にひきのさかな




 ある日本の海岸に、二匹の若い魚が棲んでいた。二匹は仲が良く、ふたりで色んな話をしていた。

 ある時、一匹の魚が遠い外洋に出てみたいと言い出した。もう一匹は俺たちには無理だと必死に諭した。一匹は、もう一匹をさかんに弱虫だと言い、お前も一緒に行こうと、強く誘った。

 結局、一匹は海岸に残り、一匹は、遠い遠い海まで出かけていくことになった。
 別れの夜、魚は今までのこと、これからのことを希望一杯に話し、残る魚は寂しそうに友達を見送った。

 赤潮を越え、大きな船や潜水艦に会い、時にはくじらに飲まれ、お尻から出てきたこともあった。
 南国の海や、極寒の海に流れ着いたこともあった。嵐もなんどもなんども経験した。辛いときや苦しいとき、そして寂しくなった時思うのは、友達の魚のことだった。
 旅に出たことを後悔したときもあった。一緒に暮らせばよかったと思う時もあった。だが旅に出て良かったと思うことも数えきれないくらいあった。

 そうして何年かの時が流れ、魚は生まれ育った海岸に帰ってきた。

 仲の良かったもう一匹の魚はいなくなっていたが、その孫やひ孫たちがたくさんたくさんいて、出迎えてくれた。あの魚は釣り人に釣り上げられ、刺身にされたらしい。

 魚は、冒険の話や、釣り針を見分ける方法などを、友達の魚の子孫たちに聞かせてやった。子供たちの中には自分も冒険に出かけると言うものまでいた。
 魚はたくましくなり、随分大きな体になっていたけど、もう子供をつくる力も、もう一度外洋に出る力も残っていなかったが、俺たち二匹の命は無駄じゃなかったことの幸せを噛み締めながら、ゆっくりと海の底へと沈んでいった。



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