松熊山 胎蔵寺


                       
胎蔵寺本堂去る5月の日曜日、ある郷土史研究会の方々と福山城及び胎蔵寺、福山八幡宮など主に城の北東部の寺社を探訪した。その中の一寺、胎蔵寺は県重要文化財に指定されている本尊釈迦三尊像が安置されている。中尊は近年修理の際に胎内施入文書が多数発見され、それらの解読により造像時期が従来の室町前期から鎌倉後期まで約100年ほど遡ることが判明した由。(参考:県立歴史博物館に於ける胎蔵寺住職の説明資料) 

 松熊山胎蔵寺(福山市北吉津町)は慶長年間(1596〜1615)奴可郡西条から神辺に移築,更に福山城鬼門守護のため現在地に移転されたと云われている。
(神辺の西福寺を移転)(参考:福山市史)





本尊・釈迦如来坐像(三尊像の中尊)釈迦三尊像 釈迦如来坐像(県重文) 像高86cmの寄木造で鎌倉時代の作。納衣を通肩に着け、施無畏印、与願印を結び、蓮華座に結跏趺坐している。脇侍の文殊菩薩騎獅像(右脇侍…向かって左)、普賢菩薩騎象像(左脇侍…向かって右)と共に三尊形式である。尚、釈迦の十大弟子の内の4弟子を眷属として従えている。釈迦三尊像で眷属まで従えている現存例は県内ではあまり見られない貴重なものと思う。
 本像は前述のように胎内施入文書から鎌倉後期の作と判明しているが、衣のボッテリとした感じなど全体的な感覚は室町期の印象である。鎌倉期のダイナミックな感じが徐々に失われつつある段階で次期への移行を予兆を感じさせるものか。


 
 
文殊菩薩の獅子座普賢菩薩の象座文殊菩薩・普賢菩薩獅子座と象座(県重文) 両台座とも鎌倉時代の作とされている。獅子座の胸から脚にかけての筋肉のダイナミックな表現は鎌倉時代の作を思わせる。また、象座は「華厳経普賢行願品」に「象は六牙の白象である」としるされており、本像は忠実にそれが表現されている。
 








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