一言で言えば、その男の容貌は奇妙であった。

全身に黒い衣装を身に纏い、顔は頭巾に隠れて全く見えなかった。

唯一見えるのはその瞳だけ。

しかし、その瞳は憎悪に溢れている。

それは心弱きものであれば、その視線だけで人を殺めることも出来るのではないかと思えるほど

の憎悪であった。

幸いな事に、そこには夜更けであるためか、誰もいなかったのだが。

男は暗い瞳でその町並みを静かに歩く。

街は静けさに包まれている。

決して晴れる事の無い暗い闇は、その男の姿を更に闇へと覆い隠している。

男は静かに歩みを進め、ようやく目的の場所にたどり着く。

そこに在る小さな墓標。

それ見つめるとその瞳をさらに憎しみにゆがめた。

そしてその場から消え去った。

 

 

 

 

 

 

壱章

 

 

既に昼に近い時刻であるにもかかわらず、まるで全てが色を失ったように、あたりは闇に包まれていた。

それが幾日も続いた。

人々に暖かさを与えるべき日の光は、黒い雲に覆われ続け、その光が人々を照らすことは無い。

美里はかじかむ手にそっと息を吐きかけ、急ぎ足で龍閃寺に向かった。

柳生宗嵩と名乗る男の出現から数日。

龍閃組と鬼道衆。

今まで敵対していた二つが、一つの敵を倒すべく手を組むべきだと主張する美里の言葉に対し、彼らは

自分達で何とかするという、その想いを捨てきれぬままに、決別したのだった。

そのことに美里は酷く落胆した。

今まで敵対していたとはいえ、鬼道衆という存在を美里はどうしても憎みきる事が出来なかった。

もちろん彼らが今までしてきた事を思えは、わだかまりを捨てきれぬものではないのだろう。

しかし今、江戸という自分達の居場所を護る為に出来る事は、些細なわだかまりを捨て真に歩み寄る事

なのだ。そうでなくては、あの強大な敵に勝てるはずが無い。

この数日の間、何度も仲間たちにそう訴えかけたが、結局は何事も出来ぬままに時間ばかりが過ぎていった。

柳生の居場所を探るべく、仲間達はここ数日の間、寝る間も惜しんで走り回っている事を美里は知って

いる。しかし、何一つとしてわからないままなのだ。

恐らくそれは鬼道衆も同じ事なのだろう。

今のままでは結局何一つ進まないのだ。

「このままでは・・・いけない・・・」

美里は小さく呟いた。

 

 

 

 

 

 

