そして夕刻。

       ふと気がつくと結構遅い時間で、もう随分と外も暗い。

       なのにムウがまだ帰ってきていない事に気付いて、マリューは少し不安になる。

 

       アスランからのプレゼントのネコ型ロボットに夢中になるあまり、時間を忘れてしまった。

      すっかりムウを放ったらかしにしてしまったから、もしかして呆れられてしまったのだろう

      か。

 

       拗ねて何処かに行ってしまったとか。

 

       そう考えてから、違うわと、ぷるぷると頭を振る。

 

      「だって、約束したもの」

 

       と、マリューは思う。

 

      「ずっとそばにいるって」

 

       黙っていなくなったりしないと、約束したばかりだから。

 

       それでも家にひとりぼっちでいると、どうしようもなく不安になる。

 

      「遅くなるのなら連絡くらいくれれば良いのに…」

 

      灯りもつけずに暗いままのリビングで、気の利かない恋人に悪態などつきながら、ふと、も

      しかしたら機械弄りに夢中になってて、連絡があったことにも気付かないでいたのかも、なん

      て思って反省してみたりする。

 

       やっぱり一緒に行けば良かったかしら…

 

       マリューがそう思ったとき、車が止まる気配がして、慌てた足音が聞こえてくる。

 

      「わー、ヤべぇ。遅くなっちまった」

 

      バタバタとした物音とともに玄関を開けたムウがが、「ただいま」という言葉を途中で飲み

      込む。部屋の中が暗いままなのに気付いたからだ。

 

      「あれ? マリュー、いないの?」

 

       ぱたぱたと近づく足音。

       それからリビングの灯りを点す音。

      明るくなると、リビングの入口に立ったムウが、座り込んでいたマリューを見つけて安堵の

      笑みを浮かべるのが見えた。

 

      「ただいま、マリュー」

 

       その声を聞くだけで安心する自分がいるのをマリューは感じた。

 

      「どうしたの? 灯りもつけないでさ」

 

      なのにムウときたら、呑気に言いながら近づくから、マリューは少しムッとして立ちあがり、

      飛びつくようにして、その首にしがみついた。

 

      突然の行動に驚いたムウは少しよろめいて、両手に持っていた買物袋をどさりと取り落とし

      てしまったけれども、そこは男のプライドで踏ん張り、倒れる事なく持ち堪えた。

 

      「どうしたんだよ、一体…」

 

       問いかければ、ただぎゅっと、しがみつく腕に力がこもり、それから小さく呟かれる一言。

 

      「…バカ」

 

       それだけでムウは「あぁ」と納得した。

 

      「ごめんな、心配かけちまって」

 

       とにかく落ち着かせるのが先決と、縋りつく身体を固く抱きしめて、謝罪の言葉を繰り返す。

 

      「ちょっと買物に手間取っちまって… ごめん」

 

       すると少し落ち着いてきたのか、マリューがしがみついたままではあるが、軽く首を振る。

 

      「わたしの方こそごめんなさい」

 

       それからそっと身を引いて、少し離れて、間近な青い瞳を見上げながら、

 

      「ムウを放ったらかしにしてしまって。それなのに淋しかっただなんて…」

 

       自分勝手よねと俯くのに、そんなことないと返してやる。

 

      「それでもマリューに心配かけた俺が悪い」

 

       もう一度固く抱き締め直して、更なる反論を封じ込める。

 

      「ごめんな。ちょっとの間でも淋しい思いさせちまって」

 

      悪かったと重ねて謝るのに、マリューは苦笑を浮かべながら、ムウの広い背中に腕を回し、

      彼の身体を抱き締め返した。

 

      「あなた、わたしを甘やかし過ぎだわ」

      「甘やかすも何も、マリューはもっと我侭を言っても構わないのに」

 

       だって、俺はマリューのものなんだから。

       当たり前のように言い切るムウに、マリューの表情にも明るさが戻ってくる。

 

      「このままじゃ、わたし、際限無く我侭になって、どんどん嫌な女になってしまいそうよ」

 

       半ば本気で心配になるのに、ムウときたらそれでも一向に構わないらしい。

 

      「いいの。俺はマリューのものなんだから、どんな我侭でも聞いてあげるよ」

 

       そして「決して嫌いになったりしないさ」と断言する。

       その自信は何処から来るのだろうと、マリューは少し笑った。

 

      「ずっとそばにいるって約束しただろ?」

 

