正しい傷の手当て

車いすと褥瘡



 褥瘡は寝たきりの人にだけ発生すると考えている方がおられます。しかし,寝たきりというのが問題なのではなく,局所に発生する圧迫とズレが問題なのです。
立っていたり普通に歩行していると,当然両側の足底に体重がかかります。仰向けに寝たきりの方では,仙骨部(骨盤の後ろ側の部分)に最も体重が加わります。仙骨部に加わっている力は,体重の40%以上と言われています。このため,障害が強く寝たきりの患者様には仙骨部褥瘡をよく認めます。それでは,車いす利用者の方ではどこに負担がかかりやすいでしょうか。座ってお尻の真下に手を入れると,指がなかなか入りにくい場所があります。そこをよく触ってみると,両側の殿部で同じ部位に骨を触れます。これは坐骨といわれている骨です。手の入りにくさからもお分かりのように,かなりの圧がかかっています。車いす利用者の褥瘡はこの坐骨部に多く認められるのです。長時間の座位で坐骨部を圧迫することはもちろんのこと,車いすからベッドなど他の場所に移動するときに同部位を擦るように体を移動させるとズレの力が生じ,坐骨部に褥瘡ができやすくなります。

車いす利用者の方で,坐骨部以外に褥瘡を発生させている方がいます。これは,座位の姿勢に問題があるためです。圧迫やズレは,体中どこにでも発生します。したがって,姿勢があまりにも悪いと坐骨部以外にも高い圧が加わったりズレが生じ,意外な場所に褥瘡を作ってしまうのです。殿部が上半身より前方に位置する仙骨座りといわれる座り方では,尾骨部に褥瘡をしばしば生じます。車いす利用者が無意識のうちに自分好みの楽な姿勢をとり,体を捻じったり左右どちらかに体を傾けていることがあります。このような例では,左右どちらかの背部,殿部やその周辺に褥瘡を認めることがあります。また,車いす利用者のなかにもいろいろな程度の障害の方がおられます。姿勢の維持が困難な方にはベルトなどで座位を維持したり,やむを得ず何らかの方法で拘束してしまうことがあります。こういう場合には,予想もしないところに難治性の褥瘡を生じることがあります。車いすとの接触で生じた傷が接触を繰り返して治りきらず,褥瘡と同じ治療を必要とすることがあります。このような傷は,下肢にときどき見られます。車いす利用者の方であっても,褥瘡を多発させてしまうことがあります。
 
車いすに問題があることもあります。車いす利用者にとっては,車いすは一日の生活のかなりの時間を過ごす場です。ほんの短時間,移動の手段として車いすを使っているのではないのです。立って仕事をしている人にとって,地面や床が斜めでは姿勢が乱れ仕事ができません。寝ている人にとって,ベッドが傾いていると体がずれてしまいます。体をあずけているものがその人に合ったものでなければ,体に無理が生じます。車いすは利用者にとって屋内外を移動する必需品ですから,靴に譬えることができるかもしれません(実際には靴以上の存在です)。使用者に合っていない靴では,歩く姿勢が崩れたり靴擦れができてしまいます。すなわち,適合性の悪い車いすを使用していると利用者の姿勢が悪くなり,褥瘡を発生したりなかなか褥瘡が治癒しないのです。当然,日常生活上の活動能力の低下も来たします。

車いすに問題があるかどうかは,座シートや背もたれの大きさや材質,フットレストや肘当ての位置,さらにクッションの適合性などをポイントに検討していきます。座シートの横幅が広すぎると左右に不安定で,体は横に傾いてしまいます。傾いた側の坐骨部に褥瘡を発生します。狭いと大転子部にキズをつくることがあります。利用者の膝から背中までの長さより座シートの長さ(奥行き)が長い場合は,後ろよりに座っても膝が座シートの前縁に当たり背中と背もたれの間に隙間ができます。これは,仙骨座りの原因になります。膝窩部(膝関節の裏)やその周囲に褥瘡を作る危険もあります。長さが短いと不安定ですし,坐骨部に圧が加わりやすくなります。座シートがたるんだ車いすでは,体が傾いたり捻じれたりします。背もたれがたるんでいても仙骨座りを起こします。フットレストと座シートとの位置関係が悪く大腿部が座シートやクッションにきちんと接触していないと体は安定しません。フットレストが低すぎても不安定で,体は下肢の方へずれます。厚過ぎるクッションを使っていても足部とフットレストが離れ,同様のことが起こります。このような場合,坐骨部や尾骨部に褥瘡を作りやすくなります。肘当ての位置が低すぎたりクッションを使うことにより相対的に低くなっている場合,不安定になり体が傾きます。体圧を分散させるためにクッションを使っていても,骨突出部が座シートに当たり底付きをしていたり殿部の前方への移動を防止できないものであれば,褥瘡は発生します。座シートの上に円座や座布団を使っている方を見ますが,これらは圧の排除には無効です。車いす利用者の褥瘡の予防とケアでは,車いすやクッションにも目を向ける必要があります。

