七章
誰もが、固唾を飲んでその光景を見守った。 天斗に向かって振り下ろされた天戒の剣は、常人であれば避ける間もなく相手に届いていたであろう。 だが、彼の剣先は決して相手に届くことは無かった。 その切先は完全に空を切っていた。 驚いたことに、天斗といえば殆ど動いた様子は無い。僅かに体をずらしただけだった。最小限の動きで 天戒の剣を交わしたその体捌きに誰もが感動すら覚えた。それ以上に・・・ 「見事な腕だが・・・お前の負けだ」 天斗は無表情で言う。 誰もが一瞬首をかしげた。確かに天斗は完全に相手の動きを見切っていた。だからと言ってそれだけで、 相手の負けを宣言できるものだろうか? そんな中、唯一人京梧だけが呆然としていた。その額からは冷や汗が滲み出ている。 美里達は京梧の視線の先を追い、そして驚愕した。 天斗のその拳は既に天戒の心臓の位置を捉えていた。 恐らくは最初から拳を放つつもりなど無かったのだろう。 その気があれば、彼が剣を避けた次の瞬間には、天戒は血の海に沈んでいたはずだ。 「お前一人では勝てない。勝ちたいと思うならば、遠慮はいらない。全員でかかれ。でなければ、お前 達は抵抗も出来ないままに死ぬ。」 次の瞬間に、天戒は再び天斗に向かって切りかかる。 ほぼ同時に、九桐も動いた。 天戒の剣を今度は避けずに手甲で受け止め、そのままはじき返すと同時に次の瞬間には九桐の腕を掴み、 背後に回りこんだ。 「そう簡単には盗ませてはやらんよ・・・まあ、お前程度では盗んだとしても、その力を完全に模写す ることは出来ないだろうがな。」 そしてその背中に技を放つ。 「信じられない・・・たったあれだけで、九桐が相手の技を写身しようとしていたのを見抜いたっての かい・・・」 桔梗が目を見開いたまま呟いた。 しかも天斗といえば、先ほどいた場所から全く動いていないのだ。 「強ぇ・・・」 構えながらも京梧はまったく動くことが出来なかった。 その額には汗が滲み出ている。 チリン 何処からと無く、再び鈴の音がする。 * 「言っただろう。勝つ気があるなら全員でかかって来いと。」 顔色一つ変えないままで天斗は言う。 今度こそ京梧は天斗に向かって一気に駆け出した。 同時に、雄慶も動く。そしてその場を動かぬままに小鈴が弓を構えた。 しかし京梧の剣が振り下ろされる前に、天斗は彼の腹に拳を叩きつける。剣を振り下ろすことも出来 ぬままに、京梧は雄慶のいる方向に弾き飛ばされる。そのまま京梧と雄慶は地面に叩きつけられた。 すかさず小鈴がその弓を放つが、あっさりとその弓をその手で掴んだ。 とその次の瞬間・・・ 「・・・なかなかやるな・・・」 九桐の槍がいつの間にか天斗の首を捕らえていた。 「動くな・・・動けば首が落ちる。出来ないと思わないことだ・・・」 荒い息の中で九桐は言う。 「自分を殺そうとする相手に、動くなと言う暇があれば、あっさりと殺すべきだな。その甘さが命取り だ。最も、その程度ではどうにもならんがな」 そのまま素手で九桐の槍を握りしめる。その拳に傷一つつける事無く、次にはその槍は粉々に砕かれて いた。 「馬鹿な・・・」 「全く・・・話にならないな。お前ら本当にその程度の力で柳生に勝つつもりでいたのか?だとしたら 御笑い種だ。あの男も愚かであるには違いないが、少なくともお前らの何倍も強いぞ。」 どこか楽しげに天斗は言う。 悔しいが、誰もが今の自分達では勝てる気が全くしなかった。 どう足掻いても、この相手には歯が立たないと思わざるを得ない。 チリン・・・ 再び鈴の音が響いた 「止めて・・・」 それはとても小さな呟きだったが、天斗は聞き逃さなかった。 そこには穏やかな表情で比良坂が立っている。 「貴方にはわかっている筈です・・・自分のやろうとしている事が何の意味もなさない事も、例え彼ら を殺めたとしても、貴方の心が晴れることは決してない事も。」 比良坂はどこまでも穏やかに言う。 「お願いです・・・もうこれ以上誰が傷つくのを見るのも嫌なんです。」 その瞳から一筋の涙が零れ落ちる。 そして再び小さく呟く。 「 」 その呟きはあまりに小さくて、他のものの耳には届かなかったが、その言葉に天斗は目を見開いた。 「お前・・・」 その次の瞬間には、天斗はその構えを解き、その拳を下ろした。 * 天斗が構えを解いた瞬間、比良坂は力尽きるようにその場に崩れ落ちる。 それを寸でのところで、天斗は支える。 「解っているさ・・・俺のやろうとしている事が無駄なのだと言う事は。」 どこか穏やかに天斗は言う。 「自分が一番愚かだと言う事も解っている。でも、このやり場の無い怒りをどうすることも出来なかった。 ・・・あいつ等が、ただ許せなかった。それ以上に・・・何も出来なかった俺自身が一番憎かった。」 「天斗さん・・・」 美里がいたわるような視線を向けた。 「あいつが・・・この江戸を・・・好きだと言ったと・・・本当にそう言ったのか?」 「はい・・・以前に一度たずねたことがあります。」 それは、彼が亡くなる少しだけ前の話。 「緋勇さんは・・・江戸が好きですか?」 龍斗は驚いたような顔で美里を見た。 彼女の瞳には何の含みも感じられない。恐らく単に聞いてみたかったのだろう。 龍斗は、躊躇いも無く頷いた。 美里は少し以外だったが、何故だかそれがとても嬉しかった。 「ここは・・・とても温かいから・・・ここに住む人たちも・・・」 表情こそ全く動く事は無かったが、どこか穏やかな表情だと美里は思った。 「貴方がそう思ってくれていて・・・とても嬉しいです」 輝くような笑みを美里は浮かべた。 「あの時の彼の顔を私は忘れる事が出来ません・・・彼は少なくとも、この街をとても愛してくれてい たと・・・私は信じています。」 どこか遠い表情で言う美里の言葉に、天斗はそっと目を伏せた。 「そうか・・・」 そして、腕の中の比良坂を見つめると、彼女を抱え京梧達の前に行く。 気を失ったままの彼女を京梧渡すと、天斗はそのまま踵を返した。 そしてそのまま振り返ることも無く歩きだす。 ふと思い出したように、天斗は立ち止まる。 京梧達に背中を向けたまま言う。 「・・・あいつは・・・お前達を許しはしないだろう。」 その瞬間、誰もが目を見開く。 「忘れるな、龍斗はお前達を憎んでいるぞ!!」 振り返らぬままに、それでも精一杯の憎しみを込めて天斗は叫ぶ。 そしてそのまま、振り返る事無くその場から立ち去った。 後に残された者達は、唯呆然と天斗が消えた方向を見つめ続けていた。 |
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七へ |
やはり戦闘シーンは苦手・・・
なんだか、何故こんな話になったのかどんどん解らなくなっていく。
当初の目的は、龍閃組と鬼道衆が反発しながらも
共に戦うようになる経緯を書きたかったのに・・・