出会ったのは偶然だった

あの雨の日、間違いなく二人は出会った

それは運命の出会いと呼べるもの

ならばそれは、決して偶然ではなく必然と言えるのかもしれない

 

 

 

終 章


 

 

 

その日、九角天戒は部屋にこもったまま誰にも会おうとはしなかった。

 

 

 

あの時ようやく再会した仲間たちが、心配げに自分達にかけよってくるが、そんな彼らにす

ら、何の言葉をかける事も出来なかった。

たいした傷は無いが、傷以上に心が痛かった。

不安げに声をかけてくるその言葉すら、煩わしく感じる。

交わす言葉も無いままに鬼哭村に戻ると、そのまま誰に言うとも無く、一人部屋へと戻った

そんな天戒を誰もが心配げに見つめていたが、しかし今までとはあまりに違うその様子に、

かける言葉を見つけることが出来ず、ただ呆然と彼の後姿を見送るしかなかった。

天戒はそんな彼らに、心の中で詫びながらも、しかしどうしても今だけは誰とも関わる気に

なれなかった。

少なくとも、“彼”を知らないままの彼らには・・・

 

 

初めて龍閃組と対峙した時に出会った、初めて会ったはずのその人。今まで仲間達から、そ

の人となりは聞いていたが、目の前に現れたその姿を見た途端、ひどく胸が痛んだ。しかし

何故だか、胸につかえていたシコリがやっと取れた気がした。

何時の頃からか感じていた違和感。

いつも傍にいたはずの人がいない、そんな感覚。

だがどうしてもその理由がわからなかった。

しかし、彼と会ったその瞬間に過ぎる優しい思い出。誰よりも愛していたはずの人。

何よりも自分はあの時死んだのではなかったのか。

龍閃組との戦いに於いて受けた傷は、桔梗の力でも癒しきる事は出来なかった。

あの男と会ったのは、それから数ヶ月経っていたにもかかわらず、その戦いの最中にも、受

けた傷は再び開き血を滲ませていた。

だからだろうか・・・殆ど抵抗も出来ぬままに、奴に殺されたのだ。

それ以上に自身の力が無かったのかもしれないが。

しかし後悔は無かった。

大切な者を護る為に死んだのだから。

それなのに・・・

 

何故?どうして?・・・胸に過ぎるのは疑問ばかり。

しかし愛する人は、その問いに答えることなく逝ってしまった。

 

あの雨の日に確かに出会った筈の彼の人は、同じ雨の日に、その思い出と共に天戒の前から

消えた。あの場で再会するその瞬間までは。

しかしそれは、出会いではなく別離。

 

「若。どうかされたのですか?皆が心配しています」

いつの間に現れたのか、心配げに自分を見る九桐の気配にすらまったく気づく事が出来なか

った事に、我ながら気落ちしたものだと思う。

「若・・・?」

返って来ない答えに、九桐はあえて何も言わずその言葉を待った。

「尚雲。お前は龍を、覚えているか・・・?」

「え?・・・誰ですか?・・・」

ようやく返ってきた、しかし予期せぬ天戒の言葉に思わず首を傾げる。しかし、その名前に

覚えは無い。

「そうか・・・」

そう言ったきり、再び口を閉ざした天戒を見て、ここは一人にしておいた方がよいのかもし

れないと、音をたてないように部屋を後にする。

九桐はその襖を静かに閉じた時、はっと気付く。

 

―龍―

 

確かにその名に聞き覚えは無い。少なくともこの鬼道衆にその文字を持つ人間などいなかっ

た。

しかし九桐にはその人物に一人だけ心当たりがあった。

しかし、その人物は仲間ではなく間違いなく敵。

「まさかな・・・」

そう思い直し部屋の中の天戒を気遣い、音を立てぬように、そっとその場を離れた。

再び一人になった天戒の、固く握り締めた手がかすかに震えていた。

 

 

 

 

 

 

九桐が去った後も、天戒は何をする気にもなれなかった。

今まで、徳川への復讐のためだけに戦ってきた。そして、この村に住む者達にも、その復讐

を果たさせてやりたいと、その為だけに突き進んでいたのだ。

しかし、ある日突然現れた少年は、そんな想いを一気に払拭させる程に、自分の心に入り込

んできた。

そんな彼に戸惑いを覚える事も多く、しかしそれは決して悪い気はしなかった。

いつの頃からだろう、そんな彼を護りたいと思うようになったのは。

あまり感情を表に出す事は無かったが、それでも稀に見せるその微笑に強く惹かれ始めたの

は。

その人を、愛しいと思うようになったのは・・・

初めて出会った、心から護りたいと・・・愛していきたいと思った大切な人・・・

 

 

 

―決して償えぬ・・・・

 

 

 

 

出会ったのは偶然だった。

でもそれは決して偶然では無い必然。

目を閉じると、思い浮かぶのは引いても尚押し寄せる小波のごとき懐かしく、そして優しい

想い出。

行き場を無くした想いは、果たして何処に行くのだろうか。

しかし、その心に残る確かな想い。

 

 

 

 

 

 

 

 

二つの時が再び交わるのは、まだ少し先の話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空に咲く花  完