 褥瘡の原因は,一定時間以上続く圧迫やズレと言われています。すなわち,その原因は転倒したりぶつけたりといった突発的なものによることは少なく,ほとんどは日々の過ごしかたのなかに潜んでいるのです。日々の生活の習慣や仕草は,すぐには変更することが困難です。使い慣れた道具は使い続けたいでしょう。車いす利用者に発生した褥瘡が治りにくいのは,このようなことが大きな理由なのです。
 
車いす利用者に発生する坐骨部や大転子部の褥瘡は,皮下脂肪層より深くなると保存的治療ではなかなか治癒しにくいことがあります。股関節の動きで創の安静が保てなかったり,解剖学的に創が広がりやすかったりするためです。このような患者様では,早めに手術の相談をした方が良いかもしれません。

 
車いす利用者の方で褥瘡をつくらないためには,どうしたらよいでしょうか。それには,まず褥瘡へ関心を持つことが大事です。関心を持っていただければ,たとえ褥瘡ケアについての細かいことをこれから身につけていかれる段階であっても,褥瘡の予防や治療をうまく進めることができる可能性があります。自力で車いすを操作することが可能な車いす利用者の褥瘡は,患者様の取り組む姿勢の重要性が強調されている褥瘡です。圧迫が加わる時間の調整やズレの排除が,患者様の気持ち次第となるからです。多くの疾患で,患者様自身の治療意欲により経過がかなり左右されます。自力で車いすを利用している患者様の褥瘡も,本人の治療への取り組み方で良くも悪くもなるのです。介助が必要な車いす利用者では,看護や介護の担当者がどの程度褥瘡に関心を持っているかで,褥瘡発生の危険性と治療経過が違ってきます。関心がないと日々の仕事に追われ,短期間で褥瘡を発生させたり,発生した褥瘡を見つけることができなかったり,見つけても放置してしまうことがあります。処置をしたとしても機械的に続けるだけで,いつのまにか褥瘡を増悪させてしまうことになるかもしれません。褥瘡が深くなる前に見つけ,その原因を考えることが必要です。患者様とともに下半身を中心に皮膚の点検を行い,褥瘡が生じていれば原因をいっしょによく考え患者様に説明し,圧迫やズレの排除を工夫して褥瘡の拡大や再発を起こさないようにしていただければと思います。
 もちろん,どのようなお体の状態の方であっても,実際に最初から理想的なことを行うのは大変です。ただ,酷い褥瘡で苦しまれていた沢山の患者様を治療してきました経験から言わさせていただければ,少しずつ少しずつ関心を高めていただき,皮膚の観察をしていただければと思います。
 
