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広島県手話通訳士協会
この研修報告は、2008年6月広島県手話通訳派遣委員会『派遣委ニュースNO31』「に掲載されたものです。
              手話通訳士現任研修参加報告(その2)
                             08/1/23〜27(全国手話研修センター)


 
 3日目の午前中は、現場見学で京都地方裁判所へ行きました。案内役の方は、自身「裁判所へ就職しなければ大阪の吉本興業に行っていたでしょう。」と言われるように、とても楽しいトークで法廷内を案内して下さいました。サスペンスドラマが好きな私は、“ここも何度かテレビに出たかな…”とキョロキョロしてしまいました。まず、裁判員裁判用の大合議法廷に入り、実際に裁判官や被告人の席に座ってみたり、設備の説明などを聞きました。次に、「請負代金請求控訴事件」の弁論・当事者尋問を傍聴しました。裁判官の話し方が早口で聞き取りにくい上に、弁護士との話が重なったりで、もしこの場面の通訳を担当していたらと思うとゾッとしました。事前の打ち合わせが重要ですね。
 広島でも毎月21日が裁判の日で事前に申し込めば、法廷見学や傍聴ができます。ぜひみなさん経験してみましょう。(法廷傍聴は随時可能)

 午後は研修センターに戻り、甲南大学法学部前田忠弘教授による二つの講義がありました。

 『司法福祉』では、@司法福祉の歴史と現状 A司法福祉の担い手 B少年の成長発達と司法福祉 C児童虐待問題や高齢者犯罪の処遇と司法福祉 D医療的措置への司法の関与を取り上げてのお話でした。ここでは『司法福祉』とは何かについて報告します。講義では具体的なイメージをつかむために、2007年6月25日付け朝日新聞の記事『届かぬ福祉 障害者累犯』を紹介されました。その中で龍谷大学の浜井浩一教授は、認知症高齢者、身体障害者、知的障害者など「社会に居場所がない人が、刑務所にきている。障害者の脱施設化が進む一方で、隔離する場所が刑務所に変わっただけ」と指摘しています。統計では2005年の新受刑者約33,000人のうち知的障害者とされる「知能指数70未満」は22.5%で、出所後の生活支援など福祉との連携がなければ、社会復帰はきわめて困難といえる。また非行少年の手続きは健全育成という少年の福祉の実現を目的としているし(少年法1条)、犯罪被害者の2次被害を回避するための捜査、公判等の過程における配慮(犯罪被害者等基本法19条)をはじめとする被害者支援も福祉との連携が不可欠である。つまり、『司法福祉』とは、狭義には、家庭裁判所(少年事件と家事事件)における福祉的実践を、広義には、司法機関としての裁判所につながる、警察庁、厚生労働省、法務省、各地方公共団体等の行政機関との連携によって実現する福祉実践だということです。

 『犯罪被害者支援』は、@犯罪被害者支援のあゆみ A犯罪被害者の刑事司法への参加 B犯罪被害者をめぐるその他の問題 C刑事立法の活性化と被害者の視点などの柱でした。
 被害者に法的な光があたったのは最近のことで、加害者と同じく事件の当事者でありながら、刑事司法の過程においては、あたかも「証拠」として扱われるほかは、「忘れられた存在」であった時期が長く続きました。日本では2004年に「犯罪被害者等基本法」が制定され、基本計画の重点課題として、1.損害回復・経済的支援等への取組 2.精神的・身体的被害回復・防止への取組 3.刑事手続きへの関与拡充への取組 4.支援等のための体制整備への取組 5.国民の理解の増進と配慮・協力への取組をあげ、できる限り迅速に実現することが目指されています。

 4日目の最初の講義は、広島にも何度かお越しいただいた神戸女学院大学教授・パブリックサービス通訳翻訳学会の長尾ひろみ会長による『司法通訳』でした。

 冒頭、広島の少女殺害事件で報じられた「悪魔が私にそうさせた」という言葉は、誰が言った言葉か問いかけがありました。カルロス? 通訳人? また本当の意味は?
 南米のカトリック信者は、良い事があったら「あー神様」、悪いことがあったら「悪魔がそうさせた」と言う。日本の昔からの言い回しで「魔が差した」という言葉があるが、スペイン語では「悪魔が私に入り込んだ」と訳されるかもしれない。それぞれの国の文化の違いがあるので、上記の言葉を「刑事責任を逃れるために発した」かのような報道は危険だと話されました。
 次に、「メルボルン事件」(詳しく知りたい方は、書籍「遠くオーストラリアの地から無実を叫び続ける5人の日本人」をお読みください。)を取り上げ、通訳ミスによる冤罪の可能性について述べられました。私たちも言葉が通じない国でいつ事件に巻き込まれるかわかりません。市民的および政治的権利に関する国際規約(国際人権<自由権>規約)第14条には公正な裁判を受ける権利が規定されていますので、きちんと権利を主張しましょう。
 その他、ご自身が25年間言語通訳として司法場面に関わって、労働条件の改善や裁判所側の配慮、通訳するにあたっての課題などのお話があり、広島でも継続的に研修を積み重ねていかなければならないと改めて思いました。

 二番目の講義は、『司法場面のコーディネート業務』で、大阪ろうあ会館専任手話通訳相談員の肥田智子さんから、大阪における司法関係への手話通訳者派遣の現状やコーディネートをするにあたって注意していること・コーディネート事例について学びました。大阪ろうあ会館と司法機関との連携や法廷通訳人候補者登録など、どれもこれも参考になることばかりだったので、広島に帰ってすぐ、今年度の手話通訳者特別研修会に肥田さんを講師として招きたいと提案し、9月6〜7日に開催する予定です。ぜひ、参加してくださいね。

 4日目最後の講義は、山梨県立聴覚障害者情報センター主任利根川圓さんが『司法における手話通訳のあり方』というテーマで、@山梨の詐欺事件の概要 A聴覚障害者が被害にあった詐欺事件を通して見えてきたもの B手話通訳士倫理綱領から司法通訳のあり方を考える C今後の課題について話されました。
 この事件が起きるまで、山梨では司法通訳の経験者は2〜3人だったそうですが、今回の事件で12名の手話通訳士がフル回転状態になり、司法場面の研修の場を確保することが急務の課題だと実感されたそうです。また、私たちは常に倫理綱領をきちんと頭に入れて活動し、報告の義務や守秘義務を正しく理解し、反社会的な目的で利用されないように考えて行動していこうと結ばれました。

 最終日は1日『手話通訳実習』で、グループに分かれて各県の司法場面の通訳派遣体制がどうなっているのかとか通訳経験などを出し合ったり、被害者聴取場面の通訳を学習しました。仮定や「いつ?」「なぜ?」など過去の話を引き出すのはかなり難しいと実感しました。裁判員制度も始まりますし、今回の研修で学んだことをもとに、ろう者と一緒に広島における司法通訳のあり方を討議・研究していきたいです。
                                      中本 智子
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