「…にしても、ムウさんもすっかり元気になったみたいですねー」

 

      安心しましたと、クッションを背に床のラグに座り込んだキラが言えば、同じように床に座

      っているカガリが横から突っ込む。

 

      「この様子だと原隊復帰も間近か?」

 

       そろそろ役に立てと言わんばかりのカガリに、ひとりソファにかけているムウも苦笑を返す。

 

      「うーん、俺としても早いとこタダ飯食らいは返上したいところなんだが、いますぐにっての

      は無理だぜ」

 

       なんせやっと普通に動けるようになったばかりだし。

 

      「それに、もう一年以上飛ばしてないしな。カンを取り戻すのにどんくらいかかるやら…」

 

       珍しく弱気ともとれる言葉に、すかさずカガリが反発する。

 

      「そんなこと言っててどうする! お前にはマリューさんを助けるっていう大事な役目が待っ

      てるんだからな。引退するなんて許さないぞ」

 

       しっかりこき使ってやる!と言われて、ムウも「はいはい」と返す。

 

      「一刻も早くマリューの手助けが出来るように精進します」

      「ふふ、期待してるわね」

      「おお、任しとけ」

 

      マリュー相手だと頼もしく応えるムウにふたりが呆れていると、思い出したかのように、こ

      う付け加える。

 

      「…で、ついでにお嬢ちゃんの助けも出来るように頑張るって」

      「わたしはついでかよ」

 

      お前ってホントにマリューさんしか目に入ってないんだなと、カガリが今更なことを言って

      ぼやくのに、ムウは「当たり前だろ」と胸を張って応える。

       その様子があまりにもムウらしくて一同から笑いが零れる。

 

      「…で、お前ら、今日は何の用だったんだ?」

 

      まさか俺の様子見に来ただけじゃないだろうと問うのに、キラが「あぁ、忘れてた」と手を

      打つ。

 

      「今日はこれを届けにきたんです」

 

       そう言って、キラが持ってきた大きな袋を真ん中に置く。

 

      「なんだ、それ?」

 

       じつはふたりが到着した頃から、やけにでかい荷物だなと気になってはいたのだ。

 

      「マリューさんへの誕生日プレゼントですよ」

      「昨日、プラントから届いたんだ」

 

       そう聞いて、そう言えばプラントからの定期便が届く日だったかなと思い出す。

 

      「ただマリューさんに渡すだけでも良かったんだけど」

      「どうせならフラガの様子見も兼ねて届けてやろうと思ってさ」

      「カガリったらそう言って無理矢理予定をねじ込んだんだよー」

      「なんだとー」

      「まぁまぁ、ふたりとも、仲よしなのは良いけどね」

 

      そのまま姉弟ゲンカが始まってしまいそうだったので、あわててマリューがとりなし、「開

      けて見ても良いかしら?」と袋に手を伸ばす。

      それに「どうぞどうぞ」とムウが応えて、またまたカガリが「なんでお前が」と噛み付くの

      に笑いながら、マリューはプレゼントの中身を取り出し始めた。

 

      キレイにコーティングされた薔薇の花はラクス嬢から、特別ブレンドのコーヒー豆はバルト

      フェルド艦長からだろう。

       そうして一つ一つ嬉しそうに検分していくと、最後に残った一際大きな箱。

 

      「あ、それ、アスランからです」

 

       キラの言葉を聞きながら、わくわくと箱を開ければ、

 

      「まぁ!」

 

       マリューの目がキラキラと輝く。

       箱の中から出てきたのは、可愛いネコ型のロボットだったのだ。

 

      「アスランの新作なんです。ぜひマリューさんの意見も聞きたいって」

 

      これが設計図とそのほかの資料で、と、キラが差し出すディスクを受け取るのもそこそこに、

      マリューは早速ロボットを起動してあれこれ弄り回している。

 

      「いやん。可愛いー。凄ぉい、嬉しい」

 

       もうすっかり夢中な様子である。

      そうして、満面に笑みを浮かべて、両手を胸の辺りで組むというお願いポーズで、ホントに

      キラキラとした瞳のままでムウをジッと見つめるから、

 

      「はいはい。よぉーく判ってるから、自分の部屋で思いっきり堪能しておいで」

 

       と、マリューが何か言うより先に、苦笑しながら提案するムウ。

 

      「このふたりの相手はちゃんと俺がしとくから」

      「ありがとう、ムウ」

 

      寛容な恋人に飛びついて頬に感謝のキスを贈ると、マリューは嬉々として部屋に引き上げて

      行く。あの様子では、多分、夕方まで出てこないのではなかろううか。

 

