要は猫を抱き上げて真咲を迎える。猫もされるがままに、要の腕の中におさまった。
「おかえりなさい」
「おう。ってどうした、その猫?」
「迷子みたいです」
猫は真っ青な瞳で真咲を見つめると、にゃうんと鳴いた。
「挨拶、されたのか?」
「そうかも」
くすくすと笑う要の顔を、真咲が何かに気が付いたようにじっと見つめた。
「先輩?」
真剣な眼差しに、要は自分の頬が赤くなるのがわかった。鼓動が早くなる。
「少し目が赤い。どうかしたか?」
「え? あ・・・・ああ、ちょっと砂が入って」
「大丈夫か?」
ぐいと覗き込まれて、ますます顔が赤くなる。
本気で心配している瞳に、要の胸が苦しくなった。
(また、余計な心配かけちゃった・・・・)
「だ、大丈夫です」
要は思わず一歩下がって、真咲と距離をとった。
「・・・そっか、ならいいけど」
真咲はちょっとだけ困ったような悲しいような、複雑な表情を浮かべた。
赤くなった顔を隠すように下を向いた要は、それに気が付かない。
痛いような沈黙に包まれかけたとき、不意に横から声をかけられる。
「トーコ」
その声に、要の腕の中で大人しくしていた猫は、にゃあんと鳴きながら砂浜に飛び降りた。
二人も釣られて声の主に目をやって、呆然とする。
彼の足元で、甘えるように身体を摺り寄せる猫。
明るい色の髪、光の加減で緑色にも見える瞳、すっと通った鼻梁と薄い唇。そして誰もが目を奪われるような美貌。
真咲ほど身長は無いものの、均整のとれた体つきはすらりとして、その姿を実際よりも大きく見せている。
このはばたき市で知らない人間の方が少ないくらいの有名人。
「・・・・葉月珪?」
真咲がぽつりと呟く。
要は予想外の人物の登場に、ただただ呆然とするばかり。
「珪? 見つかった?」
「・・・ああ」
葉月の後ろから、髪の長い女性が姿を現す。場の雰囲気がぱあっと明るくなるような、そんな彼女の姿を見て、要は声をあげる。
「藤木さん?」
「あれぇ、えっと、唐沢さんだったけ? それに、真咲君」
「あ、藤木さん」
要はつい先週、バイト先のアンネリーに顔を出した彼女を、有沢志穂から高校時代からの友人と紹介されたばかりだった。
真咲はもちろんずっと以前から店に訪れていた有沢の友人である彼女のことは知っていたが、まさかこんなところで、葉月珪と一緒に会うとは思ってもみなかった。
「冬子?」
葉月は怪訝そうに隣に立つ藤木冬子(ふじき とうこ)を見ている。冬子は猫を抱き上げて葉月に渡すと、真咲と要を紹介する。
「あ、ごめん。珪、志穂のアルバイト先で一緒に働いてる真咲くんと唐澤さん」
ぺこりと二人が頭を下げると、葉月も頭を下げる。
「彼は葉月珪。詳しく説明しなくても、よく知ってると思うけど。で、私の彼氏」
そういって照れくさそうに冬子は笑う。葉月もそんな彼女を見て優しく笑っている。
要は前に店で冬子に会ったとき、彼女の薬指に輝いていたシルバーのリングと同じデザインリングを葉月がしているのに気が付いた。
「そうそう、この子はトーコ。珪の猫で、ちょっと目を離した隙にいなくなって、探してたのよ」
「藤木さんと同じ名前なんですね」
要の言葉に、葉月は何故かふいと横を向く。そしてそんな葉月を見て冬子はくすりと笑った。
「私のほうが先輩なんだけど。ごめんね、この子が何か迷惑かけなかった?」
「そんなこと、ないです」
「ところで、二人は? デートの邪魔しちゃった?」
「い、いえ。真咲先輩が暇だろうって、誘って下さったんです。デートじゃないですから」
真っ赤になりながら速攻で否定する要をみて、真咲は小さくため息をつく。
「そうなの?」
要の姿に、いつかの自分に重ねて見ていた冬子は首をかしげる。そして、一緒にいる真咲の態度にも。
横で静かに立っていた葉月が、まだまだ追求しそうな冬子を止める。その腕の中ではトーコが心地よさそうに眠っていた。
「・・・・冬子、そろそろ時間だ」
「え? ごめんね、引き止めて。これから約束があって、行かなくちゃ」
ジーンズのポケットから携帯を引き出して時間を確認した冬子は、真咲と要に手を合わせた。
「トーコを保護してくれてたお礼はまた今度させてね」
「そんなこと」
「いいから、いいから。じゃあね」
冬子はひらひらと手を振って、葉月とその場を離れる。
「頑張れ・・」
真咲とすれ違いざま、葉月はそうぽつりと呟いた。まるで同志を応援するように。
つづく
白いネコと言えば葉月で、やはり名前はお約束かと・・・・。この二人の為にGS1プレイしなおしました。