宇喜多家



直家一人目の妻

おふく(円融院)

二人の娘

容光院

赤松氏の妻

明石全登の妻
興家の妻

牧籐左衛門の妻

伊賀氏の妻

豪姫

三人の娘

富田夫人

詮家の妻

直家の母



宇喜多能家の長男 興家の妻
能家が居城砥石城で隣山の高取山城の島村豊後守に討たれた時逃げ出し、
備前福岡の豪商阿部善定にかくまわれる。
夫興家は戦いが嫌いで、仇討することもなく善定の屋敷で死去。
興家の妻は宇喜多家の再興を願い、
宇喜多直家を笠加村 大楽院の尼をしている妹に預け、
浦上氏の侍女として働く。


大楽院
公家の松業姫が5人の弟子を連れてこの地(下笠加)で布教活動をする。
宇喜多直家が幼少期に預けられていた比丘尼寺であるという。
現在某氏宅(堂が残る)
        

備前福岡の豪商阿部善定の娘
興家との間に二人の子を生んだとされる。
(忠家・春家)
         


・・・勝手な感想・・・

先日興家のお墓を訪れた時
「直家の本当の母は阿部善定の娘かも」と言う説を聞いて、
諸説いろいろあるけれど、聞けばそんな気がしてくるから不思議だ。
善定の娘の子供二人忠家・春家は同一人物ではなくて、一人は直家?
興家の妻はどうなるの?
宇喜多家の再興を願って浦上宗景に仕えていたのは誰?
興家の墓は黒田官兵衛の曽祖父・祖父(黒田墓所)と同じ
備前福岡の妙興寺にあります。




ん???
興家の妻のお墓ってどこだろう?
大賀島寺には宇喜多一門の供養塔はあったけれど・・・