そして訪れる運命の時
ずっと抱き続けた願い。
決して捨てることが出来なかった想い。
どれほどそれが醜くとも・・・
拾壱ノ章
「おい、あいつはどうしたんだ?」 うだるような暑さの為か、やや不機嫌な――それは決して、暑さのせいだけではないことを、その場にい た全員が知っているのだが――京梧の問いに、その場にいた誰もが「知らない」と首を横に振る。途端に さらに不機嫌になるその様子に、雄慶は小さくため息をつく。 京梧が、彼の言う所の―あいつ―龍斗に対してあまり良い感情を抱いていないのは、誰の目から見ても明 らかであった。 しかし二人の関係は、どちらかと言えば京梧が一方的に龍斗に対して悪感情を抱いているのに対し、龍斗 の方はと言えば、己に向けられる感情――悪意はおろか好意にすら無頓着で・・・。 二人の間にはこれと言った確執があるわけではなく、むしろ龍閃組の面々にとっては、その冷戦ともいえ る二人の関係の方が悩みの種なのだ。 特に生真面目な雄慶にとっては頭の痛い事であった。 しかし京梧に限らず、龍斗という存在は彼らにとって理解しがたい存在だった。己の感情を表に出すこと も無く、口数も少ない。話し掛けても、こちらの話を聞いているのかいないのか・・・。 戦いに於いては鬼神のごとき強さを見せる彼が、逆に戦うことを躊躇うこともしばしばで。 特に鬼道衆との戦いに於いては、最初から最後まで指一本も動かさない事すらあるのだ。出会ってすでに 数ヶ月が経つというのに、彼の方からは決して歩み寄ることも無く手を差し伸べても、それをとろうとも しない。 任務の時以外は仲間達に行き先も告げず姿を消し、かと思えばいつの間にか部屋で寝ている。 そういったことがしばしばで、むしろ龍斗が自分達を本当に仲間と思っているのかすら、彼らにはわから なかった。 そんな状態だから、京梧が彼にキツイ態度をとってしまうのも、むしろ当然と言えば当然で、決して縮ま らない距離に彼らは幾度もため息をつくのである。 「どうしよう、今から金王八幡宮に行くんだよね。」 小鈴はどうして良いのか解らないようだ。 「置いていきゃいいんじゃねぇの?いないあいつが悪いんだよ!」 京梧の言葉に、それも仕方ないかもしれないと雄慶が思った時、 「どうかなさったのですか?」 そこには、飛水流のくの一の少女の姿。 「あ、涼浬さん。」 美里の言葉に、小鈴が「ダメモト!」と尋ねる。 「・・・ねえ緋勇クン見なかった?これから任務で金王八幡神社に行かなきゃいけないんだけど、見当た らなくって・・・」 まあ、彼女が知る訳はないかと思っていたのだが、そこからは意外な返事。 「龍斗さんなら朝早くに時諏佐殿に呼び出されて、部屋に行かれているようですが?」 「そっか、知らないなら仕方ない・・・え?」 「ですから、今は時諏佐殿の部屋に・・・」 返ってきた答えに誰もが肩を落とす。 「それならそうと、さっき話した時に言ってくれよ、百合ちゃん・・・」 京梧の小さな呟きに反論するものはいなかった。 * 「お主・・・本当に人間か?」 それは、金王八幡宮の宮司金剛の言葉だった。 言われた瞬間に、ドキリとした。 次の瞬間には、一瞬何と答えるべきなのかわからず思わず考え込む。 金剛はただ静かに、龍斗の言葉を待っていた。 「人で・・・ありたいと、そう思っています。」 龍斗の答えに満足げな笑みを浮かべ、しかし別段それ以上何もいう事は無かった。 「案外、あんたの方が人間じゃなかったりしてな」 からかうような京梧の言葉に、豪快に笑う金剛。次の瞬間には・・・ 「うっわぁ〜〜・・・派手に飛んだねぇ・・・」 感心したように小鈴が言った言葉の通り、金剛の平手打ちにより、あっさりと吹き飛ばされた京梧の姿。 京梧はただ、目を白黒とさせている。余程信じられないのだろう。 当然といえば当然だ。 京梧が吹き飛ばされた勢いは、京梧がありったけの力を込めて敵に力を放った時以上の力なのだ。 しかも、当の本人はさして力も入れてない風に見える。 「すごい力だ・・・」 雄慶が感心したように呟く。 「ちったぁ、俺の事を心配しろよ!!」 まだ傷む背をさすりながら、京梧が叫んだ。 