追憶の章 其の六
「お前と約束した。必ず護ると!」 赤髪の男はそう言った。そして何かを言おうとする己を遮るように剣を構える。 目の前にいる彼と同じ赤い髪をした男。しかしその瞳だけが、別人のように邪悪に見えた。 突然自分を庇うように立っていた男の動きが止まった。 声をかけようとして、その顔色があまりに蒼白である事に驚く。その着物から、血がにじんで見 える。額にはうっすらと汗が滲んでいる。古傷が開いたのだという事が、一目で理解できた。 剣を振るおうとするその人を護るように一歩進む。しかし、その動きは他ならぬ男の腕によって 阻まれた。 次の瞬間、視界が何かに阻まれた。 男に抱きしめられているのだと気付いた時、その耳に鈍い音が響いた。 そのまま、ドン・・・と押される。 辺りに血飛沫が飛び散る。 それが彼の血であると理解した時、男は鮮やかに微笑んだ。 「逃げろ」 それは決して声にはならなかったが、男の口は確かにそう言っていた。 同時にその場に片ひざをつく。思わずその体を支えようと彼に近づいた。 しかしそんな己を制するように再び男は言った。 「逃げろ・・・」 今度ははっきりとした言葉だった。 しかし、凍りついたようにその場から全く動く事が出来なかった。 男はゆっくりとその場に崩れ落ちた。そしてそのまま動く事は無かった。 辺りを見回すと、そこには倒れた仲間達の姿。 それらを見回して、再び目の前に横たわる男の姿に眼を落とした。 涙は出なかった。 「何故・・・」 こんな時ですら泣けないのだろう・・・いつもこうなのだ、自分は。 そっと男の頬に触れる。その肌はまだ微かに暖かい。 まだ、何も伝えていないのに・・・ 望んだのは、こんな結末ではなかった。 護ってくれなくても良かったのだ。 ただ・・・ もしも、自分の気持ちを伝える事が出来ていたら、こんな結果にはならなかったのだろうか。 いや、結果は変わらずとも、少なくとも、これ程までに後悔をする事は無かったはず。 ならばこれは、他ならぬ自分自身のせい。 そして動かぬその人にそっと口付ける。 最初で最期のそれは、冷たい死の味がした。 「貴方を愛しています・・・ずっと伝えたかった・・・」 そして虚ろな目で目の前の男を見上げた。 「どうして・・・こんなことを・・・」 ポツリと呟く。 「解っているはずだ・・・お前には。」 男の答えに、再び俯く。 「貴方にはわかっている筈です。こんなことをしても何の意味も成さないことを・・・」 男は答えない。かわりにその剣を静かに振り上げた。 「これで、終わりだ。」 巨大な剣が自分に向かって振り下ろされる。 不思議と痛みは無かった。 「まだ・・・」 死ねない・・・唐突にそう思った。 リン・・・と鈴の音が頭の中に響いている。 その脳裏に響く少女の声。 その声に向かって、静かに語りかける。少女の声が悲しく歪んだ。 「本当に良いのですか?」 少女の声に、躊躇いも無く頷いた。その瞬間、辺りが真っ白に染まる。 そして、そのあまりに愚かで・・・悲しい決意を胸に秘め立ち上がる。 「さよなら・・・俺が愛した・・・最初で最後の・・・」 小さく決別の言葉を口にすると、そのまま歩き出した。 決して振り返る事無く。 天に咲く花 追憶の章 其の六 罪 完 |