死んだ人間には敵わない。

そんな話をよく聞くが、まさしくその通りだと思う。

私には、決して勝てない人物がいる。

その人物が生きていれば、あるいは・・・とも思うが、生憎その人物は当の昔に死んでいる。

だからだろうか・・・

その人に決して勝てる気がしないのは・・・

 

 

 

面影

 

 

 

曹丕はただ我武者羅に歩いた。

体中いたるところから血が流れ出ている。

既に意識は朦朧としていて、このままでは間違いなく死ぬだろうと言う事が理解できた。

(死にたくない・・・)

そうは思っても、仲間の姿はどこにも見えず、自軍の陣地までたどり着くだけの体力も既に無かった。

(まだ死にたくない・・・まだ俺は・・・)

認めてもらってはいないのだ。

偉大な父・・・というには御幣があるのだろうか。

兄の曹昂が死んでから、曹丕は否応無く曹操の嫡子となった。

別段それを望んだ事は無かった。

むしろ、そんなものが欲しいと思った事は一度も無かった。

決して勝てなかった兄。

父が兄に対して、想像以上の期待をかけていた事は、幼い頃から理解できた。

兄のようになりたいと思い、父が兄に期待に満ちた言葉をかけるたびに、自分もまた父に褒めら

れたいと思っていた。

その兄が父を救う為に死んだ時、もしかしたら父は自分に期待をかけてくれるかもしれないと、

幼いながらにそう思った。

だが、父にとっては兄以上の嫡子はいなかったのだ。

曹丕はその事に酷く落胆した。

何故自分は父に認めてもらえないのだろうと、酷く悲しかった。

落胆はやがて絶望に変わり、決して勝つ事が出来ない兄へ、自分を認めようとはしない父への憎悪

へと変わっていった。

しかし、憎めば憎むほど、そして強く為ればなるほどに、胸を過ぎるのは満足ではなく、むしろ虚

しさだけ。

 

やがて父が一人の武将を連れてきた。

見事な髭を携えたその男を、彼はとても気に入っているようだった。

関羽と名乗ったその男を父はとても厚遇し、結局他人にすら叶わない自分に、酷く苛立ちを覚えた。

父が関羽を護衛に白馬城に行くと聞いた時も、なんでもないという顔をしながら、心の中は関羽へ

の嫉妬に溢れていた。

―何故あの場所に立つのが自分ではないのだ・・・

 

そんな乱れた心であったからだろうか。

背後から忍び寄る敵に気付く事が出来なかったのは。

気が付けば、数人の武将に取り囲まれ、何とか応戦し全ての武将を叩き伏せるも、自身が受けた傷

がかなり多く、城に戻ろうと辺りを見回したが、そこは見覚えの無い森の中だったのだ。

「俺は・・・結局兄にも・・・あの男にも勝てない・・・」

息も絶えだえに自嘲気味に呟いて、曹丕はその場に膝をつく。

既に目も霞んでまともに見えない。

「俺は・・・死ぬのか・・・」

自分が死んだら、父は兄のようまでとは行かなくとも、少しは悲しんでくれるのだろうか。

そんな事を考えながら、曹丕はその意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

趙雲は微かな声を聞き逃さなかった。

「誰ですか・・・?」

問い掛けてみるが、答えは返って来ない。

 

 

公孫?が袁紹により滅ぼされてから、寄るべく主を失った趙雲は、ただ諸国を流浪していた。

いつか出会った、もしかしたらこの人ならば・・・と思った人物、劉備を探してはいたものの、

彼の消息は一向にわからず、風の噂にあの曹操が袁紹と事を構えると聞いた時、趙雲はいても

立ってもいられずに、その決戦の場所へと向かった。

別に曹操に仕える気に離れなかったし、亡き主の仇を討ちたいと思ったわけでもなかった。

多分主はあだ討ちなど望んではいないのだから。

そう、ただ袁紹の最期を見届けたいと思ったのだ。

かつて一度は仕え、誰よりも敬愛した主を殺したその男の最期を。

曹操と袁紹の戦いは、どちらに分があるかは火を見るよりも明らかで、遠目から見ただけでも、

もはや彼に先が無いと言うのは理解できた。

戦に加わる気も起こらず、この場に用はないとばかりに近くの森へと入り込んだ時、ふと人の声

が聞こえた気がした。

 

 

趙雲はもう一度辺りを良く見渡した。

先ほどの声が気のせいだとはどうしても思えなかった。

もしも、たんなる話し声であったのなら、趙雲は躊躇いもせずにその場から離れただろう。

だが彼の耳に届いたのは、うめき声。

まるで誰かに救いを求めるかのような声を、どうしても捨て置く事が出来なかったのだ。

茂みをそっと掻き分け、もう一度辺りをじっと見渡す。

「あ・・・」

人の姿は見えなかったが、趙雲の目に入ってきたのは、明らかに乾ききっていない鮮血だった。

その血は、ただ森の奥へと続いている。

趙雲はその血を注意深く探りながら、その人物が向かったであろう森の奥に向かって歩いていった。

 

 

 

 

 

 

その血を見つけてから程なく、趙雲はその人物を見つける事が出来た。

恐らくはまだ自分よりも少し上くらいだろうか。

しかしその表情を見た瞬間に、趙雲の目は驚愕に開かれた。

「はく・・けい・・・様・・・」

一瞬彼が生きていたのかと思い、しかし記憶の中の公孫?に比べれば、彼がとても若いことに気付く。

「もし・・・」

趙雲はそっと声をかけるが、その人物は既に意識が無いようだった。

見れば体中いたるところから流れ出ている血が、彼の怪我の酷さを物語っていた。

出来ればきちんと手当てできる場所に運んだ方がいいのだろうが、その様な時間が惜しまれるほど

に、その男は衰弱している。

「まず止血をしないと・・・」

そう思い、趙雲はおもむろに自分の着物の一部を切り裂く。

治療できるものを持っていればよかったのだが、生憎と彼は自分の武器とわずかばかりの金しか持

ていなかった。

馬にくくりつけていた水を急いで取りに行き、彼の傷を丁寧に洗うと、先ほど切り裂いた布で、丁

に止血していく。

大よその手当てが済んだ所で、彼を抱えようとするが・・・

「重い・・・」

自分も一応武将の端くれではある。力はそれなりにあるとは思っていたのだが・・・

誰かの手を借りようにも、辺りには人一人見当たらず、もしいたとしても戦の混乱の中である、彼

の味方兵ならばともかく、もしも敵に見付かったりでもしたら・・・

趙雲はしばし考えると、彼が身に纏っている鎧を外す。

外し終わった所で、必死の思いで、彼を馬へと引きずり上げた。

男の顔は苦痛にゆがみ、その額からは脂汗が流れている。

傷のせいだろうか、どうやら発熱もしているようだった。

「急がなければ・・・」

そう呟くと、趙雲は近くにある町に向かって馬を走らせた。

 

 

 

 

 

 

 

ニへ


ついにやってしまいました。丕趙第一弾。しかも続いてるよ。
いつもの事ながらかなり捏造入ってます。
っていうか、曹丕ファザコン?別人だよこれは・・・(汗)
白状します、私のぴー(曹丕)のイメージはヘタレです。
初めて無双のぴーを見た時は一瞬、これが曹丕?とか思いました。
・・・にもかかわらず、今は子龍に次いで好きなキャラ・・・
恐るべし光栄・・・