魔王の実家はおもちゃやさん。
 今日は近所の子供会でプレゼントを配る日。
「マオウ。子供達が喜ぶ物を袋に入れておくんだよ。誰に当たるかわからないんだから、誰に当たっても喜べる物をね」
「わかってるよ。母ちゃん」
 魔王は赤い紙袋を前に腕を組んで、にやりと笑う。
 背後には、一筋の稲光が走る。

「ふっふっふ、おもちゃやの跡取りはこの世の仮の姿。世界の愚民に苦しみと不幸を与えるのが私の喜び」
 彼の名は魔王。魔族の王様。

 暗黒の闇の夜の暗き世界よ。
 「魔王の名において、忌まわしの暗黒生物をここに召喚すべし」

 現れたのは三匹の昆虫。
 いずれも恐ろしき形容をした、暗黒の世界の覇者。
「ふむ。余の僕たちよ。この世の愚民共の為に永遠の恐怖を与えることを約束してくれ」
 命に従って、赤い袋に収まる3王者。

「さてと、使い古された、この世の哀れなるつくもがみたちよ。今こそ復讐の時を子供達に」
 黒い炎のが床に円を描き、現れたのは、人間に捨てられた道具達。
「お前たちは、新品のおもちゃを期待している子供達に、真の絶望を与えてくれ」
 ひとりでつぶやいて、ひとりでガラクタを袋につめる魔王。
「さてと……」

 いよいよ子供会当日。

 この日を楽しみにしている子供達に迎えられて、魔王は偽りの笑みを浮かべていた。
(愚民共め。己の業の深さを悔やみ、赤い血の戦慄を味わうが良い)
「今日は魔王さんのお店から、皆にプレゼントです。日頃から、お遊戯にお歌に劇の練習にと頑張っているみんなへの、魔王さんからの贈り物ですよ」
「わーい」
(ふん。金で取引されていることは子供には内緒か。まあお前たちおとなの醜さをそのまま伝えるわけにはいかんだろうな。ふっ心配するな。今日はこの私が、この世のものとはおもえない程の恐怖を与えてやろう)
「さあ、みんな。好きな袋を手にとって。偶然にみえるかもしれないけど、どれも神様があなたのために選んでくれたプレゼントなんだからけんかしないでね」
(ふん)

「へ、ヘラクレス大カブトムシだー」
 元気なけんた君が取り出したののは、暗黒世界の王者。
「へ、ヘラクレス? この世にもいるのか……それにしても……」
「お、俺のなんて、オオクワガタだぜー」
 体格のいいだいち君が取り出したのは、地獄の2枚バサミと言われる闇の猛者。
「すっげえー」
「……大喜びしておるな」
 棒立ちで後ろ頭に汗をかく魔王。
「僕なんて、ムシキングだぜ。それにしても、これなにでできてるんだ? プラスチックでもないし、セラミックでもないし、勝手に動くし」
 不思議そうにメガネを動かすようすけ君。
「勝負するかー?」
「いいねえ」
「絶対俺の勝ちだって」
 喜ぶ子供達。
「おれなんて、昔チャンピオンが使ってたヨーヨーだぜ」
「ゆうき君わかるの?」
「ああ、雑誌でみたことあるんだ。まちがいないよ」
 嬉しそうにヨーヨーで遊ぶゆうきくん。
「これ、私がなくしたお人形。昔眠れなくてよく一緒に寝てた……ママが捨てちゃったはずなのに」
 泣いて人形を抱くさゆりちゃん。
「これ、ジョンの使ってたお皿。ジョンは死んじゃったけど……懐かしいなあ」
 大事そうに汚いお皿を抱えるみきちゃん。

 ……あんなガラクタまで喜ばれておる。どういうことだ? これでは私の思惑とは……。

 しんじ君は自分のプレゼントを手に取るとにんまりと笑ってポケットに入れた。
(どういうことなんだ? あんなゴミまで、薄気味悪いほど喜んでおる。使用済みの下着など喜ぶ子供がいるのか?)
 いぶかしがる魔王。
 心配しなくても、しんじ君は筋金入りの変態だった。

 そんな中泣き出す子供がひとり。
 さきちゃんだ。

「どうしたの? さきちゃん。どんなものでも、魔王さんが選んでくれたプレゼントなんだから、ありがたく受け取りましょう」
「うわーん」
 さきちゃんは泣き止まない。
「どうしたのかしら。ふだんはとっても優しい良い子なのに」
「それが……」
 仲良しのさゆりちゃんが事情を話す。
「なにも入ってなかった?」
 さきちゃんの赤い袋だけ空っぽだったらしい。どうやら暗黒物質を入れ忘れたようだ。
 なるほど、なにも入れないことが一番効果があるようだな。
 ひとり泣き続けるさきちゃんをじっと見つめる魔王。

「でもどうしてさきちゃんだけ……」
「俺らみんなすっげープレゼントだったのになあ?」
「きっと見えないプレゼントなんだよ」
「なーに? それ?」
「なんだろ?」
 みんなの視線が魔王に集まる。

 さきちゃんも泣き止んで視線が魔王に釘づけだ。
「うぐっ」
 なぜか追い込まれた魔王。
 私は不幸を届ける為にやってきたのだ。なにも、なにも臆することはないではないか。これでいいのだ、これで。よし。
 覚悟を決めた魔王。

「大当たりー。さきちゃんはこのプレゼントの中でたったひとつの大当たりです。ウチのお店の、なんでも好きな物を、さきちゃんがすきなだけ持っていっていい券を進呈します」
 懐から、カラフルな暗黒世界のレンタルビデオ割引券を取り出す。
「なんて、書いてあるの?」
「読めないね」
「でも良かったね。さきちゃん」
「でも……」
 しんじ君が心配そうに言う。
「そんなにもらっちゃったら魔王さんのお店がなくなっちゃうよ」
 シーンとなる子供達。
 涙を拭いてさきちゃんが言う。
「だいじょうぶ。まおうさんちに大きな黒い熊のぬいぐるみがあったでしょ?」
「ああ、うん」
「私、あれが欲しい。あの子だけでいい」
「あれだけでいいの?」
「うん」
「じゃあ券を。」
「はい」
 両手で魔王に渡すさきちゃん。

 笑顔になるみんな。
「良かったね、さきちゃん」
 喜ぶさゆりちゃん。
「いいなあ、さきちゃん」
「大当たりだもんね」
 うらやましがる友達に得意そうなさきちゃん。
「今日貰いに行ってもいい?」
 魔王の右手をそっと掴む。
「ああ、いいよ。ゴメンね辛い思いさせて」
 首を振るさきちゃん。
「ビックリした分嬉しいからいい」
 さきちゃんは魔王の手をぎゅっと握った。

 愚民共めー。私はお前たち全員に分け隔てなく平等に、不幸を届けるのがお仕事なのだ。たったひとりを泣かせても意味ないわ。呆けっ。愚民共見ておれ。今に……お前たち全員に暗黒の鉄槌を。
 固く固く、己のドス黒い鉄の心臓に誓い、落ちる稲光を背景に、さきちゃんの手を優しく握る魔王であった。

おわり