クリスマスの聖なる夜
 たくさんのサンタクロースが赤鼻のトナカイを連れて、多くの子供達のところを訪れていた。

 だが、今の世の中はクリスマスの闇夜を、たくさんのブラックサンタが駆けていた。
 ブラックサンタは良くない子供をみつけて、あまり喜ばれないプレゼントを届けるのが仕事。
「あ〜あ〜なんでこないな仕事についてしもたんやろか。子供に愛を届ける仕事に憧れて、サンタの職についたっちゅうのに」
 灰色の鼻を持った、相棒のブラックトナカイが答える。
「おじいさんは、生前あまり良くない人生を送られたからですよ。大学受験と同じように、生前、あまり人生で徳を学ばなかった方は、死後のこの世でもあまりいい職には就けません。それが決まりなんですよ」
「せやかて……」
 灰色の相棒に愚痴をもらす。
「そないなことちゃんとゆうてくれんとわからんやないか」
「偉い人達が何度も言ってきかせてくれたとおもいますけど」
「あないなもん信じるやつがおるとはおもわんやないか」
「でも、中にはちゃんと信じて行動している人がいて、死んだ後も、ああして幸せそうに働きながら、子供達にプレゼントを配って、また徳を積んでいるんですよ」
 上空を見上げると、赤い服に白い髭の、優しそうで幸せそうなサンタクロースが忙しそうに飛び回っている。
「ああいうエリートにはもうわしはなれんのかなあ」
「ふふ、時間は自分の好きなだけ使えますよ。それに仮にもサンタになれたんですから、あなたは随分マシなほうですよ。
みなさい地上を。
朝から晩までコンクリートの中で働いて、他人の為になるどころか、自分の欲を満たすという狭い世界しか頭にないひとを……ああいうひとはずっとああいう暮らしを続けていくんです。そしてああいう暮らしを不満に思いながらも、心のどこかで、それに満足していて、それ以外の世界を求めない。」
「不幸な人達やなあ」
「いいんですよ。ああいう人達は、それでしあわせなんです。さあ、おじいさんの仕事は、ああいうことを幸せと感じさせないように、しっかりと子供達に教えることですよ」
「最近の子供は難しいからなあ」
 ふうとため息をつく。
「いまはちょっと変わった時代ですからね。でも、がんばって」
「わかってまんがな」
 雪も降らないただ黒いだけの闇夜を駆る。

「ここかあ。アカン子がおるのは……」
 ちょっと大きなおしゃれな白い家。
「アカン子だなんて。アカン子にしないのがおじいさんの仕事ですよ。子供の名前はより子ちゃんです、さ」
「うぃー」
 煙突の少ない現代、サンタに与えられた特殊技能、すりガラスすりぬけを使い、窓から侵入する。
「暗闇に黒服で、どうみても悪人やなわし、まあしゃあない、コノ子にはと、ビックリ飛び出す生ゴミ箱?なんや、やっぱり悪いことはできんもんやな。こないなもんクリスマスにもろうたら、そりゃショックやわ」
 綺麗に包装された四角い箱をまじまじと見る。
「アンタ、誰?」
「うわい」
 暗闇から声をかけられて、心臓が止まるかと思ったおじいさん。
「なんや? キミ、より子ちゃんか? アカンで。子供がこんな夜遅くまで起きてたら。何時やおもてんねん」
「今時夜更かしする子供なんて珍しくないよ」
 暗やみにぼんやりと見えるのは、ピンクのパジャマの小さな女の子。熊のぬいぐるみを右手に……抱いていると言うよりは、ただ持っている。
「あんたドロボウ? サンタクロースみたいな格好してるけど……それでごまかしたつもり?」
「じょーだんはあきまへんで。サンタでっせ。正真正銘のサンタクロースやないけど、とりあえずは一人前のサンタや」
「えーー? なにそれ。証拠は?」
「証拠って……プレゼントや。ほれ」
 さっきの中身が生ゴミの綺麗な箱を取り出す。
 「デパートで買えるじゃん」
「うぐっ」
 返す言葉もない。
「せやかて……えーと、そや怪いやろ? わざわざこないな黒服で。サンタに化けるつもりやったら、普通の赤い服でかまへんやないか。だから、わしはちょっと訳ありサンタなんや」
「やっぱり怪しいわ」
 せやろなあ、我ながら情けない言い訳や。アカンナアわし。
 自分の黒い髭をいじる。
「でも、その通りね。普通の赤い服のほうがどう考えても都合がいいものね。
訳有りなのはわかるわ」
 通じたで――今時の子は理屈っぽいだけかとおもうてたけど、自分でなにか考えてんのかも知れんなあ。
「より子ちゃんはもう寝るんやで。そうしたらわしがプレゼントを置いておくから、朝になったらあけるんやで」
「うん」
ベッドにはいって、布団に小さな体を潜らせる。
「こんな夜中になにしてたんや?」
「パパとママが帰ってこないかなあって」
「おとんとおかんはおらんのか?」
「うん。いつも夜は遅くて……でも、うちはお金はあるし、幸せだし、ベアちゃんもいるし、それに慣れちゃったから」
「……」
「でも、クリスマスだから、誰かに会いたくて……そしたら……」
「うん?」
「黒いサンタさんとお話できたから、それでいいの。おやすみ」
壁を向いて目をつぶるより子ちゃん。
ぶわっと涙を流す黒サンタ。

