思い出話に花を添えて
幾つかの戦を経た。
あの黒い忍装束の者が誰であるのかは終ぞ知れず。
そして変わらぬ空席があった。
自分は妻をめとり、娘もできた。
本来ならば息子をと思うところであろうが、人々は自分によく似ているといった。
・・・娘なのだ、どんな顔になろうというのだ。
そんな折だった。
主の護衛として、信長公の所へのに参った。
人数はとても少なく、小姓が一人と己を含めた護衛が4人。
主は「忠勝がいれば問題は無いと思うがの。」と明るく言うてくだされたものの・・・・それでいいのだろうかと疑問が残る。
ともあれ少人数の旅は実に気ままで、今小競り合いが一段落しているせいか酷くノンビリしていた。
「お蘭とどちらが綺麗かのう・・・。」
信長は傍らに控える自慢の小姓と家康の後ろに控える群青に白い狩衣に近いような格好をした小姓を見比べた。
年こそは信長の小姓が若い。
しかし美しさはまた別の種類だろう。
少女を思わせる明るく利発な面差しを持つ信長の小姓と、艶やかな黒髪をただ後ろで結った静かな水面のような家康の小姓。
そのまだ後ろに控えていた忠勝は、退屈と言っては少々語弊があるがこの二人の会話に混じることはないのでこっそりと二人を見比べた。
年若い森蘭丸とこちら側の小姓。
そう言えば名を知らなかったと思い返したところで信長はすでにおらず、「戻るぞ忠勝。」という主の声で我に返った。
相変わらず家康の小姓は目線をやや下にしていて、はっきりした面立ちは解らない。
ただ黒い髪と白い肌が印象的だった。
夜。
一波乱あった。
対した物ではないと言えば当事者である信長は「戯れよ・・・。」と笑うだけ。
ただ波乱を納めるためにはひと騒動起きないといけなかった、相手は忍達だったからだ。
忠勝は狭い室内で槍を振るうわけにも行かず、それでも着の身着のまま刀を手に主の元へと走る。
忠勝はその武を認められ、織田勢の武将らと共に信長の側にいたのだ。
「狙われて居るのはどちらかもしれぬな・・・・。」
魔王は怪しく笑んで、忠勝を向かわせたのだ。
からくりのような廊下をひた走る。
途中何人か忍が出てきた。
相手をするも、きわどいところで引いてはまた姿を現すの繰り返しだった、たちが悪い。
「これが忍の戦い方か。」
忠勝はうなる。
しかし主の部屋が近くなるに連れ急に気配が消え、静まりかえってしまった。
彼は抜き身を右手に、左手で部屋の襖を開けた。
その部屋だけ黒と夜闇の2色だけだった。
落ちた天井板と、布団の中にいる主。
薬を使われたのか、側によっても穏やかに眠っている。
忠勝が主を起こそうと膝を折った時、天井裏に引いていた忍達が降りてきた、その数8人。
一定距離は空いているがぐるりと囲まれ逃げ場はない。
それでなくても暗くて目が利かず槍ではなく間合いの狭い刀しかもっていない。
流石に万事休すかと、刀を構えたときだった。
誰かが部屋に走り込んできた。
そして敷居を踏んで入ってきたと認識したのと同時にその姿はかき消え、一瞬で忠勝の前に姿を現した。
フワリと、結んだ黒髪の軌跡が忠勝の眼前を舞う。
その時初めて部屋に入ってきたのはあの時の小姓だと知った。
群青の一揃えをまとった小柄な男。
その手に持つのは闇の中でもギラリと閃く鎖鎌。
見合わぬ無骨な武器を男は振り回すように投げる。
除けきれなかった忍はもろに斬りつけられて倒れた。
同時に男は姿をかき消す。
勿論忍達も姿を消した。
男が忍を3人倒したところでようやっと忠勝の目が闇に慣れ、どさくさに紛れて主を狙う忍の攻撃を防いでは彼らを倒した。
ただし半分倒したところで忍達は一旦間合いを開けて姿を現した、男もまた忠勝の前に姿を現す。
四対一だ。
忍達は、男を先に消そうとしている。
そして、一斉に腕を動かした。
不規則だったが男もまた不規則に手を振り上げたり下ろしたりした。
最後は忍達も男も同時に気合いを込めた。
そして、無数の刃が舞った。
刃は忠勝の目には見えなかった。
しかし多少はその技を受け腕や足に軽い切り傷を負った。
男は強かった。
忠勝は男と忍がおなじ技を使ったように見えたし、忍四人の技を男は恐らく忠勝と主に当たらないようにしたのだろう。
そして四人には倍以上の威力で攻撃もしていたのだろう。
部屋は血の海と化し、忍達はとんでもない姿で絶命した。
男もまた、死ぬほどではなかったが全身から血を流してその場に倒れた。
沢山の明かりがやってくる。
部屋の燭台全てに火が入ると他の側近達がやって来て家康を別室へと連れて行き、下男達がやって来ては後かたづけに難渋しているようだった。
忠勝は血に染まって目を閉じている男を自分の部屋へと連れて行った。
清潔な湯と布など必要な物を一式言付ける。
それらは恐らく準備されていたのだろう、すぐにやってきた。
布に湯を浸し、顔を拭ってやればやはり小綺麗な顔が現れた。
しかし無惨にも斬りつけられた傷からは血がにじみ出てくる。
鼻の上を一の字が血で書かれているようだ。
そして右目の上。
まだ怪我をしているのかと思って拭ってみれば、白粉で丁寧に隠された刀痕が現れた。
縦にすっぱりと切れれた痕で、少し古い物だった。
「・・唯の小姓ではない・・。」
忠勝は年若い顔をのぞいたが、やがて着物を脱がせて全身の血を拭っていった。
拭い終わる頃、男が一人、少し大きな箱を持ってやって来た。
彼は医師だといい、治療をするから出て行って欲しいといった。
針を火で炙り、糸を持っていたことからやはり縫うほどの怪我をしていたのだろうと忠勝は部屋を出ていった。
その夜、眠れるはずもなく彼は着替えると離れにある鍛錬場へと足を運んだ。
三→