      互いを抱く腕を少し緩めて、マリューの瞳を覗き込むようにして、先日の誓いを繰り返した

      ムウは、「あぁ、そうだ」と何かを思い出し、ごそごそとポケットを探る。

       何事かしらと見守るマリューの目の前に、やがて差し出される小さな箱。

 

      「ほら、これ」

 

       それはちょうど掌に乗るくらいの大きさで、臙脂色のビロードに包まれた小箱だった。

 

      「これを選ぶのに時間がかかって、遅くなっちまったんだけどな」

 

      さぁと促されて、マリューがゆっくりと蓋を開けてみると、そこには予想した通り、指輪が

      が納められていた。

      プラチナにピンクゴールドを配した、派手さは無いけれどシンプルで飽きのこないデザイン

      の指輪がふたつ。

 

      「ムウ、これって…」

 

      どう考えてもそうとしか思えない指輪を前に、当惑を隠しきれないまま、ムウへ視線を移す

      マリュー。

       それに「うん」と優しく頷き返して、

 

      「この間の約束、『一生』ってことだったから、それってやっぱ、こういうことかなと思って

      さ」

 

       なら、ちゃんとしたいじゃない、と、ムウは軽くウィンクしてみせる。

       それから急に真面目な表情になって、

 

      「俺の身体はまだ完全じゃないし、この先、何が出来るのかまだ判らない。それなのに、こん

      な事を言うのはどうかとも思わないでもないんだが…」

 

       語る言葉に僅かな逡巡と緊張が混じる。

       けれど、それを振り切るように、強く。

 

      「結婚、しよう」

 

       これからずっと共に歩いていくために、と告げられた言葉。

      思いもかけなかった言葉に、マリューの目は大きく見開かれ、その表情は驚きに張り付いた

      まま固まってしまっている。

 

      「あぁ、その、何も今すぐってわけじゃなくて。やっぱ、俺がちゃんとしてからってことで、

      えぇと…」

 

       黙ったままのマリューの態度を否定的な意味にとったのか、ムウが慌てて弁明に走る。

 

      「まぁ、その、これは言わば仮契約みたいなカタチでって、そーゆーことでさ」

 

      そんなムウを見ているうちにマリューにもじわじわと幸せの実感が溢れてきて、驚きのまま

      固まっていた表情がゆっくりとほぐれていき、かわりに笑みが現れてくる。

 

      「わたしはこのまま誓いの言葉でも構わなくてよ?」

 

      浮かんだ笑顔があまりにもキレイだったので、ムウは思わず見惚れてしまう。そんな彼にマ

      リューは、もう一度飛びつくようにして抱きついた。

      一瞬対応が遅れたムウは、今度こそバランスを崩して尻餅をついたが、抱きとめたマリュー

      の身体は離さなかった。

 

      「ありがとう。嬉しいわ」

 

       抱きしめる腕の強さと、感謝の言葉がマリューの答。

 

      「共に歩いて行きましょう」

 

       これからも、ずっと。

 

       交わすくちづけは誓いの証。

      そのまま喜びを抱いて、そっと暖かく広い胸に寄り添えば、頭のすぐ上で、大きく息を吐き

      出す気配。

       それからくすくすと笑い出すから、何事かと見上げれば、ムウの表情に浮かぶ苦笑い。

 

      「いや、あれこれあーでもない、こーでもないと、ものすんごく考えたんだけどな」

      「何を?」

      「プロポーズの段取りってヤツをさ」

 

       そう言って、ぽりぽりと頭を掻く。

 

      「折角だから、びしっと格好良く決めたかったのに」

 

      結局なし崩しになっちゃって段取りも何もあったもんじゃないと、もう一度大きなためいき

      をつくものだから、なんだか可笑しくなってしまう。

 

      「あら、どんな風にしようと思ってたの?」

      「んー、ちょっと豪勢なデリカとワインを買ってきてて…」

 

       そこまで話すと、何か重要なことを思い出したらしい。

 

      「あーーーーーーっ!」

 

      突然大声を上げるや、ムウは慌てて先程取り落とした買物袋をがさごそと漁る。そして、中

      から琥珀色の瓶を取り出すや、ほぅと大きく安堵の息をついた。

 

      「良かった。割れてない」

 

      そんなムウの横からマリューも買物の中身を覗き込む。ワインもパックに詰められたデリカ

      も、確かに彼の言う通り、少しばかり高級なものだった。

       そして、見ていくうちにマリューは一本の花を見つける。

 

