不思議な気配を感じる。

後を歩いていたはずの仲間の気配が感じられぬ代わりに感じる何者かの気配。

「どうしたんだよ・・・」

湧き上がる不安を拭いきれぬままに京梧は振り返る。その瞬間・・・

 

 

 

 

 

 


肆章

 

 

 

 

 

 

 

 

つい先ほどまでいたはずの、暗い洞窟。しかし今いる場所は・・・?

洞窟とは比べ物にならぬ整備された屋敷。しかしその場所に見覚えは無い。

京梧は当たりを見回す。

「どうなってんだ・・・」

「ど、どこだ、ここっ!」

ふいに聞こえた風祭の声に、ここにいるのが自分だけでない事を理解した。

「おい!小鈴!!寝ている場合かよっ!!」

風祭の声から戸惑いが滲み出ている。只ならぬ様子に小鈴が飛び起きる。

「ここ・・・どこ?洞窟で振り向いた所までは覚えてるんだけど・・・」

どこか心細げな声だった。

「なんだ、この臭いは・・・」

京梧の言葉に風祭も小鈴も周りを見渡す。

「か、火事!!」

「でも、おかしいぜ。この炎熱くない・・・?」

風祭が怪訝な顔をする。

確かに、これ程までに燃え盛る炎の中にいながらも、京梧たちにその熱は全く伝わっては来なかった。

次の瞬間突然現れた光景。数人の武将たち。その顔に見覚えは無かったが、そのうちの一人が発した名前

に京梧は聞き覚えがった。

「明智だと?」

京梧たちの耳に突然笑い声が聞こえる。

「疑心暗鬼に裏切りに、弑逆叛乱人のみが醸す・・・愉快よのう・・・」

その声の主に風祭が思わず声を上げた。

「てめぇは、百鬼!!」

「知ってんのか!?」

「前に一度闘ったことがある。そん時は逃げやがったけどな・・・」

「なるほど、武蔵、十兵衛に続く刺客ってわけか。」

どこか楽しげな京梧の声。百鬼もまた面白げに笑う。

「全く、役にたたねぇやつらだ。一人も殺せず地獄に舞い戻りやがった!だがなぁ、俺様は違う。戦国のお

偉いを手本に、お前らも地獄に落としてやる!」

「けっ、裏切った明智光秀が信長を討つ、本能寺の変が俺達の手本たぁ、奇怪な事を言ってくれるじゃねぇか。」

あくまでも楽しげな笑みを崩さぬままの京梧に、百鬼はニヤリと笑う。

「まあ、せいぜい楽しませろよぉ」

そう言って姿を消す百鬼。その瞬間から聞こえ出す声。それは間違いなく目の前にいる仲間の声。

しかし普段からは考えられぬ、その言葉に京梧が眉をひそめる。

そして自分自身からも思いとは裏腹の言葉が出る。

『なんなんだ、これは!』

そうは思っても自然と口からつむぎだされる言葉は、留まることを知らない。

京梧の目に涙を滲ませる小鈴の姿が目に入る。

『違う、これは俺の言葉じゃねぇ!』

心の中でそう思っても、それは言葉にならなかった。

「あーあ、こいつら全く駄目だ。敵の術中に、はまっちまってるよ。あ、そうか。これを機会に、こいつらを

殺っちまえば百鬼に下手人をなすりつけりゃいいじゃんか。第一俺は鬼道衆が龍閃組なんぞと手を組むなんて、

はじめから気に入らなかったんだよ。」

風祭の声に、京梧と小鈴の顔色が変わる。

「てめぇ・・・」

京梧の顔に怒りが浮かぶ。

しかし、自分の言いたい言葉を口に出す事が出来ない。風祭だけでなく、小鈴も京梧もまるで操られているか

のように、口が勝手に動くのだ。

『そう言うことか・・・』

ようやく京梧が気付いた。楽しませろとはそう言う事なのだ。どうやら、小鈴たちもそれに気付いたようだ。

しかし、気付いても口から出てくる言葉は、仲間達を口汚く罵る言葉だけ。

「もうイヤだ・・・助けて・・・」

ついに小鈴の瞳から涙が溢れ出す。

「助けてよ・・・緋勇クン・・・」

何故彼の名前が出たのかは、小鈴にはわからない。だが、助けを求めずにはいられなかった。

誰かではない、“彼”に。

「いいぞぉ。もっとやれぇ!!」

高笑いしながら現れる百鬼の姿。必死に止めようとするが、京梧たちは既に彼の術中にはまっているのか、

百鬼に指一つ触れる事すら出来ない。

「きゃぁぁぁぁ!」

小鈴の叫び声。そして・・・

「うげぇぇぇぇ!・・・お前はぁ!!」

驚愕したような百鬼の声に、京梧達は自分が自由を取り戻した事を自覚した。

その場所は既に本能寺ではなく元の洞窟だった。

 

 

 

 

 

 