「おい、トナカイ」
「なんですか? おじいさん。終わりました?」
「わしゃあほんとにあの子にこのプレゼントを届けにゃならんのか」
「そうですよ。神様の決まりですからね」
「しかしわしゃあどうみても、あの子はそんな悪い子に見えんのやけど……」
「また情に流されたんですか……それはあなたのいいところですけど、見なさい自分の姿を」
 自分の全身を包んでいる厚い真っ黒い服を見る。
「それがおじいさんの姿、役目。あなたは嫌われ者の役を任されているのですよ」
「せやったなあ」
 自分の黒い姿に落ち込むおじいさん。
「さ、次のアカン子が待っていますよ。手早く」
「でも、わしの子供の頃より賢くて、良い子で、わしはとても……」
 ピシャンと窓を閉められる。
「なんて冷たい相棒や。この中で一番の悪人や」
 トナカイをうらめしそうに思った後、ベッドを振り返ると、より子ちゃんはもう眠っていた。
「すまんなあ。でもわしもより子ちゃんも神様に嫌われる、なにかアカンことをしたみたいや」
 生ゴミのつまったプレゼントを枕元に置く。
「プレゼントいうのは、貰うほうがうれしいだけや、おもてたけど、ありがとうて言うてもらえる、あげるほうがうれしいんやな。わし知らんかったわ。ええなあ、赤いサンタクロースは」
 自分の生前の行いを後悔しながら、より子ちゃんの部屋を去ろうとするおじいさん。
「うん…………ありがとう」
 寝言で聞こえた女の子の小さな声。
「アカン、わしはサンタになってもアカン子みたいや」
 自分の置いたプレゼントを掴み、一階の台所に降りる。
 ゴミ袋の中で、箱を開けると、四方に勢いよく飛び散る生ゴミ。
「わしは、クリスマスに、あの子にこんなプレゼントを届ける仕事をしとるんか。なんて残酷な商売や」
 心にぐっさりとなんにもみえないものが刺さるのを感じて、おじいさんはつくづく悲しくなった。
 外側だけがきれいで、内側の汚れた箱を洗う。
「代わりに……なんかないか、なんか……」
 暗い部屋を見渡す。
 テーブルの上に、ハギレが数枚。
「これや。わし裁縫は得意なんや」
 素早く手持ちの針と糸で、ハギレを縫い合わせて、小さな服を作る。
「なんも、あげられへんけど、これで堪忍してや。こんなわしを許してや」
 ちいさなちいさな、箱には不釣合いな服を縫い上げて、包みなおした箱に入れてより子ちゃんの枕元に置いた。
「良い子になって、来年は、お互いええプレゼントをもらおな」
 窓の外で急かしながら待っているトナカイに飛び乗ると、おじいさんは次のアカン子目指して手綱を入れた。
「どうしたんですか? 変な顔しちゃって」
 ブラックサンタのおじいさんは自分が喜んでいるのか悲しんでいるのか、よくわからないまま飛び続けた。

次の日の朝

「あら、へんねえ。どうして生ゴミがこんなに……」
「お、より子。どうしたんだベアちゃんの洋服、かわいいじゃないか」
「へへへ」
 パパとママと、ちいさな、でもとてもかわいらしい洋服を着たベアちゃんと4人で食べるちょっと嬉しい朝食。
 より子ちゃんは今日なら、嫌いなグリンピースがでても食べられる気がした。