龍閃組との諍いの中、天戒は夢を見ていた。

いや、彼は目覚めているのだから白昼夢と呼ぶべきなのだろうか。

必死で自分達を止めようとする美里の姿に、彼の姿が重なる。

ただじっと、自分を見つめている。

「龍・・・」

どこからか鳴り響く鈴の音。

「お前は・・・俺を責めているのか・・・」

彼は答えない。

ただ、彼の視線がとても痛かった

 

 

 

参章

 

 

「ああ!解ったぞ!!お前ら、俺たちからここで話を聞いて鬼道衆を壊滅させようって腹だろ!!」

風祭が閃いたように声をあげる。

「そんな事は・・・」

美里は否定するが風祭は耳を貸そうともせずに声を荒げる。

「幕府のやりそうなことだっ!そう簡単にいくかってんだよ!!」

「ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇ!俺たちだってお前らのことなんてどうでもいいんだよ。お前らが

頭を下げて手を貸してくださいってお願いするならともかくな。」

「んだとぉ・・・」

「こんな処で、争ってはそれこそ柳生の思う壺ではないの!?」

美里の言葉に京梧も風祭も一瞬言葉を失う。

「あなたたちだって見たでしょう。」

幕府が鬼と人とを掛け合わせて作り上げたという鬼兵。

後に黒蝿翁から憑依が解けた松平より聞かされたことだが、あれは幕府が秘密裏に入手した鬼の手と

在任の体を掛け合わせて作られたということだ。

これが外法といわずになんと言うのだろうか。

柳生達は誰にも知られぬままに松平に取り付き、幕府にすら入り込んでいたのだ。

「俺たちも何時寝首をかかれるか解ったもんじゃねぇな・・・」

「そりゃぁ、てめぇらが間抜けなだけだろうが。」

揶揄るような風祭の言葉に京梧は彼をねめつける。

「なんだと・・・この餓鬼・・・」

「俺を餓鬼というな!」

「餓鬼を餓鬼と言って何が悪いんだよ!」

からかうような京梧の口調に風祭の顔色が変わる。

「てめぇ!!」

「丁度いい、ここで決着をつけようじゃねぇか!安心しな。柳生の野郎は俺たち龍閃組で倒してや

るから安心してあの世に行くんだな。」

「はんっ。お目出度い連中だね。あたしらに勝てるつもりでいるのかい!」

京梧の言葉に桔梗は挑発的に言う。

「そんなことは無いよ!ボク達はこの江戸を護りたい。その気持ちは誰よりも強いんだから」

小鈴の言葉に桔梗の顔に軽蔑が浮かぶ。

「だからあんた達は甘いっていうんだ。想いだけで勝てたら誰も苦労なんてしやしないさ。想いな

んてものは意味がないんだよ!」

「そんな事はありません!想いの伴わない力は、ただ傷つけるだけ。そこに想いがあるから・・・」

そして美里は目を伏せたまま、どこか消え入りそうな声で呟く。

「それに、緋勇さんは・・・九角さん、貴方が自分の全てだと言いました。あの時私はなんて強い

想いなのだろうと思った。想いに意味がないと言う事は、そんなあの人の心を否定することだわ。」

「・・・・」

誰も二の句が継げない。

天戒は美里から視線を逸らす。

「やはり・・・お前たちと手を組むことなどありえぬな。この期に及んでまだそのようにぬるい

ことを言っていられるような輩とは。」

そう言って天戒はそのまま彼らには目もくれず踵を返した。

 

 

 

 

 

 