「ぶっ殺してやる!!」

怒りに満ちた風祭の声だった。小鈴の表情にも怒りが浮かんでいる。

「百鬼・・・許さないんだからっ!」

しかし、そんな彼らの様子にあくまでも不遜な笑みは絶やさず百鬼は笑う。

「全く残念無念。まさか柳生様の気にかけてらした野郎がここまでのモンとは思わなんだぁぁ!!」

「ふざけないでよ。お前だけは絶対に許さない。」

怒りに震える小鈴の言葉に答えるように、京梧も風祭も百鬼をにらむ。

「おっとぉ・・・お前らの相手は俺じゃねぇ・・・」

「なんだと・・・」

百鬼の言葉に京梧が顔をしかめた。

「そうだろぅ・・・緋勇・・・!!」

「!!!!」

現れたその姿を見間違うはずは無かった。それは間違いなく自分が斬った人。

「憎いんだろうぅ!!お前を殺した奴らに復讐したいだろぅ!!」

百鬼は声高らかに言う。現れた龍斗の瞳には憎悪が浮かんでいる。

先ほどまでの威勢は何処へ行ったのか、京梧たちは動く事が出来なかった。

『龍斗はお前達を憎んでいるぞ!!』

天斗の残した言葉が脳裏に甦る。

『もし目の前に緋勇クンが現れたら・・・』

武蔵が現れた時の小鈴の言葉。そして、今それが現実に起こっている。

京梧は呆然としたまま、剣を降ろした。

闘わなければならない。ここで立ち止まる訳にはいかない。

そう頭では理解していても、どうしても戦う気がおきないのだ。

京梧は、心の中で一つの決意を固めていた。

「こいつらの事は・・・許してやれ。お前を斬ったのは俺だ。だったら、お前が復讐すべきは俺だけでいい

はずだろ?」

不思議と穏やかな気分だった。

あの時、天斗に言ったのと同じ言葉を京梧は言う。

決して諦めではない。後は他の者達が何とかしてくれる。ならば、自分ひとりがいなくなっても大丈夫だ。

「京梧!!」

小鈴が泣きそうな声で叫んだ。そんな彼女に京梧は笑う。

「後は・・・頼むな・・・」

そんな京梧の決意を小鈴は止めることが出来なかった。隣で風祭がただじっとその様子を見ている。何故止

めないのだろうか。もしかしたらさっきの言葉は本心だったのだろうか。そう思ったが言葉にはならなかった。

「あんた・・・誰だ?」

冷めた口調で言ったのは風祭だった。

 

 

 

 

 

 

驚いたように小鈴も京梧も風祭を見る。龍斗はただ無表情でこちらを見つめてくる。

「だからさ、あんた誰だ?」

再び言葉を繰り返す風祭に、京梧は何を言ってるんだというような表情をした。

「たんたんはさぁ・・・そんな目はしない。あいつの事、俺は好きじゃないけど、誰かを憎むなんて事は無い

って事は解るぜ。少なくとも、あいつは今あんたが身に纏っているような氣を持ってない。」

淡々と語る風祭に京梧は驚きを隠せなかった。

「馬鹿だよなぁ、俺も。今の今まで気付かなかった。あいつが俺達を憎んでる訳無いんだよな・・・なあ誰だ

よ、あんたは?」

少し考えるそぶりを見せ、そしてやっと気付いたという風に風祭が言う。

「・・・あ、そっか。お前百鬼か・・・」

ふいに目の前の龍斗の気が歪む。何処までも禍々しい気配が、一気に膨らんだ。

避けきれない・・・京梧は思った。

「去呀!!」

次の瞬間、目の前の龍斗に向かって膨大な力が放たれる。

「劉クン!」

現れた劉の姿に、小鈴が目を丸くした。

「大丈夫か?」

振り返りもせずに、劉が言う。その視線は龍斗にむけられたままだ。次の瞬間には龍斗の姿が一瞬にして

歪む。現れたのは百鬼の姿。その表情は忌々しげに歪んでいた。立ち向かわねばならないのに、京梧は動

けないままだった。

風祭はそのとき自分に語りかけてくる声を聞いた。小さくため息を付いて。どこか投げやりな、しかし嬉

しげな声で言う。

「しかたねぇな・・・力を貸せば良いんだろ?」

「俺も力を貸す・・・」

劉の言葉に、次の瞬間巨大な氣が膨れ上がった。

「神龍天昇脚!!!」

言葉と同時に、巨大な氣の塊が百鬼に向かって放たれた。

「ちぃっ!!」

舌打ちと共に、百鬼はその場から姿を消す。

「逃がしたか・・・」

悔しそうな風祭の言葉だった。その時、不意に劉が口を開いた。

「あいつの所に行くんだろ?こっちは俺に任せて・・・行け。」

そんな劉の言葉を聞いて、風祭も笑って言った。

「御屋形様になんかあってみろ。ただじゃすまないぞ!!」

小鈴も京梧も怪訝な顔をした。劉と風祭が語りかける方向には誰の姿もない。いや、誰もいないわけではな

かった。

「緋勇クン・・・」

「嘘だろ・・・」

京梧も小鈴も呆然と呟いた。そんな彼らの様子をちらりと見て、かすかに笑うと龍斗はその場から消える。

「・・・ずっとそばにいたぜ。そして、ずっとあんたらを護ってた。あんたらが気付かなかっただけで。」

そんな京梧たちに劉が憮然と言った。

「俺達が・・・あいつを亡霊に仕立て上げてたって事か・・・」

自嘲ぎみな京梧の言葉だった。

「本当にボクらは・・・緋勇クンのこと何も理解して無かったんだね。」

小鈴は何処までも悔しそうだった。

「みんな、大丈夫かな・・・」

「大丈夫だろ。たんたんが護ってるんだ。死ぬ訳がねぇ」

笑みを浮かべながら風祭は言う。

「そうだね・・・」

小鈴もようやく笑った。

「ありがとう、風祭クン。劉クンも・・・」

笑顔のままで礼を言う小鈴に、風祭は少し恥ずかしげに顔を逸らした。

そんな様子に、再び大きく笑いながら、小鈴は龍斗が消えた方向に向かって言う。

「さっきも助けてくれたんだよね。あたしが助けてっていった時。嬉しかった。本当にありがとっ、

龍斗クン!!」

答える声は無かったが、それに答えるように暖かな風が吹き抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

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