「オッス、俺矢じるし。え? 誰かわからないって。俺だよ俺、いつも君が動かしてる、モニター画面のこの俺さ。わかった? 改めてオッス!」
 パソコンを見つめているあなたは奇妙な顔をした。
「俺は知ってるぜ。いつも君がチェックしてるサイトも、今までどこをクリックしたかも全部。次にどこをクリックするのかも大体わかるし、俺が故意に右上に飛んでいったまま戻ってこなかったり動かなくなったりすると、妙にイライラしてるのも、たまにいくちょっとえっちなサイトも把握済みさあ。え? 気味が悪い? そういうなよ。俺はいつも君と共にいたんだ」
 矢じるしはピクッと動いた。
「いつもいつも目立たず人知れず活躍してる俺だけどさ、この前自分という存在に疑問を抱いたのさ。俺はこのままずっとちっぽけな存在で終わっちまうのかなァってさ。もう何もかも嫌になって、誰も見ていない暗闇でやけくそになって動き回っていたのさ。そしたらパソコンの旦那が言うんだ。君はいいなあって」
 パソコンは話を聞きながら静かな駆動音を出している。
「俺はなぜっ? って思ったさ。旦那こそ主役じゃないか。ひどく高性能で俺みたいなただのちっぽけな白い矢じるしなんかと比べ物にならないじゃないかって。そしたらパソコンの旦那がぼやき始めたのさ。自分こそ真の裏方だって。幾ら高性能で、幾ら働いても、誰にもわかりはしない。自分がどれだけ頑張ったって……その点君はいつも画面で動き回っていて、いつもいつも永遠に主役だって、言うのさ。いつもいつも見つめられて、いつもいつも主導権を持ってて、文章を書くときなんて君がいないと始まらないし、おまけに天使や蝶や星に姿を変えた時だってあったじゃないか、だってさ。キーボードのお嬢さんも、マウスの野郎も、モニタの相棒も、コンセントさんまでが『君が主役』って言うのさ」驚いたね俺は。
 でも俺はその時知ったのさ。俺みたいなちっぽけな存在が、パソコンの旦那みたいな大きな男に羨ましがられるような役目をいただいてるってことをさ。

「そういうわけさ、今回のことで俺はちょっと自信を持てたんで、これからも、今まで以上に頑張るつもりさ。よろしくなっ」
 ……
「っと最後に一言、いいか? 漢字を覚えろ、誤字脱字を控えめに、えっちなサイトは程ほどにな。あと半日以上の放置プレイはやめてくれ。あの時は辛かったぜぇ……ま、言いたいことはそれだけさ。それじゃって俺はどこにも行きゃあしないんだけどな。俺はいつまでもここにいるぜ。どこまでも君と共に。じゃ、そういうことで」
 矢じるしはぴたっと無口になり、いつもの役目に戻った。
 あなたは少しぼうっと驚いた顔で黙って白い矢じるしを見つめていた……。






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