「お前、子龍を怒らせたんだって?」

ニヤニヤと笑いながら馬超に話し掛けてきたのは張飛だった。

そんな張飛をねめつけると、馬超は憮然としてそっぽを向いた。

「珍しいよな。あいつが怒るなんて。お前何したんだ?」

どこかからかう様な、それでいて同情めいた張飛の言葉に、馬超は怪訝な顔をする。

あれほど自分に対して、反感を隠そうともしなかった張飛の表情に、昨日までのわだかまりを感じる

事が出来なかった。

しかし馬超はそんな疑問をあえて口には出さず、別の疑問を張飛に投げかける。

「何故・・・その事を知っている。」

憮然としたままの馬超の問いに、張飛はニヤリと笑う。

「実は覗き見をしていたからな。」

「なっ・・・」

驚きの余り言葉を発する事の出来ない馬超に対し、張飛は豪快に笑った。

「だったら何をしたなどと聞く必要は無いだろう!」

「だって、声までは聞こえなかったからな。俺が見たのは子龍がお前をひっぱたいた所だけだ。」

悪びれもせずに言う張飛に馬超は毒気を抜かれたかのように、ぽかんとする。

だが、何故だかそれに悪い気がしない事に馬超は驚いた。

馬超は小さくため息をつくと、蜀に降ってからの話をポツリと漏らし始めた。

 

 

あらかたの事を語り終え、一息ついたところで、張飛は深いため息をつく。

「お前・・・」

「解っている。これは俺が招いたことだ。何より自分の事ばかりを考えて、俺は他のものの気持ちな

どただの一度も考えた事は無い。辛いのが自分だけだと思い込んで、他の者の傷みなど知ろうともし

なかった。」

何かを言おうとする張飛を遮り馬超は言う。

そんな馬超に『大した変化だ・・・』と思うも、あえてそれを口には出さず、張飛は笑みを浮かべた。

「そうじゃなくってなぁ。お前さん、あいつに惚れてるだろ?」

「なっ・・・!!」

張飛の言葉に、馬超は絶句する。

そんな馬超を見て、張飛は目を丸くする。

顔を赤らめて言葉に詰まる馬超の姿は、今までの彼の姿からは想像も出来なかった。

『こいつ・・・そんなに悪い奴じゃねぇかもなぁ・・・』

張飛はその時初めて、馬超に対して好感を持った。

そして馬超の肩にそっと手を置いて、いたわる様に笑う。

「諦めろ・・・」

「・・・ちょっと待て、俺はまだ何も言って・・・」

「あいつはな。懐が広い。普通の人間が1で怒る所を、10で初めて怒るぐらいだ。だが、その分

一度怒ると・・・」

「一度怒ると・・・?」

恐る恐ると言った感で尋ねる馬超に、張飛は心から哀れむかのような目をする。

「ぜってぇ許さねぇ。」

「・・・・・・」

「しかも・・・」

「まだ何かあるのか!?」

「その怒り方ってのが半端じゃねぇぐらい・・・怖い。」

「どういうことだよ、それ・・・」

「そのうち解る。」

それだけ言うと張飛は馬超の肩をポンポンと軽くたたき、

「ま、覚悟する事だ・・・」

とだけ言い残すと、その場を後にする。

「なんなんだ・・・一体。」

後に残された馬超は訳も解らぬままにぽつりと呟いた。

「俺が・・・あいつに・・・惚れているだと。」

 

 

 

 

 

 

別に張飛に言われたからという訳でもないが、馬超は何となく趙雲の屋敷へと向かった。

考えてみれば、彼はずっと自分を訪ね続けてくれていたにもかかわらず、自分からは決して彼を

尋ねた事などなかった。

そう考えると、何故だか不思議な感じがする。

決して誰とも馴れ合ったりはしないと思っていた自分が、まさか誰かを訪ねることになるとは・・・

 

 