      「マリューさん、すんごく嬉しそうだね」

      「あぁ、アスランも贈った甲斐があるってモンだな」

      「ムウさんには恨まれるかもしれないよ」

 

       と、キラが話を振ると、ムウは「恨みはしないけどな」と返す。

 

      「ただ、あんだけ嬉しそうな表情されると、ちょっと妬けるかも」

 

       三人で何とはなしにマリューの部屋のほうを見遣って笑い合う。

 

      「まぁな、マリューてばもともと技術士官だし、艦の指揮を取ったりするより機械を弄ってる

      方が好きみたいだしなー」

 

       仕方ないよなとムウが言うと、カガリがほんの少しその表情を曇らせる。

 

      「…それはわたしにも良く判ってるんだ。マリューさんには、マリューさんが一番望むことを

      やらせてあげたいと、思ってはいるんだ」

 

       でも、とカガリは続ける。

 

      「今はまだAAの力が必要で、AAを束ねるのはマリューさんしかいなくて…」

 

       次第に言葉は小さくなり、視線が下へと落ちていく。

 

      「…だから、わたしはっ」

 

       完全に俯いてしまったカガリの頭を、ムウがポンポンと軽く叩く。

       それは、そんなことは充分判っているという仕草であり、気にするなということであった。

       それに応えてカガリが顔を上げれば、男の顔にはニヤりと人の悪そうな笑顔が浮かぶ。

 

      「あーあ、やっぱ、マヂで早いトコ復帰して助けてやんなきゃダメみたいだなぁ」

 

       ホントはもうちょっとのんびりしようかと思ってたんだけど等とほざいたあと、

 

      「ま、この情けないお嬢ちゃんのためにも微力を尽くさせていただきますかね」

 

      そう言って、如何にもまぁ大変という風情で肩など竦めてみせるものだから、情けないと言

      われた当人が「何をー」と反発する。

 

      「だってホントのことだろーが」

      「 ―――――――――――――――お前ぇ、絶対に性格悪い!」

      「はは… そんなこと今更だろ」

      「くっそぉーっ!」

      「まぁまぁまぁ、カガリぃー」

 

      ムウのしれっとした態度にまんまと挑発されてしまったカガリを宥めながら、ムウさんって

      凄いと改めて感心するキラ。

      彼は何時だってこんな風にさりげなく相手を気遣って、決して押しつけがましくなることな

      く場の雰囲気を変えてしまう。それでいて大切なことはちゃんと胸に残るのだ。

 

      「ちくしょう、お前、復帰したら思いっきりこき使ってやるからなっ!!」

      「おお。使われ甲斐のあるようにお嬢ちゃんも頑張ってくれよな」

 

       …などと言い合っていると、ピコピコと何やら可愛らしい電子音が聞こえてきた。

       何事?と思わず顔を見合わせていると、

 

      「あ。ボクです」

 

       キラが何時も持ち歩いている携帯端末を広げる。

 

      「ミリアリアからだ」

 

       端末の画面に浮かぶメールの文字を読み取っていくキラ。

 

      「ディアッカと一緒に街まで出てきてるんだけど、ボクたちにも出てこないかって?」

      「なんだ。エルスマンもこっちへ来てたのか?」

 

      先の停戦間近からAAに合流し、互いに悪態をつきながらもなぜか気が合っていた歳若い戦

      友の名を聞いて、ムウが懐かしそうな表情を浮かべる。

 

      「ええ。昨日、地球へ降りてきたんですよ。定例会議の資料を持ってきたとかなんとかで」

 

       でもって、彼がついでにマリューへのプレゼントも運んできたのだと、付け加えるキラ。

       それを聞きながらカガリが、

 

      「なんだぁ。それならミリィたちもここへ来ればいいじゃないか」

 

      と、当の家主の都合などお構いなしに勝手に提案する――もっとも、ムウたちにも別に異存

      はないのだが、

 

      「それが、ディアッカが今日の夕方の便で帰らなきゃならないから、あんまり時間がないんだ

      ってさ」

 

       あいかわらず惚れ惚れするようなキー捌きでやり取りを交わすと、

 

      「ボク達がここにいるって言ったら、ミリィたちも出来ればムウさんたちに会いたいって」

 

       キラが伺うように視線を送ると、ムウは「うぅむ」としばし考え込む。

      ひと頃と違って、随分と回復したムウはその辺の散歩とか、ちょっとした買物くらいなら問

      題はないのだが。

 

