夏も終わり、日差しもだいぶ和らいだ海辺は人の姿もまばらで、少し前までのあの喧騒が嘘のようだった。
雲ひとつない空の色は、夏のそれよりも淡い感じがしている。
波打ち際を真咲と要は、黙ったまま散策していた。
打ち寄せる波と、吹きぬける風の音だけ二人を包んでいる。
最初のころは沈黙が訪れると、なんとなく気まずくてお互いに何か話題を探して話を続けようとしていたが、近頃はこんな時間も心地よく思えるようになっていた。
真咲が隣を歩く要に視線を向けると、風にあおられる髪をかきあげていた要はそれに気が付いて微笑みをかえす。
その姿が愛しくて、抱きしめたい衝動に駆られる。
(今、この場で想いを告げたら、コイツはどんな顔をするんだろう。それでも今のように微笑みかけてくれるのだろうか・・・・)
そんなことを思いながら、真咲はのばしかけた手で要の頭をくしゃりと撫でた。
遠慮はしないと決めた、でも焦って怖がられたくない。
「?」
「喉、渇かないか?」
不思議そうに自分を見返す要に、真咲は笑ってそう言った。
「そうですね。私、買ってきます」
はるか遠くに見える自動販売機に向かおうとする要を、真咲は苦笑しながら引き止める。
「こらこら、お前はここで待ってろ」
「でも」
「そんな可愛い格好してるんだから、大人しく待ってろ」
なっ?と言い含められて、要はしぶしぶうなずく。確かにサテンのスカートにサンダルで、砂浜を走るわけにはいかない。
きっと砂まみれになってしまうし、スカートが風にあおられでもしたら、考えるだけでその場から逃げ出したくなる。
「紅茶でよかったよな?」
「はい」
「じゃ、ちょっと行って来るな」
走り出した真咲の背中に、要は小さく手を振って見送る。
「ふぅ・・・・私も先輩の役に立ちたいのになぁ」
要は真咲の後ろ姿を見ながら呟いた。
そう、どんなに小さなことでもいいから。少しでもあの人に負担をかけないように。
(背伸びしてこんなスカートはいてくるんじゃなかったなぁ・・・でも、先輩、可愛いって言ってくれた)
嬉しくて思わず口元がゆるむ。
「ふふっ・・・ひゃあっ」
不意に足元に何かが触った。
「にゃあん」
下をみると、白い猫が青い目で要を見上げている。
「び、びっくりした。お前、どこから来たの?」
辺りを見回しても、近くに人の姿はない。要はしゃがみこむと猫の身体を撫でた。
ぐるるるんと喉を鳴らしながら身体を摺り寄せる猫は、可愛いピンク色の首輪をしている。
「迷子なの?」
要の問いかけにも猫はだた喉を鳴らすばかり。
「じゃあ、ちょっと一緒にいてね」
猫の背中をなでながら、要は真咲の姿を探す。道路そばの自動販売機の前で、ポケットから財布を取り出しているのが見える。
「真咲先輩は優しいんだよ。私、一人っ子だから、お兄ちゃんがいたらこんな感じなのかなぁって思うんだ」
(いつも優しくて、妹みたい、はね学の後輩だからって可愛がってくれる。・・・でも)
最近は優しくされても、なんだか線を引かれてるようで胸が痛くなる。お前はそれ以上にはなれないんだよと言われてるようで。
深く考えすぎなのかもしれない。けれど後輩以上の存在になりたいって言ったら、真咲先輩はどんな顔をするだろう。きっと困った顔をさせてしまうに違いない。
それは嫌だ・・・。そうなったら、こんな風に誘ってもらえなくなるだろう。
ぐるぐると巡る考えに、なんだか悲しくなってきて、涙がこみあげてくる。
ざらりとした感触に我に返ると、猫が要の手をなめていた。
「もしかして、慰めてくれてるの?」
猫は要を見上げると、もう一度ペロリと指先をなめた。
「ありがと」
「なぅん」
頭を撫でられて猫は気持ちよさそうに目を閉じる。その耳がピクピクッと動くと、ひょいと身体を起こした。
要もつられて顔をあげると、真咲がこちらに向かってくるところだった。
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拍手お礼のSSです。続けるつもりはなかったのに、続いてしまいました・・・vvv そして、更に続いてます。