馬超はその日朝からいつも以上に不機嫌だった。

最後に趙雲が馬超を尋ねてから今日で十日。

以前は二日とあけずに馬超の屋敷を訪れていたというのに、あれ以来彼の姿を見る事すらなくなった。

もちろん追い返したのは自分で、自分が「二度と来るな」と言ったには違いは無いのだが、「また来る」

と彼は言ったのだ。

にもかかわらずここ数日全く彼は来ない。

「気に食わん!」

その場に誰がいるわけでもないのに、喚かずにいられない。

そんな馬超に怯えてか、家人達はその日誰一人彼に近づこうとはしない。

賢明な判断だろうと、そんな従兄を陰で見ていた馬岱は思う。

そして、以前は誰とも打ち解けようとはしなかった従兄が、もしかしたら少しづつ変わり始めているの

かもしれないと、思わずにはいられなかった。

「趙将軍は殿より暇を戴いて蜀を離れているそうですよ。」

穏やかに話し掛ける馬岱に、馬超は更に不機嫌そうな顔をした。

「何の事だ・・・」

「いえ・・・兄上が不機嫌なのは、最近彼が尋ねてこられない事にあるのかと思いまして」

しれっとした表情で言う馬岱をねめつけると、馬超は彼から視線を逸らす。

「ああ、でも確か十日ほどと殿が言っておられましたので、今日には戻られるのではないですか?」

いかがです、たまには軍議にでも顔を出してみては。と笑う従弟に馬超は思わず顔をしかめる。

「お前何時の間に劉備を殿などと呼ぶようになった。」

不機嫌さを隠す事もせずに言う馬超に思わず馬岱は目を丸くする。

まるで拗ねているような物言いに、昔は気に入らない事があるとすぐに拗ねていたと思い出す。

「おや、私が劉備殿を殿と呼ぶのが気に入らないのですか?それとも、趙将軍がこられない事でしょ

うか?」

馬超は答えない。

「あ・・・そうか趙将軍が不在なのを知っている事でしょうか・・・」

どこか人の悪い笑みを浮かべる馬岱に馬超は思わず顔を赤らめる。

しかしそれに恥じ入るように顔を逸らすと、そのまま馬岱に声をかける事無くその場を立ち去った。

「やれやれ・・・」

そんな従兄の姿を見送って、馬岱は苦笑いを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

軍議へと現れた馬超の姿に、誰もが驚きを隠す事が出来ないようだった。

当然といえば当然だろう。

何しろ半年の間に彼から進んで軍議へと来たのは、これが初めてのことだったのだ。

「おや・・・珍しい事ですね」

揶揄るように言う孔明をきっとねめつけると、馬超は不機嫌極まりない顔で席に座る。

馬超は部屋を見渡すが、そこには趙雲の姿は無かった。

『何故俺はあいつの姿を探しているんだ・・・』

回りでは軍議が着々と進んでいる。

馬超は特に発言するでもなく、かといって誰かの発言を聞くわけでもなく。

ただ所在なさげに、天井を見上げげいる。

どれほどの時が経ったのだろう。

ようやく軍議も終わろうかという時に、ふいに扉が開く音がした。

そこにはここ暫くぶりの趙雲の姿がある。

「おお子龍・・・戻ったか。」

笑みを浮かべて言う玄徳に趙雲は跪いた。

「殿・・・長らく勝手をいたしました・・・」

「良い。儂が行けと言ったのだ。久方ぶりの故郷はどうであったか。」

そういって頭を下げる趙雲に玄徳は笑う。

『なんだ・・・姿を見ないかと思えば・・・里帰りとは・・・』

そんな玄徳と趙雲のやり取りを見ながら、馬超は心に暗雲が立ち込めてくるのを感じた。

その時趙雲がこちらに気付いた。

珍しく軍議に参加している馬超がよほど以外だったのか、それでもどこか嬉しそうに笑う。

馬超にはそれが更に・・・気に障った。

そのままおもむろに立ち上がると、回りには目もくれずにそのまま部屋を出る。

突然の馬超の行動に、趙雲は思わず玄徳をみた。

趙雲の考えを察したのだろう、玄徳は優しく笑みを浮かべると

「長旅で疲れたであろう。今日はゆっくりとするがいい。」

と促した。

そんな玄徳に一礼すると、趙雲は馬超の後を追って駆け出した。

 

 

 

 

 

 

「馬超どの!」

趙雲は馬超を呼び止める。

彼は不機嫌な顔をしてはいたが、立ち止まって振り返った。

「何の様だ」

どこまでも冷たい口調だった。

趙雲は一瞬なんと言葉を発するべきか悩む。

馬超が怒っていると言う事は理解できる。しかし何故?