      「ちょっとくらいの外出なら大丈夫なんだがなぁ…」

 

       そうして思わずマリューの部屋の方へ視線を移しながら、こう続ける。

 

      「マリューは当分出かけたがらないと思うぞ」

 

      ムウのその言葉にキラもカガリも苦笑しながら頷く。確かにお楽しみの真っ最中なのに水を

      差すような真似は出来ないだろう。

       キラが話をしながらも、すかさず事情を返信すれば、

 

      「それじゃムウさんだけでも出てこれないかって、ミリィは言ってるけど」

 

      ミリィは、と言うところを心持ち強調しているところを見ると、多分、ディアッカあたりは

      『おっさんになんか会いたくねぇ』とかなんとか言っているのだろう。文面にはない裏の事情

      まで読み取ってムウが苦笑していると、更にキーを操作していたキラが、今度はカガリに水を

      向ける。

 

      「カガリ、キサカ一佐からも『お戻りは何時でしょうか』ってきてるよ」

 

       そう聞いてカガリが「うっ」と言葉に詰まる。

       なんと言ってもかなりの無理を通してきたのだ。そろそろ帰らないとヤバイかも知れない。

 

       そんな様子を見ながら「それじゃ」とムウが口を開く。

 

      「お嬢ちゃんを送って行きがてら、エルスマンの奴をからかいにいくか」

 

      そうと決めて立ち上がったムウは、マリューの部屋の前までいくと、開け放たれたままのド

      アをコンコンと叩いて、新しいおもちゃに夢中なマリューの注意を引き付けた。

 

      「マリュー、俺、ちょっと出かけてくるけど良いかな?」

 

       キラとカガリが様子を見守る中、手短に事情を説明した後、

 

      「許可してくれる?」

 

       と、ムウがお伺いをたてると、部屋の奥から、

 

      「いいわ。許可します」

 

       と、マリューの声。

      それを聞いたとき、キラとカガリが何やら顔を見合わせたのだが、ついでに買物もお願いと

      言うマリューの言葉に耳を傾けていたムウは気付かない。

 

      「キラくん、カガリさん。なんのお構いも出来なくてごめんなさいね」

 

       部屋から顔を覗かせてマリューが挨拶するのに、

 

      「「いいえ、こっちこそお邪魔しましたー」」

 

       仲良く礼を返すふたり。

       そして上着を取って、「んじゃ、行こうか」と歩き出したムウの後ろについていく。

 

 

      「なぁなぁ、フラガ」

      「ん、なんだ?」

      「お前、外出するのにいちいちマリューさんの許可貰わないといけないのか?」

 

       ガキんちょじゃあるまいしーと、からかうように言うカガリに対して、

 

      「んー、でも、マリューと約束しちゃったし、しょうがないでしょ」

 

       と、ムウは至って気にせずに答える。

 

      「約束?」

 

       玄関へ向いながらキラが問うのに、

 

      「そ。この間のマリューの誕生日にね、何が欲しい?って訊いたら、俺が欲しいって言うから、

      あげたの」

 

       俺を、と、玄関のドアを開けながら、事も無げに言うムウ。

      はいはいごちそうさま、とか思いながらも、それのどこが約束なんだろうと思っていたら、

      ムウの話にはまだ続きがあった。

 

      「そん時にね、『ずっと一生そばにいて』ってリクエストされちゃたから、『ずっとそばにい

      る』って約束したんだな」

 

      それを聞いたふたりが少し驚いたような表情を浮かべたのにも気付かず、「だから」とムウ

      は呑気に話を続ける。

 

      「俺はマリューのものだから、どこかへ行くときはマリューの許可がいるんだよ」

 

      恋人の束縛を厭うどころか、愛されてる証と好意的に受け止めている男は、さらに嬉しそう

      にこう言う。

 

      「黙っていなくなっちゃダメとも言われたしなぁ」

 

      くつくつと笑いを零すムウは、後ろに付いて来ているはずのふたりが、怪訝そうな表情を浮

      かべて玄関を出た所で立ち止まっているのに気付き、「どうしたんだ?」と声をかける。

 

      「グズグズしてないで、ほら、行くぞ」

 

      促されて我に返ったふたりは、そそくさとムウを追いかけ、SP――カガリがいうところの

      影の皆様がまわしてきたエアカーに乗り込む。

      しかし、後部座席に向かい合って座って発進しても、キラとカガリの表情は怪訝そうな、不

      思議そうなまま、変わりはしない。

 

      「なんか意外だったなー」

      「うん。まさかマリューさんからとはねー」

 