趙雲の屋敷にたどり着くと、彼の家の家人に取次ぎを頼む。

「しばしお待ちください」という言葉を残し、屋敷の中へと消えていった家人を待つ事数刻。

どこか不思議そうな顔をしながら、家人は再び馬超の前へと戻ってくる。

「あの・・・それが・・・」

言いにくそうに口ごもる家人に対し、馬超は怪訝な顔をする。

「不在か?」

「いえ・・・おられるにはいるんですが・・・」

「なんだ?」

尚も言いにくそうにする家人を馬超は促す。

「居留守だと言って帰ってもらえと・・・」

「は?」

「ですから、居留守だとはっきり伝えて帰ってもらうようにと・・・」

馬超はどう反応を返して良いのか解らなかった。

家人の様子からすれば、からかわれているようでもない。

むしろ主人のありえない様な態度に、彼もまた困惑しているようだった。

自分だって何度居留守を使った事か解らない。しかし、彼のように、はっきりと居留守と言うとは・・・

「解った・・・出直そう」

そう言った馬超の言葉に、家人は「申し訳ありません」と深々と頭を下げる。

そのまま趙雲の屋敷を後にし、帰路へとつきながらふいに張飛の言葉が脳裏に甦る。

 

『そのうち解る』

 

「なるほどな・・・」

かすかに引きつりながらも、馬超は張飛の言葉の意味をようやく理解し始めていた。

 

 

 

 

 

 

馬超は澄渡った空をぼーっと見上げながらため息をついた。

最初に趙雲の屋敷を訪ねてから一ヶ月。

本当に不在のときを除き、彼は馬超が尋ねるたびに居留守を使っていた。

しかも、居留守であることをはっきりと継げて。

それだけならまだ良い。

一ヶ月前の出来事以来、軍議にも参加するようになった馬超に対し、趙雲はまるで諍いなど何も

ないかのように笑いかけてくる。

ただし、人前だけで。

一旦二人きりになると、彼の顔からは笑みは消える。

何かを語りかけても、まるで馬超の声が耳に届いていないかのように振舞う。

完全に無視である。

にもかかわらず、誰かの気配を感じた途端に彼の顔には再び笑みが戻るのだ。

『こ・・・怖ぇ・・・』

馬超は内心冷や汗をかいていた。

「だから言っただろ・・・」

心からの同情を浮かべ、張飛は言い、

「まあ、諦める事だな・・・」

と何処か冷めた表情で関羽が言う。

孔明に至っては、

「身から出た錆でしょう。自業自得です。」

などと冷ややかに言う始末である。

『立場が・・・逆になってしまったな・・・』

そんな事を考えながら、馬超は後悔している自分に気付いていた。

別に馴れ合えなくとも良い・・・

せめてもう一度だけでも話す機会があれば。

そう思って馬超は初めて気づく。

 

『お前さん、あいつに惚れてるだろ?』

 

張飛の言葉が脳裏に甦る。

(そうかも・・・しれないな・・・)

だからこそ自分はあんなにも苛立たしかったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

馬超は空を見上げながら、再び大きくため息をついた。

「難儀しているようだな」

何時の間に現れたのか、どこか人の悪い笑みを浮かべた玄徳に対し、馬超はかすかに頭を下げた。

「この国には・・・大分慣れたようだな。」

そう言って笑う玄徳に、馬超は何も答えない。

「そなたと一度・・・ゆっくりと話してみたいと思ってな。良ければ少し時間を貰えるか?」

馬超は答えないが、それを気に止めた風でもなく玄徳は話しつづける。

「良い天気だな・・・雲ひとつ無く、晴れ渡ったこんな空を見ていると・・・心が洗われるようだと思わんか?」

「趙雲殿は・・・こんな空が嫌いだと・・・言っていた。」

思い出したように呟いた馬超に、玄徳は悲しげに笑う。

「そうか・・・」

そして何かを思い出すかのように目を閉じる。

「アレ死んだのも・・・こんな日であった・・・」

「アレ・・・?」

「子龍の妹だ。」

「!!」

驚愕に目を見開く馬超を見て、玄徳は悲しげに微笑んだ。

「子龍が暇を取っていたのは、その妹の命日だったからだ。」

「・・・・・」

驚きの余り何も言う事が出来ない馬超を横目で見て、玄徳は馬超の横に腰掛ける。

「少し・・・昔語りをしようか・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

四へ 六へ


子龍・・・なんだが黒い・・・
おかしい、何でこんな性格になったんだ・・・(汗)
ちなみに、個人的に張飛と馬超のからみは結構好きです。
案外、この二人は気が合うんじゃないかなぁ、なんて。