The End Of The World

 

               Side:

 

 

 

手馴れた様子でドアのロックを解除して、何の前触れもなく、室内へ足を踏み入れた時、そ

こに彼女の姿を認めて、俺の頬は自然と緩んでいく。

 

「ただいま」

 

そう言って近づくと彼女も「お帰りなさい」と迎えてくれる。

その言葉が嬉しくて、疲れた身体にみるみる活力が戻ってくるのに、我ながら現金なものだ

と内心で苦笑する。

 

ここは艦長室。

厳密に言えば俺がここに“帰る”のは間違いであって――俺の私室は別にちゃんとあるんだ

し、「お邪魔します」ってのが本来の挨拶のはずなんだが、誰も異議を唱えないのを良いことに、

公然とここに住みつくようになって早や数日。

最初は少し戸惑って、困惑するような様子を見せていた彼女も、この頃は開き直ったのか、

ごく自然に迎えてくれるようになった。

 

「今日はもう上がってたんだ。早いね」

「えぇ。今のうちにゆっくり休んでおいてくださいって、ブリッジを追い出されちゃったの」

 

彼女のワーカーホリック振りは有名だ。

艦長としての責任感が強く、自分より他人を優先してしまう彼女の性格はもとより、しなけ

ればならないこと、考えねばならないことが、うんざりするくらい山積みな現状を考えると、

とても身を休める暇など捻り出せなくて、ついつい無理を重ねてしまう。

ブリッジクルーもその辺りのことは良く心得ていて、少しでも余裕のある時は無理矢理にで

も休ませるようにしているらしい。

 

「はは… 遂に強制退出させられちゃったってわけ?」

「ミリアリアにね、『あぁっ、もうっ、こんなにお肌が荒れちゃってて、勿体無いじゃないです

かぁっ! 折角こんなにキレイな肌してらっしゃるのにっっ』って凄い剣幕で怒られちゃって、

キチンと手入れして休んでくださいね、って…」

 

マリューはその時の様子を思い出して苦笑を浮かべるけど、俺としてはお嬢ちゃんの意見に

大いに賛成だ。

ま、とにかくそんなわけで、本日は早々にブリッジを追われた艦長殿は、既にシャワーも浴

びてしまったらしく、アンダーシャツに短パンという寛いだ格好でベッドに腰掛け、濡れた髪

をタオルで乾かしていたところだったわけだ。

 

「ま、それはお嬢ちゃんが正解だな。俺としてもマリューが綺麗でいてくれた方が嬉しいし」

 

からかうように言いながら、俺は敢えてマリューの隣ではなく、奥の備え付けのソファのほ

うへ腰を下ろす。ここでベッドサイドなんかに腰掛けたら、下心見え見えで嫌だなぁ、なんて、

ガラにもないこと考えちまったから(苦笑)

彼女はそんな俺の余計な気遣いを知ってか知らずか、すいと立ち上がると二人分のコーヒー

を用意する。

 

「あなたは今までストライクの整備ですか?」

 

自分の分はブラック――おいおい、これから休もうってのにそれはどうかと思うけどなって

のはさておき――で、俺にはミルクも砂糖もたっぷり入れたのを用意するや、俺の隣を陣取る

マリュー。

礼を言ってカップを受取りながら、間近になった白いお御足を、セクハラと言われない程度

に鑑賞する。

 相変わらずキレイな脚だよなぁ。うん。

 

「…で、調子はいかがですか?」

 

訊いて来るマリューの視線が、ほんの少しキツイような気がする、ので、その場を取り繕う

ように、暖かく甘いコーヒーをひとくち。名残惜しいなと思いつつ、本格的に叱られる前にキ

レイな脚から視線を移す。

 

「んー、機体の方は悪くないんだけど、パイロットの方がまだまだかなー」

「そうですか? そうは見えませんけど」

「だいぶ慣れてきたけどね。坊主らに比べたら、まだまだだよ」

 

初心者マークはまだ外せそうにないなと軽口を叩くと、

 

「それは比較対象が悪すぎます」

 

やんわりと窘められた。

 

