「うぃーん」
今日も朝から髭をそっている。
毎日毎日、一日に7回は剃らなくてはならない。特に剛毛というわけではない。男性ホルモンが強い男、というわけでもない。別に潔癖症でもなんでもない。だが一日に七回は剃らないと、どうしても目立ってしまう。
それくらいは生えてきやがるのだ。この髭は。



若い頃はそりゃ悩んだ。だが今はもう慣れっこだ。悩んだって仕方がないのだ。生えてくるもんは。今ではもうすっかり友達みたいなものだ。語りかけたことさえあった。

「なんでお前はこうなんだ。サイザエモン、一対お前は何を考えてそんなに生きようとするんだ」と。

こうなってくると重要なのが剃刀、髭剃りと言う事の次第になってくる。今日も今日とて電器店の髭剃りコーナーを丹念に回る俺。

「お客様、こちらは最新の永久根絶髭剃り機です。」

 なに?
俺は心の中に救いの光を見た。
 
「それ……」
「ああ、お客様。こちらはこの度新しく発売になった……」
「どういう仕組みになってるの?」
「仕組みは秘密ですが、一度剃れば永久に髭が生えてこない代物でございます」
「いくら?」
「18万円でございます」

 俺は問答無用でその剃刀を購入すると、さっそく自宅に持ち帰った。
「さらばだ、サイザエモン。お前に会うことは二度とあるまい」
 じょり。

俺のサイザエモンは小気味よい音を立てて、俺の元を去っていった。

 しばらくして俺は気持ちのいい生活を送った。余計なことに煩わされず、余計な時間も取られない。休憩時間もゆっくりと休める。なんてすばらしい人生なんだと。俺は思った。

 だがそれも3日と続かなかった。気がつけば俺は鏡や洗面台の前に立っている。長年身についた習性は恐ろしい。気がつけば、ひげそりを手に持ち、あごにそれを当てている。もうサイザエモンはこの世にいないというのに……。
 
 

 俺は人生のどん底のような気持ちをしばらく味わった。長年連れ立った、友、兄弟、が離れてしまったような孤独感を味わった。今日も無意識のうちに髭剃りコーナーへと足が運ばれていく。

「お客様、こちらはあごに当てるだけで髭がふっさりと生えてくる、最新式の逆髭剃り機です。27万円と大変お安くなっております」

 俺はその時救いの光の声を聞いた気がした。

 だが同時に思ったこともある。なんて商売上手な電器店なんだと……。





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