面影 参
夜半過ぎ。 ふと目を覚ました趙雲は、寝台に曹丕の姿が無いことに気付く。 もしかしたら、自分の居場所へと帰ったのかもしれないと思いつつ、それでも宿の中を探し、 中庭におられましたよという宿の主人の言葉に、中庭へと向かう。 中庭で静かに佇む曹丕の姿をみつけ、しかし趙雲は思わず立ちすくむ。 「伯珪様・・・」 その姿は余りにも亡き人に良く似ていて、趙雲は一瞬声をかけることが出来なかった。 よく見れば、全くの別人だと言う事が解るのだが、ちょっとした瞬間や、仕草を見るたびに、 その人に本当に似ていると思う。 「趙雲か・・・」 振り返りもせずに言う曹丕に、趙雲は少しホッとしたように息を吐く。 「探しました・・・」 「少し風に当たりたかった」 曹丕の隣まで行き、その横にそっと腰掛ける。 「俺には・・・母の違う兄がいた。」 唐突に話し始めた曹丕に、趙雲は微かに驚いた。 そんな趙雲に気付いたのか、曹丕は微かに笑い言葉を続ける。 「兄はとても立派で出来が良くてな・・・俺はそんな兄にいつも嫉妬していた。父もそんな兄に 多大な期待をかけていたようで・・・どうやったら兄のようになれるのだろうか。どすれば兄の ように父に期待をかけてもらえるのかと、いつも必死だった・・・兄を越えたい。父に認められ たい。それだけだった。だが、ある日兄が死んだ。父を救おうとして・・・戦死した。その瞬間 から兄は決して越えられない存在になってしまったのだ。父はどれほど俺が必死になろうと俺を 兄ほどに認めようとはせず、父は俺よりも他人を信頼し、俺を傍に置こうともしなかった。」 「・・・」 「死んだ人間には敵わない・・・とはよく言ったものだな。」 そう言って自嘲気味に笑う曹丕の手を、趙雲はそっととる。 「貴方の父上は・・・多分貴方を認めていないのではなく、貴方を失いたくは無いのではないで しょうか?貴方の兄上が亡くなったことで、また子を失うような悲しみを味わいたくないと・・・ 貴方を認めていない訳でも、信頼していない訳でもなく・・・貴方をとても愛しているのだと思 いますよ。それが親と言うものではないですか?」 もしこれが他の人間に言われたのであれば、曹丕はバカにするなとその手を振り払っていたのか もしれない。 だが、何故だか・・・いや趙雲の言葉だからこそ、そうなのかもしれないと、初めてそう思えた。 「そなたの想い人は・・・何故死んだ?」 「殺されました・・・」 「・・・そうか・・・」 「あの方は・・・弱い人だったから・・・。私はあの人のためなら、何時死んでも構わなかった のに、あの人はそんな私の想いには気づいてはくれませんでした。誰の想いにも・・・気付こう とはしなかった。最期の瞬間まで・・・私はあの人が死んだ時、一緒に死のうと思ったんです。 でも、最期の時、あの人は言ったんです。」 「なんと言ったのだ?」 「生きてくれ・・・と。生きろ、では無く生きてくれと・・・」 なるほどな、と曹丕は思う。それが命令ではなく、彼の人物の最期の願いだからこそ、趙雲は死 ななかったのだ。 「今は昔出会ったあるお人を探しているんです。あの人ならあるいは・・・と思ったので・・・」 「だから俺の申し出を断った訳か。」 「はい」 そう言って笑う趙雲の顔を、曹丕は眩しげに見つめた。 * 「本当に・・・大丈夫ですか?」 近くまで一緒に行きましょうか?と尚も心配げに自分を見る趙雲に、曹丕は思わず苦笑いをうかべる。 「大丈夫だ・・・世話になったな。何か礼でも出来れば良いのだが。」 「私があの人に似ている貴方を勝手に助けただけです。だから気になさらないで下さい。」 そう言って微笑む趙雲に、曹丕は幾度目を奪われたのだろうか。 「どうかお気をつけて・・・」 「お前も・・・早く探し人が見付かるといいな。」 そう言って曹丕は思いついたように、自分の耳に付いていた耳飾を取る。 