終章
(結局何も解決せずか・・・) 孔明の部屋を後にして、馬超はとぼとぼと長い回廊を歩いていた。 「あ・・・」 見覚えのある人物を見かけ、思わず馬超は立ち止まる。 向こうもどうやら馬超に気付いたようで、しかし彼は立ち止まる事も無く、会釈すらもする事無く、 そのまま歩いていく。 「待ってください、趙雲殿!」 思わず声をあげ、ようやく趙雲は立ち止まった。 「何かご用ですか?」 そっけない物言いに、本当に立場が逆転してしまったと馬超は心の中で苦笑いする。 「・・・劉備殿から・・・貴方の話を聞いて・・・」 馬超の言葉に趙雲は軽く目を見開く。 「申し訳ない!!」 回りに人がいるにもかかわらず、馬超はその場に土下座する。 趙雲はそんな馬超に目を丸くする。 「殿から・・・何を聞かれたのですか?」 感情のこもっていない淡々とした調子で趙雲は訪ねる。 「いえ、貴方の妹御が亡くなられたことを・・・」 「そうですか・・・」 何処か悲しげな瞳で、趙雲は呟いた。 そして優しく笑う。 「あの・・・立っていただけますか?皆が驚いています。」 言われて初めて馬超は回りに人がいた事に気付く。 途端に顔を真っ赤にする馬超に、趙雲は思わず声を殺して笑う。 「・・・笑う事は無いだろう・・・」 拗ねたように言う馬超に、それでも趙雲は笑いが止まらないらしく、口を手で抑え必死で笑いを 止めようとする・・・が・・・ 「すみ・・ませ・・・」 どうやら止まらないらしい。 「おい・・・笑いすぎだぞ・・・」 憮然という馬超にようやく落ち着いたのか、趙雲は再び 「すみません」 と馬超に詫びる。 こいつのこんな顔を見たのは初めてだな、と思い (本当に俺は・・・コイツに惚れてるんだな・・・) と自覚せざるを得なかった。 「俺はアンタ惚れている!」 唐突な告白に、趙雲は思わず目を丸くする。 馬超の顔を見るに、どうやらからかわれているわけではないようだ。 趙雲は一瞬考える。 そして静かに口を開いた。 * 「で?」 明らかに興味本位、面白半分で尋ねてくる張飛に馬超は苦笑いを浮かべる。 「断られたよ。他に思う方がいるってな・・・」 思ったよりもあっさりと馬超は言った。 「そりゃあ残念だなぁ!」 ガハハハと笑う張飛をねめつけるも、馬超はそれ以上何を言い返すこともしない。 からかわれているのだろうが、不思議と嫌な気がしないのは、張飛の言葉に裏表が無く、またその 言葉の奥にかすかないたわりを感じる事が出来るからだ。 「ま・・・これですっきりした。」 「意外に諦めがいいんだな、おめぇは。」 意外そうに目を丸くする張飛に、馬超は「まさか」と不適に笑う。 「俺は諦めは悪い男だ。」 そんな馬超を見て、張飛はニヤリと笑う。 「・・・まあがんばんな。相談ぐらいはのってやるさ。」 「お断りだ。アンタみたいに口の軽い奴に相談なんぞするか。」 そう言ってこちらもニヤリと笑い返す馬超に、張飛は再び豪快に笑った。 * 「随分と変わられたようですね・・・馬超殿は。」 孔明の言葉に、玄徳は「そのようだな」と笑う。 「さすがは趙雲殿と言った所でしょうか」 玄徳は静かに微笑んだ。 「アレは別に・・・心から怒っていた訳ではないからな。別に計算している訳でもないが、 昔から・・・人の心を解きほぐすのが上手かったな。」 懐かしむような玄徳の言葉だった。 「それにしても・・・面白いものです。彼も私と同じ事をするのですから。」 「そういえば、お前も周りに人がいるのにも気付かずに、土下座したのだったな。」 「・・・本当に不思議な方ですね。あの方といると、心の闇など一気に払拭してしまう。」 「そうだな・・・昔からそうだったよ、アレは。・・・昔から・・・」 「殿・・・?」 表情が曇った玄徳を孔明は怪訝そうに見る。 「すまぬが・・・少し一人にしてもらえるか・・・」 孔明はそのまま何も言わずに一礼すると、そのまま玄徳の部屋を後にする。 一人残された玄徳は、静かに俯いた。 「そう・・・アレは昔から・・・儂はアレの笑顔を見ているだけで・・・幸せだったのだ・・・」 搾り出すように玄徳は呟いた。 「子龍よ・・・お前は儂を・・・決して許しはすまい・・・」 回りには誰もいなかったが、玄徳は誰かに語りかけるように言う。 「すまない・・・子龍・・・」 玄徳は唇をかみ締める。 「すまない・・・お前が誰よりも愛し、誰よりも幸せを願ったお前の妹を儂が修羅に引きずり込 んだ・・・本当にすまない子龍・・・美霞・・・」 そしてようやく顔を上げるとあの日と同じ澄渡った空を見上げる。 