「待てよ・・・」

先ほどとはうって変わって、どこか落ち着いた口調で京梧が天戒達を呼び止める。

「これは多分あんたらにもかかわることだから、今話すんだが・・・」

京梧の言葉に、天戒たちは部屋を出ようとした歩みを止める。

「円空の爺さんよ。龍閃組が火盗改めに包囲された時のことを憶えてるだろ?」

円空には何故いきなり京梧があの時のことを話すのか解らなかった。

「あの時俺は、少しばかり別行動をしていたんだが、ああ・・・百合ちゃんが捕まった時だけどよ。」

誰もが訳がわからないというように京梧を見る。

「その時同心の一人が妙なことを言ったんだ。」

「妙な事とは・・・?」

「緋勇だけは無傷で捕らえろ・・・って。」

その名前が出た瞬間、全員の顔色が変わる。円空だけが、相変わらず柔和な笑みを浮かべたまま

表情を変えることがなかったが、彼の瞳もまた怪訝そうにゆがめられていた。

「どういうことじゃ?」

「知らねぇよ。でも、おかしいだろ?他の奴らは抵抗すれば切り捨てろって言ってたのに、あい

つだけ無傷で捕らえろなんて・・・菩薩眼ならともかく」

幕府が菩薩眼を執拗に狙っていた事は、鬼道衆だけでなく龍閃組も良く知っていることだ。

「まあ、その時既にあいつは・・・・そのことを言ったら同心は、上に報告するって言ってたか

ら、その後どういう事になったのかは知らねぇけど。」

京梧の言葉に円空は考え込む。

思い当たることが無い訳でもないが、今ここでそれを言うのははばかられた。

「儂にはわからんな・・・」

円空が首を横に振ると京梧は「そうか」とだけ呟く。

「話はそれだけならば、俺達は戻る・・・」

しかしふと思いついたように立ち止まる。

振り返りもせずに、天戒は口を開いた。

「龍は・・・ここで・・・」

その呟きはあまりにも小さく、京梧達の耳には聞き取ることが出来ないようだった。

「なんだ?」

京梧が怪訝な顔で天戒の後姿を見つめた。

「いや・・・なんでもない。」

天戒はそれだけ呟くと、今度こそ立ち止まる事無くその場を後にした。

龍閃組もまた、誰一人言葉を発する事無く江戸城を後にする。

一人残された円空は深くため息をつく。

もとよりそう簡単に双方が歩み寄ることは出来ないと思ってはいたものの、今回の会談は御互い

の溝を深めただけではないのかとすら思えて仕方が無い。

「無力な儂を・・・許せ、龍斗・・・」

その言葉には深い苦渋が感じられる。こんな時こそ円空は自分の無力さを痛感せざるを得ない。

口ではなんとでもいえる。しかし、その身をもって闘っているのは彼ら。

そんな彼らに自分の言葉など通じる事は無いのかもしれない。

「せめてお主がここにいれば、もっと違う結果になったのかもしれんな。」

 

 

 

 

 

 

男はただじっと彼らが去った方向を見つめていた。

「愚かな奴らだ・・・」

男の目には、龍閃組も鬼道衆も同等に愚かに映る。

「こんな奴らの為に・・・!」

そう思うと余計に腹立たしかった。

「お前も・・・憎いだろう。」

そこには、その男の姿以外誰の姿も見えない。しかし、男はそんな事を気にするでもなく、まるで

そこに誰かが居るかのように語りかける。

「許せないだろう・・・あいつ等が・・・」

どこか優しさの込められた口調で男は相変わらず誰も居ない場所に向かって語りかける。

「お前の恨みは必ず俺が果たしてやるさ。」

次の瞬間には男の口調は先ほどまでとうって変わってどこか憎しみのこもった口調へと変化した。

「龍閃組も鬼道衆も・・・俺が必ず・・・殺してやるから・・・」

そして、どこまでも穏やかな瞳に、どこか優しげな笑みを浮かべた。

「だから安心しろ・・・お前がこれ以上苦しむ事も、泣く事もないのだから。」

男の周りを静かな風が吹き抜ける。

それはまるで男に答えているかのようで、そんな風に男は満足したようにもう一度笑みを浮かべると、

そのままその場から消え去った。

『やめて・・・』

その風に紛れて聞こえた小さな声が、男の耳に届く事は無かった。

そんな男の消えた方向を、ただじっと見つめる悲しげな視線に、男は最後まで気付く事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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