何も言わない趙雲を冷めた瞳で見つめると、馬超ははき捨てるように言う。

「しばらく姿を見ないと思ったら・・・里帰りとはいいご身分だな。」

その言葉に趙雲は、あ、と気付く。

全てを失った彼にとっては、既に帰る場所は無いのだ。

帰るべき家の無い馬超にとって、それは彼の心にどう響いたのだろうか。

「全く・・・蜀というのは何処までも御目出度い国だな。」

何かを言おうとする趙雲を遮るかのように馬超ははき捨てる。

「仁義だのなんだのと理想ばかりを並べ立てる。民の為だ?ふざけるな。今の世の何処に仁義がある

というのだ。強いものだけが得をする。何も失った事もないくせに、奇麗事ばかり・・・お前達を見

ていると虫唾が走る・・・」

パァン

小気味が良いくらいにその音はあたりに響いた。

馬超は一瞬自分の身に何が起こったのか理解できなかった。

趙雲に頬をはたかれたのだと気付いた時、正直信じることが出来なかった。

戦場に於いては別としても、何処までも穏やかな笑みを崩さぬこの青年が人を殴る事など、信じがた

い出来事で・・・

「甘えるのもいい加減になさい。」

何をすると言おうとし、それを趙雲に遮られる。

「貴方だけなのですか。全てを失ったのは。」

趙雲の言葉に、馬超は思わず目を見開く。

言われるまでも無く、そんな事は当たり前なのだ。

戦乱のこの世において、大切な者を失った事など無いものが、果たしてこの世界にいるのだろうか。

「一体この国に、いえ・・・この世界にどれだけ全てを失ったものがいると思っているのですか。」

まさにたった今思っていたことを言われて馬超は思わず唇をかみ締める。

言い返そうとして馬超は何を言うべきか言葉を見つける事が出来なかった。

そんな馬超を趙雲は一瞥する。

「不幸に浸っていたいのなら、どうぞご自由になさってください。」

そういい捨てると、趙雲は踵を返す。

しかし、去り際に振り返り再び口を開く。

「以前貴方はおっしゃいました。私のような人間が一番嫌いだと・・・」

馬超は何も言わずただ趙雲を見つめる。

趙雲はそんな彼に、静かに微笑んだ。

「奇遇ですね。私も・・・貴方のような方が一番嫌いです。」

そういい捨てると、そのまま振り返りもせずに、その場を後にする。

残された馬超は、ただ目を丸くしたまま彼の後姿を見送る事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

「子龍・・・」

かけられた声に、趙雲は心底驚いた顔をする。

「殿・・・何故・・・」

「昼間の事が気になってな・・・」

そう言って笑う劉備に趙雲も微笑んだ。

「だからと言ってこのような時分に共もつれずに・・・」

微笑みながらも嗜めることを忘れない趙雲に劉備は思わず苦笑いを浮かべた。

「儂はこう見えても、多くの戦乱を潜り抜けてきたのだ。余り心配される事ではないと思うのだが

な。第一最近のお主達は・・・どうも過保護すぎる。」

劉備の言葉に、趙雲はクスリと笑った。

そんな趙雲を見て、劉備も笑う。

そして劉備は静かに目を閉じて、趙雲に言う。

「馬超もいずれは解ってくれるだろう。儂はあせるつもりは無い。」

そんな劉備の言葉に、趙雲の顔がふいに陰った。

「申し訳・・・」

「そなたを責めている訳ではない。むしろ感謝している。本来ならば、あれは儂の役目であろう。」

劉備の瞳は何処までも穏やかだった。

そんな劉備からふとその笑みが消える。

「儂は・・・」

劉備の瞳が蔭る。

「そなたには・・・そなたにだけは本当にすまないと思っている・・・」

思いもかけなかった言葉に趙雲は目を見開く・・・

そして趙雲はそんな劉備にから視線をそらす。

劉備はそれ以上何も言う事は無かった。

そしてそのまま再び優しく笑うと、そのまま趙雲に背を向ける。

趙雲は再び劉備に視線を戻す事無く、そのまま歩き出す劉備を見送る事すらなかった。

去り際に、「すまない・・・」と再び小さく呟かれた劉備の言葉に、趙雲は思わず唇をかみ締めた。

 

趙雲の屋敷から出て、玄徳は静かに屋敷のほうを振り返る。

深い悲しみに彩られた瞳で、玄徳はじっとそちらを見つめる。

「すまない・・・」

誰が答える訳でもなく、それでも玄徳は言わずにはいられなかった。

「すまない・・・子龍・・・美霞・・・」

玄徳はその拳を強く握り締めた。

「すまない・・・」

静かに俯いた玄徳の言葉には、深い後悔があふれ出ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

参へ 五へ


なんだか子龍さん、嫌な奴になっている・・・馬超もか・・・(大汗)
しかもなんだか前回に引き続き玄徳が出張っている。
な〜ぜ〜(byまさかのミステリー)

私のイメージでは趙雲はほわわわ〜んとしていて、天ボケだったんですが、
性格がどんどん変わってきている気が・・・
まあいいか、パラレルだし(をいっ)

オリキャラに付いて前回からちょっとだけ名前が出ていますが・・・
とりあえずそのうち正体が分かると言う事で。
序章に出てきた玄徳を助けた子供って誰?
という質問も戴きましたが、それもそのうち分かると言う事で・・・(逃)