「子龍・・・わが生涯の友よ・・・どうか美霞を護ってやってくれ。」 * 玄徳は周りが炎に包まれても身動き一つする事ができなかった。 同じ日にともに死のうと約束した義弟達には申し訳ないとは思ったが、このままここで死んでも いいとすら思えた。 「美霞・・・」 腕の中の少女の名を呟く。 とその時・・・ 「ん・・・」 玄徳は目を見張った・・・ 「めい・・し・・あ・・・」 「お兄ちゃん・・・?」 玄徳はその両目から涙があふれ出るのを感じた。 「なんで・・・泣いてるの・・・?」 苦痛に顔をゆがめながらも、美霞は玄徳に問い掛ける。 玄徳はそれ以上言葉を発する事は出来なかった。 ただ、少女を抱きしめた。 「子龍兄さんは・・・?」 玄徳は一瞬どう答えるべきか迷うが、意を決したように言った。 「ああ・・・俺の部下が無事を確認した。先に無事な所まで逃げた。だから・・・」 美霞は悲しそうに顔をゆがめる。 恐らくは玄徳の嘘に気付いているのだろう。 しかしあえて、それに気付かない振りをする。 「そう・・・よかった・・・」 美霞はそのまま崩れるように意識を失う。 一瞬玄徳は真っ青になるが、かすかにまだ呼吸があることに安堵する。 「絶対に・・・死なせはしない・・・」 決意したように美霞を抱きしめると、そのまま少女の体を抱き上げ走り出した。 目が覚めた美霞は、目の前の玄徳の顔を見てどうやら全てを悟ったらしい。 「兄さん・・・死んだのね?」 何の感情も浮かべずに言う美霞に、玄徳はただ「すまない・・・」とだけ呟く。 そして起き上がると、そっと自分の胸を見る。 そこには深く大きな傷があった。 「傷、きっと消えないね・・・」 「そんな事・・・」 無いといいかけるが、それを遮るように静かに美霞が言葉を発する。 「お兄ちゃん、私・・・人殺した・・・」 美霞の言葉に、玄徳は微かに目を見開いた。 「夢中だったの。気付いたらあの人死んでた・・・」 一体何があったのか、玄徳には解らなかったが、彼はただ静かに少女の言葉を聞いた。そして 微かに震えるその手に、己の手を重ねる。 「まだ・・・あの感触が残ってる・・・きっと一生忘れられない。」 「美霞・・・」 「私達はもう戻れないね。あの3人で笑っていた頃には・・・」 美霞の言葉に、玄徳はハッとする。 「美・・・」 「美霞は死にました・・・あの時、伯珪さまと共に・・・」 美霞の真意を測りかねて玄徳は怪訝な顔で美霞を見る。 「私は趙子龍・・・これからは兄の名を・・・名乗ります。二度と美霞を名乗るつもりはありません・・・」 「美霞!」 「美霞は・・・死にました・・・」 涙一つ流さずに少女は言った。 「すまない・・・」 「貴方のせいではありません・・・・」 少女はそう言ったが、それでも玄徳は言わずにはいられなかった。 「すまない・・・」 そういって少女を静かに抱きしめる。 「今だけだ・・・」 搾り出すような玄徳の言葉に、少女は悲しげに顔をゆがめる。 「これからはお前を趙雲として接する。だから今だけは・・・すまない・・・美霞・・・」 「お兄ちゃん・・・」 玄徳の腕の中で、美霞はそっと空を見上げる。
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8へ |
やっと終わりました。
馬超に真実を知らせて終わるべきか、知らせないまま終わるべきか・・・
最後まで悩みましたが、結局知らせないままということで・・・
っつーか、ついにやったよ。
趙雲の性別変えちゃった・・・
そう言うの苦手な人がいたら、すみません・・・
実を言えば、当初の目的は、馬超に対して子龍が切れる話を書きたかっただけなのに・・・
まあ目的は果したからいっか・・・(をいっ)
いえ、趙雲って人物は実は玄徳よりも年上らしいという話で、
しかも無双でも、結構早い時期から登場しているんですよね。
日本においての趙雲は若武者ってイメージが強いけれど、中国に於いては老将らしいし・・・
趙雲に兄がいるというはなしも、たま〜に聞くけど、本当かどうかは解らない・・・
ちなみに、この話に出てくる趙雲(兄の方)は、私が三国志というものに興味を持った時から、
ずっと抱いていた彼のイメージです。
口は悪いけど、何処か憎めない爽やかな兄ちゃん。
と言う事で、兄子龍は書いていて楽しかったです。
また番外みたいな感じで、玄徳と馬鹿やりあってる兄子龍を書きたいな・・・なんて。
え?書かんで良いって?・・・すみません・・・
最後にここまで付き合ってくださった皆様、ありがとうございます。
途中更新が遅れまくってすみません・・・