車いす利用者での褥瘡の予防と治療において,具体的にどのような注意点があるでしょうか。まず,利用するときの姿勢に注意しましょう。車いすに坐るときは,90度ルールの姿勢を守ることが大事です。前方に殿部がズレた仙骨座りに対して,股関節,膝関節,足関節を90度とする姿勢は,坐骨部周辺から大腿後面という比較的広い範囲で体を支えるため,特定の部位に圧迫がかかりにくい姿勢と言われています。もちろん,患者様を正面から見て体が左右に傾いていてはいけません。このような正しい姿勢でも,圧迫を完全に排除することは不可能です。したがって,15分毎にアームレストを両手で持ち肘を伸ばして殿部を持ち上げるプッシュアップ,あるいは体を左右や前方へ傾けることにより殿部の圧力を軽減します。患者様がひとりでこれらの動作を行うことができない場合は,車いすからの転落に注意しながら介助者が患者様の体を傾けさせたり,車いすの後方に位置した介助者が車いすに座ったままの患者様を車いすごと後方に倒すティルティングを行います。これらの動作は,1分程度続けることを目標としましょう。以上の動作が不可能であったりすでに重度の褥瘡がある場合は,1時間毎に座位姿勢を中断し臥位になるのも有効な方法です。なお,全身状態や四肢の障害はそれぞれの患者様で違います。いま述べた方法で良いという保証はありません。最初は一定時間毎に皮膚組織を観察し,組織障害の恐れがあれば患者様ごとに工夫する必要があります。このような除圧や減圧動作は,大変面倒なことでしょうか。みなさんは,一日中じっと同じ姿勢でいすに座っていますか。一日中座ってはいませんし,座っていることもできないと思います。ときどき立ったり座りなおしたりして,リズミカルに姿勢をかえていると思います。車いす利用者を障害者としてとらえるのではなく,みんな同じ生活者として考えるべきではないでしょうか。車いす利用者もリズミカルな動作の変化を伴う生活をし,介助者も患者様の生活をリズミカルな変化を伴うものにするんだという発想の転換はいかがでしょうか。
 
車いすからベッドなどへ移乗するとき,殿部の皮膚にズレの力が働かないように,体を浮かして移乗するように注意しましょう。自力で動くことができる患者様は自分で,介助により移乗する患者様は介助者が十分注意します。ひとりで介助するのが困難であれば二人以上で介助し,ズレの発生を防ぎます。いろいろな場面で介助が困難であると思ったときは,他の介助者を呼ぶことが大事です。これは体をずらしズレの力を起こしてしまう危険を避けて,褥瘡の予防と治療のためにたいへん重要であるだけでなく,介助者自身の体に異常をきたし腰痛などを生じる危険を避けるためにも重要なことです。介助者が無理をして介助をしても,患者様介助者双方の体に負担がかかり,けがをする危険もあります。介助が困難と感じたとき,移乗用の用具を利用するのも一法です。腰に装着するベルトや車いすから患者様を座らせたまま移乗できるスライディングボード,横になったままの患者様を移乗させるシート状のもの,介護用リフトなどがあります。
 患者様に合った車いすとクッションの選択にも注意を払う必要があります。車いす利用者にとって車いすは生活必需品です。患者様に合わなければ,悪い姿勢や体の変形,疼痛の発生,そして褥瘡の発生へとどんどん問題は大きくなっていきます。業者任せにするのではなく,体の大きさや障害の程度を考え,患者様に合うものを選択しないといけません。車いすに接触して生じた創が難治性となった患者様もいます。車いすの構造の安全性についても考え,選択する必要があるでしょう。体の大きさを基準にした車いす決定の目安がありますが,地域の介護実習・普及センターなどを利用して実際に車いすを見て,触って,乗ってみるのも良いことだと思います。車いす選択の最初の段階で,よく検討すべきでしょう。車いす入手にあたっては,身体障害者福祉法や介護保険,労働者災害補償保険法,厚生年金保険法などいくつかの制度が利用できます。しかし,合わないからといって途中で変更しようとしても,各種の法の適応が受けられない場合は,自費で買い換えることになってしまいます。
 体が何かに接触すれば必ず応力が発生するため,座面に置くクッションの利用も重要です。クッションは,圧迫排除と安定性などに優れたものを選択しなければなりません。不良姿勢で発生する尾骨部の褥瘡を考慮して尾骨部周囲に溝を設けたクッション,殿部が前方にずれるのを防ぐストッパーが付いたクッションなど工夫された製品があります。
 
障害が強く患者様自身で正しい座位姿勢を維持できないとき,車いすが体に合っていないため正しい姿勢がとれないとき,周囲から体を支持して適切な姿勢を維持する姿勢保持用クッションを利用するのも有効です。
 
