小6で少林寺拳法を習い始めた息子は、まず白帯を締めた。「お母さんの手話は、黒帯か?」と聞くので、「母さんは中級だから、黒じゃないよ」と答えた。「じゃあ、茶帯かな」と息子。「だれが黒帯?」と聞くので、黒帯ならやっぱり通訳士の人のことかなと考えて、「○○さんや△△さんは黒帯かもね」と息子のよく知っている名前で答える。「じゃあ、母さんとぼく、競争。どっちが早く黒帯を取るか」と言う。
息子は休まずに稽古に通い、中学生のとき茶帯を、高校2年生のとき黒帯を取った。息子の中高時代は決して平坦でなかったので、少林寺をよく続けたものだと思い、さらによく黒帯まで…と、指導してくださった先生方に感謝した。また、市内市外各地から集い、息子と組んづほぐれつ荒っぽい青春期を一緒に過ごしてくれている学生たちにも感謝した。
試験に合格した日、「おめでとう。よくがんばったね」と息子に言うと、「うん」とそっけない。「母さん、ぼく、思うんだけどね、黒帯でもヘタなヤツはいっぱいいる。黒帯でも弱いヤツはいっぱいいる。黒帯でも性根のくさったのはいっぱいいる。だいじなことは、もっと別のことだと思う」と返ってきた。
その後、息子は、学校は違うが同級のMくんと2人で、少林寺の学生リーダーに手を挙げ、50人ばかりの学生を率いることになった。学生に対する先生方の指導は一貫していて「人より苦労をしなさい。人より損をしなさい。人より汗をかきなさい」だった。そして、もうひとつ、「明るい人になりなさい」と付け加えられた。
私は、96年に県の中級試験に合格してから何もしていなかった。けれども、見学に訪れる少林寺で先生の話を聞き、他の父母たちと深く交わる中で、このままではいけないなと思い始めた。それが、通訳士試験を受験するきっかけだった。それから、県ろう連の蔵本さん、士協会の中本さんが講師を担当する養成講座で3年間お世話になり、06年に、息子の黒帯より1年遅れで合格した。
「母さん、ぼく、思うんだけどね、黒帯でもヘタなヤツはいっぱいいる。黒帯でも弱いヤツはいっぱいいる。黒帯でも性根のくさったのはいっぱいいる。だいじなことは、もっと別のことだと思う」という言葉を覚えている。どんな資格でも言えることだ。
同じことを、「通訳士」で言い換える。「通訳士でもヘタなヤツはいっぱいいる。通訳士でも弱いヤツはいっぱいいる。通訳士でも性根のくさったのはいっぱいいる。だいじなことは、もっと別のことだと思う」
さあ、私はどうか? ヘタなヤツだし、弱いヤツだ。では、性根は? 真っ直ぐではない。かなり曲がっている。でも、くさっているとは思いたくない。
それならば、もっと別にあるだいじなこととは? 「共に歩む」ことだと思う。「共に歩む」とはどうすることか? ろう者の近くにいることだ。ろう者の声を聞くことだ。ろう者の気持ちを知ろうとすることだ。ろう者の言うこと、することを不思議に感じたら、なぜ?と学ぶことだ。なぜ?の中に、ろう者の歴史があると知ることだ。そして、そのために、ヘタも弱さも克服したい。私の「共に歩む」はそういうことなんだと思う。
それから、だいじなものの見つけ方や共に歩む歩み方は、人により、自分の歩んできた経験の中からしか掴み得ないものだとも思う。
息子は、もう、社会人になった。
(S)
広島県手話通訳士協会
2008年4月広島県手話通訳士協会会報より
黒帯 と 通訳士