       こそこそとそんなことを話すから、ムウとしても何の事か気になってしまう。

 

      「さっきから何なんだよ、お前ら」

 

      堪りかねて訊いてみれば、ふたりは「だってねー」と顔を見合わせたあと、口々にこう言う。

 

      「ボクたちプロポーズは絶対にムウさんの方からだって思ってたのに」

      「マリューさんからとは、意表をつかれたなと思ってさ」

 

       これを聞いて、今度はムウのほうが怪訝そうな表情を浮かべる。

 

      「お前ら、一体なにを言ってんだ? プロポーズがどうしたって?」

 

       ムウのその台詞にキラとカガリはまたしても顔を見合わせる。

 

      「あれ、もしかしてムウさん、気付いてなかったんですか?」

      「フラガ、お前、案外間抜けだな」

 

       カガリが心底呆れたというような声をあげるので、ムウもさすがに慌てて問いただす。

 

      「ちょっと待て。だから何だって言うんだ」

 

      その言葉に「あぁ、やっぱり」とキラが天を仰ぎ、カガリが「やっぱ間抜けだ」と肩を落と

      す。

 

      「いいですか、ムウさん」

 

       キラがずいっと身を乗り出して、諭すように話し出す。

 

      「マリューさんがこう言ったんですよね? 『ずっと、一生、そばにいて』って」

 

       うんうん、そうだと頷くムウ。

 

      「『一生』ということは、これから生きて死ぬまでのすべての時間。残りの人生全部ってこと

      でしょう?」

      「そして『そばにいて」ってことは、ずっと一緒に生きていこうってことだろ?」

      「つまり、これからのすべての時間を」

      「一緒に生きていこうってことで」

 

       キラの言葉をカガリが受け継いで、そうしてふたり声を揃えて断言する。

 

      「「これはもう、立派なプロポーズの言葉じゃない(です)かー!」」

 

       ぐわぁあああぁん!

 

       派手な効果音つきの衝撃がムウを襲い、一瞬、見事に固まってしまう。

 

       そして半瞬の後、

 

      「うわぁあぁぁあっ! しまったぁっ!!」

 

       指摘されて初めて約束の言葉の意味に気付いたムウは頭を抱え込んでしまう。

       その前では、キラとカガリがしみじみと「ホント意外だったよねぇ」と頷き合っている。

 

      「絶対、フラガのほうからって思ってたんだけどなぁ」

      「やっぱマリューさんの方がしっかりしてるってこと?」

      「単にフラガが抜けてるってことじゃないのか?」

      「あ、もしかしてムウさんが撃墜されたのって初めてってことになるんじゃ」

      「ばぁか、それを言うなら、とっくの昔にマリューさんに墜とされてるじゃないか」

      「あ、そっかー」

 

       呑気に語り合う姉弟。所詮は他人事だし、ってなもんである。

       だが、当事者たるムウはそんなわけにはいかない。

 

       ムウとて、マリューとの将来について何位も考えていなかったわけではない。

      戦時中はこれ以上はないっていうくらいに厳しくて、未来<さき>のことなど思いを巡らす

      余裕もなかった――というか、敢えて考えないようにしていた――が、一度は彼岸の彼方へと

      足を踏み入れ、それから戻ってきてからは、もう離さない、離れないの決意を胸に、ふたりで

      共に歩いて行くことを決めていた。これまで確認したことはなかったが、そのことはお互い暗

      黙のうちに了承していたと思う。

      けれど、うやむやなままにしてしまう気などなくて、いずれ時が到ればけじめをつけるつも

      りでいたのだ。

       そう、例えば身体が完治して復帰した時とか。

       その時にはキチンと自分から申し込もうと、そう考えていたのに。

       それなのにマリューに言わせてしまったとは。

       なんてこった!

 

       思わず果てしなく落ち込んでまうムウであったが、だがしかし、と気を取りなおす。

 

       まだ挽回のチャンスはある。

 

       キッと顔を上げると、ムウはまっすぐキラを見据える。

 

      「キラっ!」

 

       そのまなざしの真剣さに思わず身じろぐキラの肩を両手で掴み、

 

      「頼むっ。一生のお願いだっ!」

 

       迫力に逃げ腰になりかけたキラをぐいっと引き寄せ、何を頼むのかと思いきや。

 

      「金、貸してくれ」

 

      はぁ?

 

      何事かと構えていたキラはもとより、端で息を呑んで見守っていたカガリもまた、思いっき

      り脱力した。

 

 

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