どんなに良い車いすでも,万能ではありません。車いす選択のときに体圧分散用のクッションを同時に入手したり,利用中の車いすに問題を感じたら姿勢保持用クッションを考えてみましょう。市販されている体圧・ズレ力の測定器を使って,無理な力が坐骨部など褥瘡の好発部位に加わっていないかを確認することも,褥瘡の予防と治療には必要です。
 関節の拘縮があると褥瘡の発生や増悪の原因となるため,拘縮を軽減させ関節の可動域を少しでも改善させる訓練も必要でしょう。拘縮を改善すれば褥瘡部の軟部組織の緊張が低下し,治癒が促進されることもあります。リハビリテーションは,治療意欲と生活意欲の増進のためにも良いことです。
 褥瘡治療はキズの治療だけでなく,基礎疾患や栄養状態,生活方法の改善など局所と全身に目を向けて行う必要があります。したがって,さまざまな分野の担当者によるチームアプローチが求められます。車いす利用者の褥瘡治療には,精神神経科医師など心理面への対応が可能な医療関係者の積極的な参加も必要であると考えています。生活リズムや座位姿勢を変えないあるいは褥瘡への自分の対処方法を変えない頑固さ,長期持続する褥瘡への諦め,生活と褥瘡から受ける強いストレスなど精神心理面に対するアプローチの必要性は否定できないのではないでしょうか。しかし,どのような構成のチームであろうと,車いす利用者と介助者はチームの最重要構成員でありチームの中心であることを忘れてはいけません。積極的にチームに参加し活動すべきです。主体性を持って考え,圧迫とズレの排除に積極的に努力すべきだということです。
 著者は手動車いす利用者に車いすと褥瘡についてのアンケート調査を行い,2003年に報告しました。その結果の一部を次に示します(回答者379名)。現在使用している車いすへの不満は,重い28%体に合っていない23%使い勝手が悪い18%安全上の問題6%でした(複数回答)。制度などへの不満で多いのは,車いすの改造や更新が難しい,車いすの相談窓口や支援体制が不十分,車いすの情報が少ないなどでした。車いすに関する情報が不足しているとの訴えは,33%の患者様からありました。車いすの選択や使用方法の説明は取り扱い業者からが多く,他の情報源として多いのは理学療法士でした。ただし,車いすの使用方法について説明を受けていないという回答が32%もありました。多くの患者様が,使用している車いすに問題を感じているようです。情報不足が原因できちんと適合した車いすが利用されていなかったり,正しく使われていないことが推測されます。患者様自身だけでなく,日頃から患者様と接する時間の多い看護や介護の担当者も,車いすについての資料を集める努力をするべきです。そうすることにより,患者様に合った車いすを探したり患者様が正しい使い方をしているかどうかの判断をすることができます。一方,医療関係施設や取り扱い業者から,適切な情報が豊富に提供されることも望まれます。
 重力のある世界に住んでいる以上,圧迫やズレの完全な排除は無理です。どのような方にも,褥瘡発生の危険性は一生に渡ってあります。褥瘡は,悪性腫瘍よりも難治性の疾患であると言うこともできるでしょう。医療の各分野で多くの進歩がなされている今日,褥瘡にもより一層の積極的な取り組みが望まれています。著者の2003年のアンケート調査で,車いすの1日の利用時間が10時間以上の患者様は,回答者379名のうち22%と5人にひとり以上でした。車いすの長時間利用は,今後ますます増えると思われます。車いす利用者とその看護や介護にかかわる人たちが,褥瘡に関心を持ち褥瘡の情報を集め褥瘡を十分に理解する,一方褥瘡に関連した正しい情報がさまざまな相談窓口から提供される,こうして褥瘡に苦しむ車いす利用者がゼロになることを願っています。





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車椅子利用者の方に発生した肛門近くの褥瘡(右が頭側,左が下肢側)



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あまりにも後に寄りかかるような座り方をしていると,尾骨部に褥瘡が発生しやすくなります

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(1)長期治癒しないと連絡があった尾骨部付近の褥瘡。骨に達する。仙骨座りの結果と思われた。この方は,自力では姿勢を維持するのが困難な方であった。
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(2)座位姿勢を注意し,4ヵ月半で治癒



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局所にどのように圧迫が加わっているか,よくわからないときは,座圧測定を行うとはっきりする。
右が下肢側(大腿が椅子に当たっているところを示す),左が殿部側(椅子に当たっているところを示す)。図の上下は,患者様の左右。赤色は,高い圧がかかっているところ。





























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背もたれに過度に寄りかかった悪い姿勢だと,しばしば尾骨部に褥瘡ができます














































































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座位のとき体がズレて,殿部に当てていたガーゼがズレている。右が下肢側,左が腰側。
ご自分では,座位を維持することができない方で,このような方では,座位のとき体が下肢方向にズレないように注意をしなければならない。