「随分と・・・長い事話し込んでしまったな・・・」

一息ついたかのように玄徳は言った。

馬超は何も言う事が出来なかった。

「儂はあの二人の絆がどれほど深いか良く知っていた。幼くして両親を殺された兄妹にとってお互いの

存在が無くてはならないほどに・・・趙雲は誰よりも美霞の幸せだけを願っていた。それなのに・・・」

その気持ちは馬超にも何となく理解できる気がした。

今の馬超にとって従弟である馬岱は、この世でただ一人の身内なのだ。

もし彼を失うような事になれば・・・

「だが・・・あんたのせいではないだろう・・・」

「違うのだ!」

別に慰めを言うつもりでもなかったのだが、玄徳の言うように、趙雲が・・・美霞が彼を憎んでいるよ

うには思えなかった。

少なくとも趙雲が玄徳を憎んでいるようなそぶりは全く無いのだから。

しかし馬超の否定の言葉を、玄徳は即座に否定する。

「違うのだ・・・儂の罪は・・・」

何かを言いかけて、玄徳は言葉を止める。

「すまぬ・・・長く引き止めたな・・・」

これ以上何かを言うつもりは無いのだろう。

玄徳は、馬超に「下がって休むと良い」とだけ伝えると、俯いたままその場を立ち去った。

馬超は玄徳が何を言おうとしたのかが気になりこそしたが、結局問いただす事はしなかった。

何よりも、今玄徳から聞いた話が胸の中を離れる事は無かった。

 

幼くして全てを失った兄妹。

そしてたった十四歳で時を止めてしまった少女。

そんな少女を誰よりも愛していたであろう兄。

 

『何も失ったことも無いくせに・・・』

 

そんな人間など今の世にいる筈が無い事を、今更ながらに馬超は思い知らされる。

「最低だ・・・」

俯いて搾り出すように、ようやくそれだけ呟いた。

 

 

 

 

 

 

「ちょっとお待ちください!」

慌てたように呼び止められるが、馬超は構わず歩みを進める。

「そんな事をされたら、私が主人から御咎めを受けます!」

すがるように言う男の言葉に、

「お前に罪は無いと言っておいてやる。」

「そんな・・・!」

泣きそうな顔のその男の姿を尻目に、馬超はずかずかと歩いていった。

「今日は本当に主人は不在なのです。どうか・・・!」

再び呼び止められ、馬超はようやくその歩みを止めた。

男はそれに安堵するが、

「で、何時戻られるのか、趙将軍は?何処でも構わん、待たせてもらう。」

という馬超の言葉に、再び泣きそうに顔をゆがめた。

「今日は戻らねぇよ・・・」

唐突にかけられた声に、馬超も男も驚いたようにそちらを見た。

「張飛殿・・・」

そこには相変わらず人の悪い笑みを浮かべた張飛がたっていた。

そのまま踵を返し、顔だけを馬超に向けると

「来な」

とだけ言い、馬超の返事も聞かないままに歩き出す。

馬超は小さくため息を吐くが、文句を言う事も無く張飛の後を追った。

 

 

数刻後・・・

馬超は張飛の屋敷を訪れていた。

「お前さんも、結構面白い奴だなぁ。普通あんな風に人の家に上がりこむか?」

ニヤニヤと笑いながら張飛は言う。

「すまない・・・昔から我を忘れる事と・・・後先考えずに事を起こしてしまう事があって・・・

よく父や岱などには咎められていたが。」

額に手をあてため息をつく馬超を見て、張飛は笑い声を上げる。

「本当っにお前って、思ったよりも良いやつなんだなっ!」

痛い程に肩を幾度も叩かれ、さすがの馬超も顔をしかめるが、張飛はそんな馬超に気付いた様子は無い。

 

「父上・・・少し落ち着かれたらどうです。馬将軍が驚かれています。」

何時の間に現れたのか、見覚えの無い少女が嗜めるように張飛を諭す。

そんな馬超の視線に気付いたのか、少女がかすかに頭を下げる。

「はじめまして。お噂はかねがね父や趙雲殿から伺っております。私は、張飛の娘で、星彩と申します。」

そう言って星彩は再び、今度は先ほどよりも深く頭を下げた。

馬超は驚いて星彩をまじまじと見つめる。

「・・・父親に似なくて・・・良かったな・・・いてぇ!」

思わず本音を口に出し、次の瞬間には張飛に思いっきり殴られる。

「母親に似たんだよ。悪かったな似てなくて。」

「だからっていきなり殴る事は無いだろう!」

「いきなり本音を言う奴が悪い!」

そんな二人のやり取りを見て、星彩は思わず吹き出す。

「なんだか・・・話に聞いていた馬将軍とは思えませんね。」

星彩にそう言われて、馬超は初めて自分の変化に気付いた。

この蜀に着てから、こんなに誰かと打ち解けて話した事など無かったにも関わらず、まるでそれが当然

であるかのように、自然に出来ている自分に馬超は愕然とした。

 

 

 

 

 

 