どこと無く重い雰囲気に包まれた龍泉寺。

「私達は共に戦うべきではないの?柳生という強大な敵がいる以上、今こそ一つになって江戸を護ら

なければ、きっとこの闇は晴れない・・・」

美里は仲間たちに幾度も訴えた。

一体何度この話をしたのだろうか。

しかし結局、仲間達の誰もが鬼道衆と手を組むことを良しとはしなかった。

「手を貸して欲しいというなら、向こうが手をついて頭を下げてくりゃいいんだよ。そうすりゃ俺た

だって、手を貸してやならいでもねぇ。」

京梧は吐き捨てるように言う。

「俺は・・・俺はあいつ等がやったこと、許す事はできねぇ!」

それが何を指しているのか、美里は何となく解る気がした。

そしてそんな京梧の言葉に、雄慶も小鈴も納得したように頷く。

「たしかにそうだ。人を鬼に変生させたのは、柳生であったとしても、それ以上に多くの人が傷つい

事には変わりは無いのだ。」

「そりゃあさ、ボク達だって一緒に戦えればって思わないでもないけどさ、向こうだってボク達の事

拒絶したんだよ。」

どれほどに訴えても仲間達の言葉は決して覆る事は無かったのだ。

もしここに、彼がいたら・・・

そう思っても仕方の無いことだとは解ってはいても、美里は思わずにはいられなかった。

「私達は・・・本当に決して分かり合えないのでしょうか・・・」

もう何処にもいないその人に美里は問い掛けずにいられなかった。

「うちは・・・」

ふいにかけられた声に、美里は思わず振り返る。

そこには所在無さげに佇む真那の姿。

「うちは別に、あいつ等と手を組んでもいい思うんや。」

真那の言葉に美里は目を丸くする。

「泰山もおるしな。」

そういえば、彼女は妹の真由と共に泰山と親しくしていたのを美里は思い出す。「それに・・・ひー

ゃんもそれを望んでるいう美里の言う言葉、何となくうちも解る気がする。多分ひーちゃん、あい

つらの事、それからあいつ等の村のことを好きだったと同じくらい、うちらの事も、この寺のことも

好きだったと思う。」

そんな真那の言葉に、美里は一瞬どう反応すれば良いのか戸惑う。

「なんで・・・そう思うの?」

小さく問い掛けれた声に、真那は輝くように笑って答える。

「だって、ひーちゃんが美里達を見てる時の顔、凄く優しかった。」

美里は思わず目を見開いた。

この幼い少女は、常に彼の傍にいた自分よりもずっと彼を良く見ていたのだろうか。

彼のことを・・・少なくとも自分達よりも理解していたのだろうか。

しかしそんな感情などおくびにも出さず、美里は優しく微笑んだ。

「そうね・・・」

美里の笑みを見て真那も笑う。

「じゃ、うちは帰るね・・・」

笑顔のままで真那はそのまま走り去る。そんな彼女の後姿を見送りながら、美里は少し悲しげな瞳で

に言うとも無く小さく呟いた。

「私は、皆絶対に解りあえる・・・そう思うんです・・・緋勇さん」

何故だか、彼なら今の自分の気持ちを解ってくれるのではないか・・・そう思えてならなかった。

『できますよ・・・』

遠い昔に彼はそう言った。

龍斗はあの頃から解っていたのではないだろうか。

真に闘うべきは鬼道衆と龍閃組ではないと言う事に。

そして美里は、数日前の出来事を思い出す。

 

 

 

 

 

 

「礼は言わない。俺達は俺達の護るものの為に戦うだけだ」

そう言った京梧の言葉に、天戒は答える事は無かった。

彼が何を考えているのかは何となく解る気はしたが、京梧はあえてそれを無視した。

鬼道衆が自分達を救うべく、この龍閃寺に現れた時、京梧達は確かに存在したもう一つの時間を思い

出していた。

緋勇龍斗という人物が、龍閃組に存在していなかったもう一つの時間を。

戸惑いを隠す事は出来なかったが、その時間もまた確かに存在していたのだと言う事だけは、何故だ

か理解できた。

不思議だった。

彼の存在しない龍閃組は京梧を含む、美里と雄慶。そして小鈴の4人だけだったのだ。もちろん今の

仲間達とも確かに出会ってはいた。

しかし、結局はその想い相容れぬままに決別したものたちばかり。

だが、龍斗一人存在するだけで、これ程までに多くの仲間たちが集ったのだ。

その違いを京梧はどうしても理解できなかった。

彼が自分達には無い何かをもっていたのは理解できる。

しかし、結局の所、最後の最後まで自分達を拒絶し続けていたのは彼自身。

京梧はそれ以上考えるのを止めにする。変わりに、率直な疑問を口にした。

「で、あんた達はこれからどうするつもりだ?」

あくまで挑発的な言葉だった。

「変わらぬさ。俺達は俺達の信じるもの、護るもののために奴と闘う。そう言ったのはお前ではないのか?」

どこか淡々と語る天戒の言葉に、京梧も「そりゃそうだ」と頷く。

そんな様子に美里が思わず声を上げる。

「私達は、共に戦うべきではないのですか!?」

その言葉に、京梧も天戒も彼女の顔を見る。

「柳生の力は余りにも強大です。江戸を護る為にわたし達は、力を合わせて立ち向かうべきではない

のですか?きっと緋勇さんだって・・・」

「あんたに!!あんたに・・・たーさんの何が解るって言うんだい?」

美里の言葉に、桔梗は声を荒げた。その言葉に美里は思わず黙りこくる。

そう、自分達は最後まで彼を理解する事は出来なかった。理解しようともしなかったのだ。

彼の本当の心を少しでも理解できていたなら、彼はここにいたのかもしれないのだ。

「別に、あんた達のせいであの子が死んだなんて思っちゃいないさ。いや、むしろ私たちのせいなん

だろうさ。でもね、だからこそ全てのわだかまりを捨ててあんた達と戦うなんて・・・出来るはずが

無い。第一あんた達だってそうなんじゃないのかい?あたし達のことを許せるとでも?」

そう言って唇をかみ締める桔梗の言葉に、美里は何も答える事が出来なかった。

結局は何一つ歩み寄る事も出来ぬままに双方共に、戻るべき所へ戻っていっただった。

 

 

 

 

龍閃組と鬼道衆の下に、幕府顧問の円空より書簡が届けれれたのはそれから、数日後のことであった。

 

 

 

 

 

 

 

弐へ