それを趙雲に投げる。 「これは・・・」 「母の形見だ。お前にやろう。」 「しかし・・・」 「返すなよ。」 「・・・ありがとうございます。」 そんな趙雲を満足げに見て、曹丕は馬に乗ろうとする。 「俺が意識を失っている時・・・ずっと声をかけていてくれたのだな。アレは夢だと思っていた のだが・・・昨晩お前と話していて解った。」 「・・・・・・」 「そうだ、俺の名は曹丕だ。前は字しか教えてなかったのでな。」 「曹丕殿・・・」 趙雲が呟いた所で、考えてみれば彼が一度も自分の名前を呼んではいなかった事に曹丕は気付く。 「まあ、どうせなら子桓と呼べ。お前にならそちらの方が良い。俺もお前を字で呼ぶ。」 「はい・・・子桓殿。」 趙雲の言葉に満足したように、曹丕は不適に笑った。 そしてそのまま趙雲の肩を抱き寄せ口付ける。 「!!」 趙雲は突然の事に目を丸くしたまま、曹丕を見つめた。 そんな趙雲を見つめニヤリと笑い、曹丕は馬に跨った。 「お前には心から感謝する、子龍。」 それだけ言い残し曹丕は勢いよく馬を走らせる。 そんな曹丕を見送りながら、ようやく我に返った趙雲が静かに微笑んだ。 「感謝するのは・・・私のほうです。貴方のおかげで・・・私も吹っ切れました。 あの人の事を・・・ありがとうございます子桓殿。」 すでに、曹丕の姿は見えなかったが、彼の去った方を見つめ趙雲は小さく呟いた。 * 「この大馬鹿者がぁ!!!」 数日振りに帰り、曹丕の姿を見咎めた曹操の最初の一言がこれであった。 しかも、曹丕を含めた回りのものが思わず耳を覆ってしまうほどの大声で。 「この数日どれだけ探したと思っている!無事なら無事で連絡ぐらいせんか!どれだけ心配したと 思っているんだ!!!」 口をはさもうにも、留まる事無く小言がつらつらと飛び出してくるため、曹丕は言い返すことすら 出来なかった。 「それくらいにしたらどうだ。孟徳。」 そんな曹操を宥めるように、夏候惇が仲裁に入る。 「仲裁するなら、もっと早くしろ・・・」 「・・・何か・・・言ったか・・・?」 ギロリとにらまれ、曹丕は思わず言葉に詰まる。 いつもならば、ここで言い返すところだが、さすがに今回は自分の分が悪い。 「孟徳がどれだけ心配していたかお前は知らないだろう。少しは反省しろ。」 「心配・・・父が・・・か?」 信じられないと言った顔で言う曹丕に、夏候惇はため息を付く。 「心配しないはずが無いだろう。少しは父親のことも考えてやれ。ここ数日はほとんど寝てい ないんだぞ。」 『貴方の父上は・・・貴方を愛していると思いますよ』 夏候惇の言葉に、ふいに趙雲の言葉が胸を過ぎる。 「すまなかった・・・」 妙に素直に詫びる曹丕に、未だにぐちぐちと言っていた曹操も、思わず目を丸くする。 自分でもらしくない事を言ったと自覚しているだけに、テレを隠すかのようにおもむろに 曹丕はそのまま立ち上がる。 「疲れたから休む・・・」 ぶっきらぼうにそれだけを言い残し、父と夏候惇の顔を見ることもせずに自分の部屋へと戻っ ていった。 数日振りの自分の寝台に横になると、曹丕は趙雲のことを思い出す。 「そういえば・・・探す人物が誰かぐらいは・・・聞いておくべきだったか・・・」 今になってそう思うが、今更それを言った所でどうにも為らないのだ。 だが、曹丕には趙雲にまた会えるという確信があった。 「また会おう・・・子龍・・・」 そう言って目を閉じると、曹丕はそのまま眠りに付いた。
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ニへ |
別人曹丕&操様(汗)
なんか、本当に丕趙なんだろうか・・・?
ぴー様相変わらずヘタレだし、子龍さん未練がましいし・・・
ちなみにタイトルの面影は、
ぴーにとっての義兄であり、子龍にとっての公孫讃(文字が出ないのであえてこの文字で)