「あの子たちは“特別”なんですから。彼らに比べたら誰でもまだまだじゃないですか」

「それはそうだけどね」

「まだなにか?」

「だって、悔しいじゃないの」

 

俺だって連合軍にこの人有りと謳われたエースパイロットなんだぜ。

 

「あんな若造に負けっぱなしじゃ、立つ瀬ないでしょ?」

 

ムスったれてそう言うと、思い切り笑われた。

 

「ムウって、そーゆーとこ、まるで子供みたい」

 

      ムキになってバカみたいと笑われて、ちょっとばかり気を悪くしてると、

 

「でも、シモンズ主任は感心してましたよ。さすがはエースパイロット。なんでもすぐに乗り

こなしてしまわれるのね、って」

 

      お褒めの言葉を貰うのは悪かない気分だ。

 

「MSの操縦って、OSより何よりパイロットの資質がものをいうのかしらねぇとも仰ってま

したけど」

 

ストライクもすぐに手懐けられちゃって、とため息をついていたと聞かされて、俺はつい苦

笑する。

研究者としては悔しく感じる部分もあるんだろうが、実際問題として早く手懐けとかないと

困るでしょーに。第一、誰にでも簡単に扱えるMS開発を目指してたんじゃなかったの?

そう言うとマリューも「そうよねぇ」と言って笑った。

 

他愛のない会話。穏やかな時間。

何よりもかけがえのない笑顔に愛おしさが募る。

 

「でも、私もシモンズ主任と同意見よ」

 

両手で暖めるようにカップを持って、琥珀色の液体をひとくち。

 

「さすがよね。ホントになんでもすぐに乗りこなしてしまうんですもの」

 

感心しちゃうわ、と素直に誉めてくれるので、

 

「あれ? お褒めの言葉だけ?」

 

      空になったカップをテーブルに置くや、マリューの腰へ手を伸ばす。

 

「頑張ってる俺にご褒美はくれないの?」

 

抱き寄せながら、もう片方の手でマリューのカップを奪い、まだ残るコーヒーを零さないよ

うに注意しつつテーブルに置く。

 

「ご褒美って、何が欲しいの?」

 

そんなこと判ってるくせに。

笑いながら、わざわざ問い返すってのは、いつもの意趣返しのつもりなのかな?

それとも、はっきり言って欲しい?

 

「もちろん、マリューが欲しいに決まってるだろ?」

 

そっと顎に手をかけ上向かせて、くちびるを寄せる。

 

「甘えさせてよ」

 

 もう少しで触れ合うという、その時、マリューの手に阻まれ、押し戻されてしまう。

 

「ダメ」

「えぇ〜っ」

 

      すかさず抗議の声を上げれば、悪戯っぽく笑うマリューの表情に出会う。

 

「甘えたいのなら、先にシャワーを浴びてきて」

 

      まるっきり拒絶されたんじゃないと気付いて、一安心。

 

「汗臭いヒトはキライですからね」

 

どうせコトの後にも浴びるんだし、今じゃなくても良いじゃんと言おうとした俺の機先を制

して、マリューがビシッと言い放つ。

さすがはマリューさん。伊達に不沈艦と呼ばれるAAの艦長さんを務めていらっしゃるわけ

ではない。

 

「了解」

 

しぶしぶと言った体でマリューから離れ、シャワールームへ向う俺の背にかけられる声。

 

「カラスの行水ですませようなんて思っちゃダメですからね。それと、耳の後もちゃんと洗

うんですよ」

 

おいおい、俺は7つのガキじゃないんだぜ、と脱力しかけたのだが、反論をグッと堪えて、

かわりに「へいへい、判りましたぁ」とヒラヒラ手を振って、シャワールームへと向った。

 

 

 

                    < 前編 終わり 03.09.25UP >

 

           ※まだ後半へ話は続くんですが、後半はここまでの雰囲気と違って

            少しばかり暗くて切ない話になります。なんたって、タイトルが

            タイトルだし… 「世界の終わり」だなんて、不吉もいいとこ(苦笑)

            つーことで、しあわせほわほわムードのままが良いと仰る方は、

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