七章

 

 

誰もが、固唾を飲んでその光景を見守った。

天斗に向かって振り下ろされた天戒の剣は、常人であれば避ける間もなく相手に届いていたであろう。

だが、彼の剣先は決して相手に届くことは無かった。

その切先は完全に空を切っていた。

驚いたことに、天斗といえば殆ど動いた様子は無い。僅かに体をずらしただけだった。最小限の動きで

天戒の剣を交わしたその体捌きに誰もが感動すら覚えた。それ以上に・・・

「見事な腕だが・・・お前の負けだ」

天斗は無表情で言う。

誰もが一瞬首をかしげた。確かに天斗は完全に相手の動きを見切っていた。だからと言ってそれだけで、

相手の負けを宣言できるものだろうか?

そんな中、唯一人京梧だけが呆然としていた。その額からは冷や汗が滲み出ている。

美里達は京梧の視線の先を追い、そして驚愕した。

天斗のその拳は既に天戒の心臓の位置を捉えていた。

恐らくは最初から拳を放つつもりなど無かったのだろう。

その気があれば、彼が剣を避けた次の瞬間には、天戒は血の海に沈んでいたはずだ。

「お前一人では勝てない。勝ちたいと思うならば、遠慮はいらない。全員でかかれ。でなければ、お前

達は抵抗も出来ないままに死ぬ。」

次の瞬間に、天戒は再び天斗に向かって切りかかる。

ほぼ同時に、九桐も動いた。

天戒の剣を今度は避けずに手甲で受け止め、そのままはじき返すと同時に次の瞬間には九桐の腕を掴み、

背後に回りこんだ。

「そう簡単には盗ませてはやらんよ・・・まあ、お前程度では盗んだとしても、その力を完全に模写す

ることは出来ないだろうがな。」

そしてその背中に技を放つ。

「信じられない・・・たったあれだけで、九桐が相手の技を写身しようとしていたのを見抜いたっての

かい・・・」

桔梗が目を見開いたまま呟いた。

しかも天斗といえば、先ほどいた場所から全く動いていないのだ。

「強ぇ・・・」

構えながらも京梧はまったく動くことが出来なかった。

その額には汗が滲み出ている。

 

チリン

 

何処からと無く、再び鈴の音がする。

 

 

 

 

 

 

 

「言っただろう。勝つ気があるなら全員でかかって来いと。」

顔色一つ変えないままで天斗は言う。

今度こそ京梧は天斗に向かって一気に駆け出した。

同時に、雄慶も動く。そしてその場を動かぬままに小鈴が弓を構えた。

しかし京梧の剣が振り下ろされる前に、天斗は彼の腹に拳を叩きつける。剣を振り下ろすことも出来

ぬままに、京梧は雄慶のいる方向に弾き飛ばされる。そのまま京梧と雄慶は地面に叩きつけられた。

すかさず小鈴がその弓を放つが、あっさりとその弓をその手で掴んだ。

とその次の瞬間・・・

「・・・なかなかやるな・・・」

九桐の槍がいつの間にか天斗の首を捕らえていた。

「動くな・・・動けば首が落ちる。出来ないと思わないことだ・・・」

荒い息の中で九桐は言う。

「自分を殺そうとする相手に、動くなと言う暇があれば、あっさりと殺すべきだな。その甘さが命取り

だ。最も、その程度ではどうにもならんがな」

そのまま素手で九桐の槍を握りしめる。その拳に傷一つつける事無く、次にはその槍は粉々に砕かれて

いた。

「馬鹿な・・・」

 

「全く・・・話にならないな。お前ら本当にその程度の力で柳生に勝つつもりでいたのか?だとしたら

御笑い種だ。あの男も愚かであるには違いないが、少なくともお前らの何倍も強いぞ。」

どこか楽しげに天斗は言う。

悔しいが、誰もが今の自分達では勝てる気が全くしなかった。

どう足掻いても、この相手には歯が立たないと思わざるを得ない。

 

チリン・・・

再び鈴の音が響いた

 

「止めて・・・」

それはとても小さな呟きだったが、天斗は聞き逃さなかった。

そこには穏やかな表情で比良坂が立っている。

「貴方にはわかっている筈です・・・自分のやろうとしている事が何の意味もなさない事も、例え彼ら

を殺めたとしても、貴方の心が晴れることは決してない事も。」

比良坂はどこまでも穏やかに言う。

「お願いです・・・もうこれ以上誰が傷つくのを見るのも嫌なんです。」

その瞳から一筋の涙が零れ落ちる。

そして再び小さく呟く。

「   」

その呟きはあまりに小さくて、他のものの耳には届かなかったが、その言葉に天斗は目を見開いた。

「お前・・・」

その次の瞬間には、天斗はその構えを解き、その拳を下ろした。

 

 

 

 

 

 

天斗が構えを解いた瞬間、比良坂は力尽きるようにその場に崩れ落ちる。

それを寸でのところで、天斗は支える。

「解っているさ・・・俺のやろうとしている事が無駄なのだと言う事は。」

どこか穏やかに天斗は言う。

「自分が一番愚かだと言う事も解っている。でも、このやり場の無い怒りをどうすることも出来なかった。

・・・あいつ等が、ただ許せなかった。それ以上に・・・何も出来なかった俺自身が一番憎かった。」

「天斗さん・・・」

美里がいたわるような視線を向けた。

「あいつが・・・この江戸を・・・好きだと言ったと・・・本当にそう言ったのか?」

「はい・・・以前に一度たずねたことがあります。」

 

 

それは、彼が亡くなる少しだけ前の話。

「緋勇さんは・・・江戸が好きですか?」

龍斗は驚いたような顔で美里を見た。

彼女の瞳には何の含みも感じられない。恐らく単に聞いてみたかったのだろう。

龍斗は、躊躇いも無く頷いた。

美里は少し以外だったが、何故だかそれがとても嬉しかった。

「ここは・・・とても温かいから・・・ここに住む人たちも・・・」

表情こそ全く動く事は無かったが、どこか穏やかな表情だと美里は思った。

「貴方がそう思ってくれていて・・・とても嬉しいです」

輝くような笑みを美里は浮かべた。

 

 

「あの時の彼の顔を私は忘れる事が出来ません・・・彼は少なくとも、この街をとても愛してくれてい

たと・・・私は信じています。」

どこか遠い表情で言う美里の言葉に、天斗はそっと目を伏せた。

「そうか・・・」

そして、腕の中の比良坂を見つめると、彼女を抱え京梧達の前に行く。

気を失ったままの彼女を京梧渡すと、天斗はそのまま踵を返した。

そしてそのまま振り返ることも無く歩きだす。

ふと思い出したように、天斗は立ち止まる。

京梧達に背中を向けたまま言う。

「・・・あいつは・・・お前達を許しはしないだろう。」

その瞬間、誰もが目を見開く。

「忘れるな、龍斗はお前達を憎んでいるぞ!!」

振り返らぬままに、それでも精一杯の憎しみを込めて天斗は叫ぶ。

そしてそのまま、振り返る事無くその場から立ち去った。

後に残された者達は、唯呆然と天斗が消えた方向を見つめ続けていた。

 

 

 

七へ


やはり戦闘シーンは苦手・・・
なんだか、何故こんな話になったのかどんどん解らなくなっていく。
当初の目的は、龍閃組と鬼道衆が反発しながらも
共に戦うようになる経緯を書きたかったのに・・・