      「ムウ、あれは?」

 

      ほっと胸を撫で下ろしつつワインの瓶を床に置いたムウは、マリューの視線の先にあるもの

      を見て、「あぁ、それは」と手を伸ばした。

 

      「プロポーズには花が付き物だろ?」

 

       そう言って花を手に取るムウに、マリューは怪訝そうな表情を浮かべる。

       だって、ムウが手にしたのは白いカラーの花であって、しかも1本だけ。

       プロポーズのときに差し出すとしたら、普通は薔薇の花束とかじゃないだろうか。

       そう思って疑問を口にしてみると、返って来た答えは、

 

      「なんかマリューみたいだと思ってさ。色とか、ぴんとまっすぐなところとか」

 

       だからこっちにしたと言うムウ。

      それも彼らしいなと思って、渡された花を微笑んで受け取るけれど、それにしても1本だけ

      というのはどうかなと思う。

       するとムウはますます苦笑いを深くして、

 

      「それがさー、指輪とワインを買ったら金が足りなくなっちまってさぁ」

 

       なのだそうだ。

       これにはマリューも笑ってしまう。

      くすくすとふたりしてしばらく笑いあって、それからふと思い出したようにマリューが問い

      かける。

 

      「そう言えば、お金はどうしたの?」

 

       確かそんなに持たせてなかったはずと訊くと、ムウは渋面を作って嫌々ながらに口を開く。

 

      「――お嬢ちゃんに借りたんだよ」

      「カガリさんに?」

 

       ムウが言うところのお嬢ちゃんが誰なのか判らないマリューではない。

      果たしてムウはマリューの確認にそうだと応えたあと、やれやれと言った具合に言葉を継ぎ

      足した。

 

      「出世払いで良いんだってさ」

 

       そう言って肩を竦める。

 

      「復帰したら思いっきりこき使われそうね」

 

       笑ってそう言うと、「それだよ、それ」とムウも激しく同意する。

 

      「お嬢ちゃんったらさ。最初、俺に目玉が飛び出るくらいバカ高い指輪を買わせようとしてさ。

      一生タダ働きさせようとしたんだぜ」

 

       酷いだろと同情を求めるから、マリューも笑って冗談を返す。

 

      「でも、良かった。ムウがそんな借金持ちになってたら、結婚は考え直すところだったもの」

      「あぁ〜〜〜っ、そりゃないだろー。マリュー」

 

       情けない声にまた笑って。

       それからふたりでテーブルに料理を並べ、ワインのグラスを傾けて、ささやかな祝宴を。

       幸福な夜は静かに更けていく。

 

 

 

       そして翌日。

 

      何時にも増して上機嫌なマリュー・ラミアスの左手の薬指には、ゆうべ贈られたばかりのプ

      ラチナのリングが誇らしげに輝いていた。

 

 

                        Sweet & Sweetest + Happy End vv

                             2003/10/23 UP

 

 

 

                <あとがき>

                 っつーわけで、後日談です。

                 今回のテーマは『鷹、一生の不覚』ってことで。楽しい、楽しいプロ

                ポーズネタ。松崎が書くとこーなっちゃうんですが、如何でしょうか?

                格好良くとはいかなかったんだけど、ま、こーゆーのも有りってことで、

                ダメかしら…? 許容範囲外かなぁ。ドキドキ

                 ただ、白状すると、松崎もまさか、こんな展開になるとは思ってなかっ

                たりするんですよねー(苦笑) おおまかな話の骨格と、書きたいシーン

                だけを決めて、あとは趣味に走って(お料理フラガさんとか 笑)思うま

                まに走ってみたら、何時の間にかこんなふうになってしまったのー(汗)

                やっぱ、最初からキチンと計算して書かないとダメダメですね(笑)

                そのうえ、なんかダラダラと無駄に長い話に成り果ててしまったし、そろ

                そろ、松崎の悪いクセ、長編病が再発してきたのかも知れません。ヤバイ

                なぁ(苦笑)

 

                 ところで、このシリーズ(にすることにしました 苦笑)は、このあと

                [Mariage(結婚式)]へと続き、そのあとフラ兄お誕生記念に書くつもりの

                受胎告知ネタへと続く予定。[Mariage]のほうは、既にアップしてるものを

                少し改稿+書き足していきますので、宜しければ、今しばらくお付き合い

                くださいませ。

 

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