星彩が出してくれた酒を飲みながら(最初はお茶を出されたのだが、張飛がそんなもん飲めるか!と

酒を持ってこさせたのだ)馬超と張飛はようやく落ち着いて話しはじめた。

馬超はこの一ヶ月の間の事を、かいつまんで張飛に話した。

玄徳との会話を除いて。

「居留守ってはっきり言う辺りが・・・さすがだよな。」

そう言って豪快に笑う張飛を馬超はどうやら気に入り始めているようだった。

もとより本来は余り人見知りなどもしない性質である馬超である。

この1ヶ月の間に、周囲も驚くほどに馬超は周りとの壁を無くしていった。

当然この変化に回りのものは戸惑う事も多いようであったが、馬超が驚くほどに、彼らは今までのわだか

まりなど無かったかのように話し掛けてきてくれた。

馬超には何よりもそれが有難かった。

趙雲だけは相変わらずであったのだが・・・

「根に持つって奴でもないんだがな。まあ、俺が何かいい案でもあればいいんだが、子龍があれだけ怒っ

ているのを見た事が無いもんでな。」

役に立たなくてすまねぇな。と心底申し訳なさそうに言う張飛に、馬超は

「もとは自分のせいだから・・・」

と笑う。

「あれ・・・」

思い出したように、張飛がふいに声を上げる。馬超はそんな張飛を怪訝そうに見つめた。

「確か・・・前にも似たような事があった気が・・・」

「え・・・?」

「そう、確か軍師さんが着たばかりの頃に・・・同じように・・・」

「それは本当か?」

「ああ、あいつもここに着たばかりの頃は、結構くせのある奴で俺たちともあんまりなじまなくってよ。」

思い出すように張飛呟く。

「軍師さんに相談でもしてみれば・・・って、あれ?」

「馬将軍なら、凄い勢いで飛び出していかれましたが・・・」

酒のお変わりを持ってきた星彩が言う。

「やっぱり結構いい奴だよな・・・あいつ。」

ポツリと呟く父親の言葉に、星彩も笑う。

「そうですね・・・」

 

 

 

 

 

 

ほとんど勢いだけで飛び出したのだが、途中まで来て自分が孔明の屋敷を知らない事に気付いて、

馬超はようやく立ち止まった。

とりあえず彼の執務室へ言ってみようと思い立ち、そのまま城へと向かう。

案の定、孔明はまだ執務の最中であったのか、城にいた。

唐突の訪問に、かすかに眉をひそめるも、孔明は馬超を部屋へと招き入れる。

そして、孔明が以前に趙雲を怒らせた事があると言う話が出た時に、かすかに不快げに顔をしかめた。

「誰に・・・聞いたのですか?」

「張飛殿だが・・・」

事も無げに言う馬超に、孔明はあからさまに大きなため息を吐く。

「全くあの方は・・・」

「で、どうやって趙雲殿の怒りを解いたんだ?」

本題とばかりに問い掛けてくる馬超を、孔明はじっと見つめる。

「あの時の出来事は余り思い出したくは無いのですが・・・」

「まさか、未だに許してもらってないなんて事は・・・」

「あるわけ無いでしょう!」

珍しく声を荒げる孔明に、馬超はオヤオヤと目を丸くする。

「私が劉備殿に仕える時、私の妻は・・・自分の存在が重荷になる事を恐れ、自害しました。

妻は劉表夫人の姪でしたので。いずれは劉備殿と劉表殿が戦うことになると見透かしていたよ

うです。」

「・・・」

「殿に仕える事を決めたのは自分自身です。そのことに後悔はありません。ですが、妻の事を思う

と自分を許す事が出来ずに・・・殿のもとに来た時も、そのことだけが頭を離れなかった。私の待

遇は・・・新参者にしては破格のものでした。回りの人間、特に長く殿に仕えている物にとって、

それが面白いはずも無く、私は知らず知らずのうちに回りとの間に壁を作っていました。もちろん

殿や周りの方に妻の事を言ったことなど一度もありませんでしたが、何故だか趙雲殿はご存知のよ

うでした。」

そう言った孔明の顔には深い苦渋が見て取れた。

恐らくは今も亡き妻の事を悔いているのだろう。

「まあ、貴方と大体の経緯は同じなのですが・・・今思い起こしても、あの時の事は・・・恐ろし

かったですね。」

しみじみと語る孔明に、馬超も思わず頷いた。

「で・・・どうやって・・・」

そう言って自分を見る馬超に、孔明はにっこりと笑んだ。

「ご自分でお考えなさい。大体、こういったことを人に助けてもらおうなどと、虫がいい話だとは

思いませんか?」

「う・・・」

孔明の言う事はもっともな事で、馬超は思わず言葉に詰まる。

「あら、孔明様。お客様ですの?」

「ああ、馬将軍が来られているのですよ。月英。」

腕に書簡を抱え、部屋へと入ってきた女性に、馬超はオヤ?となる。

「こちらの女性は・・・」

「ああ、妻です。」

「・・・後妻で・・・?」

「失礼な、私の妻は一人だけです。」

「さっき自害したとか言ってなかったか?」

「自害したとは言いましたが、死んだとは言っていません。」

そう言ってにっこりと微笑む孔明に馬超はガックリと肩を落とす。

(普通思うだろ・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

七へ 九へ


ようやく終わりに近づいた・・・最近更新ペース遅いよ、自分!
っていうか、シリアスのつもりで書いたのに、どうしてギャグを入れるかな・・・
根っからがお笑い人間な私。
馬超と張飛の掛け合いは私的にはかなりお気に入りです。
この二人は良い御友達関係を築いていって欲しいものです。
ちなみに星彩を出したのは私の趣味です。
最近、子龍、ぴー様について星彩が好きなことに気付きました。
平星書きたいなぁ・・・