五章
目の前にいる男は確かに緋勇龍斗その人だった。その姿も、その人が持つその気配も・・・ 京梧たちにとってそれは間違えようが無い。 唯一つ違う事といえば、彼から発せられる殺気だけ。 彼らの知る限り、緋勇龍斗とはただの一度として殺気というものを見せた事がなかった。 「これも柳生の力・・・?」 小鈴が力無く呟いた。 考えるまでも無く、彼は確かに死んだのだ。 その彼が今この場に立っているという事は・・・ 「たーさん・・・あんたが嵐王たちを襲ったのかい?」 そんな桔梗の問いに、目の前の龍斗は薄く笑う。 「だといったら?」 その声は間違いなく彼のものだった。 そう、聞き違えるはずが無い。 「何故ですか!!」 美里が涙ながらに叫ぶ。彼女もまた今目の前に起こっている事を信じる事が出来なかった。 もしかしたら憎まれているかもしれない。幾度もそう思った。 しかしそれ以上に、きっと彼ならば自分達が共に戦い、そしてこの江戸に平和が戻るのを望んでくれ ていると、そう思っていたのだ。 そんな美里の問いに、龍斗は面白そうに笑う。 「・・・憎まれていないと・・・思うのか?」 龍斗は憎悪に満ちたその瞳はそのままに、笑みを浮かべたままで言う。 「お前達は、自分達の罪すら自覚していないというのか?」 そんな言葉に、美里は何も返す事が出来なかった。 「だったら、殺すのは俺だけでいいだろ!お前を斬ったのは俺なんだ。他の奴らは関係ねぇ!!何で 支奴を襲ったりした!!」 京梧は叫ばずにいられなかった。 「だからわざわざ急所をはずして殺さずにおいてやったんだろう。第一俺にしてみればあの男だって 同等の罪を犯した。それでも手加減をしてやったんだ。むしろ感謝をして欲しいくらいだ。」 「てめぇ!!!」 京梧の表情に怒りの色が浮かぶ。 しかし龍斗の方はと言えば、そんな京梧の様子すら楽しげに見つめるだけだった。 「それに真っ先にお前を殺すつもりは無い。お前にはふさわしい苦しみを与えてやるよ。死ぬよりも 辛い苦しみをな・・・」 「あなたは・・・誰?」 それは余りにも唐突な言葉だった。 京梧はそして誰もが驚いたようにその声の主を見つめた。 * 何時の間に現れたのだろう。声の主は比良坂だった。 鬼哭村にいると思っていた彼女が、ましてその瞳に光宿らぬ身で、ここまで着たとは・・・ しかしそんな周囲の様子を気に止めるでも無く、再び比良坂は口を開く。 「あなたは・・・一体誰?」 「ほう・・・」 そんな彼女の問いに、相変わらず面白げな表情のままだったが、龍斗の瞳からは笑みは消えていた。 その時になって京梧達も、ようやく違和感に気付いた。 どんな時でも決して表情を浮かべることの無かったが・・・常にどこか穏やかな空気を身に纏ってい た彼と、今目の前にいる彼。 「何故・・・そう思う?」 龍斗の顔からは既に笑みは完全に消えている。瞳に浮かぶ憎悪だけはそのままであったが・・・ 「貴方の持つ光は・・・彼にとても似ている。でもそれは私を導いてくれた光とは違う・・・ あの人の持つ暖かで優しい光とは・・・」 そんな比良坂の言葉に、龍斗の、いや男の顔が更に憎しみに歪んだ。 「黄泉と現世を繋ぐ力を持つ力を持つ娘か。さすがと言うべきか。」 そんな男の言葉に、天戒は顔をしかめた。 「お前は一体何の目的でそんな姿をしている。やはり柳生の手のものか?その姿で俺達を惑わそう というのか。」 男は答えない。 先ほどから彼が身に纏っている憎しみが更に増した気がした。 「でも天戒様。こうまで同じに化けるなんて、絶対に無理ですよ。」 桔梗の言葉に天戒も、そして京梧達も思わず彼女を見た。 「どう言う事だ?」 「確かに姿だけならば、式神でも何でもそっくりそのまま似せる事は可能です。でも、その人が持つ 気配までもこうまで似せる事なんて不可能ですよ。」 「でもよ、お前が以前吉原で・・・支奴にしたって・・・」 「それはあくまでも、術者自身の意思が在るから。でも、コイツは間違いなくたーさんじゃない。 でも、この気配は間違いなくたーさんのものだよ。嵐王のように全く別の気配を作ることは可能だ けど、誰かと全く同じ気配を作り上げるなんてぜったいに無理だよ。それに声だって・・・」 「声は・・・似せてしゃべっていたからな。」 ふいに発せられた声は、先ほどまでのものとは違う、低いものだった。 「もともと声質は似ているんだ。その気になれば、簡単な声色でも簡単に騙せる。実際に見事に引っ かかってくれたからな。」 男の声は先ほどより更に憎しみに満ちていた。 「出来れば、こいつの復讐だと思わせたままで事を終わらせるつもりだったが・・・思った以上に早 く見破られたのは誤算だったよ。」 そう言って男は、屋根からようやく飛び降りた。 間近で彼の顔を見て、彼の表情とは微妙に違う顔立ちをしている事を彼らはようやく理解した。 少なくとも目の前の彼は、龍斗よりもいくつか年が上に見える。 だが、その顔は間違いなく彼に酷似している。 そして、それが決して変装の類ではない事も理解できた。 「どう言う事だ・・・」 京梧が驚いたように呟いた。その時背後から突然声がする。 「やっぱりあんた・・・生きていたんだな。」 周りが驚愕に満ちている中、唯一人彼にしては珍しく冷静に風祭が言う。 「久しぶりだな澳継。随分と成長したものだ。」 「あんたは、変わんねぇよ。まあ、少し老けたみたいだな。」 そんな風祭の言葉に、京梧達は驚きを隠す事が出来ない。 「お前・・・コイツの事知ってんのか?」 信じられないとでも言うように、京梧が言った。 「コイツは・・・」 風祭が言うより先に、男が口を開く。その顔にはかすかに笑みが浮かんでいる。 「ソイツと俺は同郷でね。あぁそうだ、自己紹介が遅れたな。」 そう言って男はその顔から完全に表情を消す。 「俺の名は、緋勇。緋勇天斗。お前達が殺した緋勇龍斗は、俺の弟だ。」 その瞬間、男の体からは今までに無いほどの憎悪が溢れ出していた。 |
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四へ | 六へ |
出しちゃったよ・・・オリキャラ・・・
前回から結構時間がたっていたのはオリキャラを出すべきかどうか
本気で悩んでいたからです。
だからと言って、まさか柳生の手で甦ったってのもアレだし、実は生きていました
っていうのも矛盾しまくりだし。
ちなみに兄の名前は天斗(たかと)さんです。
たしか、何かの漫画に出てきた名前で結構お気に入りの名前だったんです。
・・・何の漫画だったかは、既に全く覚えてない・・・
多分歴史関係だった気がするけど・・・
誰かご存じないですか?