私は六。
 この鈴木家の庭に定住を許された、誇り高き犬である。この家の家族は皆優しく、私は幸せだと思っている。
 しかし私には夢がある。それは……

 自分の後ろを振り返る六。
 いつの日にかこの忌まわしき暗黒の鎖を断ち切り、毎日2回のお散歩(私の最も愛すべき高貴な趣味だ)で垣間見る、憧れの世界を自由に飛び回ることだ。
 六は青くどこまでも広がる空を見上げた。

 私の名は六。
 忌まわしき鉄の鎖を解き放ち、真の自由を手に入れた勇者。その経緯は……語ると永くなるのでここでは語らないことにする。まあ、お隣の老猫、タマさんのおかげなのだが、それだけで充分伝わると思う。
 しかしようやく手に入れた楽園は、存外甘くないものだ。斉藤さんちの角を曲がって……ひとつわき道にそれて……ココは一体何処でしょう? 
 六は、どこまでも続くアスファルトの坂道を見上げた。

 私の名は六。
 犬の帰巣本能も忘れ、毎日のご飯のありがたみを思い知らされ、夜の街を徘徊する。今では鈴木家の愛犬の肩書きも失い、野良犬と同じ職業である。
 残飯というものを見つけ、ありついたのはいいが、ちょっと賞味期限は大丈夫なの? といぶかしげな表情を、たけし君(いつもご飯をくれる鈴木家の8歳児)に伝えたいのだが、たけし君はここにはいないのだ。
 それにゆっくりと食事することも出来ずに、人間とは思えない怖い人間に追い払われてしまった。
 ああ、鈴木家の外は、なんと冷たい世界なのだろう。
 六は、安息の地だった鈴木家を思い出しながら、暗闇の空を見上げた。

 私の名は六。
 愛で溢れた鈴木家を飛び出し、私など、ただの犬としか思われない、外の世界に天国を夢に見た馬鹿犬。
 自分の馬鹿に、いやはや愛想が尽きた。
 いよいよ、たけし君と一緒に観た、賢犬パトラッシュさんが旅立だった世界へひとりでいくことになりそうだ。
 なんと、情けなくさびしいことだ。

 おーい。六ぅ。

 幻聴か……たけし君の声が聞こえる。
 最後に鶏のむね肉のテリヤキが食べたかった。

 パタリ

 私は六。
 自由に憧れて、隣の老猫、タマさんにカエルとおたまじゃくしは親子なんだよ、と教えられた漢。


 私はW鈴木W六。
 私の鈴木家での過去の功績が認められ、三日も探し回ってもらい、路頭に倒れたところを発見され、無事鈴木家での元の安息の生活に戻り、鶏のむね肉のテリヤキにかぶりついている、ちょっとお馬鹿な犬。
 若気の至りから、身に染みて味わった苦労を充分に生かし、反省し私は生まれ変わった。
今度はちゃんとタマさんに、斉藤さんちの角から、家に帰るにはどうしたらいいかという、非常に現実的な問いかけをしてから、今度は、違うところに行こうと思う。
 また新たな冒険譚をキミ達に聞かせることを 約束しよう。楽しみにしていてくれ。

 おわり