「ありがとう・・・」 その言葉はあまりに小さく、ともすれば聞き逃してしまいそうなほどの呟きだったが、京梧はそれを聞き 逃さなかった。 「別に・・・お前の為に言ったんじゃねぇ・・・」 ぶっきらぼうに言うが、龍斗はそんな彼の微かな心遣いが嬉しかった。 あれほど彼らを拒否し続けた自分に、それでも優しさを持って接してくれる。 ―ああそうか― と龍斗は思う。 龍閃組と“彼ら”はとても似ているのだ。その本質が。 信じたものを決して疑わない強さ。どんなものも受け入れるその優しさ。 これ程までに、経だった自身を受け入れてくれたのは、恐らくどちらも同じ。 それは龍閃組となってからずっと思っていた事。 ――もしかしたら、彼らは共に戦う事が出来るかもしれない―― 鬼道衆と龍閃組。 彼らの進む道は、余りに遠く・・・とても近い。 だからこそ、共に歩む事も出来るのではないだろうか・・・ あの紅蓮の髪をした男に、自分は勝つ事が出来なかった。 そして、大切な人たちをむざむざと殺させる事になってしまった。 それは、今ここに居る彼らだけでも同じ事だろう。 だが、もしその二つが一つとなる事が出来たなら・・・ ―陰陽相交わりて対極と成す・・・ 比良坂の言葉が脳裏に甦る。 ―貴方にはもうわかっている筈です、私の言葉の意味を・・・ あの時の彼女の言葉はそう言うことなのだろう。 龍閃組が陽なのだとすれば、鬼道衆は陰。 だからこそ、それは一つとなって邪を打払う事が出来る。 そうなれば、あの人も死なずにすむのだろうか? これは単なる自分の我侭。 でも、それは残酷な希望となって、胸に何時までも燻っている。 「ごめんなさい・・・」 小さく呟かれた言葉は、誰に聞き咎められる事もなく、風と共に消えた。 京梧達は臥龍館の門下生と話している。 桧神美冬が鬼道衆にさらわれたという門下生からの言葉に、彼女を救うため等々力に向かう事を決める。 付いていくと食い下がる門下生たちを、なんとか宥めるのに、彼らは必死だった。 「俺達に任せろ」 という京梧の言葉に、彼らはようやく諦めその場を立ち去った。 そんな彼ら姿を、龍斗はじっと見つめた。 彼らの姿は、彼の人と同様に龍斗の目には眩しく映る。 この人達ならきっと護る事が出来るだろう。自分には出来ないけれど。 ずっと、彼らを裏切り続けてきた。彼らの手を取る事すらせずに。 ただ、無くしてしまった大切なものを取り戻すためだけに。 それなのに、いつの間にか、こんなにも彼らを信頼している。 彼らの事を大切に思っている。仲間として。 考えながら、龍斗は小さく笑った。とても綺麗な微笑。 自分は陽(ひかり)にも陰(かげ)にもなる事は出来ない中途半端な存在。 それは諦めか、それとも決意なのか・・・ 誰に気付かれることも無かったけれど。 「ごめんなさい・・・」 再び呟かれた言葉は、やはり誰にも聞き咎められることは無かった。 * この道の先には“彼”がいる。 永遠に別たれてしまった二人の時が再び交わる事は二度と無いのかもしれない。 ならばせめて、誰よりも幸せになって欲しいと思う。 そう、これは単なる自分の我侭。 誰に言われる事が無くても、龍斗自身が一番理解している。 ならば償わなければならない。 多分それは決して消せないだろうけど。 その後に残されたものの苦しみを思うと、心が痛むけれど。 けれど決して後悔はしない。 もし、後悔があるとすれば、今目の前に居る彼らに、何も言わずに逝ってしまう事。それだけは本当にす まないと思う。 「おい、ぼうっとしていたら置いていくぞ!」 京梧の声が龍斗を現実に引き戻す。 見れば彼らはすでに、等々力に向かおうと走り出している。 龍斗はそっと後を振り返る。 ここで過した時間はほんの僅か。 しかし、自分は間違いなくここで生きていたのだ。戻れないあの場所と同様に。 「さよなら・・・」 小さく呟き、そっと頭を下げる。 そして、走りだした彼らの後を追い、龍斗もまた走り出す。 二度と戻る事の無い道を。 人が死んだら、その想いは残るのだろうか 例えその心を受け止めてくれた人がいなくなっても 天に咲く花 拾壱ノ章 完 |