とりあえず僕達が正面の扉を進むって事は伝えてあるし・・・」
朱雀   「そうですね。ほっといて先を急ぎましょう」
メイ   「・・・そうだね。とにかく先にあの部屋を調べておこう。
      それから小野寺さんを探して合流して出口を探せばいいよね」
朱雀   「それじゃあ今度こそ行きましょう!!」
そのうち戻ってくるかもしれないし、気長に待ってるわけにもいかない。
僕はとりあえず小野寺さんの捜索をあきらめて朱雀とともに扉を開けた。
重い煌びやかな扉を開くと、そこもかなり開けた場所だった。
中央に一際巨大な岩の塊がたたずんでいる・・・。
岩の塊のさらに向こう側には、
なんだろう・・・発光する縦長の球体のようなモノが揺らめいている・・・。
いや、なんだか空間に裂け目ができてそこから光が漏れているような・・・・・。
天井からは幾本も木の根のような物が突き出し、
地面からは・・・なんだろう?赤黒い謎の物質でできたツタのような物が伸びている。
中央の岩山の前方にまんまるな湖が広がっている。
さっきの地底湖ほど大きくはないけど、ここも十分地底湖と呼べる大きさだ。
よく見るとこの部屋には沢山の装飾品が飾られている・・・。
何かの祭事をおこなったような品々が沢山ならべられている。
さらにそこかしこに木の残骸や破片が飛び散っている。
同じくらいさっきの赤黒いツタもぐったりしおれて散乱している。
ここはいったい・・・。
朱雀   「・・・なんでしょうね?この部屋は」
メイ   「・・・・・わからない」
朱雀   「アレ?なんかこの木から微かに霊気を感じますよ?」
メイ   「・・・本当だ。この枯れた木片から微かに霊気が・・・。
      そういえばこの霊気・・・どこかで感じたことがあるような・・・」
朱雀   「そうですね。それもごく最近です」
メイ   「・・・・・あ、この霊気は『代々木』だ!」
朱雀   「あ!そうですよ!代々木です!代々木デス!」
メイ   「それじゃあこれは・・・代々木の根の残骸?」
朱雀   「そうですね」
メイ   「そういえば、代々木は根で『妖王』を攻撃したって言ってた・・・。
      ってことはつまりここが!」
朱雀   「見てください!地底湖の底に棺のような物が沈んでいますよ!!」
メイ   「まちがいない!ここだ!!ここに『妖王』がいるんだ!!」
朱雀   「ビンゴです!」
メイ   「それじゃああの岩の塊の向こうにある光るモノが、
      『妖王』の創り出した『歪み』だ!そしてそれはつまり・・・」
朱雀   「ココに『妖王』がいるって事です!!」
その瞬間前方の大きな岩山がぐるりと振り返った!!
岩の裾から数本の赤黒い触手が天井を貫くほどに伸びる!
メイ   「アレが『妖王』だ!!」
岩だと思っていたあの物体が『妖王』だったんだ!
今まで影になっていてはっきりと見えなかったが、
よく見ると岩のような表皮には不気味に血管が脈打っている!
まるで内臓を裏返して表面に露出したかのような醜悪な姿だ!
『妖王』は不気味に蠢きながら両の目のような球体でこちらを見据えている・・・。
と突如その両目が怪しく輝いた!
妖王   「@¥9え&GYqぽty7とpG!!」
同時に地獄の底から響いてくるような呻き声のような不気味な声を発した!
そう思った瞬間、視界いっぱいに光が広がった!
メイ   「うわ!なんだ!?」
朱雀   「けけっ!?」
目がくらんで何も見えない!
いったい何をされたんだ!
メイ   「うっ!」
突然激しく重力に引き付けられるような感覚が襲ってきた!
まるでなにかに吸い込まれているかのような・・・。
無限に続く奈落を落下しているような嫌な浮遊間・・・・・。
だんだん意識が消失していくようだ・・・・・・・・。
徐々に・・・体中の感覚が・・・・・消えていく・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・もう・・・ダメか・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・。



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